「古典というと干からびたという印象があるかもしれないが、推理小説の場合は人間味が濃く現れています。」(まえがきから意訳)
私は現代文学が苦手で「古典」のほうが好きなんですよね。読みつがれた良いものしか残っていないってものあるのでしょうけれど。まだ小説技工が確立されていない頃に書かれた小説は、単純に「面白い」ということや書くことへの情熱や、整いすぎない分純粋に楽しめるんですよ。
【チャールズ・ディケンズ『バーナビー・ラッジ』へのポーによる書評】
22年前の3月19日。お屋敷のヘアデイル氏が殺され、金がなくなっていた。庭の池から執事の死体も挙がり、容疑者は行方不明の庭師となった。ヘアデイル氏が死んだ時間には真夜中なのに鐘が鳴ったという奇妙な証言もある。そして今日でその事件から22年。あの事件は必ず「3月19日」にコトが動くだろう…。
…というのがチャールズ・ディケンズの『バーナビー・ラッジ』の第一章。エドガー・アラン・ポーは、この第一章に感心して書評とこのあとの展開の予測も公開した。この物語が終わったあとエドガー・アラン・ポーは改めて書評を書いた。ちょっと「俺の予測の展開のほうが良いよね?」って感じもある・笑
この書評をこの短編集に入れたのは、ディケンズの書いた推理小説の紹介と、ポーの性格がよく出ている書評を載せたかったんだろうけど、読者としては一章しか読めないのにネタバレ書評読んじゃったーな気分もちょっとある・笑
【『有罪か、無罪か』ウォーターズ】
資産家バグショー氏の屋敷に強盗が入り、留守を預かるサラ・キングという召使が殺された。容疑者は、屋敷に銀行券があると知らされた甥のロバートだ。アリバイも怪しい。
だがロンドン警察の担当警部は、ロバートの証言を怪しすぎるためにむしろ信用に値すると考え、真犯人を探す。
…推理というか警察捜査物語。正しい犯人を見つけないと、真犯人を逃がすことになるし、間違った相手を死刑にしてしまう。この責任感と使命が力強いです。そして被害者サラに言い寄っていたバーンズという何でも屋?軽業師?が案外頼りになって、庶民の強かさがあった。
【『七番の謎』ヘンリー・ウッド夫人】
知人女性の新居を訪れた友人一行。女性のコテージは六番で、隣の七番の家族の話をする。主夫婦は長期留守中で、留守宅を守るのはマティルダとジェインという二人のメイド。
そしてマティルダが買い物に出ているときに、ジェインが家で殺されていた。
==避暑地で始まったけど解決はロンドン。しかも推理というよりは性格分析をしたら犯人が自滅したような。
スペイン人女性は気性が荒い!ってイギリス小説のお約束なんでしょうか。男にもちょっとは悪いところもある気がして、女性たちが気の毒な感じもある。
【『誰がゼビディーを殺したか」ウィルキー・コリンズ】
ロンドンの下宿屋で殺人事件の知らせがあった。担当警部が駆けつけると、新婚旅行中のジョン・ゼビティーの胸にナイフが刺さっている。ゼビティー夫人は夢遊病の性質があるらしい。夫人が眠ったまま夫を殺したのか?
