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Posted by ブクログ
生と死 自然界の生き方について
『ともぐい』を読み終えて、まず強く残ったのは、フィクションなのにノンフィクションのような生々しさだった。熊と人間が生きる山の世界があまりにも現実的に感じられ、物語を読んでいるというより、実際にそこで生きている人間を見ているような感覚になった。
特に印象に残ったのは、自然界の本質や、生と死について描かれているところ。
食べるために殺し、殺したものを食べて生きる。人間も動物も、結局は自然の循環の中にいる一つの生き物にすぎない。そうしたことを、綺麗にまとめるのではなく、生々しいまま描いているのがよかった。
その中でも熊爪は、とてもいいキャラクターだった。
人間社会の善悪や常識よりも、「どう生きるのか」という本質だけを見ているような人物で、熊爪の生き方そのものが作品のテーマを体現しているように感じた。
死ぬこと自体は、なんとなく最初から予想していた。だからこそ、最後まで気になったのは、「熊爪がどのように生きるのか」だった。
途中では自分なりに先の展開を予想しながら読んでいたが、良い意味で予想とは違う進展もあり、最後まで楽しめた。
最後に陽子とのストーリーも展開や結末が良かった。熊爪が最後まで熊爪として生きた、その生き方の延長にあの結末があるように感じた。
そして、何より犬が可愛かった。
ただ、熊爪自身が犬を人間的な意味で「愛している」というより、犬を犬として、狩りをする上での存在として見ているところも含めて、熊爪らしい関係だったと思う。
読み終わったあとには、中孝介の「サンサーラ」が頭の中でずっと流れていた。
生きること、食べること、殺すこと、死ぬこと。そしてまた別の生命へつながっていくこと。『ともぐい』の読後感と、あの曲の持つ「生きる」という感覚がすごく重なった。
今回は何の下調べもせずに読んだので、先の展開を自分なりに予想しながら読めたのもよかった。
何年か経って、自分自身の感じ方が変わった頃に、もう一度熊爪の生き方を読み返してみたいと思える作品だった。
Posted by ブクログ
明治後期の北海道。猟師として自然の中で生きる熊爪は、一頭の熊との因縁や人との出会いを通して、生と死、人と自然の境界に向き合っていく。圧倒的な自然描写と命のやり取りが胸を打つ、直木賞受賞作。
圧倒的な自然描写と、熊との息詰まる攻防に引き込まれた。しかし、私の心に最も残ったのは熊爪の死生観だった。
熊爪は命を奪うのではなく、「いただく」という感覚で生きているように感じた。必要以上には求めず、自らが与えられた生も、いつかは自然へ返すもの。その循環を受け入れているからこそ、生にも死にも執着しない。彼が見つめていたのは、生き延びることではなく、生と死の均衡を崩さず、自分にふさわしい生を全うすることだったように思う。
便利さや豊かさを追い求め、「もっと」を望みがちな現代だからこそ、「足るを知る」という言葉の意味を改めて考えさせられた。そして、『ともぐい』というタイトルもまた、生と死の均衡という、本作が描こうとしたものを象徴しているように感じた。熊爪の生き様は、読み終えた今も静かに問いを投げかけ続けている。
Posted by ブクログ
河﨑秋子『ともぐい』新潮文庫。
以前から読みたいと思っていた河﨑秋子の第170回直木賞受賞作がようやく文庫化された。
所謂、クマ物である。
古くは苫前三毛別事件を題材にした戸川幸夫の『羆風』に始まり、吉村昭の『羆嵐』『羆』、同じく苫前三毛別事件の詳細を描いた木村盛武のノンフィクション『慟哭の谷 北海道三毛別・史上最悪のヒグマ襲撃事件』、吉村龍一『光る牙』、樋口明雄の『約束の地』、北林一光『ファントム・ピークス』、熊谷達也の『ウエンカムイの爪』『邂逅の森』、白土勉の『火の獣』、佐藤友哉の『デンデラ』、久保俊治の『羆撃ち』、増田俊也の『シャトゥーン 〜ヒグマの森〜』と数多くのクマ物を読んで来たが、河﨑秋子の『肉弾』には驚かされた。
そして、この『ともぐい』という作品である。『ともぐい』は単なるクマ物というだけでなく、独り山で暮らす猟師の生を超えた死への渇望と破滅の姿を描いている点で、他のクマ物と少し次元が異なるようだ。
