意志と表象としての世界III
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意志と表象としての世界III

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1,705円 (税込)

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「生きんとする意志」を重厚に描写してきたこの大作は、最後の四節で「意志の否定」というフィナーレが鳴り響く。ショーペンハウアー自身が「いちばん厳粛な部分」と呼んだ最終巻。

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意志と表象としての世界 の一覧

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意志と表象としての世界III のユーザーレビュー

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    Posted by ブクログ

     最終巻となる本書には『意志と表象としての世界(正篇)』の第四巻「意志としての世界の第二考察」および序文が収められている(付録の『カント哲学の批判』は収録されていない)。
     第四巻の冒頭でショーペンハウアー自身がおごそかに宣言しているとおり、『意志と表象としての世界(正篇)』のクライマックスである本書では、生(性)と死、善と悪、などといった倫理的な問題が集中的に論じられている。ショーペンハウアー哲学に対する「性と死の哲学」という形容は、この第四巻のためにあるといっていい。
     世界は私の表象に過ぎず、知性は意志の奴隷に過ぎない。その知性が意志に対し謀反を起こし、芸術という形で脱却する可能性が第三巻において明らかにされた。だがそれは天才において、しかも一時的に発生する束の間の夢でしかない。知性が永続的に意志から解き放たれる可能性はないのだろうか。
     意志の否定。それがショーペンハウアーの回答である。意志に翻弄され苦痛を味わい尽くし、最終的に意志を否定する境地にたどり着くこと。それが解脱であり、悟りへの道である。だがそれは自殺ではない。自殺とは意志の強烈な肯定でしかない。意志が否定された暁には、私は夢から覚め、世界は無に帰することであろう――。
     預言的な内容を含む本書は、事実宗教と、とりわけ仏教(インド哲学)との親和性が高い。だがショーペンハウアーは預言者としての道は歩まない。哲学者は聖人である必要はないからである。本書を読んだニーチェがやがてツァラトゥストラとなり、意志の肯定を説くことになるのとは対照的である。
     ダイナマイト・ニーチェの導火線に火を点けた本書を読まずして、ニーチェ哲学の理解は覚束ないであろう。これなくして哲学者ニーチェは生まれなかったであろう本書を、ニーチェ研究家の西尾による名訳で読めるわれわれ読者は幸せである。

    0
    2019年07月02日

    Posted by ブクログ

    現象とは表象であり、意志のみが物自体である。
    物自体は説明不可能な物(根拠の原理外)なので、
    意志は表象ではあり得ない。
    表象の内奥・核心こそが意志であり、表裏一体の関係にある。
    つまり、世界は表象であり、意志である。
    という認識(一巻)から、自然(二巻)、芸術(三巻)、倫理(四巻)と、あらゆる角度から世界を包括していく。
    なるほど、ニーチェ、ワーグナー、森鴎外、トルストイらが傾倒したのも頷ける圧倒的な説得力がある。

    0
    2019年05月02日

    Posted by ブクログ

    愛、生と死、正義、自己肯定、虚無。ショーペンハウアーの説明はなんとも清々しく感じる。

    読んでいて、「そうだ、そういうことなのだ」と自分の内奥に通ずる思いを感じるのだ。

    我が意を得たり。あやふやで悩んでいたことへの理解を与えてくれたことに感謝しよう。



    愛とは無償の献身であること。

    友情とは自己愛と同情の混合であること。

    泣くことは他者への同情を介した、自分への同情であること。

    永続する幸福など無いということ。

    性欲は生を肯定し、死もまた生の一部であるがゆえに生を否定するものではないということ。

    真に正義である人は、自分を肯定し、他人を支配せず、自分の受けた分だけ他人にも施そうとする。
    なんと自立していて格好いいのだろう。

    自分自身を肯定するがゆえに、それが成し得ない状況において、自殺という方法以外に自身の肯定を貫く方法がない。
    自殺についての納得いく説明。だからといって本当に自殺していいわけではないのだが。

    「意志を還元なまでになくしてしまった後に残るところのものは、まだ意思に満たされているすべての人々にとっては、いうまでもなく無である。しかし、これを逆にして考えてみれば、しでに意思を否定し、意思を転換し終えている人々にとっては、これほどまでに現実的に見えるこのわれわれの世界が、そのあらゆる太陽や銀河をふくめてー無なのである。( 244P)」
    たしかに、「無」とはそういうものかもしれない。

