ショーペンハウアーのレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
最終巻となる本書には『意志と表象としての世界(正篇)』の第四巻「意志としての世界の第二考察」および序文が収められている(付録の『カント哲学の批判』は収録されていない)。
第四巻の冒頭でショーペンハウアー自身がおごそかに宣言しているとおり、『意志と表象としての世界(正篇)』のクライマックスである本書では、生(性)と死、善と悪、などといった倫理的な問題が集中的に論じられている。ショーペンハウアー哲学に対する「性と死の哲学」という形容は、この第四巻のためにあるといっていい。
世界は私の表象に過ぎず、知性は意志の奴隷に過ぎない。その知性が意志に対し謀反を起こし、芸術という形で脱却する可能性が第三 -
Posted by ブクログ
本書はショーペンハウアーの主著『意志と表象としての世界(正編)』の第三巻に相当する(第四巻の一部も含まれる)。「表象としての世界の第二考察」は芸術論であり、ショーペンハウアー哲学の最も個性的な側面といえよう。
世界は私の表象に過ぎず、その表象を認識させている知性は意志の奴隷に過ぎない。しかしこの知性が異常に発達した人間、すなわち天才においては、例外的に知性が意志の支配から脱却することがある。そのとき知性は世界を客観的に映す明澄な鏡となる。かかる過程を経て生産されたものが芸術作品であり、天才の業である。
ショーペンハウアーの芸術至上主義が遺憾なく発揮されている本書では、空間のみを形式とした -
Posted by ブクログ
ニーチェに影響を与えた実存主義哲学者として、ヘーゲルと犬猿の仲だった在野哲学者として、数々のアフォリズムを残した厭世哲学者として、間接的に名前だけは知られているショーペンハウアーを、直接読もうとする読者があまりにも少ないのが残念で仕方が無い。これほど分かりやすく、面白く、魅力的な哲学者は滅多にいないというのに。
ドイツ本国でさえ発売当時見向きもされなかった『意志と表象としての世界(正篇)』の難点は、ショーペンハウアー哲学の独創性が遺憾なく発揮されている第三巻と第四巻が、その前置きに過ぎない第一巻と第二巻の背後に隠れている点であろう。その第一巻と第二巻が収められた本書は、ショーペンハウアー哲 -
Posted by ブクログ
ロシアの大文豪トルストイに、
多くの人間たちの中でももっとも天才的な人物だと確信すると言わせたドイツの哲学者ショウペンハウエル。
今から150年ほど前、当時の一般的な常識であった、人生とは幸せになるためのものという前提を根底から覆し、人生とは困苦であり退屈であるのだから、いかにその災難から逃れられるかが、幸福を握ると喝破した。
アリストテレスの「賢者は快楽を求めず、苦痛なきを求める」という文言こそが生きる知恵の最高原則だと講ずる。
引用される人物
ソクラテス、プラトン、アリストテレス、ホメロス、セネカ、キケロ、シェイクスピア、ゲーテ、スピノザ等
古代ギリシャ、古代ローマ、中世ヨーロ -
Posted by ブクログ
ネタバレ普通人にとって認識能力とは、自分の実生活上の道を照らしてくれる提灯であるが、天才にとってのそれは、世界を明らかにしてくれる太陽である。p46
「草木はこの世界の仕組みが目に見えて美しいかたちをなすよう、感覚に対しその多様な形態を提供して知覚に役立ててくれる。草木は自分では認識することができないから、いわば認識されることを欲しているようにみえる」(聖アウグスティヌス『神国論』)p91
純粋に後天的(アポステリオリ)には、つまり単なる経験だけからでは、いかなる美の認識も可能にならないであろう。つねに美の認識は、先天的(ア・プリオリ)である。それはわれわれにア・プリオリに知られている根拠の原理の -
Posted by ブクログ
愛、生と死、正義、自己肯定、虚無。ショーペンハウアーの説明はなんとも清々しく感じる。
読んでいて、「そうだ、そういうことなのだ」と自分の内奥に通ずる思いを感じるのだ。
