作品一覧

  • 増補 仏典をよむ 死からはじまる仏教史
    値引きあり

    増補 仏典をよむ 死からはじまる仏教史

    ビジネス・実用

    -
    1巻616円 (税込)
    大きな災害やコロナ・パンデミックを経て、あらためて仏典の智慧が注目されている。仏教学・思想史の第一人者による案内と、親しみやすい訳で読み解く。 ブッダの死後残された人々が、その死を乗り越えようとしたことに、仏教の誕生を見出す。死者すなわち他者と向き合うことを仏教の本質と捉え、親しみやすい訳で、インド・中国の仏典を読み解く。そして日本に伝わった仏教では、土着化と原点回帰の2つの動きがせめぎ合う中、独特のダイナミズムが生まれた。世界の中でも異色とされる、日本仏教について考える。 増補「仏典をよむ視座」を収録し、直近10年間の新たな研究成果を加えた。 解説・中島隆博 ■目次■ はじめに 第一部 死からはじまる仏教  第一章 大いなる死――『遊行経』  第二章 死と生の協奏――『無量寿経』  第三章 他者と関わり続ける――『法華経』  第四章 否定のパワー――『般若心経』  第五章 心の中の地獄と仏――智ギ『摩訶止観』  第六章 禅の中の他者と死者――圜悟『碧巌録』 第二部 日本化する仏教  第七章 現世を超えた秩序――景戒『日本霊異記』  第八章 仏教は俗世に何をなしうるか――最澄『山家学生式』  第九章 この身のままに仏となる――空海『即身成仏義』  第十章 贈与する他者――親鸞『教行信証』  第十一章 脱構築から再構築へ――道元『正法眼蔵』  第十二章 宗教国家は可能か――日蓮『立正安国論』  第十三章 異教から見た仏教――ハビアン『妙貞問答』 むすび 増補 仏典をよむ視座  一 仏典とは何か  二 菩薩と他者・死者  三 日本仏教の展開と菩薩の精神 文献ガイド あとがき 解説 中島隆博
  • 現代仏教論

    現代仏教論

    ビジネス・実用

    3.0
    1巻660円 (税込)
    震災、高齢化、自殺者増……、多死社会の到来を目前にして、この国はなすすべもなく立ち竦んでいる。これまで問題を封印してきたツケが一気に回ってきたのだ。我々はいかに死者と対峙すべきか――。その智慧は仏教にある。ブッダの時代以来、死者と関わり続けてきた仏教が現代に果たすべき役割は小さくない。震災と仏教、死者供養の原点、業と輪廻、仏教離れの本当の理由など、死者の問題を中心に現代仏教を問い直す。
  • 日本宗教史

    日本宗教史

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻924円 (税込)
    『記・紀』にみる神々の記述には仏教が影を落とし、中世には神仏習合から独特な神話が生まれる。近世におけるキリスト教との出会い、国家と個の葛藤する近代を経て、現代新宗教の出現に至るまでを、精神の〈古層〉が形成され、「発見」されるダイナミックな過程としてとらえ、世俗倫理、権力との関係をも視野に入れた、大胆な通史の試み。

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  • 仏教からよむ古典文学
    値引きあり

    仏教からよむ古典文学

    小説・文芸

    -
    1巻935円 (税込)
    【目次】 1 源氏物語と仏教 2 平家物語と仏教 3 能と仏教   修羅の救い   大和をめぐる謡曲と宗教   中世思想の転回と能 4 仏典とその受容   仏教経典概論   経典に見る女性   仏教と夢   西欧における日本仏教の紹介 5 思想と文学の間   真福寺写本から見た中世禅   思想家としての無住道暁   『徒然草』の酒談義   良寛と仏教――『法華讃』をどう読むか   禅と女性 6 愛と修道――漱石のジェンダー戦略
  • 死者と霊性 近代を問い直す

    死者と霊性 近代を問い直す

    ビジネス・実用

    5.0
    1巻946円 (税込)
    原発事故とコロナ禍は,否応なく見えざるものの力を思い知らしめた.見えざるものである死者たちと私たちの関係にも,いま新たな変化が生じている.末木文美士,中島隆博,若松英輔,安藤礼二,中島岳志,眼に見えない領域をめぐって独自の思索を続けてきた五名が,死者と霊性をキーワードに,来るべき時代について討議する.

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  • 死者と霊性の哲学 ポスト近代を生き抜く仏教と神智学の智慧

    死者と霊性の哲学 ポスト近代を生き抜く仏教と神智学の智慧

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻979円 (税込)
    「近代の終焉」後、長く混迷の時代が続いている。従来の思想史や哲学史では見逃されてきた「死者」と「霊性」という問題こそ、日本の思想で重要な役割を果たしている。19世紀以来展開された神智学の系譜にさかのぼり、仏教学の第一人者が「希望の原理」を探る。
  • 増補 日蓮入門 ──現世を撃つ思想

    増補 日蓮入門 ──現世を撃つ思想

    ビジネス・実用

    4.0
    1巻1,034円 (税込)
    日蓮の思想は、近代日本において超国家主義者に信奉されるなど、時に危険なイデオロギーとも目されてきた。だが、実際の著作を読んでゆくと、真の日蓮は一筋縄ではゆかない、実に多面的な思想家であることに気付くだろう。政治権力に挑戦する闘う思想家、孤独で内省的な理論家、ユートピアを思い描く夢想家、おおらかな現実主義者など。魅力的なその人柄に触れつつ、『立正安国論』『三大秘法抄』などの遺文をひとつひとつ読み解き、多彩で奥深い思想世界を探る。ちくま新書版に増補をくわえて刊行する。
  • 日本の思想をよむ

    日本の思想をよむ

    ビジネス・実用

    3.0
    1巻1,056円 (税込)
    欧米近代の哲学・思想を、何よりもまず学ばなければならない――と考えられていた時代は、もう終わった。 日本の伝統の中に思想を学ぶことで、私たちは思想・哲学を築かなければならない。古典を手がかりに、自分の目と頭と心で読みこんでいくことこそ、いま最も大事なことなのである。そのためには、日本の思想を知るための、基礎教養が必要なのだ。 岩波新書『日本思想史』の著者が、日本を代表する古典を取り上げ、その思想の系譜を解き明かす。未来を考えるヒントは、じつは多様なアイデアに満ちた、日本の思想のなかにある。 自然を考え、人間を考え、宗教を考え、社会や国家を考える。単行本から新たに2編追加し、45編から日本の思想を辿る入門書。 【目次 (抜粋)】 第1部「自然と人間」 空海『弁顕密二教論』 鴨長明『方丈記』 二宮尊徳『二宮翁夜話』 など 第2部「死者からの問いかけ」 源信『往生要集』 慈円『愚管抄』 柳田国男『先祖の話』 など 第3部「超俗から世俗へ」 最澄『山家学生式』 法然『選択本願念仏集』 伊藤仁斎『童子問』 など 第4部「身体への眼差し」 世阿弥『風姿花伝』 一休『狂雲集』 白隠『夜船閑話』 安藤昌益『統道真伝』 など 第5部「仏教を捉え直す」 親鸞『教行信証』 道元『正法眼蔵』 無住『沙石集』 和辻哲郎『古寺巡礼』 など 第6部「『日本』とはなにか」 『古事記』 荻生徂徠『学則』 本居宣長『紫文要領』 内村鑑三『基督信徒のなぐさめ』 鈴木大拙『日本的霊性』 西田幾多郎『場所的論理と宗教的世界観』 丸山眞男『日本の思想』 第7部「社会と国家の構想」 日蓮『立正安国論』 中山みき『みかぐらうた』 福沢諭吉『文明論之概略』 清沢満之『倫理以上の根拠』 『日本国憲法』 など
  • 日本思想史