捜査を続け、ゼビティー夫人の犯行とは断定できない要素が見つかる。事件は「犯人不明」となった。だが担当警部は一人で捜査を続けた。そして彼にとっては驚愕の真実を知ることに…
【『引き抜かれた短剣」キャサリン・ルイーザ・パーキス】
ロンドンのエビニーザー・ダイヤー氏の探偵事務所には、女探偵のラヴティ・ブルックがいる。ダイヤー氏とミス・ブルックは、仲が良いがよく口論をするという関係。
今回の依頼は、友人の娘を預かったホーク氏の家に脅迫状が届いたというもの。最初の脅迫状は、一本の短剣の絵が書かれた手紙、ついで二本の短剣が書かれた手紙が届いたのだ。そして友人の娘であるミス・モンロウの首飾りも消えた。
ホーク氏の家を調査に行ったミス・ブルックはすぐに真相に気がつくのだった。
==挿絵付き。やり手女探偵ですがイギリスのご婦人なので、服装や帽子などの装束がイギリス淑女っぽいのが良いです。
事件の真相は割とわかりやすいのと、あとがきにも出ていますがちょっと作者のミスリード過ぎる感じもあります。
このころは推理小説というものがあまりなかったので、読者に示さなければいけないことが明白じゃなかったんですね。
【『イズリアル・ガウの名誉』チェスタトン】
人間嫌いのグレンガイル伯爵が死んだという噂だ。「噂」というのは、老召使イズリアル・ガウにより埋葬されてしまったから。死んだのは本当に男爵なのか?そもそも本当に死んだのか?
スコットランドヤードのクレイヴン警部、元盗賊で現在は警部のフランボー、そして彼らが呼んだブラウン神父が捜査することに。グレンガイル伯爵の遺したものも奇妙なものばかりだし、イズリアル・ガウも全くの人間嫌い。果たして真相は?っていうかそもそも事件性あるのか?
【『オッターモゥル氏の手』トマス・バーク】
かつてロンドンで起きた連続絞殺事件の真相を中国老人クォン・リーが推理する。いわゆる「安楽椅子探偵」の一人ですね。
この小説は、それを興味深く聞いた語り手が小説風に書き起こしたとなっている。そのため被害者に対して「見納めとなる世界を見ておくんだ」のように輝かしい語り口のドラマチックなものになってます。
連続殺人事件の緊迫感が素晴らしいし、犯人像も納得。…それだけに最後の被害者がなあ…それやっちゃ危険だろう…
【『ノッティング・ヒルの謎』チャールズ・フリークス
この短編集の後半200ページ程度を占める中編です。日記、手紙、報告書、新聞記事などで構築された書簡小説の推理小説。最初の英国推理小説だ、といわれているらしい。それがこんな凝った書簡小説だなんてイギリスやるなあ。
しかし真相に関しては、現代科学では否定される(現在では似非科学扱いされる)ものなので立証は無理そう…(^_^;)
サー・エドワード・ボウルトンは、妻ガートルードに言い寄ったという噂の男と決闘して死んだ。未亡人となったガートルード夫人は倒れ、双子の女児のガートルードとキャサリンを産んで亡くなる。
双子は母親に似て病弱で神経質、不思議な繋がりを持ち、片方が体調を崩すと必ずもう一人も具合が悪くなるという。だが幼い頃キャサリンは突然消えた。(どうやらジプシーに誘拐された、ってことらしい)
…読者としては「いつも一緒にいる赤ちゃんだったら一人の病気がもう一人に移るのは当然だよ」と思ったんだがこの「二人は同じ体調になる」というのはこの後の悲劇の真相となりました。いやー、同居家族ならみんな倒れるの当たり前だと思ったんだけどなあ…
ガートルードは相当な財産を受け継ぎ、さらに立派な家柄で穏やかな性質のウィリアム・アンダトン氏と結婚する。夫婦は慈しみ合っていたが、ガートルードは相変わらず病弱、すぐ寝込むし倒れるし、ウィリアムも優しいけど人に強く出られない。
そんなアンダトン夫妻が信頼したのが当時新しい科学医療?だった「メスメリウム」とかいう治療法。
現在の知識からすると「あからさまに怪しい!近づくな!」としか思えんメスメリウム療法とやらは、催眠療法の一種らしいのだが、アンダトン夫妻が招いた相手も悪かった。これまた読者からしたらあからさまに怪しい自称ラ☓☓☓男爵。
