斉藤淳のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
大学は理系学部に進みましたが、学部の1年と2年次の時に「一般教養」という科目を選択で履修しました。文系科目でしたが、理系に進んでも異なる分野を勉強するのが「教養」を持つことなのかな、と思ったのを記憶しています。
しかし長い間「教養」と「知識」の違いも理解できていないままに月日が流れました。数年前にローマ帝国時代の「一般教養科目」を知る機会があり、幅広い科目が設定されているのを知りました。
そんな私にとって、先日本屋の店頭で見つけたこの本のタイトルは惹かれるものがありました。アメリカの大学生は物凄く勉強すると聞いていますが、彼らが学ぶ「教養」とは何かを知って、私のこの本に書かれていることを参考にして「教養ある人」になるべく過ごしていきたいと思いました。
以下は気になったポイントです。
・教養とは、結果として 人生のいろんな局面で役立つことはあるけれども、 目的を定めずに積み重ねられるもの、教養を身につける目的は 教養を身につける道程そのものである(p4) 教養とは 本質的には「自分の中心」を構成する何か= 人生哲学や 守りたい 価値観を形成する栄養、となるものである。 教養を身につける過程でそういう「自分の中心」が構成された人は、思慮深く、尊厳があり、 また他者に対する敬意・ 想像力を兼ね備えることができる(p9)
・ギリシア時代 政治に参加するには それ相応に 幅広い知識が必要 であった 、そこで「人が身につけるべき基本の学問」にされたのが「 文法学・ 論理学・ 修辞学・ 算術・幾何学・ 音楽・ 天文学」の 7科目であった。 これらの学問を身につけることで、 市民は一部の特権階級の決定に従う 隷属的な存在から、自ら考え自らの自由意志で参政する「自由な市民」になることができる。 そんな意味合いから「自由7科」 と呼ばれていた、 これが「リベラルアーツ」の始まりである(p5)
・学べば学ぶほど世界に対して目が開かれ 人生の選択肢が増える、広大な世界に手を伸ばし 大きな成功を獲得していくだけの知力・ 能力が身につく、 しかし 同時に これは自分が生まれ育った 共同体から慣れ親しんだ 価値観から、どんどん切り離されて孤独になる可能性をも有する(p15)
・ 言語というツールを用いれば 、情報処理、 記憶や意思疎通 にかかる脳のメモリーは圧倒的に少なくて済む、 脳の容量は知能の高さではなく どれだけメモリを消費しているかによって決まるため、 ホモサピエンスは 言語を獲得したことで脳をより使わなくて済むようになり 脳が小さくなったと考えられる (p38)
・現在は記憶デバイスが発達しているので、 もはや「 物知り」であるだけではほとんど価値がない。知識があることよりもはるかに重要なのは「その知識を使って何を考えるか・ 他者と 議論し行動するか」である (p39)
・ 思考の精度をより高めるためにぜひ 週間つけたいのが「メモを取ること」である、 何らかの形で、読んだこと・考えたことの痕跡を残しておく、 さらには 自分の思考を他社に伝えるトレーニングとして、まとまった文章を発表するのも良い (p83)
・目に見えているデータにばかり目が向きがちであることを自覚し、 見えないものの存在を意識する、 目を向けてみる、という発想を持って 物事を見る、 こういう日々の営みが、本書で言うところの「教養を高める」ということである(p90)
・学んでみたい 学問が見えたら、集中的に本を読むことを推奨する。一つの分野の本を多読する、 めぼしい本を10冊ほど買い集め 計画を立てて読むことを推奨する、 その際には 入門書と、面白そうな専門書の2冊を選ぶと良い(p114)
・過去に他者によって書かれた著作からの引用が全くない本は信用できない、 そのような本は著者の独断と偏見だけで書かれている可能性が高いので 基本的に「読む必要なし」である(p118)
・ 大人になったら一番大事なのは、事実を踏まえて「自分はどう考えるか」 である、事実確認は本来 レポートを作成するために必要な最低限の準備であり、 物を考える 土台に過ぎない (p150)
