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超人X
【ページ数が多いビッグボリューム版!】黒煙を上げ墜落していく飛行機が目撃された。それはどうやら“超人”によって引き起こされたものらしい。しかし、不思議なことにその事故は機体の損傷も少なく、何より生存者が「200名」もいた。高校生の黒原トキオと東アヅマは事故処理のボランティアの帰り、因縁の不良にいきなり絡まれるが…いつもと何か様子がちがう―― -
トリアージX
三神嵐は17歳の高校生。だが裏では、法で裁けぬ犯罪者を葬る秘密組織の一員だ。先輩メンバーで学園の上級生・木場美琴と向かった事件で、嵐のミスからピンチに!? 昼の顔と、夜の顔、二つの顔を持つ高校生の物語。 -
CLAMP PREMIUM COLLECTION X
CLAMP作品新装版シリーズ「CLAMP PREMIUM COLLECTION」、 4rd seriesは『X』! なんと単行本未収録の18.5巻も発売予定! ・カバーイラストは、CLAMP先生による新規描き下ろし!! ・あすかコミックス版ではモノクロだったイラストをカラー収録! 6年ぶりに東京に帰ってきた司狼神威(しろう かむい)。神威の幼なじみである桃生封真(ものう ふうま)とその妹・小鳥(ことり)。三人が再会したそのとき、運命の扉が開かれる。果たして宿命は、神威たちをどこへ導くのか。地球最後の戦いが、いま始まろうとしていた……。CLAMPが贈る最高のサイキックバトルストーリー!! -
現象X 超常現象捜査録
とある男性が、歩きタバコの火が自らの衣服に燃え移り、火だるまになり死亡した。 目撃者の証言からも事件性はなく、本件はただの事故として処理されるはずだった。 亜人の刑事・アナンが違和感に気づくまでは。 原因不明の連続焼死、住宅街のミイラ、冬に咲くヒマワリ。 報告される超常現象の裏に、”何かいる”――? ネコ耳刑事とはぐれ者捜査官が挑む、超常のクライムサスペンス! -
機動新世紀ガンダムX ~UNDER THE MOONLIGHT~
ガロードとティファの冒険より9年後のアフターウォー0024年。 バルチャーの少年リック・アレルは、ある日“ニュータイプ”の少年カイと、幻のMSベルフェゴールに出会う……。 『機動新世紀ガンダムX』の外伝コミックが 2026年、ガンダムX30周年を記念して初の電子化! -
機動新世紀ガンダムX Re:Master Edition
地球が壊滅的な被害を受けた第7次宇宙戦争より15年――アフター・ウォー(A.W.)15年。謎の少女ティファと出会った少年ガロード・ランは、仲間たちとともにガンダムXを駆り、混沌の世界を走り抜ける! -
恋する救命救急医 溺愛処方箋7【電子プレミアム】
大人気《恋救》シリーズの注目作3カップル8本を収録した大ボリューム総集編第7弾! 恋人に求めるのは、ただひとつ。抱きしめてほしい……。 神城×筧の《キング編》に新たな展開! ・抱擁 ・抱擁2 愛しているから、唯一の伴侶でありたい。 藤枝×宮津が選んだ「家族」の形とは? ふたりの新居にメンバー大集合の「ウエルカム」も収録! ・ベターハーフ ・ベターハーフ2 ・ウエルカム 恋も仕事も、誇り高く、全力で―― 「管制室のラプンツェル」の立原×高杉、待望の続編! ・蒼穹 ・蒼穹2 ・それぞれの空 ※プレミアム書き下ろしSS 「秘密のデート~藤枝×宮津~」 恋人たちの愛にあふれた日常のひとときを描く、新作〈デート〉短編 Part-1 ※サムネイルイラスト 描き下ろし 藤枝×宮津 ※収録8作品+書き下ろしSS1本 -
SとX セラピスト霜鳥壱人の診察室
「セックスに悩んでいない人なんていませんよ」「誰しも言わない悩みがある」「ーーもちろん僕にだって悩みがあります」。 セックスセラピスト・霜鳥壱人は性の悩みを抱える相談者に向き合いながら、自身も未だ葛藤中。 そんな霜鳥の前に盗撮で悩む小学生が。たった1枚の画像が、想像以上に波紋を広げる…。 匿名の世界で暗躍する「加害者たち」に、霜鳥は起こしたアクションとは!? 新メンバーも加入しパワーアップした「すずしろノースクリニック」。今の世にはびこる性被害に対して、セラピストにできることとは。 Netflixでドラマ化が決まった『SとX』、その続編がいよいよ開幕! -
レッドフードガールX【フルカラー分冊版】
豊かな森に囲まれ、正しき王の下で人々が平和に暮らしていたその王国は、いつの日からか…森に支配されていった。その森には獣や異形のモノらが住みつき迷い込んだ人間を襲った。――メイジーとミルヒは先生たちと写生をしにいくが、「何か声がした」とミルヒは森の中に1人向かってしまう。先生から「森には絶対入ってはいけない」とあれほど言われたのに…【フルカラー版】 -
怪人X~狙われし住民~
【住民】――特定の土地に住む人、またはその集団――あなたの町にはどんな住民がいますか?悪質なクレーマー、子供を虐待する一家、“いっそ死んでしまえばいいのに”と思う住民はいませんか…? 夫の転勤で住宅街に引っ越してきた君塚良枝は、期待と不安が入り混じった新生活を送っていた。近隣住民は「クレーマー老婆」「不審な小汚い男」などひとくせもふたくせもある様子。頼りになる町内会役員・高山の協力もあり、何とか日々を過ごしていた頃、次々と住民が命を落とす悲惨な事件が起きた!!“人間の狂気と憎悪”を生々しく描く戦慄サイコサスペンスがここに誕生!! -
プロジェクトX 挑戦者たち 激走せよ パリダカ 日の丸トラックVSモンスター
平成9年、日本のトラックが快挙を成し遂げた。世界最高峰のラリー、「パリ・ダカール・ラリー」で日野自動車がトラック部門の1位から3位までを独占した。それまでトラック専門メーカー・日野自動車は、次々に変わる国の排ガス基準をクリアーしようと技術開発に苦しんでいた。現場は疲弊し、若い社員が辞めていった。そこで、若手に夢を持たせようとパリ・ダカール・ラリーへの出場を決める…。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 技術者魂よ、永遠なれ 男たちの復活戦 デジタルカメラに賭ける
不況の中、猛烈な勢いで売り上げを伸ばしている商品がある。デジタルカメラ。通称デジカメ。フイルムも現像も必要なし。撮ったその場ですぐに見られ、インターネットで瞬時に遠く離れた場所に送ることができる夢のカメラである。 1995年、世界で初めてデジカメを大ヒットさせたのは、カシオ計算機の末高弘之率いる若き技術者たち。1987年、最初の製品を発売。しかし、動画の撮れるカメラが流行し始めたため、全く売れなかった。残された大量の在庫と赤字。プロジェクトは解散となり、末高たちも商品に直結しない基礎研究部門に異動となった。 当時はバブルの絶頂期。楽に一攫千金できる財テクがブームとなり、地道な物作りは時代遅れと言われた。理工系の学生が給料の高い金融機関に流れるメーカー離れ現象が発生。製造業は取り残された。 そんななか末高たちは会社トップに秘密のプロジェクトを結成し、ひたむきにデジタルカメラ開発を続ける。しかし、できた試作品は重さ3キロ、特大の弁当箱並み。商品化にはほど遠かった。 苦境を乗り越えるバネになったのは、戦後の日本を支えてきた物作りへの熱い思いだった。地道な開発努力はやがて小型化に結実。パソコン時代到来を見事に読み、大ヒットへとつなげていく。 バブルに翻弄されながら、物作りの夢をあきらめず、デジカメ開発を続けた若者たちの10年におよぶ執念のドラマを描く。 -
機動新世紀ガンダムX ~UNDER THE MOONLIGHT~【分冊版】
ガロードとティファの冒険より9年後のアフターウォー0024年。 バルチャーの少年リック・アレルは、ある日“ニュータイプ”の少年カイと、幻のMSベルフェゴールに出会う……。 『機動新世紀ガンダムX』の外伝コミックが 2026年、ガンダムX30周年を記念して初の電子化! 分冊版第1弾。 ※本作品は単行本を分割したもので、本編内容は同一のものとなります。重複購入にご注意ください。 -
怪人X~狙われし住民~ 分冊版
【住民】――特定の土地に住む人、またはその集団――あなたの町にはどんな住民がいますか?悪質なクレーマー、子供を虐待する一家、“いっそ死んでしまえばいいのに”と思う住民はいませんか…? 夫の転勤で住宅街に引っ越してきた君塚良枝は、期待と不安が入り混じった新生活を送っていた。近隣住民は「クレーマー老婆」「不審な小汚い男」などひとくせもふたくせもある様子。頼りになる町内会役員・高山の協力もあり、何とか日々を過ごしていた頃、次々と住民が命を落とす悲惨な事件が起きた!!“人間の狂気と憎悪”を生々しく描く戦慄サイコサスペンスがここに誕生!! -
監禁区域レベルX(ノベル)【分冊版】
※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 「絶対にマンションから出るな」母から来たメッセージ。どうやら、ここは誰も入ることのできない“監禁区域”になっているようだ。 -
タカイ×タカイ CRUCIFIXION
※本作品は2012年2月24日~2016年3月10日まで販売しておりました講談社ノベルス版『タカイ×タカイ CRUCIFIXION』の文庫版となります。 通常価格は異なりますが、本編内容は同じとなりますので予めご了承下さい。既に同作品をご購入されているお客様におかれましてはご注意下さい。 「あんな高いところに、どうやって死体を上げたのでしょう?」有名マジシャン・牧村亜佐美の自宅敷地内で発見された他殺死体は、奇妙なことに、地上約15メートルのポールの上に掲げられていた。被害者は、前夜ファンと牧村の会食中に消えたマネージャーだった。事件関係者の調査依頼を受けた《探偵》鷹知祐一郎は、複雑に絡み合う人間関係の糸を解きほぐし、犯人の意図と事件の意外な真相に迫る。絶好調シリーズ第3弾! -
サイタ×サイタ EXPLOSIVE
