鈴木主税のレビュー一覧
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ジェイムズ・マレー(1837-1915)はOED編纂の中心人物。ウィキペディアで彼の写真を見た時には驚いた。仙人のような風貌だったからだ……まるでことばの霞みを食って生きているかのような。
本書のもうひとりの主役はウィリアム・チェスター・マイナー(1834-1920)。軍医だったが、精神病を発症し、妄想から殺人をおかしてしまった。その後医療刑務所のなかにいて、16・17世紀の書物からOED用の例文をピックアップし続け、その完成に多大な貢献をした。ふたりは10年近くにわたって手紙のやりとりをしていたが、会ったことはなかった。本書のヤマ場は、1891年(俗説では1898年)、彼らが初めて対面する場面だ。
本書では、マイナーの病気は軍医時代の精神的トラウマが引き金になったとされているが、ニーチェがそうだったように、梅毒の後遺症の可能性もあるのではなかろうか(マイナーは売春宿に入り浸っていた)。
訳者は鈴木主税氏。訳文が少し硬く、氏らしくないように感じられた。
(p.s. 本書は2019年に映画化された。マレーをメル・ギブスンが演じている。) -
Posted by ブクログ
アメリカの政治学者、サミュエル・ハンチントンの1993年の著書。
アメリカの主要大学数校で推薦図書に挙げられており、数ある歴史的名著と並んで比較的新しいこの本がどのように重要な意味を持つか興味深く、手に取った。
著者の主張は、「今後、国家間よりも文明間での争いが激化する」というもの。
そこには、西欧文明が優位であり普遍であるべきだという「傲慢さ」への戒めも込められている。
文明(Civilization)は様々なの意味を含む言葉だが、ここでは文化・宗教・価値観などを指しており、例えば「文明の利器」という言葉に含まれる技術的な意味合いはない。
『文明を定義するあらゆる客観的な要素のなかで最も重要なのは通常、宗教である』(p61)
とも述べられているので、文明≒宗教と理解して読んでも差し支えないだろう。
この上巻は、前半は理論の説明などアカデミックな部分が多く、中盤はやや反西欧の色が濃くて新書的な内容、
後半は今の国際情勢に繋がるような実用的な分析で、読みごたえがある。
さすがに大学の推薦図書であり、一文ごとに情報が次々押し寄せるので、読むのに体力が要る。
(集英社文庫はページあたりに字を詰め込み過ぎでもある)
(普通の読書がゆるい散歩ならこの本は軽く登山)
内容が多すぎてここにまとめるのは難しいが、一つ取り上げるならば、今のロシア=ウクライナ戦争を予言している箇所だ。
筆者は文明パラダイム論に基づき、共通の文明を持つロシアとウクライナという「国家間」の衝突は起きず、むしろウクライナ内部の宗教的対立、つまり東部・正教(ロシアと共通)と西部・カトリック(西欧と共通)という「文明間」の亀裂が生じる、と予言する。(p51, p295)
我々は今この議論の未来にいて答え合わせをしている。
現在進行中の戦争は国家間で争われているため、一見この主張は外れているかのように見える。
しかし実際には、ウクライナ西部のカトリック系住民と東部の多数派である正教系の住民が分裂しており、今回のロシア=ウクライナ戦争の根底は宗教戦争だと見る向きもある。
ウクライナ政府が、キリスト教の行事で最も重要なクリスマスの祝祭日を、正教の1月7日からカトリックの12月25日へ変更したのは、象徴的である。
今回の戦争は、歴史的なロシア=ウクライナ二国間の反目や、ロシア=NATOの対立を反映するほか、ウクライナ国内の宗教的対立も看過できない要因だ。
つまり、著者の予想は外れるよりむしろ当たっている。
または、1993年当時から既に今の事態が予測できたほど国際情勢は変わっていないとも言える。
さいごに、日本についての記述について触れると、
『日本では「和魂洋才」つまり「日本人の魂を持って、西欧の技法を学べ」であった』(p122)
『文化的に孤立している日本は、今後は経済的には孤立していくかもしれない』(p233)
などの記述から、執筆当時、少なくとも著者は、日本に西欧からの独立性を見ていたようである。
30年経って、今同じ状況とは思わない。
残念ながら著者は2007年に逝去されたが、現在版の『文明の衝突』も読んでみたかった。
下巻も楽しみに。
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以下、メモとして。
-文明は文化の総体だとされているが、ドイツではそうではない。文明は機械、技術、物質的要素にかかわるものであり、文化は価値観や理想、道徳的な社会の質にかかわるものだとした。この区別のしかたは、ドイツ思想界には根付いたが、それ以外の場所では受け入れられなかった。ドイツ以外は、「文化をその土台である文明と切り離したいと願うのは欺瞞だ」という意見に賛成している。(p59)
-西欧が世界の覇者となったのは、理念や価値観、宗教がすぐれていたからではなく、むしろ組織的な暴力の行使にすぐれていたからなのだ。(p78)
-人間は、理性のみによって生きていくものではない。社会が急速に変化するとき、自分は何者か、といった問いへの答えを求める人々に、宗教は魅力的な答を与えてくれる。(p164)