    日本思想史

    ビジネス・実用

    4.1
    1巻1,144円 (税込)
    古代から現代にいたるまで、日本人はそれぞれの課題に真剣に取り組み、生き方を模索してきた。その軌跡と厖大な集積が日本の思想史をかたちづくっているのだ。〈王権〉と〈神仏〉を二極とする構造と大きな流れとをつかみ、日本思想史の見取り図を大胆に描き出す。混迷の今を見据え、未来のために紡がれる、唯一無二の通史。

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  • 日本の近代仏教 思想と歴史

    日本の近代仏教 思想と歴史

    ビジネス・実用

    -
    1巻1,298円 (税込)
    「近代仏教」とはなにか? 「伝統(あるいは古典)仏教」とはなにか? 十九世紀以来の欧米やアジア各地の仏教をみると、共通する同時代的な特徴がある。仏教は近代になって、グローバル化したのである。その中で、日本の仏教も大きな変化を被った。 浄土系の思想を、清沢満之の思想を見直し、その弟子である曽我量深の初期思想の持つ可能性を検討した。また、近代日本の親鸞理解に大きな影響を与えた倉田百三の親鸞理解の特性を検証し、後年の倉田のファシズムへの傾倒の必然性を示した。 日蓮系の思想にもっとも影響力の強かった田中智学を検討し、一見国家主義的と見られるその国体論が、じつは仏教と国家の間の矛盾に揺れていたことを解明する。 また、戦後の創価学会の価値観を思想的に明確にしようとした松戸行雄の凡夫本仏論について検討し、世俗化の進む現代社会の中での仏教思想のあり方を考察した。 近代における禅思想を代表する鈴木大拙は、その評価が全面賛美か全面批判かの両極に分かれている。一批判すべきところと評価すべき点に検討を加えた。キーワードは、「日本的」と「中国的」との対比である。 そして、近代の仏教研究の問題点を、二点に絞って検討する。日本史学者として著名な家永三郎の日本仏教の扱い方を、批判的に検討してみた。また、日本では大乗仏教が優れているということが常識のように考えられているが、そこに問題がないかということを、宮本正尊という一学者の説の展開を中心に追ってみた。 私たちの仏教のイメージが、明治以降にどのようなプロセスを経てきたのかを解明し、昨今の仏教研究の基礎を知るための一冊でもある。 *本書は、『思想としての近代仏教』(中公選書)を底本にし、「仏教方法論と研究史」「近代における仏教辞典の編纂」「大乗仏教の実践--研究状況をめぐって」を割愛し、改題をした。 【目次より】 序章 伝統と近代 I 浄土思想の近代 第一章 清沢満之研究の今――「近代仏教」を超えられるか? 第二章 宗派の壁は超えられるか 第三章 迷走する親鸞 第四章 愛の求道者――倉田百三 II 日蓮思想の展開 第五章 国家・国体・天皇と日蓮思想――田中智学を中心に 第六章 世俗化と日蓮仏教――松戸行雄の「凡夫本仏論」をめぐって III 鈴木大拙と霊性論 第七章 大拙批判再考 第八章 鈴木大拙における「日本的」と「中国的」――『日本的霊性』を中心に IV 日本仏教と大乗仏教 第九章 家永三郎と戦後仏教史学 第十章 大乗非仏説論から大乗仏教成立論へ――近代日本の大乗仏教言説 終章 今、近代仏教を問う
  • 日本仏教入門

    日本仏教入門

    ビジネス・実用

    3.8
    1巻1,584円 (税込)
    法華経の受容と仏教の土着化など数々の視点から、日本仏教の深化と多様性を検証。道元や親鸞の鎌倉新仏教を日本仏教の最高峰とする通説を乗り越え、宗派を超えてダイナミックに展開する日本仏教の全体像を描きだす。
  • 日本仏教再入門

    日本仏教再入門

    ビジネス・実用

    3.0
    1巻1,760円 (税込)
    昨今、仏教研究は進展を見せ、従来の常識は大きく書き換えられつつある。 「日本仏教」とは何かから説き起こし、古代から中世の仏教の思想と歴史の流れを、聖徳太子・空海・法然・親鸞・道元・日蓮などをキーに解き明かしていきます。 そして、明治維新以降、西洋の文明に触れて大きな変貌を遂げた日本仏教が、日本の近代社会の中で果たしてきた役割を改めて問い直します。廃仏毀釈に始まり、日清・日露戦争を経て、大正デモクラシー、日中戦争から第二次世界対戦を経験する中で、仏教は重要な位置を占めています。戦後復興、そして大震災などに対して、実践としての仏教があらためて登場しつつある現状の意味を問うていきます。 また、日本仏教の深層にある思想的、歴史的な背景を読み解いていきます。葬式仏教にどのような意味があり、どのような思想を背景にしているのか。日本仏教のおおきな特色となっている「大乗仏教」の起源を探ります。また神と仏の関係を、中世の神仏習合に遡って、読み解き、仏教が日本の思想や哲学に与えた影響を検証していきます。 本書を読めば、日本仏教の思想と歴史の概観と肝要なポイントがすべてわかる、格好の入門書です。 *本書は、『日本仏教を捉え直す』(放送大学教育振興会)を底本に、大幅な加筆(第二章 1最澄の生涯と思想)と改稿をし、改題しました。 【目次】 はじめに 「日本仏教」という問題 第一章 仏教の展開と日本 序説 第二章 仏教伝来と聖徳太子 日本仏教の思想1 第三章 空海と最澄 日本仏教の思想2(頼住光子) 第四章 法然・親鸞と浄土信仰 日本仏教の思想3 第五章 道元と禅思想 日本仏教の思想4 第六章 日蓮と法華思想 日本仏教の思想5 第七章 廃仏毀釈からの出発 近代の仏教1 第八章 近代仏教の形成 近代の仏教2 第九章 グローバル化する仏教 近代の仏教3 第十章 社会活動する仏教 近代の仏教4 第十一章 日本仏教と戒律 日本仏教の深層1 第十二章 葬式仏教 日本仏教の深層2 第十三章 神仏の関係 日本仏教の深層3 第十四章 見えざる世界 日本仏教の深層4 第十五章 日本仏教の可能性 まとめ 学術文庫版あとがき
  • 道元 実践の哲学 身心論から読み解く『正法眼蔵』

    道元 実践の哲学 身心論から読み解く『正法眼蔵』

    ビジネス・実用

    5.0
    1巻2,200円 (税込)
    日本を代表する思想書の一つ、道元『正法眼蔵』。仏道修行に重きを置く道元の、実践に即した哲学が特に表れているのが「身心学道」の巻である。私たちの身体と心を、少しでも仏に近づけるにはどうしたら良いか。欲望としがらみが絡み合い、既成観念にとらわれた窮屈な世界を抜け出すには、どうするべきなのか。道元が考え抜いた、ときに常識を覆す思想を、日本仏教研究の泰斗が、やさしい講義形式で一つずつ紐解いていく。
  • 霊性の日本思想 境界を越えて結びあう

    霊性の日本思想 境界を越えて結びあう

    ビジネス・実用

    -
    1巻3,300円 (税込)
    日本の思想において,「霊性」はいかに捉えられてきたのか.王権と神仏の拮抗,近代における国家と宗教の一元化と批判,戦後の憲法制定と社会変容など,霊性を軸に新たな思想史の可能性が提示される.その豊かな思想的蓄積から,生者と死者の共存,精神的領域での結合を追求する社会のあり方など,未来への思考をひらく.