匿名の依頼を受け、ある男の尾行を始めたSYアート&リサーチの小川と真鍋。男は毎日何時間も映画館を見張っていた。単調な仕事かと思われた頃、ニュースを騒がせている連続爆発事件にアルバイトの永田が遭遇。そして殺人事件が――。依頼人は誰か、目的は。連続爆弾魔との関係は。緊張感に痺れるXシリーズ第五弾!【解説入り】 ※本作品は 2017年9月14日まで販売しておりました講談社ノベルス電子版『サイタ×サイタ』の文庫電子版となります。 本編内容は同じとなりますので予めご了承下さい。既に同作品をご購入されているお客様におかれましてはご注意下さい。 -
X-ファイル 2016
伝説の超常現象サスペンス復活! 真実は「まだ」そこにある――。 異星人やUFOは本当に存在するのか――それとも政府の隠謀なのか? 13年の時を経て、モルダー&スカリーの真実の探求が再び始まる! モルダーとスカリーにもたらされた異星人誘拐事件の情報―― ふたりは懐疑的ながらもアブダクトされた女性を訪ね、これまで思いもしなかったある真実に気づかされる。 それは、世界を巻き込む壮大な事件の幕開けであり、二人と里子に出した息子に関わるものだった……。 ◎オリジナル・シリーズの独創的なストーリーをさらに発展させた新たなX-ファイル事件が始動! ◎UFO、エイリアン、拉致、未確認生物、都市伝説、神話など今なお愛されている人気のテーマ! ◎海外TVドラマ、科学捜査もの、男女バディものそしてUFO・宇宙人・超常現象・都市伝説ブームの原点となった人気シリーズの最新作。 ◎2015.7.2 Blu-ray & DVD発売/レンタル配信開始 〈収録エピソード〉 ■序章/第一章「闘争 前編」/第二章「変異」 〈あらすじ〉 THE TRUTH IS STILL OUT THERE モルダーとスカリーがFBIを去って10年以上が経った。しかし、かつての上司スキナー副長官が二人を呼び寄せる。異星人によるアブダクトと政府陰謀の関係を証明する新たな証人が現われたと告げられる。動画ニュースサイトを運営し自らキャスターを務める保守派の陰謀論者、タッド・オマリーがモルダーとスカリーに協力を求めたいというのだ。ふたりは彼の案内で、異星人に誘拐された経験を持つという女性、スヴェタを訪ねる。彼女の話を聴いたモルダーは、これまで思いもしなかったある“真実”に気づかされることになる。モルダーたちは再び真実を追い始める……。 -
X-ファイル 2016 【VOL.1~3合本版】
真実は「まだ」そこにある――。 伝説の超常現象サスペンスが復活! 『X-FILES X-ファイル2016』のエピソード全6話を完全小説化! すべてのエピソードが、この1冊で読める〈合本版〉! 異星人やUFOは本当に存在するのか――それとも政府の隠謀なのか? 13年の時を経て、モルダー&スカリーの真実の探求が再び始まる! ◎オリジナル・シリーズの独創的なストーリーをさらに発展させた新たなX-ファイル事件が始動! ◎UFO、エイリアン、拉致、未確認生物、都市伝説、神話など今なお愛されている人気のテーマ! ◎海外TVドラマ、科学捜査もの、男女バディものそしてUFO・宇宙人・超常現象・都市伝説ブームの原点となった人気シリーズの最新作。 〈収録エピソード〉 ■序章/第一章「闘争 前編」/第二章「変異」/第三章「トカゲ男の憂鬱」/第四章「バンドエイド・ノーズ・マン」/第五章「バビロン」/第六章「闘争 後編」 〈あらすじ〉 モルダーとスカリーがFBIを去って10年以上が経った。しかし、かつての上司スキナー副長官が二人を呼び寄せる。異星人によるアブダクトと政府陰謀の関係を証明する新たな証人が現われたと告げられる。動画ニュースサイトを運営し自らキャスターを務める保守派の陰謀論者、タッド・オマリーがモルダーとスカリーに協力を求めたいというのだ。ふたりは彼の案内で、異星人に誘拐された経験を持つという女性、スヴェタを訪ねる。彼女の話を聴いたモルダーは、これまで思いもしなかったある“真実”に気づかされることになる。モルダーたちは再び真実を追い始める……。 ■X-ファイル課とは X-FILES FBI(アメリカ連邦捜査局)は米国司法省直属の警察機関。本部はワシントンD.C.に置かれ、あらゆる重大事件の捜査を行なっている。そのFBI本部の地下に設けられているのが、UFOや超常現象など、特殊な未解決事件を扱う専門部署、X-ファイル課だ。X-ファイルとは未解決の怪事件が記載されたファイルのことを指している。ただし、ほとんどのFBI職員は同課を閑職と見なしており、配属されることを左遷と考えている。そこに配属されたのが局内で“変わり者”と呼ばれていたフォックス・モルダーであった。当初、監視役として配属されたスカリーであったが、様々な事件に遭遇するうちに、モルダーと心通わせるようになる。2000年にモルダーが失踪後は、新たにジョン・ドゲッドが配属され、さらにモニカ・レイエスが課に協力していた。そして、現在――。 -
怪人X~狙われし住民~ 超合本版
【住民】――特定の土地に住む人、またはその集団――あなたの町にはどんな住民がいますか?悪質なクレーマー、子供を虐待する一家、“いっそ死んでしまえばいいのに”と思う住民はいませんか…? 夫の転勤で住宅街に引っ越してきた君塚良枝は、期待と不安が入り混じった新生活を送っていた。近隣住民は「クレーマー老婆」「不審な小汚い男」などひとくせもふたくせもある様子。頼りになる町内会役員・高山の協力もあり、何とか日々を過ごしていた頃、次々と住民が命を落とす悲惨な事件が起きた!!“人間の狂気と憎悪”を生々しく描く戦慄サイコサスペンスがここに誕生!! -
監禁区域レベルX
目覚めると、封鎖されたマンションに取り残されていた女子高生・涼花。 外にいる母からのメッセージによれば、このマンションには謎の生物「X(サイ)」 がいるという…。 e-Storyアプリ「peep」の大人気作品を新鋭作家がコミカライズ。戦慄のパニック・ ダークファンタジー、開幕。 -
監禁区域レベルX(ノベル)
※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 「絶対にマンションから出るな」母から来たメッセージ。どうやら、ここは誰も入ることのできない“監禁区域”になっているようだ。 -
監禁区域レベルX 分冊版
目覚めると、封鎖されたマンションに取り残されていた女子高生・涼花。 外にいる母からのメッセージによれば、このマンションには謎の生物「X(サイ)」 がいるという…。 e-Storyアプリ「peep」の大人気作品を新鋭作家がコミカライズ。戦慄のパニック・ ダークファンタジー、開幕。 -
コールナンバー“X”
最後の独身旅行のはずだった香港…。運命のいたずらは、沙夜子を一夜にして高級娼婦へと変身させてしまう。“宿命の女”の妖艶な魅力が漂うサヨコ・シリーズ2編を含む全4編収録。 -
DAEMON X MACHINA(デモンエクスマキナ)
出会ってしまえば死体ごと全てを持って行ってしまうという戦場の都市伝説――「動く死体置き場」。 その動く死体置き場・シザーに命を助けられた少女・ノエルは、シザーに付き従うメイドロボットのエレーヌとメカニック兼執事のダンと共に、彼の元で働くことになる。どの解放旅団にも所属せず、独自の判断でオーダーを受けるシザー。 だが性能を下げたロースペック機体での出撃。人体改造をしないはずのシザーが接近すら禁じるラボの存在。そして謎のワード・妖精付き。シザーは大きな秘密を抱えているようで――!? 大人気メカアクションゲーム待望のノベライズ! オリジナルストーリーで登場! -
DAEMON X MACHINA 星の解放者
ある日突然月が崩壊し、その半分が地上に降り注いだ。この災厄で、人類は滅亡の危機を迎えることとなった。 しかし、月の衝突で発生した未知の素粒子「フェムト」には強大過ぎる恩恵があった。新たなエネルギー資源として世界の復興に貢献するだけでなく、フェムトに適合し取り込んだ一部の人間が、超能力を有する新人類「アウター」として覚醒したのだ。 やがて人類は荒廃世界で争いを加速させることとなったが、追い打ちをかけるように、復興のために稼働していたAIロボット「イモータル」が暴走し、人類を攻撃するようになってしまう。 フェムトの採取とイモータルの根絶を目的として結成された傭兵団、そのルーキー傭兵である主人公は、欲望渦巻く様々な戦闘に巻き込まれていく。 大人気ゲームシリーズ『DAEMON X MACHINA』のストーリーを別視点からより深掘りした、シリーズ開発プロデューサー佃健一郎本人執筆、ファン必読の1冊! また、佃健一郎氏への独占インタビューを収録した、ここでしか読めない大ボリュームの巻末付録も必見! -
電撃データコレクション(15) 機動新世紀ガンダムX
※この商品はタブレットなど大きいディスプレイを備えた端末で読むことに適しています。また、文字だけを拡大することや、文字列のハイライト、検索、辞書の参照、引用などの機能が使用できません。 「月はでているか?」新世紀A.W.の兵器体系、MS開発史、キャラクター設定――劇中に使用された設定画を中心に、描き下ろしイラストも交えて、「機動新世紀ガンダムX」の世界を解説! 1996年にTV放映され、話題を博した「機動新世紀ガンダムX」。一撃でコロニーすらも破壊してしまうサテライトキャノンを装備した旧連邦軍最強のモビルスーツであるガンダムXはもちろん、ガンダムエアマスター、ガンダムレオパルドなどMSも詳細に解説しているほか、ガロード・ラン、ウィッツ・スー、ロアビィ・ロイなど登場キャラクターの設定画も完全網羅。併せて世界観やモビルスーツ開発史も解説する。 -
眠れる魔女-コールナンバー“X”・2-
“東洋の真珠”と呼ばれ、まばゆいばかりに美しい高級娼婦・沙夜子。スペイン・ニューヨーク・香港を舞台に妖艶にくり広げるラブ・ミステリー。サヨコ・シリーズ、待望の第2弾登場!! -
爆熱天使Xサン 見さらせ正義の一番星!!
