あらすじ
本物の教養であなたの世界は180度変わる
教養を身につけるというのは、ただの勉強とは違います。学歴があることとも違います。知識や情報を得ることそのものが目的ではありません。
教養を身につけるというのは、一般教養を身につけるとは違います。「一般教養」は時事性が強い、いわば賞味期限があるものなのですが、真の教養とは、もっと普遍的なものです。
では、教養とは何か。何のために身に付けるものなのか。
イェール大学の元助教授で、英語力と教養を同時に学べる学習塾「J PREP 斉藤塾」の代表である著者が、
アメリカのリベラルアーツ教育の現場を知っているからこそ語れる、
「教養とは何か」「教養人とは何か」「教養を身に付けるための方法」を明かします。
※カバー画像が異なる場合があります。
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Posted by ブクログ
日本の教育現場ではまだ十分に重視されていない「リベラルアーツ」の本質を分かりやすく伝える一冊です。
著者は元イェール大学助教授という経歴を持ち、アメリカの大学で実際に行われている教養教育を肌で知る立場から、その価値と魅力を語っています。
本書の面白さは、「教養=幅広い知識」ではなく、「自分で考える力を育む方法」だと明確に示している点です。
アメリカの大学では、哲学、政治学、経済学、科学など幅広い分野を学ぶことが推奨されますが、それは専門性に入る前に、社会や人間について多角的に考える基盤を養うため。
つまり、教養とは「すぐ役に立つ知識」ではなく、将来の変化に対応するための“思考の筋力”だと説かれています。
また、議論やディベートを通じて多様な価値観に触れることの重要性も強調されます。
自分と異なる意見を受け入れつつ論理的に対話する経験は、日本の詰め込み型教育では得にくい学びです。著者は、こうした力こそがグローバル社会で不可欠な武器になると指摘します。
単なる教育論にとどまらず、これからの時代を生きる読者に「何を学び、どう考えるべきか」を問いかけてくれる本です。
教養を「実生活に生きる力」として捉え直したい人にとって、刺激的で実り多い一冊になるでしょう。
Posted by ブクログ
大学生として今後様々なことを学んでいく上で重要なポイントがまとまっていたと思う。大学に入って好きなことを自由に学ぶことができるようになってから教養を意識するようになったが、思考の整理や発信、そして自らの意見を持ち人と対話することの大切さを理解することができた。この本から得た最も大切なメッセージは、学ぶ際の姿勢について「常に謙虚であり続ける」ことだと思う。
Posted by ブクログ
教養とは何か、これを考えるには最適だと思います。本書でも触れていますが、読んだら手っ取り早く教養が身につけれるというわけではありません。下地(考え方やマインド)作りにフォーカスした良書となります。
Posted by ブクログ
日本でしか教育を受けたことがないのでとても新鮮な気持ちだった。
リベラルアーツの成り立ちから解説があったが、何のために学ぶのかをもっと考えていきたいと思えた。
Posted by ブクログ
批判的に検討し、「なにが相対的に正しい可能性が高いのか」を判断しながら学ぶ
多様性を尊田しようとしすぎると、なにも決められない、さらに、マイノリティに配慮しすぎて、マジョリティに不利益が生じる
重要なのは、知識そのものではなく、知識をもとに考え、他者と議論し、そして最終的には自分で判断し、行動に結びつけていくこと
民主主義とて、完全な鉄壁なシステムではありませんし、多くの問題を抱えています。しかし、人類の歴史を通じ、民主主義国家同士での戦争はほとんど発生したことがなく、大規模な飢饉も民主的な政治体制では発生したことがありません。多様な価値観を持つ集団が平和的に共存し続けるための、歴史的な知恵を反映した均衡状態ともいえます。
Posted by ブクログ
教養ってなんだろう?
