ブックライブでは、JavaScriptがOFFになっているとご利用いただけない機能があります。JavaScriptを有効にしてご利用ください。
無料マンガ・ラノベなど、豊富なラインナップで188万冊以上配信中!
来店pt
閲覧履歴
My本棚
カート
フォロー
クーポン
Myページ
4pt
「アダムにはないはずの臍が絵に描かれているのは?」「イエスが12月25日生まれとは聖書のどこにも書かれていない!?」「磔刑にされたイエスが見た光景とは?」。旧約・新約聖書に登場する様々なドラマと絵画の世界を深く楽しく解説。矛盾までが絵の魅力となることを解き明かす驚きと教養に満ちた一冊! 人気の『名画の謎』シリーズ文庫化第二弾!
アプリ試し読みはこちら
※アプリの閲覧環境は最新バージョンのものです。
1~4件目 / 4件
※期間限定無料版、予約作品はカートに入りません
Posted by ブクログ
897円 252P 中野京子さん映画の話もしてくれるのが良い フェルナン・コルモン画塾 中野 京子 (なかの きょうこ、生年不詳)は、日本の作家[1]、ドイツ文学者[2]、西洋文化史家、翻訳家[3]。北海道生まれ[4]。1979年、早稲田大学大学院修士課程修了[5][6]。オペラ、美術などに...続きを読むついて多くのエッセイを執筆する。2007年に発表された『怖い絵』を端緒とする『怖い絵』シリーズが大ヒットとなる。新聞や雑誌に連載をもつほか、テレビの美術番組にも出演する[7][8]。早稲田大学講師[9][10]。『怖い絵』シリーズの刊行10周年を記念して2017年に開催された「怖い絵」展では、特別監修を務めた[11][12][13]。2021年9月に開催された「怖いクラシックコンサート」(東京文化会館)での解説[14]、2022年3月公演の舞台「怖い絵」の監修[15][16]、同年7月上映の「星と怖い神話 怖い絵×プラネタリウム」の監修・解説を担当した[17][18]。 「我々日本人の多くは、さして聖書に興味などないので、「きゅうやく聖書」「しんやく聖書」と聞いて「旧訳聖書」「新訳聖書」と思い込み、翻訳の古い新しいの違いであろうと勝手に納得していたりする(かつては筆者もそうでした……)。 正しくは「旧〈約〉聖書」「新〈約〉聖書」であって、「約」とは「遺言」という語から派生した「契約」の意。要するに神と人との契約である。その契約になぜ新旧あるかといえば──救世主( =キリスト)イエスによる新しい救いの契約を「新約」と呼んだがゆえに、それ以前のものは必然的に「旧約」となる。おまけに「旧約聖書」を、イエス・キリスト出現を予言した旧い契約の書とみなした。 ここに問題が発生する。こうした新旧の分け方は、あくまでキリスト教徒の考えによるものでしかなく、「旧約」という呼称自体が差別的、よって「ヘブライ語聖書」と呼ぶべき、などさまざまな批判が出ている。このいわゆる「旧約聖書」は、キリスト教徒だけの聖典ではないからだ。つまり、 ユダヤ教 =旧約聖書 +タルムード(ユダヤ教口伝律法) キリスト教 =旧約聖書 +新約聖書 イスラム教 =旧約聖書 +新約聖書 +コーラン 全くややこしい。 もとはといえば、同じ聖典から発した宗教なのに、まるで内ゲバのごとく、何世紀にもわたって角突きあわせているのだから、何とも凄まじい話ではないか。一神教の苛烈さは、温暖な土地で田を耕し、八百万の神々を信仰してきた日本人の、とうてい理解の及ぶ範囲ではないように思えてくる。 というわけで、本書では、信仰の問題や教義解釈には踏み込まず、各時代の各国のさまざまな画家たちが、いかに工夫を凝らして聖書の物語を魅力的に視覚化してきたか、という点にしぼって見てゆきたい。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「ミケランジェロの威風堂々たる神や筋骨隆々の美男アダムに比べ、クラナハはさすがドイツ人、理想化への意志は薄く、全体に世俗感あふれている。神はごくふつうの老人以外の何ものでもなく、髭面アダムは高貴さとは程遠く、その肉体もどちらかといえば中性的だ(人体比も正しくない)。