・自分の意見を作る トレーニングとして推奨することが2つあり、1) 自分が正しいと考えることと、その正反対の意見の両方に 理由付けをしてみること、2) 社会的課題について考える際に、まず 信頼できる 言論空間から主だった主張を集めてくること、である(p155)
・「なぜ」の問いに答えるには、様々な事実を概観して自分なりに考察を 加えて、仮説を立て、 知識や情報を使って検証する必要がある。 つまり 問いに対して単なる事実確認ではなく、 技術の評価(=ある事実を 自分はどう 評価するのか)を持って答えるということで、 それは一つの意見を形成するという 試行作業に他ならない (p158)
・ 目指したいのは、自分の頭で考え意見形成ができるようになること、 ただし そこで立ち止まらずに、是非 思考することに「この自分の意見は社会的にどう 大切なのか、 どんな意味があるのか」と考える、 これが「一般化可能な示唆を導く」ということである。 そこまで意見を昇華させる習慣があってこそ、教養人として 、より良い社会の構築に関わりながら生きていくことができる (p178)
・「具体」と「 抽象」を行き来する スキルとは、 個別具体的な話を 抽象化し、より一般的・ 普遍的に当てはまるように昇華させるスキルである。対話の始まりは 具体的な話でもいいが、最終的には「つまりこういうことなので、 この話は皆にとって重要なことなのだ」という話にしていく(p192)
・具体と抽象を行き来するポイントは、自分が元々考えていたことから「 固有名詞などの個別性」を取り除き、 アナロジー(類推)で 仮説を立ててみるということである (p194)
2026年5月7日読破
2026年5月13日作成 -
Posted by ブクログ
息子へ)
丸の内の大型書店「丸善」に行った。
たくさんの本があるのはもちろんだが、そのディスプレイの仕方が、お父さん好みだ。
知的興味が掻き立てられる。東京駅からすぐ。君も大きくなったら是非立ち寄ってほしい。
で、めったに定価で本を買わないお父さんが、
書店の素晴らしさに、ついつい買ってしまった本。
英語の勉強法。
結局は、語学勉強に王道なし。
ということを、再確認した。
オススメ勉強本が掲載されているところに引かれたが、ほとんど目新しい内容はなく、ちょっぴり後悔。
まぁ、この本より、丸の内「丸善」を、今日は、勧めておこう。
お父さんの本の買い方)定価
読め、もしくは、読むな)読みたければ読め
君が・・・歳のころに) 本気で英語を勉強しようと思ったとき -
Posted by ブクログ
タイトルのアメリカの大学生の話はそんなにでて来ない。
「話を鵜呑みにするな」
「裏を取れ」
「きちんと自分で考えろ」
という内容を力説している本だった。ちょっとタイトルからの想像とは中身が違ったのだが、私の心に響いた箇所がいくつかあったので紹介したい。
-国際紛争、少数派排除、差別、環境問題、食料問題等々、世界ではありとあらゆるところで問題が勃発していて、人類が苦しんだり悩んだりしている。
「自分の目の前では(少なくとも)起こってはいない、世界の大変なこと」を知らなければ、それについて考える代わりに、自分や家族、属するコミュニティの繁栄や幸せのみに集中することができるかもしれない。
だが、知ってしまった以上、無視はできなくなる。感情を揺り動かされ、問題意識が生まれ、「考える」という労力を費やさなくてはならなくなる。あるいは、良心の呵責を感じながらも、意図的に距離を取り、無視する選択を迫られることもあるかもしれない。
つまり、何かを知る、学ぶとはそう言うことなのではないか。
-何も政治家や活動家にならずとも、大切にしたい価値観や実現したい社会の一端を担うことはできる。学ぶ、考える、発信する。
「しょせん自分には何もできない」という諦めこそ、自分が大切にしたい価値観に反する人たちを利することになる愚かな態度と言っていい。 -
Posted by ブクログ
学びが多かった。
特に教養人とは知的謙虚さを持つことであると説く。では知的謙虚さとは何か?
「わかる」を用いて以下のように説明している。
ある特定分野について...
