【感想・ネタバレ】文明の衝突 上のレビュー

あらすじ

世界はどこへ向かうのか。多発する民族紛争と文明間の軋轢の本質とは何か。世界を西欧・中国・日本・イスラム・ヒンドゥー・スラブ・ラテンアメリカ・アフリカの八つの文明に分けて、様々な紛争を、異文化間の衝突と捉えた衝撃的仮説。西欧への挑戦を続ける「儒教―イスラム・コネクション」は核拡散の深刻な危機を招くのか? どちら側にも入れない日本は・・・。主要な文明圏の政治的・経済的・人口統計的データを示しながら、世界的な国際政治・戦略学者の著者が21世紀の国際情勢を鋭く予見!

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Posted by ブクログ

アメリカの政治学者、サミュエル・ハンチントンの1993年の著書。
アメリカの主要大学数校で推薦図書に挙げられており、数ある歴史的名著と並んで比較的新しいこの本がどのように重要な意味を持つか興味深く、手に取った。

著者の主張は、「今後、国家間よりも文明間での争いが激化する」というもの。
そこには、西欧文明が優位であり普遍であるべきだという「傲慢さ」への戒めも込められている。

文明(Civilization)は様々なの意味を含む言葉だが、ここでは文化・宗教・価値観などを指しており、例えば「文明の利器」という言葉に含まれる技術的な意味合いはない。
『文明を定義するあらゆる客観的な要素のなかで最も重要なのは通常、宗教である』(p61)
とも述べられているので、文明≒宗教と理解して読んでも差し支えないだろう。

この上巻は、前半は理論の説明などアカデミックな部分が多く、中盤はやや反西欧の色が濃くて新書的な内容、
後半は今の国際情勢に繋がるような実用的な分析で、読みごたえがある。
さすがに大学の推薦図書であり、一文ごとに情報が次々押し寄せるので、読むのに体力が要る。
(集英社文庫はページあたりに字を詰め込み過ぎでもある)
(普通の読書がゆるい散歩ならこの本は軽く登山)

内容が多すぎてここにまとめるのは難しいが、一つ取り上げるならば、今のロシア=ウクライナ戦争を予言している箇所だ。

筆者は文明パラダイム論に基づき、共通の文明を持つロシアとウクライナという「国家間」の衝突は起きず、むしろウクライナ内部の宗教的対立、つまり東部・正教(ロシアと共通)と西部・カトリック(西欧と共通)という「文明間」の亀裂が生じる、と予言する。(p51, p295)

我々は今この議論の未来にいて答え合わせをしている。
現在進行中の戦争は国家間で争われているため、一見この主張は外れているかのように見える。

しかし実際には、ウクライナ西部のカトリック系住民と東部の多数派である正教系の住民が分裂しており、今回のロシア=ウクライナ戦争の根底は宗教戦争だと見る向きもある。
ウクライナ政府が、キリスト教の行事で最も重要なクリスマスの祝祭日を、正教の1月7日からカトリックの12月25日へ変更したのは、象徴的である。
今回の戦争は、歴史的なロシア=ウクライナ二国間の反目や、ロシア=NATOの対立を反映するほか、ウクライナ国内の宗教的対立も看過できない要因だ。

つまり、著者の予想は外れるよりむしろ当たっている。
または、1993年当時から既に今の事態が予測できたほど国際情勢は変わっていないとも言える。


さいごに、日本についての記述について触れると、

『日本では「和魂洋才」つまり「日本人の魂を持って、西欧の技法を学べ」であった』(p122)
『文化的に孤立している日本は、今後は経済的には孤立していくかもしれない』(p233)

などの記述から、執筆当時、少なくとも著者は、日本に西欧からの独立性を見ていたようである。
30年経って、今同じ状況とは思わない。
残念ながら著者は2007年に逝去されたが、現在版の『文明の衝突』も読んでみたかった。

下巻も楽しみに。


*******
以下、メモとして。

-文明は文化の総体だとされているが、ドイツではそうではない。文明は機械、技術、物質的要素にかかわるものであり、文化は価値観や理想、道徳的な社会の質にかかわるものだとした。この区別のしかたは、ドイツ思想界には根付いたが、それ以外の場所では受け入れられなかった。ドイツ以外は、「文化をその土台である文明と切り離したいと願うのは欺瞞だ」という意見に賛成している。(p59)

-西欧が世界の覇者となったのは、理念や価値観、宗教がすぐれていたからではなく、むしろ組織的な暴力の行使にすぐれていたからなのだ。(p78)

-人間は、理性のみによって生きていくものではない。社会が急速に変化するとき、自分は何者か、といった問いへの答えを求める人々に、宗教は魅力的な答を与えてくれる。(p164)

-日本では、第二次世界大戦での壊滅的な敗北により、文化的にも混乱の極みに達した。「宗教、文化などこの国の精神活動のあらゆる側面のうち、どの程度があの戦争に利用されたのかを今から知ることは非常に難しい。戦争での敗北は、この国の制度にとてつもない衝撃を与えた。彼らの心のなかで、すべてのものが価値を失い、捨て去られた。」(p179)

-物質的に成功したあとには、文化を主張するようになる。ハード・パワーがソフト・パワーを生みだすのである。(p187)

-イスラム復興は1970年の石油ショックで多くのイスラム諸国が富と影響力を一気に増大させたことによって火がついたのである。豊かな産油国の行動は「キリスト教の西欧をイスラム教の東方にとっての朝貢国にするという大胆な試みである」。(p201)