普通の高校生・花丸の前に、突如現れた高飛車な少女、Xサン。”正義の味方”を自称する彼女と遭遇したことから、花丸は”正義の味方”同士のバトルロワイヤルという非日常へと引きずり込まれていく!! -
爆熱天使Xサン 第二次正義の味方大戦!!
東京湾に展開した謎の大艦隊。それは〈正義の始皇帝〉オーディンΩの軍隊であった。巨大な物量で日本侵略を開始したオーディンΩに、Xサンたち〈正義の味方〉は団結して対抗するが、その裏には巨大な陰謀が──。 -
プロジェクトX 挑戦者たち アジアハイウェー ジャングルの死闘
タイ北部に広がる東南アジア最大のジャングル。「密林の殺し屋」キングコブラが多く生息する。昭和40年、そこに乗り込んだ日本人土木技術者たちがいた。戦後、日本各地の巨大ダムを建設してきた男たち。戦後最大の道路工事・アジアハイウエーに挑んだ。しかし、乗り込んだジャングルは、重機が入らない。コンクリートも摂氏50度の気温で、いびつに固まった。そのとき、大混乱の現場に衝撃の過去を持つ日本人が登場する。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 熱き心、炎のごとく 腕と度胸のトラック便翌日宅配・物流革命が始まった
昭和51年に誕生した宅急便。「電話一本で翌日配達」を売り物にドア・トゥ・ドアで荷物を届ける画期的なシステムである。戦後最大のサービス革命と言われ、日本人の暮らしを一変させた。 宅急便を始めたのは、深刻な経営危機に直面していたヤマト運輸。二代目社長・小倉昌男(50)が社運を賭けて決断した。成功の鍵は全国津々浦々に拠点を作るネットワークだった。 コストがかかる個人相手の輸送はリスクが高く不可能というのが業界の常識だった。しかし、長年の取引先から撤退して宅急便に賭ける小倉の気迫にドライバー達は奮い立つ。 最も営業が難しいと見られた北海道を任されたのは、トラック運転手・加藤房男(27)。広大な北海道で、どうしたら不特定多数の家庭から効率よく荷物を集められるのか。行き詰まる加藤を支えたのは、自分の町にも来て欲しいという住民達の声だった。「待っている人達がいる限り絶対に諦めない」。加藤は全道に営業所の「のぼり」を立てることを夢見て奔走する。 更に、国が立ちはだかった。運輸省は、それまでの常識を次々と覆すヤマト運輸に対し、免許を認めなかった。 ヤマトは運輸省を相手にどう闘いぬくのか? 戦後から続いた規制行政にいかに風穴を開けるのか? 北海道全域にのぼりを立てるという加藤の夢は叶うのか・・・? 物流を劇的に変える新サービス・宅急便を全国に普及させた男達の15年のドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 熱き心、炎のごとく 炎上 男たちは飛び込んだ ホテルニュージャパン
昭和57年2月8日。日本災害史上例を見ない火災事故が発生した。 地上10階、東京でも有数の巨大ホテル、ホテルニュージャパンの火災である。 1昼夜に渡って燃え続け、犠牲者33人を出す大惨事となった。この時、炎に包まれ、絶望的と言われた高層階から、66人もの人命が奇跡的に救出されたことは知られていない。命がけの消火、救出の中心となったのは、東京消防庁の精鋭部隊、「特別 救助隊」の男たちだった。 ホテルは欠陥建築で、火のまわりが異常に速かった。男たちの救出作戦も困難を極めた。 隊長、高野甲子雄はある決断を迫られる。 番組は、消防の世界で今も語り継がれる、伝説の消防士たちの救出劇を克明に描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 熱き心、炎のごとく 男たちのH-IIロケット 天空へ
日本が誇る純国産ロケット、H-II。 それは、日本の先端技術の粋を尽くした、技術者たちの意地の結晶だった。 昭和30年代の開発黎明期から、平成6年のH-IIロケット打ち上げ成功まで、40年にわたる男たちの熱き戦いを、2週に渡って、放送する。 「ロケット開発の父」と言われる東大教授糸川英夫が、日本初のロケット発射実験を 行ったは、昭和30年。使われたロケット「ペンシルロケット」は、大きさ23センチの小さなものだったが、その影響は計り知れなかった。この実験を知り、多くの若者がロケット開発を志していく。 しかし、その後のロケット開発は苦難の連続だった。計画は難航し、ついにアメリ カの技術を導入することを余儀なくされる。技術の一部は、日本の技術者は全く見ることのできない「ブラックボックス」になっていた。 国産ロケット計画実現に向けての技術者たちの執念の戦いを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 熱き心、炎のごとく 霞が関ビル 超高層への果てなき闘い地震列島 日本の革命技術
地上36階、高さ147メートル。昭和43年に完成した「霞が関ビル」は、日本初の超高層ビルである。 それまでは、関東大震災後に作られた建築基準法により、ビルの高さは31メートルに制限されていた。地震と台風の国・日本では、高いビルの建設は不可能とされていた。 建設のリーダーは、鹿島建設の二階盛(50)。自ら関東大震災を経験し、多くの友人を亡くした二階は、日本初の難工事に果 敢に挑んだ。二階は、「初めての試みには、新たな発想が必要」と、35歳以下の技術者しか加えなかった。後に“二階学校”と呼ばれる150名のプロジェクトの誕生だった。 地震に強い柔構造ビルのヒントは、関東大震災でもビクともしなかった寛永寺の五重塔にあった。一本の柱で支えられている五重塔は揺れに強い。147メートルに達する柱をいかにまっすぐに立てるか。これが霞が関ビル建設の鍵だった。 しかし、肝心の鉄骨は、建設中に、すぐに微妙に曲がってしまった。計り直して修正しても、翌日にはまた曲がった。 一体なぜなのか?その原因が全く分からず、担当の角田勝馬(19)は、焦りを募らす。早く解決しなければ、台風シーズンを迎え、工期に間に合わなない。二階と若手技術者は、この危機をどう乗り越え、完成に導いていったのか・・・。 二階学校での技術者の奮闘を軸に、日本初の摩天楼が完成するまでの1000日の熱いドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 熱き心、炎のごとく 史上最大の集金作戦 広島カープ市民とナインの熱い日々
広島カープ。県や市が出資する日本で唯一の“市民球団”として、昭和25年に誕生した。原爆で深い傷を受けた広島にとっては、復興への大きな希望の星だった。 初代監督を引き受けたのは、石本秀一(52)。広島商業を3度の全国制覇に導き、その後タイガースの監督も務めた、野球の鬼だった。両親と兄弟を原爆で失った石本は、故郷復興へに役立ちたいと、広島に駆けつけた。 しかし大企業の後ろ盾がない球団は深刻な資金不足だった。有名選手を集められなかった。石本は、高卒の新人や、喫茶店のマスターをしていた元プロ野球選手までかき集めた。合宿所の窓は閉まらず、雨が吹き込んだ。遠征の時は3等列車の床で寝た。シーズンが終了してみれば圧倒的な最下位 だった。 そして、結成翌年の3月、資金難から、カープの解散が発表された。石本と選手たちは唖然とした。 その時、立ち上がったのが広島の市民たちだった。路面電車の運転手、坂田政利(23)は私設応援団を結成。球場の前で一人一人に募金を呼びかけた。 「復興への希望の灯を消すな!」。それを合い言葉に、全市民を巻き込んだ募金作戦が展開されていく。それは想像を超えた壮絶なものとなっていった・・・。 “市民球団”広島カープが、存続の危機を乗り越えていく感動のドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 熱き心、炎のごとく 日本初のマイカー てんとう虫 町をゆく家族たちの自動車革命
日本人の自動車に対する意識を根底から覆した革命的な車がある。スバル360。 昭和30年代、一軒家と同じほど高価だった「自動車」をサラリーマンでも買えるほど安価にし、「マイカー」という言葉を誕生させた画期的な車である。わずか360ccながら4人乗り。高級外車にも負けない驚異的な走りとサスペンションを誇り、その風貌から「てんとう虫」と呼ばれた。 スバル360を生み出したのは、戦後、細々とバスを作っていた富士重工業の技術者たち。戦時中は、戦闘機を手掛けるほどの腕を持ちながら、戦後、くすぶっていた男達である。 安くても高性能の車を作るために要求されたのは、極限の軽量 化と、軽くて柔らかいサスペンションの開発である。次々と立ちはだかる壁を前に、技術者たちを奮い立たせたのは、家族への想いだった。 自動車を金持ちの道具から、自分達の家族でも乗れる「庶民の足」にしたい。技術者たちの執念が、不可能といわれた4人乗り軽自動車を世に送り出す。 革新的な車作りに打ち込んだ男達と家族の物語を描いていく。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 新たなる伝説、世界へ 巨大モグラ ドーバーを掘れ地下一筋・男たちは国境を越えた