我が意を得たり。あやふやで悩んでいたことへの理解を与えてくれたことに感謝しよう。
愛とは無償の献身であること。
友情とは自己愛と同情の混合であること。
泣くことは他者への同情を介した、自分への同情であること。
永続する幸福など無いということ。
性欲は生を肯定し、死もまた生の一部であるがゆえに生を否定するものではないということ。
真に正義である人は、自分を肯定し、他人を支配せず、自分の受けた分だけ他人にも施そう -
Posted by ブクログ
ネタバレショーペンハウアーが多くの芸術家から支持されたのは当然とも言える。
なぜなら、ショーペンハウアーが登場する以前の時代から、もしかしたらペシミズム(厭世観)という言葉が登場する以前から、絵画、音楽、詩など様々な形で、芸術家たちはこの世が苦しみや悲しみで満ちていることを描くことを試みてきたのだから。
そして、さまざま芸術の中にイデアを見出し、伝達しようとする試みも、芸術の作り手たちが考えてきたことだからこそ、共感を得たのではないかと思う。
悲劇が、人物の特性を遺憾なく発揮し、人間の心情の深さを開示するという点で、詩芸術の最高峰というのはまさに言い得たことだろう。人間の本質は楽なとき、喜びに満ちて -
Posted by ブクログ
ネタバレ私たちは、自分が「享楽的消費社会」の只中でその『自由』と恩恵を享受しながら、収入、生活、老後などの様々な問題で身動きが取れない『孤独』を感じざるを得ない。
水がどのような形であっても、その本質を表すことに変わりないように、人もまた、どのような場合にもその本質が現れることをショーペンハウアーは述べている。
しかし、2012年の現実は、どの場合に誰かが作ったレッテルを貼られ自分の本質で内容に感じられてしまう。
今こそ、自分の好む、好まざるの思想を超え、新しい考え方、生き方を見ようとしなければ。
そのヒントを与えて食えるかもしれないと思える本である。 -
Posted by ブクログ
読書っていいよ読書ってこうするんだよ的な本かと思ったら、読書ばっかするやつは愚かだ、みたいな本だった。
「自分の頭で考える」
「著述と文体について」
「読書について」
読書という満場一致で推奨されるような行為を批判していくスタイルが面白かった。全体的に辛口で偉そうな口調だけど高い表現力と的を射た言い回しにぐうの音も出ない。
色々言っているけど根底にあるのは共通して体験学習派というか、百聞は一見にしかず、家で本読むより外で遊んで来なさい!的な考えだと感じた。
本を読んでいると沢山読めば読むほど良いという感覚に陥ってしまいがちだけど、思考の伴わない多読は意味ないし量より思考の質でしょと一石を -
Posted by ブクログ
ネタバレ読書とは他人の頭で考えること。自分で考える力を身につけなければならない。私はできているでしょうか?今後は意識して実践していきたいです。
ショーペンハウアーはヘーゲルと三文文士が嫌いなようですね。訳し方かもしれないけど、めちゃくちゃに言っています。「読書について」ってタイトルの本を手に取ったはずなのになぁ、といった具合。こんなにたくさん文句を並べているのに200年も残るというのは良本の証拠、なのか?
現代は情報に溢れ、本で調べなくてもネットである程度の困りごとは解決します。自力で解決策を捻りだすなんてことはだんだんしなくなってきました。それがなんだか悲しく思えてきました。たまには、じっくりゆっく -
Posted by ブクログ
幸福な暮らしのための生き方について論じた本
不幸が少ない生き方が 幸福であるという結論。不幸が少ない生き方として 孤独や非社交をあげている
白水社 ショーペンハウアー 「 孤独と人生 」
他人との社交を楽しみでなく、苦しみと捉える著者の厭世観は、老年者向けの人生哲学と思う
人間の運命を決めるもの
*人格(朗らかさ、健康)
*財産
*他人の評価(名誉、地位、名声)
幸福の要素
*人格(朗らかさ、健康)
*精神の落ち着き〜社交の制限
精神の落ち着きは、社交によって損なわれる〜われわれの苦しみは社交から生じる
愚業を推進するのは
*野心
*虚栄心〜他人に自分の価値を認めさせる