そんな疑問があり、この本を手に取りました。
高校生のときにこの本に出会っていたらきっと人生が変わっていたのだろうな、と思える素敵な本でした。
今は30代の私ですが今日が一番若い日です。
この本でいうところの教養人で在れるよう、日々学びの姿勢や知への探究心をもって生活していきたいです。
知っている気になっているだけで本当は知っていないことがあるんだな、ということ。
知る、ということへのレベル付け。
思ったこと、感じたことはメモする。
また、自分の将来や、自分はどんなことを望んでいるのか、そんなことを考えるきっかけになりました。
先生のおすすめされている本も読んでみたいと思います。
Posted by ブクログ
アメリカの大学に興味があり本を手に取りました。 自分の頭で考え、自分の意思で、行動することを大切にしようと思いま した。他人の答えをそのまま受け入れていないか、自分のイメージのみ で判断していないか、決断する度に考える癖をつけたいと思いました。 今自分がしている 「勉強」 が実はただ知識を詰め込んでいるだけになっ ていると気付かされました。勉強のニーズは様々だから、常に全てを深 く考える必要はないけれど、自分の大切にしたいこと、興味のあること に関しては、「考える」 部分を大切にしたいと思います。高校生でこの本 に出逢えたことを嬉しく思います!
Posted by ブクログ
会社で意見を求められたり、自分の価値観や思考などをより表現する場が増えている中で、この本を手にした。
内容は主に真の意味での「教養」について。元々は常識や社会で生きていくなかである程度知識やノウハウを持っている人をイメージしていた。
しかし、本書を読んでいくと本当の意味での教養を理解していないことを痛感。教養とは「自分の培ってきた知識や考えを、自分の基礎となってくる価値観に昇華し、それを素に他者と様々な事柄について議論をし、取り入れ、柔軟に変化させていく。そのような、価値観の基盤はあるが、常に柔軟に変化させていける人物こそ、「教養のある人間」と学んだ。
その中でも、1つの事柄を考えるにしても「なぜ〇〇は△△しないのか」ではなく、「なぜ□□は△△するのか」を考えた方が、前者の真意も理解できる事に加え、よりその後に活きる事実や発想が湧いてくるという考え方はすぐに仕事や生活に反映させていきたい。
更に、「自分がどんな価値観を大事にしているか」を様々な場面(例えば仕事や生活)に置き換え、書き出す事もすぐに実践していきたい。
Posted by ブクログ
事実確認に思考は伴わない
事実を持ってどう考えて、行動するか?が大事
知っているだけでは価値ない。思考を深めて議論し行動に移すこと。情報の一方通行にならず、相互検証にしよう
Howでは思考は伴わない、whyが思考となる
日本
農村自体から生き延びるために和を重んじるため、人の意見の否定が批判と受け取られるのではと考えてしまい、同調する
アメリカ
物事に対して自分の意見を持つことに重きを置く
Posted by ブクログ
齋藤氏の本はこども英語関連で読んで以来でしたが、日本とアメリカ二つの国での教育経験を通して見えてくる教養の考え方の違いについて興味深く読ませて貰いました。
日本は教科書的な正解を求める教育スタイルと書かれていますが、自らの就学体験を振り返っても確かに、と。日本人の真面目さや調和を重んじる性格というか、全員の理解をベースに物事を進めようとする民族性がその教育スタイルに繋がっているような気がします。
アメリカの意見をバンバンいうスタイルの授業はある程度の寛容性というか、多少の事実齟齬は気にしないよ!くらいのゆるさがあってこその世界な気がするので、日本でのアメリカ式教育スタイルは相当に先生や学校カリキュラム共に意識的に作り上げられたものでないと実現しないだろうな、と。
(日本の先進的な教育をおこなっている教育機関はどんな教育してるのかしらと興味も持ちました。)
脳みそフル回転で授業に挑めるのは後者の環境であると考えるので、そういった環境への選択肢を子供にも与えてあげたい、その素地を作ってあげなきゃと気持ちを新たにした一冊。
Posted by ブクログ
教養をつけたいという漠然とした欲求でこの本を手にしたが、その好奇心のままに、学び続けることを肯定してくれた気がする。
でも、それが独りよがりにならないよう、自分の「この世界にどう会ってほしいか」という軸と他者との対話を繰り返すことの重要性を感じた。
Posted by ブクログ
本書では教養がどういうものなのかを知ることができる。教養は、ただ知識を持っていることではない、その知識を学んだ上、自分の頭で考え、議論で思考を深めることが大事。自分の意見を持つ、ポジションテイキングを取ることは日本人の苦手とするところなので、私も自分で思考し、なぜその意見なのかをはっきり軸を持てるような人間になりたいと思う。