何の疑問を持たず、自分の力だけを頼りに独り山の中に生きる猟師が穴持たずの羆や若羆の赤毛と対峙し、命のやり取りを繰り返す中、何時しか死への渇望に絡め取られていくのだ。
明治後期、北海道東部の山の中の小屋で独りで暮らす熊爪という35歳ほどの男が居た。熊爪は時々、猟で仕留めた鹿や羆を里にある白糠の町に運び、門矢商店に買い取ってもらい、その代金で必要な物を揃え、再び山に戻るという暮らしをしていた。
そんな熊爪の暮らしに興味を持った門矢商店の主人の井之上良輔は熊爪をもてなし、猟の話を聞くことを楽しみにしていた。良輔は何処からか盲目の洋子という少女を引き取り、屋敷に住まわしており、その姿をたまに目にする熊爪には気になる存在になっていた。
ある日、熊爪が山に入ると、羆に襲われたのか瀕死の状態で倒れている太一という男を見付け、自分の小屋に連れ帰る。太一の話によれば、阿寒湖から穴持たずの羆を追い掛けて、この山に来たのだが、狡猾な穴持たずの止め足に引っ掛かり、手負いにしたものの、激しい攻撃を受けてしまったのだと言う。
熊爪は太一に出来るだけの手当てをし、体力が回復するのを待って、門矢商店の良輔の元に連れて行き、医者に診てもらった。
熊爪は自分の縄張りの山に迷い込んだ穴持たずを仕留めるべく山に入ると、穴持たずとこの山に暮らす若羆の赤毛が争っている場面に出食わす。すると、熊爪を目に留めた穴持たずが襲い掛かり、銃を発砲するも急所を外してしまう。
さらに襲い掛かる穴持たずの攻撃を躱すうちに、熊爪は崖下に転落してしまう。転落で背中を痛めて悶絶する熊爪の上に崖を降りて来た穴持たずがのしかかって来たが、赤毛の穴持たずへの攻撃により熊爪は絶体絶命の状況から逃れることが出来た。しかし、熊爪は骨盤を骨折したのか、激しい痛みに襲われ、必死の思いで自分の小屋へと戻る。
本体価格710円
★★★★★
Posted by ブクログ
第170回直木賞受賞作。
明治後期の北海道を舞台に、猟師の熊爪は相棒の犬とともに山に入り、自然の中で獣を狩りながら生きています。自然で生きる逞しさや厳しい過酷な世界が、本作では圧倒的な筆力で描かれています。
本書を読んでまず驚かされたのは、その生々しさです。獲物を仕留め、肉を喰らい、また自らも喰われる側になり得る。文明や倫理観によって覆い隠されている「生きること」と「食べること」の本質が、剥き出しの形で突きつけられます。
しかし本作は単なる狩猟小説ではありません。人間と獣、人間と自然、そして人間同士の関係までもが複雑に絡み合い、「生きるとは何か」という根源的な問いへと読者を導いていきます。熊爪の姿を追ううちに、人間もまた自然の一部でしかないのだと思い知らされました。
美しい自然描写の一方で、物語には常に死の気配が漂っています。その緊張感はページをめくる手を止めさせず、ときに息苦しさすら覚えるほどでした。それでも目を背けることができないのは、この物語が人間という生き物の本質を真っ直ぐに見据えているからなのでしょう。
読み終えた後に残るのは爽快感ではなく、畏れにも似た感情です。命を奪うこと、命をつなぐこと、その循環の中で生きること。命の重みを、改めて考えさせられる一冊でした。
Posted by ブクログ
直木賞
冒頭から続く、リアルな鹿の解体シーン。
作品全体を通して、血なまぐさい描写が続く。
これが女性の作家の作品だとは驚きだが、作者の河崎秋子さんは、もと羊飼いであり、動物の解体などは日常的に行っていたことだろう。
前に、河崎秋子さんのエッセイを読んだが、羊肉の出荷に際して、特別に感情を揺さぶられることなく、プロとして冷静に処理をされていた。
それは、この小説の主人公、熊爪にも通じるところがある。
熊爪は生活のため、たまに白糠の町に降りるのだが、熊爪を忌避する町民がほとんどのところ、熊爪に親切にしてくれる人は、やはりどこか怪しい雰囲気を漂わせている。
怖くてなかなか手に取れなかったのだが、ようやく読めてよかった。直木賞が納得の筆力。
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