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  • 仏教出現の背景

    新アジア仏教史

    ビジネス・実用

    -
    1~15巻4,400円 (税込)
    仏教を成立、発展させた基盤はインド亜大陸にある。古来より多種多様の民族が移動し、ヒンドゥー文化を形成しながら、そこから生まれてきた仏教。古代の歴史と社会、宗教の起源、儀礼と文化などの諸相に着眼しながら、仏教が世界史上に出現した背景を考察する。 【執筆者】 奈良康明、古井龍介、片岡 啓、永ノ尾信悟、水野善文、保坂俊司、石井 溥、田中雅一、藤井正人、後藤敏文、矢野道雄、高橋孝信 この商品は固定レイアウトで作成されており、タブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字列のハイライトや検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。
  • 日本の近代思想を読みなおす1 哲学

    日本の近代思想を読みなおす1 哲学

    ビジネス・実用

    -
    1巻4,620円 (税込)
    近代の日本哲学のダイナミズムを気鋭の哲学者が活写 日本の近代思想において哲学を考えることは、日本の哲学的な経験を通じながら、そこに普遍化への努力をどう見ていくのかということになる。本書は、西洋哲学の受容と展開だけでなく、中国哲学やインド哲学などにも目配りをして、近代の日本哲学のダイナミズムを明らかにする。 【シリーズの特長】 ●日本の近代思想を15のテーマに分け、その新たな読みなおしを提案する。 ●近代を反映する重要テキストを精選・収録し、第一線の研究者が解説を付す。 ●危機の時代である現代において、時勢に流されることのない基礎的かつ確実な内容を提示する。 【主要目次】 総論 哲学という問題系 Ⅰ 日本哲学の系譜学 一 日本哲学と中国哲学 二 二つの啓蒙――福沢諭吉と中江兆民 三 霊魂不滅論争 Ⅰ 資料編 Ⅱ アカデミズムとしての哲学の成立 四 東京学派の哲学 五 近代日本における中国哲学 六 近代日本におけるインド哲学 Ⅱ 資料編 Ⅲ 帝国の哲学 七 京都学派の礎――西田幾多郎 八 世界史の哲学――高山岩男 九 帝国日本を支える論理――田辺元 一〇 フィロロジーの行方――和辻哲郎 Ⅲ 資料編 Ⅳ 脱出の方位 一一 偶然性と未来への志向――九鬼周造 一二 ディアスポラの哲学――三木清 一三 マルクス主義哲学――戸坂潤 一四 東北大学で展開した哲学――高橋里美と高橋ふみ Ⅳ 資料編 Ⅴ 戦後の哲学 一五 戦後民主主義――丸山眞男 一六 戦後マルクス主義哲学――梅本克己 一七 経験と思想――森有正 一八 神秘について――井筒俊彦 一九 立ち現われ一元論――大森荘蔵 二〇 共同主観性――廣松渉 二一 あわいの哲学――坂部恵 二二 装飾的思考――北川東子 二三 「自分」という謎――池田晶子 Ⅴ 資料編

ユーザーレビュー

  • 日本思想史

    Posted by ブクログ

    去年読んだ『日本哲学 ――世界哲学への貢献』(ブレット・デービス 筑摩選書)からの展開として、『日本哲学』のなかで述べられていた「日本哲学史」の確立の一端として、現在の日本哲学/思想史を手軽に知りたいなと言うことで手に取った本です。
    とにかく外来思想との交流と国内での思想的な成熟が入り混じり、同時代のなかでこんなにもいろんな世界観があったのだなと言うのがよくみてとれました。また、興味深かったこととして、当時の社会状況・政治状況から求められる思想が繁栄し、そうでない思想は日陰へと落ちていく、思想世界の外部の状況を踏まえたダイナミックな変転は読んでいて楽しかったです。
    なかでも「象徴としてのお務めについての天皇陛下のおことば」についての歴史的な評価として、日本国憲法における象徴天皇制の実質的崩壊という意見を多く見かける中で、この出来事を端緒として、象徴天皇制が構築され始めるという意見が提示されていて、大きな歴史の中で考えると、戦後80年はまだまだ短い期間であり、今の日本国憲法ともしばらくは付き合っていかなければいけないことを考えると、なるほどな意見でありました。

    0
    2026年08月27日
  • 日本思想史

    Posted by ブクログ

    思想哲学に限らず、宗教文学など総合的な日本史の中の精神的思潮を描こうとしておりこの手軽なサイズ感の限度内でそれは概ね達成されていると言っていいと思います。王権と神仏という見取り図、大伝統中伝統小伝統という方法論も秀逸で読んで面白く明快な入門書でした。

    0
    2026年04月26日
  • 日本宗教史

    Posted by ブクログ

    「ところで、先に思想史/宗教史という書き方をしたが、なぜ特に宗教に焦点を当て、宗教史という形を取る必要があるのだろうか。それにはまず、宗教とは何かということを考える必要がある。「宗教」という言葉はもともと仏教語ではあるが、今日のような使い方ははるかに新しく、第十章で述べるように、明治初めに欧米の religion(ラテン語の religio)に相当する訳語として用いられるようになった。欧米の religionはキリスト教の長い歴史を受けているので、当然キリスト教的な形態が範型となっている。そこから「宗教」は個人の心に関わる信仰の問題として、かなり強い意味合いを持つようになった。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「しかし、日本の仏教にせよ、神祇崇拝(神道)にせよ、習俗化し、制度化していて、必ずしも個人の強い信仰を要求しない。洗礼や信仰告白のようなこともない。そうなると、なかなか翻訳語としての「宗教」にぴったり当てはまらない。とりわけ神道は、戦前の国家神道が宗教に非ざるものと規定されたため、戦後「宗教」の中に組み込まれても、必ずしもすっきりしないところがある。日本人の「無宗教」がしばしば問題にされる所以である。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「それと同時に、宗教もまた歴史の中に発現するものである以上、歴史を構成するさまざまな要素、とりわけ政治とどのように関係するかが常に問われることになる。宗教のダイナミズムはまた、宗教だけでなく、宗教を担う人間のダイナミズムでもある。表層的な思想として自己表現されえない民衆の心情は、しばしば宗教という形で噴出する。しかし、宗教は政治的な民衆運動とは異なり、政治との緊張関係の中で、政治の次元で解決できない問題へと導く。本書でも宗教と政治の問題は常に大きな主題となる。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著