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「ミケランジェロ・ブオナローティ(一四七五 ~一五六四)は、フィレンツェの没落貴族の息子として生まれた。彫刻、絵画、建築に数多くの傑作を残したルネサンスの巨人。生前から「神のごときミケランジェロ」と讃えられていたにもかかわらず、本人は自らの才能に懐疑を抱き、苦悩し続けた。六十代のころ友人宛の手紙に、「わたしは哀れな男で、これといって良いところはほとんどない」「若いころマッチ製造でも始めていたほうが、どれだけ良かったか」と本気で嘆いているのが面白い。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「いずれにせよこの話の要が、神の愛、即ち親の愛情をめぐる兄弟間の葛藤にあるのは明らかだろう。ユングはこれをカイン・コンプレックスと名づけた。親という権威者の行為を、子どもの側から問うのはきわめて困難である。親自身が問題を抱えているがゆえに自分は拒否されるのだ、と理解できる子は稀だし、たとえ理解できるようになったとしても、不平等な扱いに心の傷は容易に癒されない。一身に愛を受けるきょうだいに対しても、激しい嫉妬や憎悪を向けずにおれない。 よく知られた歴史では(真偽は確認されていないらしいが)、伊達政宗の例がある。幼いころ天然痘を患って隻眼となり、それを疎んじた実母は弟を偏愛。長じて対立するようになった弟を、ついに政宗は斬り殺したという逸話だ。戦国の世なので苛烈な結末だが、死ぬの生きるのとまではゆかずとも、カイン・コンプレックス状態のきょうだいを抱えた家族は少なくないのではないか。スタインベックの『エデンの東』(映画化作品も有名)も、父の愛に飢えたキャル( =カイン)の悲しみが印象的だった。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「ウィリアム・ブレイク(一七五七 ~一八二七)は、時代に全く沿わない画風だったため、生前ほとんど認められなかった。本格的に評価されるのも、二十世紀に入ってからと遅いが、今では幻視的、神秘主義的な詩(特に詩集『無垢の歌』)でも名高い。 フェルナン・コルモン(一八四五 ~一九二四)は、フランス・アカデミーの大御所のひとりで、レジオン・ドヌール勲章も受章している。彼の画塾にはゴッホ、ロートレック、ベルナール、それに藤島武二が学んだことで知られる。『カイン』が発表されたのは、アルタミラの洞窟で壁画が発見された翌年の一八八〇年。考古学の大ブームに乗り、この絵も評判を呼んだ。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「ブリューゲルは大建造物の建築工程を、きわめて正確に描写している。彼が生涯の多くを過ごしたアントワープは、古代のバビロンにも似た国際都市だったから、ひっきりなしに大工事があり、つぶさに観察して一部始終をスケッチしたと考えられる。建築に関心のある人にとっては、それだけでもこの絵はじゅうぶん楽しめるはずだ。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「ミヒャエル・ヴィルマン(一六三〇~一七〇六)は、今ではもうほとんど忘れられたドイツ人画家。 ウジェーヌ・ドラクロワ(一七九八 ~一八六三)は、『民衆を導く自由の女神』など、多くの傑作で知られるフランス・ロマン主義の代表的画家。戸籍上の父とは違い、実の父は政治家タレイランとされる。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「また古代ギリシャ・ローマ人なら、「淫乱」がどうして責められるのか不満を表明したろう。この欲望は官能に結びつき、官能は芸術の源であるから、讃美されこそすれ批難される謂れはない、と。