独りよがりにならず、他者と議論し、合意形成を目指す真の教養人を目指せるよう努めたい。
Posted by ブクログ
やはり読書は楽しい。
最初はタイトルに惹かれて買って、1年ほど積読にしていて、なんかちょっと浅そうなタイトルだなと思って読んでいい意味で予想を裏切られた。
教養とは何か。というのを自分もかれこれ考えてきてた。生きてきた中で、教養とは知識を指すのではなく人格そのものではないかと考え始めていた。
“本質的には「自分の中心」を構成する何か”。
ようやく結論が出た中で同じようなことを言ってくれたので少し自信が持てた。
私は30も半ばになり、若いのかは分からんけれども未熟であることは知っている。だから本をたくさん読もう。まだまだ出会える世界はたくさんある。
Posted by ブクログ
自分が大切にしている価値観が実現された社会を作るための手段として学び続ける人こそが教養人であるというメッセージは確りと受け取った。本書の本質ではない部分かもしれないが、英語を学ぶ意味について、新しい観点を教えてくれたことも良かった。
Posted by ブクログ
教養とは何か、またどのように教養を身につけるべきかについて筆者の考えが述べられている。
教養とは己の哲学や価値観を形成する栄養となるもの、もしくはそれらを守るための知的バックボーンである。
賢いとか、知識をたくさん知っているとかは関係なく、思慮深く、尊厳があり、他者に対する敬意と想像力を兼ね備えた人こそが、教養のある人である。
キーワード(キーセンテンス)だと感じたのは、知的謙虚さ・知的格闘体験・社会的動物ゆえに社会に与えうる価値まで考える・合意形成を目指す・教養がいつ役立つか分からないことこそ、学び続ける最大の動機である。
何を学ぶかよりもいかに学ぶか。
この点においては、過程を大切にする現在の教育と通じる部分がある。
また、いつ役立つか分からないことが、学びのモチベーションを持続させるとあるが、反対にいつ役立つか分かることも、学び続ける理由として成立すると思う。
ただ、前者は長期的視点(内発的動機)であり、後者は短期的視点(外発的動機)であるという違いがあると感じた。
知的謙虚さをもつことは、他者を大切にすることにもつながり、それは自分の生き方にも大きく関わる。僕の課題はここ。意識。
Posted by ブクログ
知識人ではなく、教養のあり方を知った。どれだけ探究心を持てるか、それに対してどれだけ力を注げるかにかかっており、1つの事柄によって様々な見解を持っていることが大切であり、面白いと思えた。
Posted by ブクログ
・知識人≠教養人
・確からしさを確かめることが大事。
→背景にある根拠で信憑性があるのはどれか
→査読にどれだけの不正に対する自浄効果があるのだろうか。有名な雑誌に掲載される論文であっても訂正が入ったりするから難しいところ。
・考えが変化するのは新たな知見を得ている人にとっては当然のこと。
・判断するための材料集める力、情報処理力が教養人にはある。
Posted by ブクログ
教養って言葉、かっこいいな〜!でもよく知らないかも!と思って購入。読んでよかった!
◆どんな本
この時代に教養が必要とされる理由が書かれた本。
「そもそも教養って何なの?」
「教養を身につけることがなぜ大事なの?」
「教養を身につけたことで何が生まれるの?」
などなど、教養の大切さがわかる一冊でした。
◆印象に残ってること、所感
歴史でも、心理学でも、音楽でも、一見何の繋がりももたない分野でも、その考え方や背景を学ぶことで、あらゆる分野で自分で正しく「選択」できるようになる。
「これはこうだよ」と誰かに決められた選択肢ではなく、自分で考えて、自分の道を自分で選択できるようになる。自分はそういう道を進めてるかな?と改めて考えさせられました。
「教養」=自分の考えや、心の幹のようなものを太く育ててくれる栄養のようなもの。
何でもスマホ片手に調べれば分かる時代だけど、「わかったつもり」の人と、「わかった状態」の人は出てくる言葉の深さが全然違う。自分は後者になりたいな、と。
◆実践
・やったことがないことに挑戦する。習い事とか資格とか、趣味増やすとか。なんでもよくて、学びたいこと1つ取り入れてみる
Posted by ブクログ
タイトルからどんな教養、知識が語られるのかと思いきや、それを知ってるだけでは教養人ではない、教養とは‥と筆者の主張が全編で続く。
基本的な思想だったり考え方は自分に近しいんだけど、文章にして主張されると「なんか思想強いな‥」という感じがしてしまった。特に日本のマスメディア批評と日本のメディアは劣化してしまったので欧米のメディアを使っていること、だから英語できるようになれ、のくだり。
ところどころは腹落ちすることや気づきになることもあったので3点。
Posted by ブクログ
学びが多かった。
特に教養人とは知的謙虚さを持つことであると説く。では知的謙虚さとは何か?