    「日本の歴史を考える際、宗教と政治の間に見え隠れするのは天皇の問題である。本書でもその問題は随所で取り上げられるが、必ずしも十分に扱いきれていない。日本の宗教史・思想史を考えるうえで、天皇がどのように位置づけられるのか、その変遷を見極めることは今後の大きな課題である。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「鎌倉仏教は日本の仏教史、ひいては宗教史の中でももっとも栄光の時代と考えられてきた。とりわけいわゆる鎌倉新仏教は、極端にいえば、日本の宗教史の中で唯一高く評価されてきたといっても過言ではない。その鎌倉新仏教偏重の陰で、宗教史のそれ以外のほとんどすべてが光を失ってきた。鎌倉新仏教以前の日本の宗教は鎌倉仏教を用意するためのものであり、鎌倉新仏教以後は宗教は衰退する一方としか見られなかった。このような鎌倉新仏教中心の仏教観は、明治になってはじめてできた、きわめて近代的なものである。それは、近代における〈古層〉の「発見」の仏教版と言ってよい。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「以上概観したように、鎌倉時代の仏教は実践思想を中心に大きく展開した。鎌倉仏教だけをあまりに過大に評価することは危険であるが、確かにこの時代に優れた仏教思想家が現われ、また後に強大となる宗派の基はこの時代に築かれたことも事実である。しかし、注意すべきは、彼らの展開した仏教は必ずしも伝統的な仏教をそのまま継承するものではなかったことである。戒律無視の動向は顕著であり、それは思想的には本覚思想と結びつくものである。また、戒律を復興しようとする律宗にしても、本来の仏教の戒律から外れた社会活動を積極的に行なった。このような伝統的な仏教からの逸脱が、かえって仏教が民衆の間に広がり、定着するエネルギーになっていることに注意しなければならない。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「紀伊半島は早くから宗教的な聖地として重視された。奈良・大和地方のすぐ南で、中央に吉野から大峯へかけての高く深い山岳が連なり、その南は熊野、東は伊勢へと続いている。吉野は天武天皇が即位前に拠点として壬申の乱に勝利を得たこと、後には南北朝時代に南朝が籠ったことなど、政治的・軍事的にも大きな意味を持っていた。持統天皇時代の吉野の離宮が道教的な楽土と考えられたように、早くから特殊な雰囲気を持った異境であった。  仏教が広まって以来、これらの地域は山岳修行の恰好の場となり、そこから修験道が発展した。修験道の開祖は役行者(役優婆塞)とされるが、彼は吉野金峰山で蔵王権現を感得したと伝える。蔵王権現は忿怒形で片足を挙げた力動的な姿で表わされ、密教の明王から発展したものであることは明らかであるが、既存の仏では日本の衆生を救うことができないので、釈迦・千手観音・弥勒菩薩の徳を兼備して新たに出現したといわれる。修験道は後に、天台宗系の本山派が聖護院を中心とし、真言宗系の当山派が醍醐寺三宝院を中心として発展した。全国的に広がるが、紀伊半島の諸山の他にはとりわけ東北の出羽三山(羽黒山・月山・湯殿山)が名高い。修験道は蔵王権現をはじめとして、一般の仏教とも神祇信仰とも違う独特の神格や組織、修行、儀礼などを発展させ、神仏習合のもっとも典型的な形態を示している。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「紀伊半島の諸山は、山岳修行の場であると同時に、特殊な聖地として人々の信仰を集め、貴族たちの参詣が絶えなかった。吉野は弥勒菩薩が将来仏として成道する場と考えられ、それを期待して経筒に納められた写経が経塚に埋蔵された。その中には、関白藤原道長のものも現存する。熊野は、とりわけ院政期以後本地垂迹説に基づく信仰が行なわれるようになった。熊野は本宮(熊野坐神社)が阿弥陀仏、新宮(熊野速玉神社)が薬師仏、那智(熊野那智神社)が千手観音の垂迹とされ、三仏の垂迹の集まる熊野はこの世の浄土と考えられて、上皇や貴族なども含めて熊野詣が盛んに行なわれた。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「また鎌倉期末の説話集『沙石集』には、なぜ伊勢では仏教を忌むかということを説明する神話がある。それによると、第六天の魔王(欲界の第六天は仏道を妨げる魔とされる)が日本に仏法が流布することを恐れて、そうさせないようにと下ってきたとき、アマテラスが策略を凝らして、「私は三宝の名も言わず、身にも近づけないので、どうか天にお戻りください」と説得して帰したのだという。そこで、その約束に従って、伊勢では仏教を忌むことにしているが、かえってそのことによって、日本での仏法の隆盛を保護しているというのである。  これは、伊勢の神仏隔離を説明して、それが仏法を退けるのではなく、かえって仏法守護のためであるとして、神仏習合の側に組み込むことを可能にしている点で、きわめて巧みな神話的物語である。第六天の魔王や天狗など、仏法を妨げ、社会の秩序を乱す魔的な存在が中世には跋扈する。それをいかに秩序の中に組み込むかという点にも、中世神話は大きな役割を果たしている。このように見れば、中世神話は決して荒唐無稽のわけの分らないことをいっているわけではない。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「それだけ見るといかにも怪しげであるが、性的な要素が当時の密教の中で重視されるようになってきたのは、必ずしも不可解なことではない。仏教が民衆の中に広まっていくとき、性からの離脱は現実にそぐわないものとなっていく。なぜならば、一般の民衆にとって、子孫を残すことと豊穣な収穫を得ることはもっとも大きな関心事であり、そのために性の力は不可欠のものであるからである。今日でも神社の祭には性的な要素を含んだものが数多く残されている。民衆の間だけでなく、同じことは王権に関しても言えるのであり、立川流と密接な関係を持つダキニ法は、まさに即位灌頂など、王権の力を生み出すもととなるのである。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「前章に述べたように、伊勢神宮の信仰は仏教と深く関係しながら進展した。しかし、もともと仏教と緊密に結びついていた山王と異なり、伊勢は神仏隔離の性格を持つために、独自の動きも見られた。その中でとりわけ伊勢神道と呼ばれる独自の展開を示したのは、外宮の神官度会氏であった。伊勢はともすれば皇祖神を祀る内宮が重んじられる傾向があったが、中世になって広く布教活動を行なうようになると、因習に捉われない外宮のほうが自由な活動によって勢力を伸ばすことができた。