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「新作『ノア 約束の舟』(ダーレン・アロノフスキー監督、 2014年製作)は、聖書の記述どおりに方舟を復元したというが半分は CGらしい。何よりテイストがアクション映画以外の何ものでもなかった。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「性を汚らわしいと見る考え方は、司祭の身にとどまらず一般信徒へも及び、必然的に、出産目的以外の性交を禁じる方向へ進む。ヨーロッパでは長らく同性愛が犯罪とされ、時代によっては死刑や流刑となった。マスターベーションも心身を損なうとされ、時に精神疾患の原因にあげられ、少年たちは厳しく監視された。堕胎はもちろん、宗派によってはコンドームも認められていない。 こうした中、マリアの処女受胎が聖性の最大の証となるのは必然であろう。その点は理解できる。しかし科学的にはありえない処女受胎を、いったい現代人がどうして信じられるのか?──クリスチャンによれば、それをそのまま信じることこそが「信仰」の由。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「 ずいぶんオデコの広いマリアだ、との感想を持つ向きもあるだろう。そのとおり。これはルネサンス・ファッションであり、金髪で、しかも艶々した広い額が、当時の美女の条件であった。いわば幼児のように、顔の上半分が大きく下半分が小さければ、あどけなさ可愛らしさが醸しだされるという次第。となると美を追求してやまない女性たちがすることは、ひとつ。生え際を脱毛して、頭頂部に近いところまで「額」と言い張るようになった。脱毛後、再び髪が生えてこないように、蝙蝠の血や毒人参をすり込んだ例もあったというから恐れ入る。 それはともかく、レオナルドの異端ぶりが、大天使の持つ白百合に見られるとの説がある。克明な筆致で蕊が描かれているのだ。要するに、百合の花が雄蕊と雌蕊の交配によって開花するように、マリアもまた処女ではなかったと暗示しているという。では、閉じられているべき空間がそうなっていないのも、異端の証拠だろうか? 低い石塀が画面中央あたりで空いており、そこからくねくねした道が続いているのが見える。レオナルドは、処女受胎などありえないと言いたかったのだろうか? 自ら死体を数体解剖、研究し、男女交合解剖図まで残しているレオナルドは、当然ながら懐妊の仕組みもつぶさに知っていた。後年の作品『聖アンナと聖母子』では、マリアの母アンナの足もとに、こっそり胎盤を描き入れたとも言われている。「こっそり」と言うだけあり、他の小石とあまり区別がつかないのが難であるが。彼の作品はどれも不思議に謎めいているため、誰もが深読みしたくなるのかもしれない。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「レオナルド・ダ・ヴィンチ(一四五二 ~一五一九)はミケランジェロと並ぶルネサンスの巨匠。『モナリザ』があまりに有名なため、肖像画を多く描いたというイメージがあるが、作品の大部分は宗教画だった。 ダンテ・ガブリエル・ロセッティ(一八二八 ~一八八二)は、時のアカデミーがラファエロを最高の見本としたのに反撥し、それ以前の初期イタリア・ルネサンスを再評価すべしとして「ラファエル前派」を結成したが、次第に神秘主義的作風になっていった。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「ブリューゲルによる、十六世紀半ばフランドル地方の冬景色。いかにも鋭い観察眼と見事な技量の天才らしく、画面の隅々にまで神経のゆきとどいた、しかも秘密と謎がいっぱいの魅力的な作品に仕上げている。 ──夕暮れの村は雪に覆われ、家の軒下には長い氷柱が垂れさがる。点在する木は寒々とした裸形をさらし、川や池には厚い氷が張っているため、人々はもはや渡し舟を使う必要はなく(左端に雪をかぶった大きな平底舟)、徒歩で行き来している。 この時代、とりわけ本作完成前の数年間は、ヨーロッパ全土が強い寒波に襲われ、冬の根雪は長引き、夏の降水量も増大して不作が続いた。