-ある次元のアイデンティティが別の次元のアイデンティティと衝突することもある。1914年にドイツの労働者は国際的プロレタリアートという階級に基づくアイデンティティと、ドイツ人でありドイツ帝国の一員であるという国家次元のアイデンティティのどちらかを選ばなければならなかった。(p220)

-ロシア文明は、13世紀半ばから15世紀半ばまで、西欧文明の歴史的現象に晒されることはなかった。その現象とは、ローマ・カトリック教、封建主義、ルネサンス、宗教改革、海外拡張と植民地化、啓蒙運動、国民国家の出現などである。

-(19世紀ロシアの)スラブ主義者と欧化主義者は、ロシアが西欧に遅れを取ることなく西欧とちがう道を歩めるかどうかを議論した。共産主義はこの問題をみごとに解決した。ロシアは西欧とはちがうし、西欧よりも進んでいる、というのである。(p247)

-トルコは湾岸戦争で断固として欧米を支持し、それによって欧州共同体への加盟が促進されると期待したが、そのような結果にはならず (p261)

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2025年02月28日

Posted by ブクログ

 冷戦後の世界をおもに「宗教」「民族」からなる「文明」という切り口で予言、解説。9.11から続くアフガニスタン紛争やイラク戦争を予見したものとして名高い。

 個人的には本書の内容が自己成就的に達せされているようにみえるトルコに関する記述に興味を惹かれた。あとタイムリーにリトアニア(2018/10/16現在)
ウクライナークリミアはEUの失政かな。

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2020年07月03日

Posted by ブクログ

発刊当時(1998年)、大きな話題を呼んだ国際政治学者のサミュエル・ハンティントン氏の民族や宗教や地政学に基づく未来予測書。
文明は7つ乃至は8つに分けることができ、さらに文明を西洋対非西洋という構図に整理することができ、将来的には非西洋文明にパワーシフトが進み、文明間の衝突が加速する分析をしている
「リベラルな民主主義」が勢力を伸ばすと予想した「歴史の終わり」に対し、本書は文明間の分断を指摘し、ふたつとも多岐に渡る深い造形に基づいた論理展開で、どちらが正否ということではなく双極に大きく揺れ動き混沌としながら人類は進んでいるという印象を受ける。
30年近く前の本で特定の時点の話なので読みが外れている部分もあるが(ウクライナ、台湾、朝鮮半島など)、西洋と非西洋との文明の衝突はまさに今起こっている事であり、歴史の大局観を掴める本である。

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2025年09月08日

Posted by ブクログ

文明の衝突について、中世〜現在のスパンで様々な視点から論考している。
世界を捉えるいくつかのパラダイムについても比較検証しており、その中で文明パラダイムの整合性を主張している。
大枠では非常に有効な主張に思える。
簡潔にまとまっているのは『文明の衝突と21世紀の日本』

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2021年12月12日

Posted by ブクログ

もう20年以上の前の本なのに、歴史を踏まえて、見事に今を予見している名著。細かな数字の予想は違っているにしても、方向性はピタリと合っている。

かつて、日本語は母国語で高等教育が受けられる稀有な言語などと言われていたが、本書で記されているように、イスラム圏ほか各地の文化圏で母国語での高等教育がなされるようになれば、文化の多様性が世界に大きな影響を与えてくるに違いない。

2050年にはアジアのGDPが世界の50%に達するという見方もある。その時、「他国にたいして率直に批判したり評価を下しったりすることをあまりしない」というアジアの文化と「何をするべきで、何をしてはならないとか、何が正しくて何が間違っているかといったことを、相手に向かって言う権利があると思っている」西欧文化、それとはまた異なるイスラム文化はどう共存していくのだろうか。

下巻も楽しみ。

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2024年07月08日

Posted by ブクログ

最初にでてから20年近く経ってるから、読者はここで提示された問いの幾つかについて、既に答えが出たことを知っているわけですが、そもそも論として、欧州とアメリカ合衆国は別の文明とするべきなのではないだろうか?より正確には、カナダとアメリカ合衆国と英国で一つの文明。大陸欧州で一つの文明。こうすることにより、近年(この書がでてから)起きた幾つかの出来事についての説明がより容易になるように思われる。

本書で提示されたように、ウクライナは分断国家であり、トルコはイスラム国家として再定義を推進し、そして、本書の提示とは逆に、メキシコの北米文明研への再定義はアメリカによって拒絶された。英国のEU離脱は、英国が北米=英国文明圏と大陸欧州文明圏により分断されているとした方が説明がつきやすい。

「西欧文明の東の境界線」をハプスブルク帝国と、オーストリア・ハンガリー、チェコスロバキア、ポーランド、ドイツ東部の国境地帯とする(要は、ローマカトリック&プロテスタントと東方正教会の境界)のはとても納得がいった。


あと、しょせん欧米の人から見ると、日本はそんな扱いかぁ。とか。

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2022年08月24日

Posted by ブクログ

元々1998年と、20年も前に書かれた本なのですが、あたかも2017年の今を書いている様な内容。怖い怖い。だって、本当に、書かれている様に物事が進んでいる。

20年前の時点で、いまが見えていたとは、サミュエル・ハンチントン恐るべし。2008年に逝去しているけど、仮に2017年を彼が居たら、未来に何があるとみるのか気になります。サミュエルが見ても、2017年より先にも未来があると嬉しいな。

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2017年10月20日

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