その中で、永仁四年(一二九六)に「皇字論争」と呼ばれる論争が起こった。これは、もともと内宮のみが「皇大神宮」を名乗っていたのが、外宮も書類に「豊受皇大神宮」と記したため、内宮側が反発したものである。このとき、外宮側が自らに有利な証拠として提出した中に、後に神道五部書としてまとめられ、伊勢神道の基本文献とされたものがあった。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「天文一八年(一五四九)、イエズス会のフランシスコ・ザビエル(シャビエル)は記念すべき日本への第一歩を鹿児島に印した。キリシタン時代の開幕である。ザビエルは同二〇年(一五五一)までの二年余の間に、平戸、山口、京都、大分などの各地で布教し、その後をトレルスに託した。こうしてはじまったキリスト教の伝道は大きな成果を挙げ、十七世紀のはじめに禁止される頃には、三十万から四十万人もの信者を獲得するに至った。  キリスト教の到来は、仏教伝来以後始めて、外から来た大宗教との出会いであった。しかも、仏教がもともとはインドに由来し、シルクロードを通してインドや西方の文化の薫りを伝えたとしても、基本的には東アジアの枠の中での交流であったのに対して、キリスト教の伝来は、地球を半周したヨーロッパの宗教文化が直接やってきたのであり、日本はこれまでまったく見知らぬ異質の文化と直面することになった。それと同時に、日本はグローバルな世界文化の中に否応なく投げ出された。それは宗教の次元だけの問題ではない。キリスト教の伝来が鉄砲の伝来とセットにして語られるように、西欧の文化は、これまでの東アジアの範囲では想像も付かなかった巨大な物質文明を伴っていた。日本におけるキリスト教の発展は、南蛮貿易と密接に関係することになる。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「それでは、キリスト教はどのように受け容れられたのであろうか。ザビエル時代から始まって、キリスト教の宣教師たちはいたるところで仏教僧から論争を仕掛けられ、彼らを論破するために仏教を学び、また、仏教的な概念を用いて布教することとなった。かつて仏教が仏という新たな崇拝対象をもたらしたように、キリスト教のもたらしたデウスもまた、これまでの日本の宗教にない新たな神格であった。それ故、デウスをどう日本語に訳すかというところから出発しなければならず、最初ザビエルは、デウスを仏教用語を用いて「大日」と訳したところから誤解が広がり、結局「デウス」という原語をそのまま用いる方針に転ずることになった。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「戦国の世が終わり、統一政権が確立する過程で、大きな課題となったのは強大な仏教勢力を押さえ込むことであった。中世末期には、浄土真宗の一向一揆の勢力はもちろん、京都の町衆を背景とした日蓮宗、また、比叡山や高野山などが、それぞれ大きな経済力と武力によって世俗的にも巨大な力を持っていた。信長はキリシタンには友好的であったが、仏教に対しては徹底的に敵対し、強力に武力討伐を進めた。まず元亀元年(一五七〇)比叡山を攻撃し、根本中堂をはじめ、ほとんどすべての堂宇を焼き尽くした。日蓮宗に対しては、浄土宗との間で論争をさせ(安土宗論、一五七九)、それをきっかけに抑え込んだ。もっとも厄介だったのが浄土真宗の本願寺勢力であった。石山本願寺に拠る顕如は徹底して抗戦し、元亀元年から十一年間の抗争(石山合戦)の末、天正八年(一五八〇)顕如らの石山退去によって結末を迎えた。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「こうした制度の確立により、仏教は一面では保護され、葬式仏教という独自の形態を定着させた。宗教は個人の自由な信仰によって成り立つものではなく、檀那寺と檀家という家単位の関係で成り立ち、個人はその制度の中に生まれつくことになった。寺院は宗門改帳によって生者の監督に当たるとともに、墓地を管理し、過去帳を整理することによって死者をも管轄するという大きな役割を課せられることになった。こうした仏教の優位に対して、神道による神葬祭を進める運動もあったが、大勢を揺るがすまでには至らなかった。後に明治になって制度の束縛がなくなり、宗教の自由が認められるようになっても、寺院による家単位の墓地の管理は続き、葬式仏教は寺院を支える大きな経済的基盤であると同時に、仏教は草の根レベルでなお大きな影響力を持ち続けた。今日、家のシステムが崩れつつある中で、葬式仏教も少しずつ変わらざるを得ない情勢にある。それはもしかしたら、日本の宗教史の大きな転機となることかもしれない。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「近世は儒教(儒学)の時代で、儒教は倫理の教えであって宗教ではなく、宗教、とりわけ中世まで栄えた仏教は衰退するというのが、かつて常識化していた近世のイメージである。古代・中世は仏教の時代、近世は儒教の時代というのである。その儒教の中でも朱子学が正統で、それに対して、陽明学や古学が勃興し、他方、中国由来の儒学に対して、日本本来の道を明らかにするものとして国学が起こる──これが教科書などに出る江戸時代の思想状況である。しかし、そのような図式は今日では大きく変わってきた。儒教ははたして江戸時代の主流の思想であったかというと、疑問視されるようになってきている。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「以上、世俗的な職分の倫理を基礎付ける宗教的な理論を取り上げた。しかし、近世の庶民の信仰はこのように理論的に整理されたものばかりでない。むしろさまざまな神仏が、その霊験によって信仰されるということが少なくなかった。七福神のように縁起のよい現世利益の神仏が広く信仰された。それらの信仰は、修験、陰陽師などによって広められた。また、流行神といわれるように、突発的に流行し、一時期熱狂的に信仰されるが、やがて忘れられてしまうような神仏もしばしば現われた。  生き神として信じられるような人もいた。例えばお竹大日というのは、出羽国から出てきて江戸の商人のところで奉公していたお竹が、羽黒の修験者によって大日如来の化身として信仰されたというものである。このように、何の特別のこともない庶民が突然仏の化身とされ、やがて大々的な宣伝によってブームを呼ぶこともあった。また、重税に苦しむ農民のために将軍に直訴して処刑された佐倉惣五郎が神と祀られるような義民信仰も見られた。