食糧貯蔵法も物資輸送もまだ確立されておらず、農民たちには凶作とそれによる飢餓や疫病から身を守る術はほとんどなかった。現実の歴史が伝える彼らの姿は痩せ衰え、なおかつ重税や異端審問に喘いでいたが、絵の中では寒さにも負けず活力を漲らせて動きまわり、一回限りの人生を精一杯味わっているように見える。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「ピーテル・ブリューゲル(一五二六頃 ~一五六九)は自己を語らず、秘密に満ちた画家だった。農民の生活風俗を多く描いたが、本人が農民というわけではなく、おおぜいの知識人と交流し、パトロンにはハプスブルク家の面々もいた。そのためブリューゲルが農村風景を扱ったのは、単にテーマとして面白かったからだとか、愚かで無知な農民を知的に観察しただけで、ハプスブルク批判の証拠は見られない、と断言する美術史家もいる。描かれたもの以上を汲み取るのは、美術解釈ではなく社会学的解釈にすぎない、と。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「「最後の晩餐」と聞けば、多くの人がパブロフの犬なみに、レオナルド・ダ・ヴィンチ作品を思い浮かべるだろう。しかもその傾向は、ダン・ブラウンの世界的ベストセラー『ダ・ヴィンチ・コード』以来、とみに顕著になったと思われる。 このミステリが映画化されてまもなく、我が友人が『最後の晩餐』の所蔵先──ミラノのサンタ・マリア・デレ・グラツィエ教会( =聖母マリア深謝教会)──から戻って曰く、各国語版『ダ・ヴィンチ・コード』を片手にした各国の旅行者がうようよいた! かつてはそれほどでもなかった。昔むかし、学生のわたしはお気楽な観光旅行中、いちおう有名な絵だから見ておかねばと現地へ行ったのだけれど、事前予約など必要なく、さほど混んでもいなかった。ただし絵の印象は強烈だった。世紀の傑作に感動したからではない。単にびっくり仰天したのだ。壁に描かれたそれは、昼日中に迷い出てきた幽霊みたいに、今にもすうっと消えてしまいそうだった、いや、すでにもう半ば壁に溶けて消えつつあった。わたしは思った、この絵は近々この世から完全に消滅する、しっかり目に焼きつけて、実物を見ることのできない後世の人に伝えねば。 若さの気負いであったが、目に焼きつけるも何も、全体が陽炎のように曖昧ときては、夢を忘れないでいる困難と同じだ。良し悪しどころか好き嫌いすら感じようもない。美術の教科書で見た写真の、それは白っぽい残像でしかなかった。 なぜそんなに保存状態が悪かったのか? 責任は、第一義的にはダ・ヴィンチ本人にある。彼が依頼されたのは、教会に付属した修道院の食堂の壁に、「最後の晩餐」を描くことだった。これは特に珍しいことではなく、イエスが弟子らにパンとワインの意味を語るシーンは修道僧の食事の場にこそふさわしい主題とされ、多くの修道院が発注していた。受けた画家は作品の耐久性を考慮し、壁画向きのフレスコ画法(壁に漆喰の下地を作り、乾かないうちに手早く顔料と水で仕上げる)を用いたので、ほとんどが今なお健在だ(サン・マルコ修道院のギルランダイオ作など)。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「なぜ欧米でユダヤ人は嫌われているのか? 外見や階級の違う相手、また異教徒や異国人に対する差別感情なら(良し悪しは別として)理由はわからなくもない。ところがユダヤ人の場合、どうしてこれほどにも長く社会的差別を受け続け、時に憎悪されてきたのか、一般の日本人には理解困難、というのが正直なところだろう。 なにしろ紀元前のモーゼのころから始まり、シェークスピア作『ヴェニスの商人』のシャイロック、実在の音楽家メンデルスゾーン(拙著『芸術家たちの秘めた恋』〔集英社文庫〕をお読みください)、そしてナチの強制収容所……ごく最近ではキリスト映画『パッション』を監督したメル・ギブソンが、ユダヤ人女優に向かって「オーヴン・ドジャー」( oven dodger =ホロコーストで焼却を免れた奴)と、凄まじい罵り方をしたという。