1991年春、イギリスとフランスをつなぐ海底トンネル「ドーバー海峡鉄道トンネル」が貫通した。ヨーロッパを陸続きにする、ナポレオン以来の壮大な夢を実現させたのは、「鉄のモグラ」といわれる巨大なトンネル掘削機だった。最難関といわれたのはフランス側の海底部。軟弱な地盤と無数の断層、高い水圧の中、16キロを僅か3年で掘り抜くという前代未聞の計画だった。挑んだのは川崎重工の技術者。世界中で最も難しいといわれる日本の地下を掘りつづけてきた男達だった。リーダーの宇賀克夫は、100人の技術者を総動員して最先端技術を駆使したマシーンを完成させる。しかし海底での工事は想像をはるかに超えるものだった。チョーク層と呼ばれる独特な地盤との闘い。予期せぬカッターヘッドの亀裂事故。そして文化の違いから生まれるフランス人技術者との葛藤。メンバーは、不眠不休でマシーンの改良を重ね、フランス人に粘り強く技術指導を続ける。チームワークで「世界最強のモグラ」へと生まれ変わったマシンは、工期をはるかに上回る驚異的な速さでプロジェクトを成功へと導く。ヨーロッパの夢をかけた世紀の大工事を成し遂げた日本人技術者の意地と執念のドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 新たなる伝説、世界へ 逆転田舎工場世界を制すクオーツ・革命の腕時計
時を限りなく正確に刻む。そんな夢を叶えた時計がある。世界初のクオーツ腕時計。電気を流すと正確な振動を繰り返す水晶=クオーツクリスタルを使い、一日わずか0.2秒の誤差を実現した夢の時計である。昭和44年に発売されると、たちまち革命を引き起こし、今やクオーツは全世界の腕時計の98%を占めるまでになった。時計を作り上げたのは、故郷を再生しようと立ち上がった男たちだった。かつて製糸業で栄えた信州・諏訪湖一帯。ここで生まれた時計工場があった。「諏訪精工舎」。工場長は地元商店街の時計店店主だった山崎久夫。化学繊維の登場で壊滅的な打撃を受けた町を何とか蘇らせたいと時計作りを決意した。職を失っていた女工を雇い、ゼンマイ腕時計の生産を開始した。女工たちが繊細な指先で組み立てた時計はその正確さで評判となった。しかし、アメリカで全く新しい技術を使った電子時計が発売されると、圧倒的な正確さで、たちまち大ヒットした。同じ技術を使って開発しようにも、特許の厚い壁が立ちはだかった。窮地に追い込まれた山崎たちは、一つの技術に全てを賭けた。それまで、世界中の技術者が挑戦してもできなかったクオーツ腕時計の開発だった。開発は困難を極めた。当時、世界最小のクオーツ時計でもタンスより大きかった。超小型化と超省電力化が必要だった。しかも、全く耐震性がなかった。さらに世界の時計王国スイスがこぞってクオーツ腕時計の開発に乗り出した。それでも山崎はあきらめることなく全国の大学を回り、学生を口説き続けた。その熱意に打たれた若き技術者たちが諏訪に集い、奇跡の時計の開発に挑んでいく。故郷の復活に立ち上がった男と、その心意気に応えた若手技術者たちの、今に語り継がれる逆転のドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 新たなる伝説、世界へ 白鷺舞え 空前の解体工事姫路城・定年前の大仕事
世界でも有数の巨大木造建築、国宝・姫路城。終戦後、倒壊寸前にまで荒廃していたこの城を救ったのは、昭和31年から8年間にわたって行われた解体修理である。高さ50メートルの天守閣をいったんバラバラに解体して、一から組み直す前代未聞の難工事となった。リーダーに指名されたのは、まじめ一途な文部技官・加藤得二。奈良で寺院の修復を手がけていた加藤にとって、姫路城は経験したこともない巨大建築物だった。ふるさとの城を救えと、地元の大工など100人が参加し、「播州一の宮大工」と謳われた和田通 夫が、棟梁を務めた。最大の問題は、城の要となる長さ25メートルの心柱(しんばしら)。大きく傾き、内部が腐っていた。代わりとなる、巨大なヒノキを求めて、加藤は日本中を歩き回る。巨木探しのさなかを襲った、思いがけない事故。プロジェクト最大の危機に、和田が発した起死回生の一言とは・・・誇りと技をかけて、天下の名城をよみがえらせるために闘った男達の壮絶なドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 新たなる伝説、世界へ 絶体絶命650人 決死の脱出劇土石流と戦った8時間
平成5年8月6日。鹿児島で未曾有の大災害が起きた。100年に一度といわれる集中豪雨で、48人が死亡した「8.6水害」である。この時、国道10号線と、JR日豊本線が崖崩れで寸断。渋滞中のドライバーと、列車の乗客あわせて650人が竜ヶ水駅前に取り残された。前は海、後ろは崖。逃げ場はなかった。 その中に、たまたま検問をしていた警察官がいた。有村新市(44)。4年前くも膜下出血で倒れて以来、交番勤務に移動となっていた。豪雨の中、立ちつくしていた人々は、制服姿の有村をみつけると、すがるように次々と集まってきた。有村は決死の避難誘導を決意する。同僚の前田とともにパニック寸前の人々と向き合った。しかし、再び土石流が襲いかかり、有村は海へ投げ出される。陸上に残された人々は土砂によって完全に逃げ場を失い絶体絶命の窮地に陥った。その時、思いがけない助っ人が現れた。 8時間に及ぶ奇跡の脱出作戦。その感動のドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 新たなる伝説、世界へ リヒテルが愛した執念のピアノ
昭和44年。1台の日本製ピアノがヨーロッパ中の話題をさらった。美しい音色に、素晴らしい鍵盤のタッチ。18世紀イタリアで生まれ、「楽器の王様」と称されるピアノ。その300年のピアノの歴史に名を刻んだ、日本の職人たちの執念のドラマを描く。戦争の傷が未だ癒えない昭和25年。一台のコンサート用グランドピアノが、東京日比谷公会堂で発表された。作り上げたのは、浜松の楽器メーカー、ヤマハ。聴衆の期待は高まったが、結果 は、「タガのゆるんだ音」と酷評される。ピアノが誕生して以来、ピアノメーカーの雌雄を決する最高級のコンサートグランドピアノの分野は、欧米メーカーが圧倒的に優位 に立っていた。「日本人にピアノが作れるはずがない」とまで言われていた。15年後の昭和40年、ピアノ作りは大きな転機を迎える。名ピアニスト・ミケランジェリとともに来日していた、イタリア人調律師・タローネが、「東洋の日本で、これほどまでにピアノ作りに情熱を燃やしているとは」と、ピアノ作りに協力することを約束。これを機に、「もう一度世界一のピアノを目指す」プロジェクトが発足する。途方もない挑戦に燃える男たち。木工担当の鈴木辰次(36歳)は、親方田中喜三郎からたたき込まれてきた木工職人の技で、20トンに達する弦の張力に耐える強度を持ち、美しく鳴り響くピアノのボディを組み上げていく。さらに調律担当の村上輝久(37歳)は昭和41年、「理想の音」を探求するため、ヨーロッパに渡り、腕を磨いていく。昭和44年1月。完成したピアノを世界に知らしめる機会を得た。場所はイタリア・パドヴァ。演奏するのは、天才ピアニスト・リヒテル。ヤマハの技術者たちが、固唾をのんで見守る中、リヒテルは静かにピアノを弾きはじめた…。その結果は。新たな伝説の始まりだった…。西洋音楽の伝統に挑戦した、日本の職人たちの熱き戦いのドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 新たなる伝説、世界へ レーザー 光のメスで命を救え倒産工場と脳外科医
レーザー光線。その強力な出力から「殺人光線」と呼ばれた技術を医療に用い「神の指先」と言わしめたレーザーメスを開発した男たちがいた。立ち上がったのは脳外科医、滝澤利明。昭和40年代、脳外科では摘出困難な腫瘍や出血に悩まされ、余命宣告せざるを得ないこともしばしばだった。「レーザーを照射すれば正確に患部が切れ、しかも一瞬で血管が塞がり出血がない」ことを自ら動物実験で確認した滝澤は、小さな町工場とともに開発に乗り出した。町工場のメンバーは全員が手に火傷を負いながら開発に取り組んだ。しかし当時まるで「巨大な大砲」だったレーザー発射装置を手術室に出し入れできるほどコンパクトにし、直進するレーザー光線を医師の手元まで送り、自在に照射することは至難の業だった。しかも開発から3年後、町工場は倒産。技術者達は妻子を実家に帰し、債権者から身を隠しながら開発を続けた。昭和50年、様々な困難を乗り越え、ついにレーザーメスが完成した。残るは医療機器として当時の厚生省から認可を得るための臨床例が必要だった。昭和54年、滝澤は悪性の脳腫瘍を患い余命1年と宣告された8歳になる女の子の手術に成功。翌年、レーザーメスの製造が正式に認可された。一人でも多くの命を救いたいと願う脳外科医と町工場の技術者達の執念のドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 命輝け ゼロからの出発 運命のZ計画/世界一売れたスポーツカー伝説
昭和45年、一台の日本製スポーツカーが登場した。 フェアレディーZ。発売後たちまちアメリカ市場を席巻し、スポーツカーとしては世界一、140万台の売り上げを記録した伝説の名車である。開発の陰には、日の当たらない部署で仕事に打ち込んでいた自動車マンたちの執念があった。 昭和35年、一人の男がアメリカに渡った。片山豊、50歳。日産自動車で宣伝畑を歩いていたが、突然渡米を命じられた。当時、日本車の輸出は始まったばかり。片山は売り込みに走るが「二流の車」と言われ、全く売れなかった。 ある時、片山はスポーツカーに目をつける。ポルシェやジャガーなど人気のスポーツカーは、庶民には高嶺の花。「手頃な値段で高性能のスポーツカーを作れば、きっと売れる。二流のイメージも払拭(ふっしょく)できる。」 しかし、当時は大衆車が主流。スポーツカーなど売れないと猛反発にあう。 開発は、デザインとハードの激しいせめぎ合いとなった。デザイナーが思い描いたのは、斬新な低い流線型のシルエット。しかし、新型6気筒エンジンを積み込むと、ボンネットに収まらず出っ張った。特徴的な短い後部のため、ガソリンタンクとギアがぶつかり、故障した。メンバーは試行錯誤を重ね、東名高速でテスト走行を繰り返す。 全くの手探りで開発に挑んだ日本製スポーツカーが、世界的評価を獲得するまでの知られざる自動車マンたちのドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 命輝け ゼロからの出発 決戦 人類最強の敵/日本人リーダー 天然痘と闘う