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「儒教は中国から輸入されたものであり、その点では仏教と同様、土着していない弱さを持つ。中国の聖人の教えがそのまま日本に該当するという保証はない。度会延佳は、「神道・儒道其旨一なれば、其道によりて修する教のかはる所はあるまじけれども、異国と我国と制度文為はちがひめ有り、それをわきまへず、古より我国になき深衣をきる儒者など近比はありとなん。此事大なる非義なり」(『陽復記』)と、中国式のやり方をそのまま持ち込む儒者を批判している。そこで儒者の側では、日本社会におけるその存在意義を神道に求めることになったということも考えられる。即ち、為政者の立場から日本独自の歴史・伝統を重んじ、仏教の外来性を排して、神道にアイデンティティを求めたのである。その過程でとりわけ伊勢神道の理論において、神々から天皇の歴史へと連続する系譜学が重視された点や、唯一神道の根葉花実説の日本中心主義などは、儒学者にも大きな影響を与えることになった。このような発想の受容は、日本の宗教文化の〈古層〉の「発見」に結びつくものである。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「闇斎を支えるもう一つの柱が神道である。朱子への絶対的傾倒と一見矛盾するようであるが、儒教と神道の真理は一致するものと見られ、日本における真理のあり方として神道を重視するようになった。闇斎は伊勢・吉田両神道の秘伝を受けているが、とりわけ吉川惟足から伝授された吉田神道の影響が大きい。そもそも吉川惟足は宋学の影響を強く受けており、土金之伝や神籬磐境之伝などの秘伝を体系化した。土金之伝は五行相生説に基づくもので、五行は木 →火 →土 →金 →水の順に循環するとされる。その中の土・金を「天地未分ノトコロヨリソナワル真」(『土金之秘決』)とみて根本に置き、金によって土がしまるから、ツチシマルからツツシミ(敬)に通ずると解している。それが本来の秩序であり、君臣上下がきちんとしていることであるという。吉田神道の最奥の神秘とされる神籬磐境之伝もまた、君臣の道を守ることに他ならないと解される。こうした惟足の思想は、そのまま闇斎に受け継がれることになった。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「本居宣長(一七三〇―一八〇一)の方法は、西欧の古典文献学にも比較されるように、きわめて厳密な学問的手続きをとって進められ、その成果は今日でもなお色褪せていない。しかし、ただ自国の古典だから研究するというだけのものではない。古典の研究は、そのまま自らの生き方の探求であった。宣長はそれを、「主としてよるべきすぢは、何れぞといへば、道の学問なり」(『うひ山ぶみ』)と規定している。しかし、その「道」は儒教でいう「道」とは異なっている。「第一に、漢意・儒意を、清く濯ぎ去て、やまと魂をかたくする事を、要とすべし」(同)。それでは、どこに「やまと魂」の道を求めるべきかと言うに、「此道は、古事記・書紀の二典に記されたる、神代上代の、もろもろの事跡のうへに備わりたり」(同)とされ、そこから、記紀、特に『古事記』の研究が肝要とされることになる。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「宣長を受け継いだ篤胤は、膨大な著作において、インド・中国から西洋まで、ありとあらゆる文献を漁って、日本の優越性を証明しようと努め、日本以外の伝承は所詮日本の正しい道が歪んで伝えられたものに過ぎないと主張する。それは唯一神道の根葉花実説以来の課題であったが、篤胤がそれを証明しようとすればするだけ、ますますいかがわしい袋小路に追いやられていくかのようであり、我が国こそ根本という結論だけが終始固執されることになる。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「神仏分離は直ちに廃仏を意味するわけではないが、神道優位の気運のもとに廃仏的な雰囲気が高まり、廃仏毀釈の運動を招くことになった。奈良の興福寺は自主的に僧侶が還俗して廃寺となり、比叡山と一体化していた日吉山王社では神官や人足たちが押しかけて、仏像をはじめ、仏教と関係する宝物などをすべて焼いたり棄却したりした。修験道のようにもともと神仏習合的な性格の著しい形態ではとりわけ影響が大きく、既存の宗教形態を大きく変容させることになった。また、津和野藩をはじめとするいくつかの藩では藩単位で廃仏を実践し、仏寺を破却して神葬祭に切り替えた。あまりに激しい廃仏の動きに対して、政府がそれを押しとどめなければならないほどで、その動きは明治四年頃まで続いた。それは確かに一部の神道家やその支持者たちの過激な動きではあったが、仏教側がそれに抵抗できるだけのエネルギーを失っていたことも事実であった。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「こうして宗教の課題は、外界の一切を断念し、内面に籠ることによってのみ達成されることになる。そこには、「真面目に宗教的天地に入らうと思ふ人ならば、……親も捨てねばなりませぬ、妻子も捨てねばなりませぬ、財産も捨てねばなりませぬ、国家も捨てねばなりませぬ。進んでは自分其者も捨てねばなりませぬ。語を換えて云へば、宗教的天地に入らうと思ふ人は、形而下の孝行心も、愛国心も捨てねばならぬ。其他仁義も、道徳も、科学も、哲学も一切眼にかけぬやうになり、茲に始めて、宗教的信念の広大なる天地が開かるゝのである」(「宗教的信念の必須条件」)という断固たる決意が必要とされる。国家も愛国心も捨てなければならないという強い断定は、明らかに「教育と宗教の衝突」論争を意識し、国家道徳を主張する井上哲次郎らに対する宗教側からの反論として出されたものである。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「第八章で見たように、江戸時代には仏教や神道のように確立した宗教の他に、流行神のように民衆の間に広まった宗教があり、また、陰陽師や山伏のような民間布教者が活動し、民衆の間の宗教は非常に盛んであった。制度化した宗教の他に、その制度の隙間を縫ってマグマのように噴出してくる宗教のエネルギーは、どこに何が出てくるか予測のつかないものがあった。一時の流行だけで消えてしまうのが多い中で、次第に教祖的な人物を中心に信者が集まり、世代を超えて継承していくような教団的な組織が作られるものが出てきた。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著