口あんぐりだ。 筆者は以前、反ユダヤを隠さない某ロシア人に、なぜかと聞いてみたことがある。彼の答えは、「ユダヤ人はイエスを殺したから」。しかしイエスは、ユダヤの乙女マリアの腹に宿ったのではなかったか。そこで「でもイエスだってユダヤ人でしょう?」と言うと、返事は何と、「ふん」。そっぽを向かれてしまった! 日本人は宗教問題に触れたがらず、反ユダヤ感情についての説明もどこか及び腰で、「国を失ったユダヤ人は各地へ離散し、蔑まれていた金貸し業にしか就けなかったため、差別された」などと教えられることが多い。腑に落ちない道理だ(おかげで、使徒ユダの裏切りのせいでユダヤ人全体が嫌われるようになった、などと思う人もいる)。 ほんとうは、宗教争いが延々今に至るまで続いており、それが反ユダヤ問題の本質ではないか。ユダヤ人はイエスを救世主( =キリスト)と認めない。同じ『旧約聖書』を正典としているにもかかわらず、救世主はまだこの世に降臨していないと主張する。キリスト教徒にとっては許しがたいことだろう、神の子イエスを信じること、それがクリスチャンとしての信仰の第一なのだから。『新約聖書』はユダヤ人の「罪」をこう描く。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「 聖書がマリアにごくわずかしか言及していないことを考えれば(受胎告知でさえ、四つの福音書のうちルカ伝にしか記されていない)、人気の一人歩きは奇妙な事態かもしれない。しかし母なるものへの素朴な信仰は太古の昔からあり、そうした地母神のイメージにマリアを重ねる人々の思いを、明確な男尊女卑を貫くキリスト教といえども無視することはできなかった。むしろそれを教義に取り入れることで、さらなる発展を遂げたのだから、したたかなものだ。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「一般の日本人にはカトリックとプロテスタントの違いは難解で、それぞれの教会の区別もつきにくい。そこで、こう覚えておくといい。外観も内部もとにかく華やかで装飾的、磔刑図や聖母子像が飾ってあればカトリック教会。一方、プロテスタント教会は地味でシンプル、十字架はあってもイエスは架けられていないし、もちろんマリア図像はどこにもない。ついでに言えば、カトリック国(フランス、イタリア、スペイン etc.)の食事が概して美味なのに比べ、禁欲的なプロテスタント国(アメリカ、イギリス、北欧各国 etc.)の食事の不味さときたら……恐れ入り谷の鬼子母神。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「従って絵画では通常、イエスの右側(画面むかって左にあたる)にいるのが善男善女、左側が悪党という次第。こうした「右」と「左」のシンボリズムがどうして生まれたかは明確ではないものの、太古から大多数の人間が右利きなのが要因らしい。西洋では今も宴会で主人の右席が上座だ。そもそも rightという英語(ドイツ語もフランス語もイタリア語も同様)自体、「右」の他に「正義」という意味を持つ。 また羊が天国側なのは、イエス自身が「犠牲の仔羊」だから当然として、山羊はなぜネガティブに解釈されるのか? おそらくキリスト教以前の異教の神々と関係があるのだろう。ゼウスは山羊の乳を飲んで育ったというし、バッカス信仰ともつながりがある。山羊の脚をもつサテュロスやパンは、好色の代名詞だった。キリスト教が多神教を征服するにつれ、次第に山羊(正確には雄山羊)は、悪臭を放つ淫欲の象徴となり、中世末期には、山羊に乗って魔女は空を飛ぶとの民間信仰がひろがってゆき、ついには悪魔そのものが山羊の姿をとるとされた。地獄の住人となったのだ。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「なにしろいつ審判の日が来るか聖書に記述がないので、かえって戦々恐々としてしまう。油断していると、ふいを突かれ、「おまえは左だ」と断罪されるのではあるまいか、と。