かつて、6千年に渡り人類を苦しめた病があった。「天然痘」。 感染すると、発疹が全身に広がり、激しい痛みをもたらす。奈良の平城京、南米のアステカ文明を壊滅的な状況に追いやった悪魔の病である。今から20年前、その根絶を成し遂げたのは、日本人リーダーに率いられた国際プロジェクトチームだった。 厚生省職員の蟻田功(ありたいさお)。1962年、蟻田は、出張したアフリカで、子供が次々と天然痘の犠牲になる現実に直面 、衝撃を受けた。その後、蟻田はスイス・ジュネーブに飛ぶ。WHO(世界保健機関)の天然痘根絶計画に参加するためだった。しかし、メンバーは何とただ一人。予算もなかった。しかし、蟻田の情熱に打たれ、国も民族も宗教も異なる40人の男性が集結。人類最強の敵との闘いに挑んだ。 しかし、天然痘の最後の巣窟は、ゲリラが跋扈(ばっこ)するアフリカの紛争地帯。しかしプロジェクトメンバーは現地に残り、命がけのワクチン接種を続ける。そして、遂に、天然痘根絶に手が届いたと思われた時、メンバーの一人がゲリラに拉致され、消息を絶ってしまう。 このまま、天然痘根絶は、夢と消えるのか。日本人リーダー蟻田は、その時、想像を絶する決断を下した・・・。 日本人リーダーを中心に、のべ73カ国、20万人が参加し、1980年に成し遂げられた奇跡のプロジェクト、天然痘根絶。その壮大なドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 命輝け ゼロからの出発 決断 命の一滴/白血病・日本初の骨髄バンク
毎年5000人が発症する血液のガン・白血病。原因は不明で、老若男女、誰もが突然襲われる。かつて薬で完治する確率は3分の1と言われ、残りは、血液を作る骨髄を他人から移植する『骨髄移植』しか手だてはなかった。 昭和61年、大学院生だった大谷貴子は、就職が始まった矢先、突然白血病の宣告を受けた。骨髄移植を受けなければ助かる見込みはなかった。骨髄の型が適合し、移植が可能になるのは兄弟で25%、他人では数千分の1と極めて低い。大谷は、必死の提供者探しの後、奇跡的に母親と適合し、生還した。 しかし、入院中に、同じ病の苦しみをいやし合い、姉妹のように過ごした1人の少女は、提供者が見つからず、中学3年生の15才で亡くなる。 大谷は、少女の死に衝撃を受けた。「誰もが移植を受けられる世の中にならないか」そして、自分の移植を担当した医師、森島泰雄と共に、日本初の骨髄バンクを作るプロジェクトを発足した。 平成元年、9月。やっとの思いで第1号移植への道が見えてきた。日本初の提供者は40才男性。岐阜の市役所職員だった。恐怖、使命感、手術が近づく中、男の心は揺れた。 今や、白血病患者の命を救うかけがいのない制度となった骨髄バンク実現のため、ボランティアで心血を注いだ人々の愛と勇気のドラマを伝える。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 命輝け ゼロからの出発 国産コンピューター ゼロからの大逆転/日本技術界 伝説のドラマ
昭和49年、一台のコンピューターが世界中を驚愕(がく)させた。富士通が開発した大型コンピューター「M190(アメリカでの型式「470V/6」)」。世界最速の演算速度を実現し、巨大企業IBMの性能を凌駕(りょうが)し、NASAやベル研究所など、世界最高の頭脳集団へ輸出された、初の国産コンピューターである。 開発が始まったのは昭和20年代、リーダーは当時弱小の電話機製造メーカー富士通の技術者、池田敏雄。後にミスターコンピューターと呼ばれる男である。 立ちはだかったのは世界シェア7割を占める巨人IBM。池田達が何度、コンピューターを開発しても、 更に性能の高いIBMのコンピューターが市場を席巻していった。 昭和39年、IBMは新世代コンピューター「360」を開発。これまで使用目的に合わせ一台一台製造するのが常識だったのに対し、ソフトさえ入れ替えれば、一台で様々な機能を果たすことができる革命的なコンピューターの登場だった。 しかし池田は諦めなかった。当時不可能といわれた大規模集積回路「LSI」の搭載に挑んだ。4ミリ四方に数千本もの配線。チップの温度は瞬く間に200度を超え、焼き切れた。LSI同士をつなぐ配線は複雑に絡み合い、まるで「もりそば」。設計は困難を極めた。3年後いよいよIBMを凌駕する演算速度を持ったコンピューターが完成する目前、信じられない悲劇が襲った。 ゼロから出発し、世界最高の「頭脳」を作り上げた日本の技術者達の、伝説のドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 命輝け ゼロからの出発 制覇せよ 世界最高峰レース/マン島・オートバイにかけた若者たち
昭和36年、日本製のバイクが世界の度胆を抜いた。オートバイのオリンピック「マン島TTレース」で、ホンダのマシンが1位 から5位を独占した。日本初の快挙の裏には「友の夢を果たす」という男達の誓いがあった。 昭和29年、本田技研工業は経営危機に陥っていた。不況と相次ぐマシントラブルへのクレーム。ある日、本田宗一郎はみかん箱の上に立つと従業員の前で宣言した。「オートバイ最高峰のレースを制覇し、日本の若者に希望を与える」 レース用のマシンの開発は、河島喜好ら若き技術者に託された。 斬新なアイデアを盛り込み試作したエンジンは、思うように動かず、馬力ゼロだった。 「日本人が勝てるわけがない」屈辱をバネに出場した前哨戦、惨敗だった。 ライダーは社内から公募した。限界までコーナーを攻め続けた秋山邦彦。海外から、マン島レースの実況を録音したレコードを取り寄せ、手探りでレースの戦略を練った。開発現場に足繁く通い、設計に注文をつけた。 開発から5年、マン島へ飛び立つ直前、悲劇が襲った。映画の撮影に協力するため箱根を走っていた秋山が、トラックと正面 衝突。帰らぬ人となった。河島たちメンバーは、秋山の遺髪をマン島全景が見渡せる小高い丘に埋め、優勝を誓った。 しかし、結果は最高6位。ヨーロッパ車との性能の差は歴然だった。それから2年、技術者達はマシンの開発に全てを賭けた。 そして昭和36年6月12日、秋山の志を胸に運命のスタートラインに立った。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 命輝け ゼロからの出発 わが友へ 病床からのキックオフ/Jリーグ誕生 知られざるドラマ
2002年6月、開かれたサッカーワールドカップ。この世界最大のショーに地元日本は史上最強と呼ばれる代表チームで挑む。今や、野球を凌ぎ、国内最大の競技人口を誇るサッカー。全ては、10年前に誕生したプロリーグ「Jリーグ」に始まった。 かつて日本サッカーは、オリンピック、W杯の予選に勝てず、嘲笑を受け続けていた。選手の所属する企業は、スポーツを宣伝と考え、社員選手の身分は不安定だった。会社を追われる者もいた。サラリーマン選手が頂点のサッカーに、夢を抱く子供は殆どいなかった。 「企業スポーツから脱却して、老若男女、地域密着のプロリーグを作りたい」 立ち上がったのは、不治の病に倒れ、夢破れた元サッカー選手・木之本興三。 奇病・グッドパスチャー症候群にかかり、腎臓を切除。数年の命と宣告されていた。木之本の情熱に、高校からマネージャー人生一筋の男や、日本サッカー界に絶望し、一度はサッカーを捨てた男たちが集結する。 しかし、その道は、困難を極めた。スポーツのアマチュアリズムを掲げる日本サッカー協会は反対。しかも、チーム名から企業名を外すことに、スポンサーの大企業が猛反発した。「100年かかっても無理だ」。周囲の目は冷たかった。しかし、木之本は、週三回、人工透析を続けながら、執念で説得を続けていく。 番組では、地域密着のプロリーグ・Jリーグ創設に命を賭けた男たちの、情熱と友情のドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 命の離島へ 母たちの果てなき戦い
戦中、すさまじい地上戦が行われ、市民10万人が犠牲となった沖縄。戦後、多くの感染症が蔓(まん)延、生まれたばかりの赤ん坊が死んだ。その訳は、沖縄の医師の多くが軍医に駆り出されたためだ。その窮状に立ち上がったのは100人の女性たち。沖縄独自の「公衆衛生看護婦」となり、各離島に駐在、島人の病を予防する活動に打ってでた。自らの家庭の犠牲も顧みず、活動に邁(まい)進。戦後沖縄を支えた女たちの壮絶なドラマ。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 命のリレー 出動せよ救急救命士
かつて医師法が壁になり、医療行為が出来なかった日本の救急隊。目の前で多くの命が消えていった。法改正に立ち上がり救急救命士制度誕生に尽くした人々のドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 海の革命エンジン 嵐の出漁