「わかる」を用いて以下のように説明している。
ある特定分野について...
•自分の右に出るものはいないくらい網羅的かつ深い知識がある
•まだ学びはじめであるが、ある程度は自分の言葉で説明できる
•全体的にうろ覚えだが、体系づけて学んだ経験がある
•ちょっとかじった程度の「にわか知識」がある
時間も資源も有限である以上、ある分野を学ぶ時、どこまで深く学ぶ必要があるのか、「わかる」を知っていれば、おおよその当たりを自分でつけられるようになる。
「すべてをわかることはできない」という知的謙虚さがあれば、知識に接するつど「目指すべき理解レベル」を使い分ける。わかったつもりに陥らず知識に向き合っていくことが教養人なのだと。
全体としては良い内容だったのに、独裁国家(名指しはしていないが中国)の体制批判や中国語を勉強してる人と接しても、中国語を学ぶワクワク感が伝わってこない等、教養人をテーマにする著作の内容とは思えない主観の展開は残念だった。
Posted by ブクログ
50歳を超えた今だから思うことは「もっと勉強していけばよかった」だ。勉強とは最高のエンタメだと思う。
学生時代は全く勉強しなかったので、成績も正直良くなかった。
中学校くらいまでは何とか付いていけたのだが、高校ではついていけず、むしろ勉強に嫌気がさしていたくらいだ。
当然「勉強を楽しむ」なんて発想すらなかったし、大学受験だってスレスレで運よく合格したのを良いことに、大学では完全に遊び惚けてしまった。
もちろん、40年以上前の当時は受験のための勉強であり、基本的にはすべての科目が暗記中心だった。
その暗記することが苦手なのだから、試験は当然苦戦するのだが、勉強することが実はイコール「教養」のことだなんて思いもしなかった。
それだけ何も考えずに暗記だけを嫌々やっていたのだから、頭が良くなるはずもない。
今思い返しても、「そもそも勉強するとはどういうことか?」「人は生きて行く上で、なぜ勉強しなければいけないのか?」「なぜ教養を得ることが必要なのか?」ということをきちんと教わったという記憶が全くない。
これでは日本経済が停滞する訳だ。
これからの未来を作っていくためには、優秀な人材を育成していかなくてはいけない。
暗記式のような、正解を記憶する勉強法(そもそも暗記を「勉強」と言えるのかは疑問だが)も、確かに機能していた時代はあったかもしれない。
日本のような製造業モデルの人材を育成するためには、非常に効果的だったと言える。
とにかく品質を高く維持するためには、そこには必ず「正解」があり、誰が製造してもその品質が保たれるための人材を育成する必要があった。
つまり、飛び抜けた天才は必要がない。
そして、多様性も当然必要ない。
周囲と協調して、金太郎飴のように、どこで切っても同じ品質になることが、正解だったのである。
しかし時代は大きく変わってしまった。
これからの未来こそ、「思考する」ことが、どれだけ大事かということだ。
それもほとんどの問いはWeb検索で正解が出てくるし、何なら生成AIで解決のアイディアだって出してもらえる。
それらと人間の思考とはどう違うのか。
違いをきちんと理解してこれからの時代を生きていくのと、何も考えずに流されるように生きていくのとでは、人生のクオリティは大きく異なるのだろう。
だからこそ教養なのだ。
老齢に差し掛かった年齢になって、ようやく教養の大事さに気が付くのだから困ったものである。
今だから自信を持って言える。
「勉強することは、本当に面白い」
暗記のことではなく、教養を得るという行為。
これは、先人たちの思考回路をなぞるような作業だ。
なぜ、その考えに至ったのか?