    「大本教がそれまでの新宗教と異なる特徴は、天才的な霊能者である出口王仁三郎(一八七一―一九四八)の協力を得て、男女のコンビを組むことに成功したことである。なおは変性男子(肉体は女性で、霊魂は男性)、王仁三郎は変性女子(肉体は男性で、霊魂は女性)とされ、両者一体の緊密な体制を作り出した。このように、シャーマン的な女性とそれを解釈発展させる男性のコンビという体制は、その後の新宗教でしばしば見られるようになる。霊友会の小谷喜美と久保角太郎、立正佼成会の長沼妙佼と庭野日敬などがそれである。男性優位の家父長制の強い時代の中にあって、新宗教は民衆レベルからジェンダーのあり方に対して大きな問題を提起してきた。  それだけに、国家の方針と必ずしも合致するわけではなく、大本教は出口王仁三郎の指導下に大いに発展しながらも、その独自の神話解釈が天皇否定につながるとして、昭和になって壊滅的な弾圧を招くことになった。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「キリスト教に較べると、仏教のほうは必ずしも社会活動が盛んとはいえなかった。その中で、明治三三年(一九〇〇)に結成された仏教清徒同志会は境野黄洋・高島米峰らを中心として、雑誌『新仏教』を刊行し、清沢満之の精神主義の主観主義などを批判しながら、社会的関心を広げた。大逆事件の際には、内山愚童・高木顕明ら仏教僧が連座し、社会に衝撃を与えたが、キリスト教のように、仏教社会主義が大きく発展することはなかった。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「明治が終わり、大正に入ると、相対的な社会の安定の中で、大正デモクラシーの運動が進められて自由な雰囲気が生まれ、大正教養主義といわれるように、個人の自覚と教養を高め、近代的な自己を確立することが大きな課題となった。これは、明治後半の清沢満之や高山樗牛、綱島梁川らの目指した方向を受け継ぐものである。明治末にはニーチェが紹介されてブームとなり、その後の日本の知識人に大きな影響を与えた。ニーチェは西欧の近代の行き詰まりの中で、その超克を図った哲学者であったが、日本ではむしろ近代的な自我の確立という点で受け止められた。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「その代表的な例が高山樗牛(一八七一―一九〇二)である。樗牛ははじめ国家主義的な立場に立って雑誌『太陽』を舞台に論陣を張ったが、結核で海外留学を断念しなければならなくなってから自省を深めて、明治三四年(一九〇一)には個人主義を主張した。樗牛の個人主義は本能の満足を求める本能主義で、それをニーチェ主義と結びつけた。それは、知識人の世界に大きな影響を与えたキリスト教的なリゴリズムに対して、抑圧されていた性欲などの本能を積極的に主張するものであった。内村らのキリスト教倫理主義は武士の儒教的倫理につながるものであり、そのことは国際的な場で活躍したキリスト教徒新渡戸稲造が『武士道』(一八九九)の著者であることからも知られる。樗牛の本能主義はそれを批判することで、封建的抑圧から自由になることを自我の解放として求めた。その思想は自然主義を経由して、大正の白樺派などに受け継がれることになった。なお、樗牛はその後さらに田中智学の『宗門之維新』を読んで感激し、日蓮主義に転換している。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「 「万世一系」の天皇を頂点とする日本の国体という観念は、江戸時代後期からの〈古層〉の「発見」の歴史の上に成り立ち、近代になって、「天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス」という憲法に集約される。それが昭和ファシズム期に頂点に達することになる。しかし、その観念が草の根の隅々まで浸透するには、単に権力による強制だけでなく、それを支えた民衆的基盤を考えなければならない。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「しかし、日蓮主義や『法華経』信仰は、そのような右翼的な方向と結びついただけではない。上述の妹尾義郎も日蓮信仰者であったが、反ファシズムの立場に立った。また、宮沢賢治は政治との関わりを一切持たずに、『法華経』に広大な宇宙観を読み取り、詩や童話に展開した。ちなみに、明治のキリスト者内村鑑三も『代表的日本人』に日蓮を取り上げており、日蓮といえば国家主義と結びつけるのは短絡的である。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「創価学会のもととなる牧口常三郎(一八七一―一九四四)の創価教育学会もまた、日蓮信仰に立ち、もともとは日蓮正宗の在家信者の集まりである。教育者であった牧口の著書『創価教育学体系』第一巻が刊行された昭和五年(一九三〇)を創立の年としている。日蓮正宗は日蓮の弟子日興の富士門流の流れに立ち、日蓮宗の中でも他派とは距離を置いた特異な位置を占めているが、牧口とその弟子で創価学会第二代会長となる戸田城聖(一九〇〇―五八)とは、日蓮正宗の他派排斥の立場から、伊勢神宮のお札(大麻)を焼いたということで、昭和一八年(一九四三)逮捕され、牧口は獄死した。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「しかし、これは外から強制された変革であって、神道界自身の自覚や反省によるものでないだけに、神道に関する問題はその後もくすぶり続けることになった。折口信夫のように、これこそ神道が宗教として生まれ変わるよい機会として積極的に捉えるものもいたが、それはごく少数であり、神道界全体としては戦前を懐かしみ、復古を願う機運のほうが大きかった。他方、仏教界の鈴木大拙が戦争の責任はすべて神道にあるとして攻撃したように、神道を一方的に悪者に仕立て上げて非難するだけの論調も目立った。神道問題はタブーとされて学術研究が遅れ、十分な議論がなされないままになっている問題が多い。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「また、靖国神社に関しては、敗戦によって国家との関係は切れたにもかかわらず、戦没者の氏名が厚生省から靖国神社に送り続けられていたように、なお国家との関係がくすぶり続けている。一時期靖国神社国立化を推進する動きもあり、それは現行憲法の下では無理であることが明白になっているが、それに代わって首相の参拝問題がクローズアップされている。また、靖国神社が海外から批判を招くことを恐れ、靖国神社と別の国立戦没者慰霊施設を作るという声もあり、今日に至るまで議論が絶えない。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「しかし、進歩的な労働運動や学生運動が盛んになる中で、宗教は否定的に見られ、とりわけ知識人の言説において正面から議論されることが少なかった。戦後大きな影響を与えたマルクス主義は唯物論・無神論の立場に立ち、宗教に対して批判的であった。また知識人の間ではキリスト教、とりわけプロテスタントに親近感を持つ場合が少なくなかったが、そこには、戦後の社会科学をリードしたマックス・ウェーバーの影響が見落とせない。ウェーバーは『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』において、近代の資本主義の精神の源流をプロテスタンティズムの倫理に見出したが、それは合理的な近代社会の構築を目指す戦後進歩派の共感を呼ぶことになった。そのために、宗教というとプロテスタント型のキリスト教が模範とされ、伝統的な宗教は人気がなく、また、新宗教は「新興宗教」と呼ばれて、しばしば軽蔑的に見られた。「神々のラッシュアワー」の中で、新宗教の中には珍奇な儀礼もしばしばあり、スキャンダルや犯罪も少なくなかったところから、それを扱うマスコミの論調もしばしば興味本位となり、宗教は必ずしも真面目に論じる対象とされなかった。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「そうした中で、特に戦後進展が著しかったのは創価学会である。創価学会は、牧口常三郎が獄死した後、戦後活動の中心となったのは第二代会長戸田城聖であり、強力な折伏運動で都市の低所得者を中心に急速に信者を増やした。戸田の後、昭和三五年(一九六〇)に第三代会長となった池田大作は、その絶大なカリスマ性によってさらなる大発展へと導いた。日蓮系では、布教に相手の立場を尊重しながら穏健に導く摂受と、相手がどのような態度を取ろうが正面から自説を主張して説き伏せる折伏があるが、創価学会が採ったのは折伏の方法であった。また、現世主義的な立場に立ち、信仰の結果は現世に直ちに現われるとしたことも、広く信者を獲得する結果となった。しかし、その折伏的態度は既成の教団と軋轢を生み、また社会的にも批判を浴びるようになって、その激しい折伏活動を収めることとなった。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「なお、創価学会はもともと日蓮正宗の在家信者団体であったが、日蓮正宗側との対立が激化し、一九九一年に日蓮正宗が創価学会を破門することで両者の関係は決裂し、創価学会は既成仏教の信者団体から純粋な新宗教として再出発することになった。また、創価学会インターナショナル( SG I)は国際的にも大きく発展しており、カルトとして危険視されることもある。創価学会は、さまざまな点で、よくも悪くも日本の宗教のもっとも新しいフロンティアを切り開いている宗教ということができる。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「しかし、例えば一般の日本人が神社に参詣したり、寺院に墓参したりするとき、はたして「究極的意味」とか「究極的解決」ということを考えているであろうか。恐らくそのようなことはないであろう。それならば、そのような行為は宗教的ではないかというと、そうもいえない。宗教を「究極的」とか「絶対的」とか言ってしまうと、多くの日本人は「無宗教」ということになってしまう。しかし、習俗化した行為まで含めれば、多くの日本人は何らかの形で宗教と関係しており、厳格な意味での無神論とか無宗教の人はきわめて限られている。日本で「宗教」というときには、この二重の意味を持っていることを認識しておく必要がある。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「今日使われる「宗教」という言葉は、 religionの訳語として用いられ、個人の心の問題としてかなり制限された意味で使われている。その範囲からは、習俗、儀礼に関する要素が抜け落ちてしまっている。今日の宗教研究に大きな影響を与えた宗教学者岸本英夫は、「宗教とは、人間生活の究極的な意味をあきらかにし、人間の問題の究極的な解決にかかわりをもつと、人々によって信じられている営みを中心とした現象である」(『宗教学』)と定義している。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「倫理学者和辻哲郎によれば、「人間」というのは、文字通り「人の間」の存在であるという(『人間の学としての倫理学』)。私たちはただ物理的な空間に生まれるのではない。最初から親子の関係の中に生まれつくのであり、それを通して複雑な「人の間」に組み込まれている。個別的に接触する「人の間」の日常的な倫理だけではない。さらに広げれば政治や経済のシステムも同じように「人の間」の関わり方であり、そのような関係を通して、私たちは直接に出会うことのない地球上のすべての人とも何らかの関係を持つことになる。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「 「人の間」のルールの逸脱というと、非常に特殊なことで、ふつうの人には関係ないように思われがちである。しかし、そうではない。例えば日常でも、私たちは自分でも制御できない激情に駆られることがある。それは自分でも説明できない、自分自身の中に巣食う「他者」というべきである。あるいは、先に挙げた例で言えば、寺社に参詣することは、たとえそれがただちに「究極的」とか「絶対的」とかいうことでなくても、少なくとも合理的に説明されるこの世界の秩序を超えた何ものかと関係を持つことである。」