取り付け1分で手こぎの小舟をモーターボートに変身させる”船外機”。漁獲量を飛躍的に伸ばすことを実現し、世界中の沿岸漁業などで使われている。アメリカで開発された船外機は、連続して使うとすぐに壊れてしまうものだった。そこで日本のバイクメーカーが、耐久性に優れたバイクのエンジンを転用し生産に乗り出した。数々の困難を乗り越え、船外機の世界市場を拓いた人々の知られざるドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 海のダイヤ 世界初クロマグロ完全養殖
日本人が最も消費する魚・マグロ。昭和40年代、その漁獲量が頭打ちとなり、安定供給の危機が迫った。そのとき、立ち上がったのは近畿大学水産研究所の男たち。戦後、ハマチやタイ、ヒラメなど、海魚の養殖技術一筋に生きてきた研究者。「海のダイヤ」の異名を持つマグロの王様・クロマグロの完全養殖に乗り出した。世界初の挑戦。魚は共食いや謎の衝突死で全滅するばかり。それでも、30年の苦闘の末、見事、初出荷に成功する。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 宿命の最強決戦 柔道金メダル・師弟の絆
日本のお家芸・柔道。しかし、オリンピックの大舞台で世界一の座を獲得するまでには、実に、12年の歳月がかかっていた。西欧の巨漢たちのすさまじい力に屈するほかなかった日本選手。再起を賭け立ち上がったのは、あの東京五輪で敗北を喫した日本のエース・神永昭夫だった。命運を託したのは、弟子の中、最も小柄で弱かった上村春樹。相手の技を押さえ込む不思議な極意を伝授する。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 男たちの飽くなき闘い 悪から金を取り戻せ豊田商事事件・中坊公平チームの闘い
3万人の老人から1200億円をだまし取った史上最悪の詐欺商法、豊田商事事件。 1985年、巨悪から奪われた金を取り返す史上例のない司法プロジェクトが結成された。 弁護士・中坊公平を中心に、千人の弁護士と司法関係者が関わったこのプロジェクトは、「詐欺事件の被害回復は不可能に近い」という常識を覆し、100億円を超える金の奪回に成功した。 番組は、関係者の詳細な証言をもとに、「日本の司法の奇跡」と呼ばれた豊田商事破産管財プロジェクトの知られざるドラマを2回シリーズで克明に描いていく。 前編はプロジェクトの誕生から挫折までの物語。 被害者からの訴えに立ち上がった若手弁護士たちは、「司法の良心」中坊公平を口説き落とし、プロジェクトを結成。金を取りもどすために、豊田商事を破産させ、その財産を徹底的に売却するという大胆な手に出る。しかし、集めた金の大半はすでに消え、回収は困難を極めた。 中坊は、豊田商事の向こう側に、さらに甘い汁を吸っていた「巨悪」がいたことに気づく。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 男たちの飽くなき闘い 宇宙ロマン すばる140億光年 世界一の望遠鏡
「宇宙の果てを見てみたい」。こんな人類の夢を実現するために、昨年秋に、ハワイ島マウナケア山頂、標高4205mに完成した、日本が誇る口径8.2mの大型反射望遠鏡「すばる」。構想から完成まで20年以上の歳月を費やし、総工費400億円ですすめられた、国を挙げての大プロジェクトである。しかし、そこには、多くの学者、技術者をはじめとした関係者の、想像を超えた苦労が隠されている。これまで技術的に不可能と言われ続けていた8mの巨大望遠鏡建設。最高の精度を保つため、鏡自身のたわみをいかに補正するか、技術者たちの挑戦が続いた。「すばる」の建設は、幾多の困難を乗り越え、ようやく実現したプロジェクトだった。こうした困難に立ち向かった人々の「宇宙へのこだわりの原点」は、幼い頃から星空を見上げ、宇宙に思いを馳せた「夢」であり、「ロマン」だった。番組では、関係者の情熱が生んだ日本が誇る巨大望遠鏡「すばる」建設のプロジェクトを紹介する。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 男たちの飽くなき闘い 海底3000メートルの大捜索HIIロケットエンジンを探し出せ
昨年11月15日、日本中に衝撃を与えた国産H2ロケットの打ち上げ失敗。 なぜ、突然、メインエンジンが止まったのか。ただちに始まった原因究明は困難を極めた。謎を究明するために必要なエンジン本体が太平洋のどこかに墜落してしまったためである。 「エンジンを見つけるしかない」。日本の宇宙開発の命運は、ある男たちに託された。海洋科学技術センターで深海の学術調査を行っていた門馬大和(ひろやす)研究員のグループである。門馬はかつてナホトカ号重油流出事故の際、沈没した船を発見した深海探査のプロ。音波装置を使った深海探査技術は世界でも並ぶものがいなかった。 与えられた期間は2週間。しかし、最新の音波探査装置「かいこう」を使っても、見つかったのはエンジンの配管と外側の覆い部分のみ。捜索打ち切りが決まったが、門馬は進退を賭けて、再調査を進言する。最新探査機「かいこう」は先約があって使えないため、20年前、自らが造った手作りの探査装置「ディープ・トウ」を使って、2度目の調査を開始する。 日程がないため、24時間体制で敢行された再調査。4日目、ついに門馬たちは、太平洋の海底に沈んでいたH2ロケットのエンジンを発見する。 日本の宇宙開発の命運を託された「深海のプロ」たちの知られざる格闘のドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 男たちの飽くなき闘い 誕生! 人の目を持つ夢のカメラオートフォーカス 14年目の逆転
一度しかないこの瞬間を記録に残したい、その素朴な願いを叶えたAFカメラ。 シャッターを押すだけで自動的にピントを合わせてくれるAFカメラは、かつて世界中の技術者から「夢のカメラ」といわれてきた。この夢のカメラを商品化を、世界で初めて成功させたのは、小西六(現コニカ)の若き技術者たちだった。 昭和38年、AFカメラの開発は、たった一人の電気技術者・百瀬治彦の情熱から始まった。シャッターを切る僅か0,1秒の間に、被写 体までの距離を電気信号によって瞬時に読みとりピントの合う所にレンズを作動させるというAFカメラへの挑戦は、地道で気の遠くなるような技術の積み重ねを必要とした。思うように成果 を上げられない。百瀬への社内の目は厳しかった。次第に研究費は削りとられた。しかし百瀬は決して諦めようとはしなかった。 百瀬の粘りを認め陰で支えていたのはカメラ開発部リーダーの内田康男。内田の援助によって、AFの研究は上層部には秘密の「闇研究」で続けられたきた。 完成まで14年、激しい開発競争の中で、みごと世界初の栄光を手にした技術者たちの執念と、陰で支え続けた家族のドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 男たちの飽くなき闘い 東京タワー 恋人たちの戦い世界一のテレビ塔建設・333メートルの難工事
地上333M。わずか15ヶ月という驚異的な突貫工事の末に完成した世界でもっとも高い自立鉄塔、東京タワー。地震、台風の脅威にさらされる東京に造られた世界一の鉄塔は、当時、アメリカのテレビが特集で取り上げるなど、世界各国に衝撃を与えた。 東京タワー完成の陰には、愛する恋人のために命を賭けた一途な若者たちの物語があった。 現場監督として危険な現場を取り仕切った竹山正明、31歳。遠距離恋愛の京都の女性に日々の仕事を克明につづった恋文を送った。鳶の若頭として、強風のなか地上300Mで作業を続けた桐生五郎、27歳。一目惚れした見合い相手に、「鉄塔完成の翌日、結婚しよう」と求婚した。 昭和33年秋、日本中が注目する中、地上330Mへの巨大アンテナの吊り上げが敢行される。1センチの誤差も許されない最後の仕上げ。難工事には、若頭、桐生五郎の「結婚」がかかっていた。 番組は世界一の塔作りに挑んだ技術者と職人の意地と心意気の物語を描いていく。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 思いは国境を越えた 液晶 執念の対決瀬戸際のリーダー・大勝負
携帯電話、モバイルコンピューター。急速に進行するIT革命になくてはならない装置がある。省エネルギーで、軽量 。夢のディスプレイ装置「液晶」である。 世界で初めて、「液晶」の実用化に成功したのは、シャープの研究所で、日の当たらない場所にいた技術者たち。 リーダーの和田富夫はかつて、壁掛けテレビの開発にたずさわり、挫折。管理部門に回されていた。偶然、テレビで実験段階の液晶を見た和田は上司に開発を進言。しかし、プロジェクトに集まったのは、同じように開発に失敗した技術者と何も知らない新入社員たちだった。 和田は、メンバーを鼓舞し、アメリカの大手企業も実用化をあきらめた「液晶表示装置」の開発に打ち込む。そして、1万回を超える執念の実験の末に、電卓の表示装置として、世界で初めて「液晶ディスプレイ」の実用化に成功する。 番組は、サラリーマン人生をかけて開発に打ち込んだ技術者たちの執念のドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 思いは国境を越えた 戦場にかけろ 日本橋 カンボジア・技術者と兵士の闘い