•自分の右に出るものはいないくらい網羅的かつ深い知識がある
•まだ学びはじめであるが、ある程度は自分の言葉で説明できる
•全体的にうろ覚えだが、体系づけて学んだ経験がある
•ちょっとかじった程度の「にわか知識」がある
時間も資源も有限である以上、ある分野を学ぶ時、どこまで深く学ぶ必要があるのか、「わかる」を知っていれば、おおよその当たりを自分でつけられるようになる。
「すべてをわかることはできない」という知的謙虚さがあれば、知識に接するつど「目指すべき理解レベル」を使い分ける。わかったつもりに陥らず知識に向き合っていくことが教養人なのだと。
全体としては良い内容だったのに、独裁国家(名指しはしていないが中国)の体制批判や中国語を勉強してる人と接しても、中国語を学ぶワクワク感が伝わってこない等、教養人をテーマにする著作の内容とは思えない主観の展開は残念だった。 -
Posted by ブクログ
50歳を超えた今だから思うことは「もっと勉強していけばよかった」だ。勉強とは最高のエンタメだと思う。
学生時代は全く勉強しなかったので、成績も正直良くなかった。
中学校くらいまでは何とか付いていけたのだが、高校ではついていけず、むしろ勉強に嫌気がさしていたくらいだ。
当然「勉強を楽しむ」なんて発想すらなかったし、大学受験だってスレスレで運よく合格したのを良いことに、大学では完全に遊び惚けてしまった。
もちろん、40年以上前の当時は受験のための勉強であり、基本的にはすべての科目が暗記中心だった。
その暗記することが苦手なのだから、試験は当然苦戦するのだが、勉強することが実はイコール「教養」のことだなんて思いもしなかった。
それだけ何も考えずに暗記だけを嫌々やっていたのだから、頭が良くなるはずもない。
今思い返しても、「そもそも勉強するとはどういうことか?」「人は生きて行く上で、なぜ勉強しなければいけないのか?」「なぜ教養を得ることが必要なのか?」ということをきちんと教わったという記憶が全くない。
これでは日本経済が停滞する訳だ。
これからの未来を作っていくためには、優秀な人材を育成していかなくてはいけない。
暗記式のような、正解を記憶する勉強法(そもそも暗記を「勉強」と言えるのかは疑問だが)も、確かに機能していた時代はあったかもしれない。
日本のような製造業モデルの人材を育成するためには、非常に効果的だったと言える。
とにかく品質を高く維持するためには、そこには必ず「正解」があり、誰が製造してもその品質が保たれるための人材を育成する必要があった。
つまり、飛び抜けた天才は必要がない。
そして、多様性も当然必要ない。
周囲と協調して、金太郎飴のように、どこで切っても同じ品質になることが、正解だったのである。
しかし時代は大きく変わってしまった。
これからの未来こそ、「思考する」ことが、どれだけ大事かということだ。
それもほとんどの問いはWeb検索で正解が出てくるし、何なら生成AIで解決のアイディアだって出してもらえる。
それらと人間の思考とはどう違うのか。
違いをきちんと理解してこれからの時代を生きていくのと、何も考えずに流されるように生きていくのとでは、人生のクオリティは大きく異なるのだろう。
だからこそ教養なのだ。
老齢に差し掛かった年齢になって、ようやく教養の大事さに気が付くのだから困ったものである。
今だから自信を持って言える。
「勉強することは、本当に面白い」
暗記のことではなく、教養を得るという行為。
これは、先人たちの思考回路をなぞるような作業だ。
なぜ、その考えに至ったのか?
哲学だけでなく、数学だって物理だって。
世の中の不思議なことに対して、「なぜ?」と原因を探ることで、思考を繰り返す。
とにかく深く深く考えてみる。
そして、ある解答に至る。(至らない場合もある)
思考を巡らせるから、社会課題の解決が思いつくのかもしれない。
そして、思考を巡らせるから、新しいビジネスだって思いつくのかもしれない。
もしかしたら、私は今が人生で一番勉強しているかもしれない。
(それだけ学生時代に勉強しなかったということの裏返しなのだが)
決して頭が良くなっている訳ではないところが、自分自身の残念な点ではあるが、それもまた能力の限界であるから致し方ないところだと割り切っている。
しかし、本物の教養を得ることは、自己満足かもしれないが、それだけで十分に面白い。
本書では、「具体」と「抽象」を行き来するスキルについても触れているが、これも非常に納得だ。
暗記だけでは確かにこのスキルは身につかないだろう。
デジタルリテラシーなども、教養がきちんと身についていない人にいくらデジタルの知識を詰め込んでも、習得は難しいのかもしれないと思う。
教養とは、考え方を知ることだ。
思考のフレームワークを複数使いこなして、ケースに合わせて活用する。
そして、自分の意見としてまとめ上げて、分かりやすく相手に伝える。
これらを繰り返していく中で、自分自身の価値観が徐々に醸成されていくのだという。
教養を持つことは、つまり、自分自身を作り上げることなのだ。
そして、その自分自身の力で、未来を切り拓いていくということだ。
今からでも遅くはない。
勉強を楽しんで空想して、新しい教養を少しでも身につけられればと思っている。
(2024/6/18火) -
Posted by ブクログ
親の英語力は必要じゃない、と書いてあるが、実践すべき事は親が英語の本を読んだり、日常生活で英語で簡単な質問をしたり、と、結構ハードルが高そうな内容。英語力が低い、というのは、中学の英語はちゃんとしてきたレベルのことなので、本当に英語が苦手で、、という人にはちと厳しいのではないかと思った。また英語を身に付けるための具体的なプロセスも書かれておらず、それが知りたかった私には少し物足りなかった。
とは言え、英語を学ぶための教材がとても細かく書かれていたのはとても実用的で助かる。また、子供のうちは日本語訳するな、ライティングは不要、と言うのは、日本の英語教育でなぜ全くしゃべれるようにならないのか、と常々疑問に思っていた私には腑に落ちる内容だった。