森本あんりの作品一覧
「森本あんり」の「不寛容論―アメリカが生んだ「共存」の哲学―(新潮選書)」「キリスト教ナショナリズム 不穏なアメリカの変貌」ほか、ユーザーレビューをお届けします!
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Posted by ブクログ
キリスト教国家としての米国の成り立ちが丁寧にまとめられている。ムーディーやサンデーなどの大衆的な伝道師が伝統的な教会の枠組みにとらわれず、いかにして米国の非知識階級の間に浸透してきたかがわかる。エンタメやスポーツ、ビジネスとの融合により支持者を増やしたその伝道スタイルは、一見巧みな弁論術で市民を誘惑・煽動するソフィストを彷彿とさせる。しかし筆者は本書の終盤で反知性主義を知識階級が権力と結びつき暴走しようとする動きを監視するものといった趣旨で定義し、それ自体の存在意義を肯定している。
筆者は反知性主義があくまで米国に特有の現象とし、日本で同様の現象が発生する可能性に懐疑的だ。本書の刊行から10年が経過した日本を見ると、財源無視の減税を主張する参政党や令和新選組などポピュリスト政党のプレゼンス拡大が思い出される。反知性主義は新型コロナウイルスの反ワクチンやアンチ財務省、ウクライナ戦争におけるロシア支持者など陰謀論も反権力、既存の秩序の破壊を志向する勢力に通じるものもある気がする。
筆者がこれらの社会現象をどうとらえているか興味をそそられる。
Posted by ブクログ
キリスト教ナショナリズムは信仰ではなくアイデンティティとありましたが、キリスト教とつく以上は、神への信仰なしにどうアイデンティティ・自己同一性と言うのかが分かりません。
LGBTQの人が昨日は男だけど今日は女と言うのと変わらないイメージでしょうか?
人々が自由の名のもとにあまりに好き勝手に生きた結果、保守ではキリスト教ナショナリズム、リベラルではBLMやLGBTQだけが正義と言うような、結局は自分のことしか考えていないような人々ばかりになったように思えます。
リベラリズムを世界に広めたアメリカのような影響力の大きな国がそうなってしまえば、そう言った考えが世界にも容易に波及していくでしょうし、なんだかとても残念な気持ちになります。
キリスト教のスタート地点は、律法を守ってさえいれば救われると言うユダヤ教に対して、罪人すら救いたもう神に対しての信仰と希望と愛を持つことで本当の意味で律法を実践できるようになると言う教えだと思います。
律法とは共同体のために必要とされたルールですが、イエスはルールを守るだけでなく、その心構えもしっかりしようと言ったのではないか?とも思います。
規律の実践に際して心も正しくしているか?と言われると、必ず「私の心と行いは正しいか?」と言う逡巡が生まれると思うのですが、キリスト教ナショナリストと言われる人たちは信仰を自分たちを絶対視するための方便とし、希望はないと言い、愛という他者への寛容の姿勢を持たず、まるで神の御心に従おうとする姿勢が見られません。
本書でも自由と言う同じ土俵の上で、自らを懐疑し相手を認める寛容が必要とありましたが、この寛容の精神こそキリスト教本来の愛なのではないかと思います。
Posted by ブクログ
著者らの対話形式で進むため、キリスト教ナショナリズムの動向や思想がすっと頭に入ってきた。
なるほどと思ったのは、キリスト教が衰退しているからこそ、福音派を名乗る人々が聖書を好き勝手に解釈し、つまみ食いして自分たちの主張に変えてしまっているという指摘だ。たとえばレビ記19章には入れ墨を禁じる記述がある一方で、同じ章に寄留の外国人を大切にせよという記述もある。しかしこれらは顧みられていない。
さらに本書は、一見相容れないように見えるリバタリアン、福音派、テック長者たちが、なぜ手を結んでいるのかという思想の整理にもなった。国家への不信や既存秩序を壊したいという衝動を共有し、終末を待つのではなく、自ら引き起こそうとしている点で通じ合っているのだという。