    0
    2012年05月23日

    Posted by ブクログ

    「生かされてあることに感謝しなければならない」とかいう説教に切り刻まれそうになっていた私に、
    「いやなことをいやって言って何が悪い」と大声で叫んでくれた本。

    0
    2009年10月04日

    Posted by ブクログ

    ショーペンハウアー「 意志と表象としての世界 」

    3冊(4巻)は長いが、認識論(主観と客観)に始まり、芸術論(純粋主観)を経て、倫理学(主観と客観の無)に終わる展開は見事。想像をはるかに超える結論(ユートピア)だった。

    人生に関する名言格言も多い。西尾幹ニ 氏の訳も良かった

    印象に残った論考
    *生きんとする意志の否定し自由に転換することと、自殺と生きんとする意志の否定を明確に区別
    *個体化原理を乗り換えて、苦しみを与える者と苦しみを受ける者は同一とした


    著者が目指す人間像は「世界の超克〜真の認識を開き、生きんとする意志を捨離し、真の自由を得て、寂静たる生活振舞いをする」と捉えた


    人生に関する名言格言
    *人生は苦悩と退屈の間を往復している
    *苦悩は人生の本質をなす〜苦悩は外から自分の方へ流れこんでくるものでなく、誰でも自分の心中に苦悩の泉をかかえて生きている
    *他人の苦しみと自分の苦しみとの同一視こそが愛である。愛は共苦である
    *普通人は認識によってでなく、苦悩を通じて解脱に近づく。苦悩には人を神聖にする力がある


    苦しみを与える者と苦しみを受ける者は同一である〜永遠の正義(罪の悪と罰の悪を一つに結びつける天秤の竿)を認識するには、個体化の原理を超越することが必要〜輪廻の神話

    生は 生きんとする意志 の模像であり鏡である〜表象としての世界において、意志の目前に 意志を映す鏡が現れ、鏡に照らして 意志は己れ自身を認識する

    苦しみを与える者と苦しみを受ける者は同一である〜永遠の正義(罪の悪と罰の悪を一つに結びつける天秤の竿)を認識するには、個体化の原理を超越することが必要〜輪廻の神話

    生きんとする意志の否定とは〜神聖さであり、意志の鎮痛剤の中から生じる。鎮痛剤とは 意志の内部抗争、意志の本質的な空虚性をいう

    意志を廃絶するのは認識によってしかなし得ず、自殺は意志の肯定の一現象である。自殺は個別の現象を破壊するのみで、意志の否定にはならず、真の救いから人を遠ざける

    意志の否定こそ現象の中に現れる意志の自由の唯一の行為である〜意志の否定の本質は、苦悩の嫌悪にあるのではなく、人生の享楽を嫌悪することの中にある

    自殺は意志の否定でなく、意志の強烈な肯定の一つの現象である〜自殺は現在の自分に満足できないだけにすぎない〜自殺者は生きんとする意志を放棄するのでなく、生を放棄して、個別の現象を破壊するととどまる

    完全に必然性に支配されている現象界の中へ意志の自由が出現するという矛盾を解く鍵は、自由が意志から生じるのではなく、認識の転換に由来することにある

    意志が自分の本質自体の認識に到達して、この認識の中から鎮痛剤を獲得し、動機の影響から脱したとき、意志の自由が出現する

    意志の完全な否定に到達した人にとっては〜無こそが存在するものである。彼はいっさいの認識を超えて、主観も客観も存在しない地点に立つ

    意志がなくなるとともに意志の現象がなくなり〜現象の一般形式である時間と空間もなくなり、現象の根本形式である主観と客観もなくなる

    癒し難い苦悩と悲惨が意志の現象である世界の本質であることを認識し、意志の廃絶により世界が消え去り目前に空虚なる無が残る

    意志を完全になくしてしまった後に残るものは〜無である。すでに意志を否定し、意志を転換し終えている人々にとっては、現実のわれわれの世界が無なのである〜一切の認識を超えた世界〜主観も客観も存在しない地点

    0
    2021年05月22日

    Posted by ブクログ

    意志と表象としての世界の核心ともいえる第4巻と各種序文を収めた書。結局最後まで読んでみるとショーペンハウアーの哲学はインド哲学の煩悩と解脱、キリスト教の原罪と天国の対立項の構図にとても似ています。

    0
    2020年01月05日

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