哲学だけでなく、数学だって物理だって。
世の中の不思議なことに対して、「なぜ?」と原因を探ることで、思考を繰り返す。
とにかく深く深く考えてみる。
そして、ある解答に至る。(至らない場合もある)
思考を巡らせるから、社会課題の解決が思いつくのかもしれない。
そして、思考を巡らせるから、新しいビジネスだって思いつくのかもしれない。
もしかしたら、私は今が人生で一番勉強しているかもしれない。
(それだけ学生時代に勉強しなかったということの裏返しなのだが)
決して頭が良くなっている訳ではないところが、自分自身の残念な点ではあるが、それもまた能力の限界であるから致し方ないところだと割り切っている。
しかし、本物の教養を得ることは、自己満足かもしれないが、それだけで十分に面白い。
本書では、「具体」と「抽象」を行き来するスキルについても触れているが、これも非常に納得だ。
暗記だけでは確かにこのスキルは身につかないだろう。
デジタルリテラシーなども、教養がきちんと身についていない人にいくらデジタルの知識を詰め込んでも、習得は難しいのかもしれないと思う。
教養とは、考え方を知ることだ。
思考のフレームワークを複数使いこなして、ケースに合わせて活用する。
そして、自分の意見としてまとめ上げて、分かりやすく相手に伝える。
これらを繰り返していく中で、自分自身の価値観が徐々に醸成されていくのだという。
教養を持つことは、つまり、自分自身を作り上げることなのだ。
そして、その自分自身の力で、未来を切り拓いていくということだ。
今からでも遅くはない。
勉強を楽しんで空想して、新しい教養を少しでも身につけられればと思っている。
(2024/6/18火)
Posted by ブクログ
現代は様々な人が意見を発信することができるようになったが、その反面多くの人の耳目を集めるために過激なことや常識とは外れたことを言う人も増えたと感じる。
だからこそ普段から自らで学び、考え、自分の意見を持ち、その情報の「確からしさ」を見極められる力=教養が必要だと感じさせられた。
個人的には意見が変わることの必然性を語ってくれていることに特に賛同する。
特にSNSでの揚げ足取りのようなものが散見されるので、前提条件を自分にしっかりと落とし込んだ上で意見を持つことの大切さを再認識した。
Posted by ブクログ
大学生になったばかりの子が、手に取ると良い書籍かなと思いました。
第3章 本を読むは、興味深かった。多読や読むべき本、捨て置く本は参考にさせていただいきます。
Posted by ブクログ
学び続けること。
そして学んでいることを謙虚に捉え続けること。
そんな姿勢がある人が教養のある人間である。
知っていることが良いのではなくて、そこからさらに発展させて、より良い社会を作れる人間。
それが教養人。
Posted by ブクログ
日本と米国での教育の違いは、よく話題にあがる。
著者の斉藤さんは、米国の大学にいた経験から、両国の思考方法の違いを例にしながら教養と知識の違いにフォーカスをあて、教養の大切さと、その育み方を説明する。
教養とは、
いつ役にたつか分からないが、日々着々と積み重ねるもの。目的ベースではなく、蓄積された知識が、そのまま教養人としての厚みになる。
他者の事情や心情が想像できて他者との関係を築くことができる。
教養人に必要なのは、「全て分かることが出来ない」という知的謙虚さ。更に「事実を正しく読み解く」ことも必要。
教養は「何を学ぶか」よりも「いかに学ぶか」が重要。己の価値観を問わずに学ぶのは「教養人」ではなく、単なる「知識人」。
「教養人」とは、知性に基づいて思考し、また他者に敬意を払い、尊重するだけの品格を持ち合わせた人といっていいだろう。
重要なのは、事実を踏まえて「自分はどう考えるか」。
自分の意見をつくること。
HowではなくWhyで考えること。
大いに学び続けること。
大切にしたい価値観が実現された社会をつくるために、自分には何ができるのかを、具体的にイメージしておくこと。
これが意識しなくても出来るようになれれば、人格者と呼ばれるのかな。
メモをとったり読書することは、その助けになるようだ。
してるといえばしてるが、まだまだだな。
Posted by ブクログ
教養のノウハウ本ではなく、教養とは何か?について書かれた本。
必要に駆られず、一見役に立たないことを学ぶことで、あらゆる視点から物事や情報を見分けられる。
物事をwhyで考える癖がつけば、また新たな知識欲求が芽生えるし、事実を理解して自分の意見を言えることができる。