絵画もそうした人々の恐怖を煽るように、おどろおどろしい地獄の有り様を展開し、日々敬虔な気持ちで過ごすんだぞ、教会に献金し、免罪符を買えよ、と脅した。もちろん羊側に選ばれた暁には、イエスによって天へ昇る恍惚感が得られますよと、飴を見せるのも忘れない。 そうした図像が数限りなく輩出した中で、これぞ決定版とされるのが(何といってもカトリックの総本山に飾られているのだから、これ以上のお墨付きは無い)、このミケランジェロ作だ。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「『エルミタージュ幻想』(アレクサンドル・ソクーロフ監督)という映画に、こんなシーンがありました。エル・グレコの宗教画を熱心に見ている異教徒の若者に対し、カトリック教徒が、おまえはいったいこの絵の何がわかるんだ、わかりもしないで感心するな、と怒り出し、その剣幕に若者は逃げ出す……。 若者に自らの姿が重なってしまいました。 異教徒には、確かに聖書の教えの本質はわからない。だからといって、ではクリスチャンにしか宗教画の美しさや素晴らしさもわからないのか、といえば必ずしもそうではないでしょう。 真面目な日本人はキリスト教を、というよりキリスト教を信じる人を、貶めてはならないとの意識があるので、宗教画に対しても──ありがたいと思ってもいないし思えもしないのに──何とかありがたさを感じよう、と苦しんでしまう。だからますます鑑賞が難しくなるのかもしれません。」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著 「聖書が誕生して以来、クリスチャンは常に聖書を読んできたとわれわれは思っている。しかし、本書によれば、全然そうではなかった。聖書は権力者の独占物で、一般大衆は読んではならず、聖職者から聞かせて貰うものだった。 そこで宗教画が登場し、耳から聞いた聖書の物語を補強する。絵は比較的容易に複製を作れる。版画であればさらに簡単だ。また、物語を伝えることもできる。だから、キリスト教の布教にとって、重要な意味を持ったと想像される。 私は、キリスト教のビジネスモデルに強い関心を持っている。なぜ、あれほどの成功を収められたのか? その理由は学校制度(修道院)にあるとこれまで考えていたが、もう一つの理由が見つかったように思う。 私はまた、仏教では仏像は多いのに絵画が少ないのはなぜか?と昔から不思議に思っていた。理由は、少なくとも平安時代まで、仏教は、大衆への布教より、権力者に受け入れられることを重視したからではないだろうか? 仏像は、複製を簡単に作ることができないし、物語を伝えることもできないから、大衆布教の補助手段としては、絵画に劣る。しかし、権力者の信仰の対象物としては最適だ。キリスト教と仏教の基本戦略の違いが、絵画中心主義と仏像中心主義というビジネスモデルの差をもたらした、とは言えないか?」 —『名画の謎 旧約・新約聖書篇 (文春文庫)』中野 京子著
学生時代にすこしキリスト教を勉強したのですが、そんな裏話があったとは!待ってそれ知らない!など大変興味深い内容が盛りだくさんでした。宗教画に興味を持ち、読み終わったあとすぐに小学館の図鑑「はじめての絵画」を開きました。 絵画は画家や時代ごとの展覧会が多いですが、特定の場面に限定して色んな画家の作品を...続きを読む集めた展覧会に行きたくなりました。
日本人に馴染みの薄い聖書について、更には絵画や画家、当時の社会情勢について、中野京子さんのユーモラスな文章で非常に分かりやすく学べる。
満点の★5です! 中野さんの表現が面白すぎます。 ヴァチカンの腐った坊主どもを“どげんかせんといかん”なんて。。面白すぎます! 「へそ論争」「マリアだらけ」「ヨハネだらけ」と今まで絵画(名画)をまじまじと見たことが無いので、機会があればこの本とともに見に行きたいと思いました。 一つの絵を見て想像を膨...続きを読むらませることは、とても楽しめる趣向と思う大事な一冊になりました。