カンボジアの首都プノンペンに、人々からこよなく愛されている一つの巨大な橋がある。 通称、日本橋。1994年、日本の援助で作られたこの橋の完成で、ずたずたになっていたカンボジアの大動脈が復活、地元の人々にこれほど喜ばれた支援はないといわれる。 湾岸戦争の際、国際貢献の拙さで、非難の集中砲火を浴びた日本が、その汚名をすすぐために、全力を注いだカンボジアの復興支援。その最初のプロジェクトが、日本橋の建設だった。 日本の名誉を回復するため、命を賭けて戦場に巨大な橋を作った日本人技術者たちの知られざるドラマ。 大河の中に橋脚を築くために、戦火の続くカンボジアに乗り込んだ大林組の技術者の苦闘。 仕事を引きうけたのは、アジアの途上国ばかりを回ってきた技術者、40歳の田辺勝義だった。しかし、勇躍乗り込んだカンボジアは、銃声が響く、本物の戦場。内戦で技術者は殺され、作業員すらいなかった。 そこに、雇って欲しいとやってきたのが、元工兵部隊の兵士たち。壊すことには長けていても、ものを「作る」ことを知らないカンボジア兵士に、田辺は一から技術を教え始める。 文化の違いから、頻発する衝突。深まる亀裂。かつて難民として日本に逃れたカンボジア人通訳が懸命に溝を埋めようと走り回り、両者は次第に心を許しあうようになる。しかし、その途上、ポルポト派による、日本橋への攻撃予告が流れた。戦火が迫り、プロジェクトは中止の危機に立つ。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 思いは国境を越えた 大地の子 日本へ中国残留孤児・35年目の再会劇
日本と中国、かつて戦火を交えた両国が、国境を超えて協力しあった壮大なプロジェクトがある。戦争の悲劇の象徴と言われた『中国残留孤児』の身元捜しのプロジェクトである。史上例のない、日中協力の一大プロジェクトのドラマ。 昭和48年3月。壮大なプロジェクトの発端となる会が生まれた。『日中友好手をつなぐ会』。それは、一人の男の執念が生み出したものだった。長野県阿智村で寺を営む住職、山本慈昭、73歳。昭和20年5月、最後の満蒙開拓団の教員として、満州に赴いた男である。敗戦の混乱の中、山本はシベリアに抑留、妻と二人の娘は、極寒の満州で亡くなった。330人の開拓団のうち、生きて日本に帰ったのは、わずか42人だった。昭和44年夏、山本は驚くべき事実を知る。中国で死んだと聞かされていた娘の啓江は、中国人に預けてきた、生きているかもしれないというのである。山本は、一人、中国に残された娘を捜し始めた。 孤軍奮闘する山本の周りには、同じ思いの32人が集まった。『日中友好手をつなぐ会』の誕生だった。しかし、時の中国は文化大革命の真っ只中。孤児たちと自由に連絡を取り合うことも出来なかった。しかし、会のメンバーたちは、執念で孤児捜しへの闘いを続けていく。そして、その執念は、最後、感動の奇跡を呼び込むことになった。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 思いは国境を越えた 耳を澄ませ 赤ちゃんの声伝説のパルモア病院誕生
現在、世界一低い新生児死亡率を誇る日本。世界で最も安全に出産できる国である。 しかし僅か40年ほど前まで、出産は、赤ん坊にとって人生最大の危機だった。 産婦人科医は母胎に関する知識しかなかった。小児科医は生後一ヶ月以降の赤ん坊しか診られなかった。生まれた直後の新生児専門の医者はいなかった。そのため、30人に1人が出産時に死亡した。生まれ出ても、難産の影響で、脳性麻痺などの身体障害になる者も多かった。 「子供の危機を救いたい」。立ち上がったのが、京都府立医科大学教授の小児科医・三宅廉だった。 三宅はまず、出産に立ち会わせてほしいと訴えたが、産婦人科の領域と断られた。縦割り医療の限界を感じた三宅は、47歳で大学を辞職。昭和31年、ひとりの若い産婦人科医、椿四方介を引き連れて、神戸市内に小さな診療所、パルモア病院を設立した。 しかし日本初の新生児医療は困難の連続だった。どれくらいの量の薬を与えて良いのか。どんな注射をすればいいのか。刺激の少ない人工呼吸の方法は・・・。分からないことだらけだった。更に、苦悩するパルモア病院を経営危機が襲う。名もない小さな病院で出産する患者は少なかった。3週間全く出産がないこともあった。 三宅たちは、次々と襲いかかる困難な壁を、どのように乗り越えていくのか・・・。 これは、小さな命を守ろうと奮闘し、日本の医療界に革命を起こした医師たちの感動のドラマである。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 開拓者精神、市場を制す 赤いメロン 北の大地の20年戦争
北海道夕張市。農協の耐火金庫に、大切に保管されているものがある。メロンの種である。品種名「夕張キング」。美しいネット、甘く香り高い、赤い果肉。夕張のメロンは、今や高級ブランドの代名詞である。その誕生の裏には、地域の生き残りをかけた農家の壮絶な格闘があった。 昭和25年、夕張は燃えていた。朝鮮戦争の特需をうけ、第2次石炭ブームに沸いていた。人口10万人、町には人があふれ、豊かな町の中心部は、夜でも明かりが消えることはなかった。一方、中心街から10キロ離れた沼ノ沢地区。農家は貧しさの極致にあった。周囲を夕張山系に囲まれた盆地で、寒暖の差が激しい。さらにやせた火山灰の土。穫れる作物は、長いも、アスパラとわずかな夏野菜だけだった。 このままでは夕張の農家は全滅する。その時、農業改良普及員の杉目直行が言った。「メロンはどうか」。夕張でわずかに生産されていたスパイシー・カンタローブ。香りがよく、赤肉が特徴のメロンだった。しかし甘みがなく、砂糖をかけて食べなければならない代物だった。「これを改良して、新たな品種を作れないか」昭和35年、17戸の農家が立ち上がった。 農家の豊田祐一たちは、交配するための種子を求め、全国を飛び回った。他のメロン産地の農家に土下座して、やっと手に入れた別品種と交配。しかし、栽培は困難を極めた。季節はずれの大雪に、突風。ビニルハウスを壊した。温度管理を間違うと、たちまち枯れた。農家はハウスに寝泊まりし、苗を見守り続けた。 昭和45年、やっと育て上げたメロンを東京市場に出荷。しかし重大な問題があった。赤肉のメロンに、市場関係者は言い放った。「こんなカボチャメロンは売れない」。さらにメロンは、日持ちしなかった。東京に着いたコンテナから出されたメロンは、腐っていた。トラック、鉄道、空輸。あの手この手の輸送作戦を試みた。そして昭和54年、産地直送システムを確立。夕張のメロンは全国の家庭で味わえるようになった。 徹底した品質管理と「産地直送」の先駆けとなった農業技術。地域の存亡をかけてメロン作りに執念を燃やした農民たちのプロジェクトを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 開拓者精神、市場を制す 運命の最終テスト ワープロ・日本語に挑んだ若者たち
日本語。48字のひらがなと5万もの漢字がおりなす世界に冠たる美しい言葉。しかし戦後、日本語はその複雑さゆえ、経済復興の足かせとなった。 昭和40年代、高度成長期の日本は企業間の取引が増大。サラリーマン達は契約書の作成に追われていた。欧米の企業は26文字のアルファベットを駆使、誰もがタイプライターで契約書を作った。一方、日本では数少ない和文タイピストに依頼するしかなかった。誤字があれば、また打ち直し。公の文書を作るコストは、欧米の3倍と言われた。「誰もが使える日本語ワードプロセッサー、ワープロを作ろう」立ち上がったのは、東芝の若き技術者と、どん底にあえいだ工場の男達。ひらがなを漢字に変換する、不可能と言われた技術に挑んだ。しかし、日本語の壁が立ちはだかった。 同音異義語、同じ発音の言葉を機械は区別できない。「貴社の記者は汽車で帰社する」どうやったら正しく変換できるのか。また、変換するのに20秒以上かかる言葉もあった。そして突然、商品化を決定する事業部長から開発中止命令が下った。 絶体絶命に陥ったプロジェクトは、一度限りのワープロの性能テストに全てをかけた。リーダーの森は、機械の操作を一人の女性に託した。タイピストではなく、総務の事務員。「素人でも使えなければ意味が無い」大ばくちに出た。 累計3千万台を売り上げ、国民的商品となったワープロの執念の開発物語を描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 開拓者精神、市場を制す 革命トイレ 市場を制す
今や日本のトイレのほぼ2軒に1軒の割合で設置されている「温水洗浄便座」。心地よいお湯でお尻を洗い温風で乾かす。古来「ご不浄」と呼ばれ、不潔の代名詞だったトイレのイメージを、「快適」で「清潔」な空間へと変えた革命的な製品である。清潔志向の高まりから、不況の中でも売り上げを伸ばすヒット商品でもある。その開発の影には、ひたむきにトイレと向き合い続けた技術者たちの姿があった。 昭和36年、北九州の街に降り立った男がいた。本村久。早稲田大学理工学部を卒業、就職したのは東洋陶器(現TOTO)。戦前から続く国内最大手のトイレメーカーだった。 折からの建築ブームの波に乗る住宅産業界。しかし、当時、まだ下水道整備が行き届いていない日本のトイレは「不浄なもの」の代名詞。水洗トイレの金具を設計する部署に配属された本村も、その技術を甘く見ていた。 しかしある日、本村は上司から一喝される。「トイレは人々の暮らしを豊かにする商品だ。ひとつひとつの商品に魂を打ち込め」。金具の鬼と言われた杉原との出会いによって、本村は技術者の誇りに目覚める。 その矢先だった。二度のオイルショックの波が会社に襲いかかる。「新しい柱となる商品を開発せよ」。本村たち若手技術者に社運を賭けた指令が下る。任されたのは、痔の患者などの医療用に細々と売られていた「洗浄便座」。これを一般向けに全て設計し直し、新しい需要を掘り起こす。 その開発は困難を極めた。人にとって心地よいお湯の温度は何度か。汚れを完全に落とすには水は何リットル必要なのか。男達は自ら実験台となり試作を繰り返す。さらに、微妙な温度を制御するには最新式の電子回路技術が必要だった。しかし、感電の可能性のある電子回路の使用は危険な賭けだった。 そして運命の発売日。「トイレ」「おしり」の文字は当時のメディアでは「タブー」。宣伝もままならないなか、営業マンたちは全国を走り回った。さらに、追い打ちをかけるように殺到したクレームの嵐。プロジェクトは夜を徹して商品の改良に当たる。そして温水洗浄便座「ウォシュレット」が完成。男達は一人の天才コピーライターとともに誇りをかけた、一か八かの大勝負に打って出た。 数々の困難を克服し、「不潔なトイレ」のイメージを覆した「トイレ革命」を成し遂げた男たちの逆転のドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 開拓者精神、市場を制す 救命救急 ER誕生 日本初 衝撃の最前線