本書でも触れられているように、1980年代までは民主党も共和党も中道からやや保守といった位置にあり、イデオロギー対立は今と比べれば牧歌的だった。そのことを改めて思い知らされる。党派を超えて信念を貫いたマケインのような政治家が、今の共和党から再び現れることはあるのだろうか。
著者も指摘しているようにアメリカは自由とグローバリズムを掲げる超大国から、ある種の「普通の国」へと変貌しつつあるのかもしれない。
Posted by ブクログ
アメリカの人口のうち60%がキリスト教徒で、40%がプロテスタント、そのうちの60%が福音派。
グローバル化、リベラルな風潮、リベラルな公教育への不満・不信から、穏健なキリスト教徒の主流派が減り福音派が増えてきた。その中にキリスト教ナショナリズムという過激な動きが出てきた。NAR(New Apostolic Reformation)新使徒的改革運動といわれるクリスチャン右派だ。20世紀には神の祝福が直接現世の成功につながることを約束する繁栄の福音が主流だったが、21世紀になって個人の繫栄ではなく国家のキリスト教化が課題となる。救済されるべきは個人ではなく国家なのだ。キリスト教ナショナリズムは国家がキリスト教を根幹としているので他宗教は認めないという立場だ。
もともとアメリカは、権力と結びついたヨーロッパのキリスト教への反発から、独立当初から政教分離を基本理念としてきた。そのためにかえって信教の自由によりキリスト教の重みが増し、自由に発展することができたのだ。
1878年のモルモン教重婚禁止判決、1963年の学校での朝の祈唱への憲法違反判決などもあり、政教分離がはっきり意識づけられリベラルな風潮が進んできた。
1980年代から福音派が政治的関与を深めていったのは、反宗教としての共産主義がある。さらに経済的な圧迫や治安の原因、そして白人キリスト教徒の国としてのアメリカ性を脅かすものとして移民を捉えているから。
また、宗教へまで口を出す北部の連邦政府への南部の不満もある。福音派は南部に多い。
多数の教徒を抱える福音派の集会は、大駐車場を備えた会場でロックコンサートなども行われるビックエンターメントになっている。
大学はほとんどリベラル一色で、それに反発して、チャーリー・カークは保守的政治団体ターニング・ポイントUSAを作ったが、去年暗殺されてしまった。
一般にも、リベラル疲れと言われるようになり、保守的な古きアメリカの良き夫、良き家庭が求めれると、保守=キリスト教となってしまう。
既に成功を得た移民たちもアメリカ人になり切りたいので福音派を支持し、新しく移民が入ってくることに反対する。
Z世代と言われる若者たちは、SNSなどにより多様な価値観へ目を向け、世俗が進んでいる。
このあと、リバタリアンやピーター・ティールの加速主義などとキリスト教ナショナリズムとの共通点や差異、イスラエル問題を述べている。ユダヤ人が選ばれた民なのは聖書に書いてある通りで、終末の後ユダヤ人たちはキリスト教に改宗するとか。こんなふうに、福音派の人々は聖書の言葉を前後のかかわりなど無視で一部分だけ切り取って、自分の都合のいいように解釈する。主流派の人々は聖書を全体を通してよく読んでいるが、福音派の人々は聖書を読んでいないのだ。
リバタリアンや加速主義者たちは成功した自分たちは神から選ばれた者たちで価値ある自分たちだけが助かればいいのだという呆れた利己主義者たちである。火星への移住とか核シェルターとか、選ばれた者のためである。
著者の森本あんりは、キリスト教は衰退してると言い、市民宗教を取り戻すべきという。トランプやNARなどにはないものだ。経済的に成功した神に選ばれ祝福されているというのではなく、自分たちも罪に塗れていて、相手の罪だけを指弾することはできないというのが市民宗教。
リベラル派にしろ、キリスト教ナショナリズムにしろ、とにかく極端に振り切れてしまうのがアメリカなのかなあ。いや日本以外どこもそうなのかもしれない。大統領選挙の時なども、民主党支持か共和党支持かをはっきりさせないと地域に居づらいというからなあ。八百万の神がいて、多様な価値観を認める日本は特殊か。それを大事にしたいけどなあ。