そうそうこの小説、名前を隠すために「バ☓☓」とか「保険会社の☓☓社」とか出てくるんだが、この男爵はこの語の事件の重要人物なので「ラ☓☓男爵」だと書きづらいので、レビューではラ男爵に省略します。
そしてこのラ男爵、自己流でハンドパワー?とかを取り入れ、女性であるガートルード夫人に触れないために依代となるロザリーという助手を使っている。
この時代の科学が語られるが、他にも「食事が取れない人を治療するために、依代となる人が主の変わりに健康食を食べる」という治療法だとか、なんか身体の水を調えるみたいなのだとかが出てくる。
もちろん当時は科学として尊重されていたのだろうが、このラ男爵、いっかにも詐欺師!山師!いくら世間知らずで押しが弱く身体も弱いアンダトン夫妻でもこんなやつとはさっさと縁を切ってくれーーー。
ガートルード夫人とロザリーは奇妙な絆が生まれかけるが、ロザリーはラ男爵をたいそう怖れているし、ラ男爵はロザリーを監視している様子。そしてラ男爵は「外国に行く」とロザリーとともに去った。
その後ガートルード夫人はその後何度か酷い発作を起こす。この発作の場面、酷い下痢、酷い嘔吐、激しい腹痛…かなりキツイ、ガートルード夫人の苦しみが気の毒で気の毒で…(☓。☓)
だがガートルード夫人は奇妙なことに気がつく。このひどい発作は2週間毎に来るのだ。だが大人しい彼女は「また2週間が近づく。神様お助けください。そして愛するウィリー(ウィリアム)には悟られないようにしないと」と、とにかくお祈りしかしない内向き性格なので、読者としては「なぜ秘密にする!!」と、この夫妻のおとなしさはちょっともどかしい。
ついにガートルード夫人は亡くなる。
そしてウィリアムに妻殺しの噂が立ち…。
なお、アンダトン夫妻とラ男爵・ロザリーに関する調査をしたのは、調査員のヘンダソン。(よく分かってないのですが、保険会社から依頼された探偵みたいなもの??警察関係者じゃないよね??)
彼は、アンダトン夫妻の保険の掛け方に疑問を持ち、この時期にラ男爵とロザリーがどこで何をしていたのかを探ります。
まあこの二人は極秘結婚していたわけで。
このラ男爵、読者からはあからさまに怪しいのだか、人を不安にさせて精神的に支配するらしい。ガートルード夫人も「あの緑の目が怖いが逆らえない」と言っているし(じゃあ解雇しなよ…)、ロザリーも絶対に逆らえない。しかしラ男爵は、他の人たちからは大変評判が良い。「本当に立派な旦那様で、病気の奥様(ロザリー)を心配して愛して献身的に看病していました。奥様はそんなご立派な旦那様を嫌ってというか怖がっているようで、態度はよそよそしくて失礼な感じでした」なんて言われてしまう。対外的には申し分なく内には暴君、こんな男に目をつけられたら誰も味方はいなくなるし逃げようがない_| ̄|○
最も逃げ場所のないロザリーはともかく、地位も資産もあるアンダトン夫妻には「もうちょっとシャッキリせんかーい」と思わんでもないが…(^_^;)
そしてロザリーも亡くなる。
調査員ヘンダソンは、ラ男爵がロザリーに掛けた保険金のこと、アンダトン夫妻の死とロザリーの死にラ男爵が関わっているのではないかと疑い、その調査書を提出するのだった。
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残念ながら「殺人」のトリックは、現在医学では立証は無理だろうってことと、その凝った構成にもところどころ矛盾もあるようですが(^_^;)
死んだ人たち(殺された人たち?)は本当にお気の毒な事件。そして「身内には暴君、対外的には申し分ない人物で、身内は逃げようとしても味方は居ない」って現代でもあるよねーー(-_-;)
そしてこの時代の女性はやたらに倒れたり弱々しくて「しゃんとせんかーい」も思ったり、それにつけ込む犯行が「弱い者いじめ」のように感じたり^^;
しかし書簡や日記により出来事がつながってゆく手法は読んでいて楽しく、これを「イギリス最初の推理小説」と掲げるイギリス文学、すごいなあと思う。