-日本では、第二次世界大戦での壊滅的な敗北により、文化的にも混乱の極みに達した。「宗教、文化などこの国の精神活動のあらゆる側面のうち、どの程度があの戦争に利用されたのかを今から知ることは非常に難しい。戦争での敗北は、この国の制度にとてつもない衝撃を与えた。彼らの心のなかで、すべてのものが価値を失い、捨て去られた。」(p179)
-物質的に成功したあとには、文化を主張するようになる。ハード・パワーがソフト・パワーを生みだすのである。(p187)
-イスラム復興は1970年の石油ショックで多くのイスラム諸国が富と影響力を一気に増大させたことによって火がついたのである。豊かな産油国の行動は「キリスト教の西欧をイスラム教の東方にとっての朝貢国にするという大胆な試みである」。(p201)
-ある次元のアイデンティティが別の次元のアイデンティティと衝突することもある。1914年にドイツの労働者は国際的プロレタリアートという階級に基づくアイデンティティと、ドイツ人でありドイツ帝国の一員であるという国家次元のアイデンティティのどちらかを選ばなければならなかった。(p220)
-ロシア文明は、13世紀半ばから15世紀半ばまで、西欧文明の歴史的現象に晒されることはなかった。その現象とは、ローマ・カトリック教、封建主義、ルネサンス、宗教改革、海外拡張と植民地化、啓蒙運動、国民国家の出現などである。
-(19世紀ロシアの)スラブ主義者と欧化主義者は、ロシアが西欧に遅れを取ることなく西欧とちがう道を歩めるかどうかを議論した。共産主義はこの問題をみごとに解決した。ロシアは西欧とはちがうし、西欧よりも進んでいる、というのである。(p247)
-トルコは湾岸戦争で断固として欧米を支持し、それによって欧州共同体への加盟が促進されると期待したが、そのような結果にはならず (p261) -
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文明衝突論を展開したハーバード大学のサミュエル・ハンチントンが日本にフォーカスを向けた名著。
政治経済の利益、イデオロギーによる分裂が顕著だった20世紀と比べて、21世紀は文化によって分裂している、これからもその分裂は続くと分析している。2000年に出版された本だが、この内容は2022年のロシア・ウクライナ戦争の勃発を予言していたとも言える。
宗教もなく、文化的にも完全に独立した日本だからこそ、先入観を持つことなく他宗教や他文明の理解・教育を進めて、国際平和を促進させることに一役買うことができるのではないかという希望を感じた。この本のように多様化する社会を深く理解しようとする価値観が広まり、平和な世界へ向かってくれることを願う。 -
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2000年の作品。当時はアメリカ一極支配の時代であったが、その後の地域での紛争、イスラムの団結、中国の台頭による新たなパワーバランスを、基本的には全て予見しているのが凄い。
イデオロギーによる対立が終わり、世界は国を超えた文明ごとに分断され、文明間の衝突が始まる。
西欧文明(欧米等)、東方正教会文明(ロシア等)、中華文明(中国等)、日本文明、イスラム文明、ヒンドゥー文明、ラテンアメリカ文明、アフリカ文明。当時はこのうち、西欧文明が突出したパワーを持っており、中国は地域での大国に留まっていた。ハンチントン理論によると、超大国と地域大国は直接対峙せず、むしろ、地域の準大国と超大国が組んで、地域大国と相対するという。まさに、日米と中国の関係をあらわしている。現在、中国が超大国のカテゴリーに入るようになり、このバランスに変化が生じる。 -
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ネタバレ英国版「舟を編む」。でもぜんぜんほんわかしてない。ノッてくるまで時間かかったけど、OEDの構想が出てくる辺りからめちゃめちゃ面白かった!さすが英国、という気の長さとエキセントリックさ。
シェークスピアの時代には辞書がなく、その用法があっているのか綴りはあっているのかなどを確かめる方法はなかった、というのは目から鱗。言葉が変化していったり誤用といわれたものがそうでなくなったりしていくのは、当たり前のことなんだな。
OEDの、言葉は変わっていくものなのだから、辞書は言葉の間違いを正すものではなくあくまで言葉の歴史を記すものであるという姿勢はいいな。 -
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「文明の衝突」で冷戦後の世界を見通したハンティントン博士が、アメリカが抱える苦悩を分析。この本もまた、後のトランプ・ヒラリー大統領選の争点を予言していたといえる。
その原因はアメリカ国民にとっては周知の事実だと思われるが、国外の人とっては大変興味深い。特に移民を議論している日本にとっては特に示唆に富んでいる。
一例として、日本で手に入る情報では、「多元主義」を推し進める先進国と映るアメリカが、その成り立ちよりアングロサクソン系のキリスト教に根ざした「自由の国」であり、さらに今でも多くの国民がそれを信奉していると博士は丁寧に解説している。この価値観が非アングロサクソン系(特にヒスパニック系)の流入によって脅かされていることがトランプ大統領誕生の一因なのであろう。
余談だが、博士の支持政党が民主党であったことに驚きを覚えた。タカ派的論調からてっきり共和党支持だと思っていた。