    —『日本宗教史 (岩波新書)』末木 文美士著

    「世界史的にも、「危機」という点では、一四世紀のほうが深刻だったと思われる。一四世紀には、ユーラシア大陸の多くの地域でペストが大流行した。中国あるいは中東が発生源といわれているが、それがヨーロッパまで広がったのは、モンゴル帝国によってユーラシア大陸の東西を結ぶ交易が発展したためだった。このペスト禍に地球寒冷化が加わり、一四世紀半ばにはユーラシア大陸全域で危機が発生した。東南アジアの出来事で、地球寒冷化と結びつく可能性が高いのは、一四世紀半ばの陳朝ベトナムでの飢饉の頻発と、それに伴う社会的混乱であろう。また、東北タイとカンボジア西北部のドライゾーンの平原が、歴史の表舞台から姿を消すことになるのも、なんらかの生態環境の変化と関連しているかもしれない。」

    —『東南アジア史10講 (岩波新書)』古田 元夫著

    「この時代に、東南アジアの最も有力な輸出品となったのが、胡椒だった。胡椒の原産地は南インドだが、一四〇五年頃、北スマトラに苗木がもたらされ、東南アジア各地で栽培されるようになり、原産のチョウジやニクズクに加え、東南アジアは胡椒でも重要な産地になった。胡椒輸出のピークとなった一六七〇年代には、東南アジアからは、推計で年間六〇〇〇トンがヨーロッパに、二〇〇〇トンが中国に輸出された。」

    —『東南アジア史10講 (岩波新書)』古田 元夫著

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    2026年01月13日
  • 日本思想史

    Posted by ブクログ

    日本思想史を「王権(世俗・顕)」と「神仏(宗教・冥)」という二つの対抗する極の緊張・補完関係(大伝統)として構造化する試み。「日本には哲学がない」という中江兆民の言葉への応答から始まる本書は、飛鳥・天智時代の「必死の文明化」を、独立を保つための生存戦略として描き出す。

    古代における思想形成の核心は、中国という圧倒的な先進文明をモデルとしつつ、その冊封体制から離脱して自立性を保つための「文明国としての体裁整備」にあった。「日出ずる処の天子」の国書は、隋の煬帝に対し、冊封を求めず対等の立場を表明した外交の事例として位置づけられ、中国の冊封体制に入らずに対等の位置に立つため、あえて中国的な律令制度や文字文化を徹底的に模倣・受容することで国家の自立を図ったとする。

    7世紀の天智朝から天武朝にかけて、律令の編纂と国史(記紀)の編纂が本格化し、天皇を「現神(あきつかみ)」として権威づけるイデオロギーが確立された。この過程で、諸氏族の祖先神をアマテラスの下に秩序づける神話体系が構築される。

    皇位継承の正統性については、中国の「易姓革命」(徳の失墜で王朝交代が正当化される)に対し、日本では天の神と血統的につながる「万世一系」という神話的連続性に正統性を求めた点を強調する。これにより、継承の正当化は"徳"より"系譜と神話"へ傾き、政治的合意(推戴・支持)の力学が見えにくくなる一方、神話の編成それ自体が権力闘争の舞台になりうる。

    仏教については、国家をバックアップする巨大な力として導入され、聖武朝において「王権が仏法の下位に位置づけられる(三宝の奴)」という極致に達した。東大寺盧舎那大仏は国家繁栄のシンボルであると同時に、天皇が「三宝の奴」として仕える対象となった王権・仏法関係の頂点として描かれる。平安初期には、最澄・空海によって王法と仏法が適切な距離を保つ新しい緊張関係が築かれ、中世へと続く思想構造の基礎が定まったとされる。

    宮廷生活では、天皇の現神化が即位宣命等の言語・儀礼に現れる一方で、神仏習合を前提にしながら、宮中や伊勢などで仏教要素を排除する「神仏隔離」が作法として働く。儀礼は"権力の配置図"として理解できる。

    天智期関連では、天智朝(中大兄皇子)が、藤原鎌足とともに大陸の動向を注視しながら、大化改新を契機とする中央集権的な構造(公地公民、国郡制度)を構想・整備した中心的人物として位置づけられる。本格的な律令編纂は天智朝から天武朝へ進む中で進められ、天智期の構想が持統期の飛鳥浄御原令や大宝律令へと結実した。また、道教に由来する「天皇」号の採用(推測:天智または天武期)は、中国の「皇帝」に対する強烈な対抗意識と、日本の王権の独自性を際立たせるための思想的選択であったとされる。

    注意点として、天皇号の成立時期は推古朝説と天武朝説の両論を併記しており、十七条憲法については後世の加筆・創作の可能性を留保しつつ、その思想的内容(和の精神、三宝崇敬)を重視する立場を取る。著者は仏教学が専門であり、中世思想(平安・鎌倉)において最も詳細な議論を展開している。古代に関しては、最新の考古学的知見よりも、文献史学的な「思想の構造」に重点を置いた試論であることに留意して参照すべき。

    岩波新書で平易な記述ながら、通史としての見取り図が非常に分かりやすい初学者向け。天皇がなぜ神でなければならなかったのか、なぜ仏教という外来宗教をあれほど巨大に祀り上げたのか、なぜ日本は中国を真似しながら革命を拒否したのかなど、古代設定の根幹に関わる思想的理屈が学べる。政争の裏にある「国家の形」を決めた思想のドラマを俯瞰できる一冊。

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    2025年12月24日
  • 死者と霊性 近代を問い直す

    Posted by ブクログ

    対談をまとめた本です。
    近代は、人間の社会はますます発展して、みんなが豊かな暮らしになっていく、ということが信じられたが、今はそうではない、というようなことが語られています。
    対談のなかで語られている柳田国男、鈴木大拙、大川周明、折口信夫などや仏教、イスラムのことなどの知識がなくて、正直言ってよくわからなかったです。
    なんとなく感じたのは、死んだ人たちもこの世に存在している、まだ生まれていない人たちもこの世に存在している、そういう感覚が大切なんじゃないか、ということでした。

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    2025年12月06日

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