旧約・新約聖書の数々の場面を描く名画たちを解説している。聖書を引用しながら詳しく説明してくれるので、絵画の内容とともに、キリスト教についても理解がすすむ。旧約・新約聖書、ともに矛盾する記述や、無茶苦茶だと思う記述が頻出するし、それが絵にも表れている。それに対する中野京子さんのツッコミがいちいち笑えて...続きを読む仕方がない。最初のアダムとイブが生まれるところから、矛盾だらけ。一緒に作られたの?それともアダムからイブは作られたの?「阿呆のままで楽園に閉じ込められ、死ぬこともできない身のどこが面白いのか」というツッコミなど、そうだそうだと思う。カインの妻など、勝手に湧いてくるし、アブラハムの酷い男ぶり、ヤコブの母たちが平気で人をだますのも、神やいろいろな人物たちのえこひいきの余りの多さ、どれもやれやれである。ユダヤ人の排他的なところや恨みの歴史が旧約聖書に反映されているとしか思えない。新約聖書に関しては、マリア信仰、マグダラのマリアなど聖書にないことまで想像力豊かに、絵画が描かれている。 とにかく、この本は読み物として最高に面白い。
聖書2割も知らない日本人ですが、西洋にこんなに浸透して支持されてるんだから、さぞ説得力凄くて感銘を与えてくれるすごい話なんやろなぁと思ったら、え、洗脳、というか、恐怖政治、というか、共感し難い部分(甚だしい女性蔑視、言及されてないところを勝手にいいように解釈して政治利権利用してる、免罪符とかいう教会...続きを読むの腐敗etc.)が多すぎて、なぜこんなに世界に広まってるのか、逆に不安になりました。 この本で紹介されている天才画家達の圧倒的な画力、説得力、絵というメディアの力の凄さを思い知りました。 日本の多神教への寛容さや、仏教や神道の足るを知る、という考え方で育って良かったと改めて思うし、 それぞれの”宗教”の信者は相いれることはできるのか…と長い歴史と広い世界に想いを馳せました。
有名な西洋絵画の描かれた背景や宗教的価値観、作者の裏話まで書かれており飽きることなく読むことができた。特にあの最後の審判を描いたミケランジェロが劣等感を抱いてたのを知って驚いた。
とてもわかりやすい本だと思います。 欲を言えば、もっと多くの絵画を取り上げていただきたかったです。それでも旧約聖書から新約聖書の流れに沿って、その名シーンの絵画が紹介されていくので、聖書のなんとなくのあらすじも知ることができます。 私は宗教画が好きなので色々な方々の解説を読むのが楽しいです。
絵画鑑賞をする中で、必ず出会う聖書をテーマにした作品たち。 しかしクリスチャンではない人は、そこまで聖書を読み込んでなければ深くは理解できないもの。 そこにこの本を読めば、魅力的に感じた絵画をもっともっと楽しめるはず。 わかりやすく、他の作品(絵画にとどまらず映画・オペラも)を引き合いに出して語って...続きを読むくれるので、時代背景含めて面白さが増します。 実は聖書に書かれていないキリストの誕生日が、受胎告知からの逆算で12月25日にされてるのがへぇ〜!でした。 中野京子さんの文章は中毒性がありますね。
中野京子さんの本をたくさん読んできたおかげで、宗教画と聖書についても知識がついてきました。それでも忘れてしまうので復習が必要です。怖い絵シリーズでも登場した名画もあって思い出せました。知れば知るほどハマる!
レビューをもっと見る
新刊やセール情報をお知らせします。
名画の謎
新刊情報をお知らせします。
中野京子
フォロー機能について
「文春文庫」の最新刊一覧へ
「ノンフィクション」無料一覧へ
「ノンフィクション」ランキングの一覧へ
ビジネス・実用
中野京子と読み解く カラヴァッジョと惨劇のローマ
希望の名画
小説・文芸
名画の中で働く人々 「仕事」で学ぶ西洋史
異形のものたち 絵画のなかの「怪」を読む
印象派で「近代」を読む 光のモネから、ゴッホの闇へ
運命の絵
運命の絵 もう逃れられない
カラー版 西洋絵画のお約束 謎を解く50のキーワード
「中野京子」のこれもおすすめ一覧へ
みんなの公開リストをもっと見る
一覧 >>
▲名画の謎 旧約・新約聖書篇 ページトップヘ