昭和41年、大阪は万博開催を4年後に控え、道路が拡張。事故の発生率が全国一となり「交通戦争」と呼ばれた。しかし、重症患者を治療できる病院は少なく「たらい回し」が社会問題となった。 大阪府は大阪大学付属病院に24時間重症患者を受け入れる施設の設置を要請。昭和42年8月、日本初の「特殊救急部」が誕生した。リーダーは、34歳の杉本侃(つよし)。メンバーは皆20代から30代若者だった。 第一号の患者は、入れ墨の男。抗争事件で腹を刺されていた。「人殺しを助けるのか」と学内から揶揄(やゆ)された。患者の多くは「指を切った」「目にゴミが入った」など軽傷者。メンバーの気持ちはなえていく。 ある日、交通事故で全身傷だらけになった「多発外傷」の患者が訪れる。メンバーは頭や内臓など懸命に処置。しかし、全く傷のない肺の機能が低下し、患者は亡くなった。理由が分からなかった。以来「多発外傷」との闘いが始まる。 血の海、緊迫した声が飛び交う医療の最前線。修羅場の中で、若き医師達は次第に自分の専門分野を磨いていく。そして、再び「多発外傷」の患者が運び込まれて来た。杉本以下、メンバーは総力を挙げ、消えゆく患者の命と向きあった。そして運命の一瞬。 日本初の救急医療に挑んだ若き医師達の壮絶な闘いのドラマ。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 開拓者精神、市場を制す 勝負の警備システム 作動せよ
安全神話が崩壊しつつある日本で、なくてはならない警備産業。市場規模は年間2兆4千億円。約1万社が参入し、40万人の雇用を生んでいる。初めて警備会社が産声を上げたのは、今から40年前。「水と安全はタダ」といわれる中で新たな市場を築くには、若者達の知られざる格闘があった。 昭和36年。酒屋の倉庫で在庫整理に追われる若者がいた。飯田亮、28歳。東京・日本橋の酒屋の五男坊。大学卒業後、老舗を手伝っていたが、仕事は全て兄たちに指図された。大学時代の親友の戸田寿一と酒をくすねては我が身を憂いていた。当時、商店や企業を狙った窃盗が横行。「プロの警備員を養成すればビジネスになる」飯田は、戸田と2人で日本初の警備会社「日本警備保障(現セコム)」を立ち上げる。 しかし、拳銃も逮捕権も無い。許されたのは警棒だけ。「お前達に何が出来る」仕事は取れなかった。転機が訪れたのは、昭和39年の東京オリンピック。選手村の建設現場の警備を依頼された。会社がモデルとなった「ザ・ガードマン」というドラマが大人気。仕事の依頼が殺到し、会社は急成長した。その時、とんでもない事件が起きた。なんとガードマンがデパートを巡回中、600万円の宝石を盗んだ。 会社の信用は地に落ちた。飯田と戸田はガードマンの行動マニュアルを作り、徹底的に研修を実施。更に警備の信頼度を上げようと、社運をかけ日本初の機械警備システムを作り上げた。契約先のドアや窓に取りつけたセンサーが異常を感知すると、管制センターに通報。ガードマンが急行する仕組みだった。しかし、誤報が相次ぎ、ほとんど普及しなかった。 昭和43年10月、衝撃的なニュースが伝わった。東京のホテルで、他社のガードマンがピストルで射殺された。更に、京都でも警備中のガードマンが殺された。そして翌年4月深夜、機械警備システムを導入していた新宿の専門学校からの警報が発せられた。駆けつけたのは新人ガードマンの中谷利美。そこに、あの連続殺人犯がいた・・・ 新しいビジネスを切り開き、命がけで犯罪に立ち向かった男達の熱きドラマ。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 開拓者精神、市場を制す 料理人たち 炎の東京オリンピック
昭和34年、東京オリンピックの開催決定に日本中が沸いていた。しかし、大きな問題が起きていた。選手村の食事作りである。世界90カ国以上の国々から集まる選手たち。その数、実に7000人。世界中の料理、2千種類、延べ60万食という、空前の規模の食事を作らなくてはならなかった。しかし、当時、日本の料理界の力は世界に未知数。世界各国から不安の声が挙がった。 料理作りに挑んだのが、帝国ホテルの料理人、村上信夫をリーダーとする一流ホテルのシェフたちだった。戦前から厳しい料理修行を積み、パリにも留学、最高のフランス料理を極めようとしていた村上。このプロジェクトに、料理人の誇りをかけて挑むことになった。 村上らは、世界各国の料理メニューを作るべく奮闘する。問題は、知識の全くない、アジア・アフリカ・中南米などの料理。村上は、在日大使館に赴き、大使の妻などに、料理法を学び続けた。更に大きな問題が立ちはだかった。膨大な量となる食材の確保である。唯一の対策方法は冷凍食材を使うこと。しかし、当時の料理界の常識は「冷凍食材は味が落ちる」。村上たちは、冷凍食材をものにしようと、懸命な努力を続ける。 そしてオリンピックの開幕。膨大な食事を作るため、村上の元に、300人の若手料理人が全国から集められる。街の大衆食堂からやってきた者もいた。北海道からは23人の若者が集まった。札幌、釧路、稚内などからやってきた彼らは、「ふるさとの代表として恥ずかしくない仕事をしよう」と誓い合う。 しかし、その時、各国選手団が連れてきた自国のエリートシェフたちが厨房に登場。更に、オリンピック開催中、料理人たちの身に、事件が襲いかかる。果たして、日本人料理人の食事を世界の選手は満足してくれるのか。東京オリンピックを支えた料理人たちの、知られざる料理作りを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 回避せよ 東京湾炎上 初の海上交通システムに挑む
イギリスで発生した大型タンカーの座礁事故を教訓として、東京湾に於ける「海上交通ルールの策定」と「船の動きを監視するレーダー網の整備」が急務の課題となっていた。その最中、昭和49年に東京湾で大型タンカーが貨物船と衝突炎上、20日間も燃え続ける大惨事が発生。「航空機のように、船舶全てを管理下におさめる」という世界初の海上交通システム開発への挑戦が始まった。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 革命ビデオカメラ 至難の小型化総力戦
結婚式や我が子の誕生。かけがえのない一瞬は、かつて写真でしか記録できなかった。そこに19年前、革命が起きた。ホームビデオカメラの誕生である。鍵は、わずか1センチ四方の薄い板で映像をとらえる「CCD」という部品の開発。ソニーで日陰の技術者が挑んだ。だが、開発は、1000分の1ミリを争う極小世界の加工。次々に大きな壁が立ちはだかる。そのとき、立ち上がったのは生産現場の女性たちだった。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 壁を崩せ 不屈の闘志 カーナビ 迷宮を走破せよ
車が溢れる渋滞列島、日本。朝夕の通勤ラッシュ、帰省ラッシュ、長い行列に耐えるのがドライバーの宿命である。12年前、日本で画期的な製品が開発された。アメリカの軍事衛星GPSを利用したカーナビゲーション。初めての道でも裏道でも迷わない夢の機械である。開発に挑んだのは音響メーカーのパイオニア。当時、看板商品のカーステレオの売れ行きが伸び悩み、会社は新製品開発にもがいていた。その時、カーナビ開発を提案したのが畑野一良31歳。カーステレオ部署のエース企画マンだった。畑野は方向音痴。家族でドライブに行くと抜け道で迷った。車内は険悪なムードになった。「家族で楽しくドライブをしたい」。カーナビ開発は、ささやかな思いから始まった。川越工場の本橋実がカーナビ本体の開発を担当。技術研究所の清水敏彦が地図作りを担当。しかし、困難な壁が次々と立ちはだかった。GPS受信機は200万円。車本体よりも高かった。地図を映し出すコンピューターは、真夏の車内気温50度で壊れた。プロジェクトは完全に行き詰まった。そのとき、雪降る、北海道、旭川から、思わぬ援軍が駆けつけた。負け続けの男たちの、奇跡の逆転の物語をお伝えする。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 壁を崩せ 不屈の闘志 金閣再建 黄金天井に挑む
世界各国の要人が来日の度、絶賛する建物がある。「金閣」。「究極の頂き」と呼ばれる三階の天井には、3千枚の金箔が歪みなく敷き詰められている。二階には、極楽浄土の世界を描いた天井画。その真下に広がる総漆塗りの床に反射し、極限の美を見せる。しかし、この金閣は、52年前に一度、放火で全焼している。そこから再建を成し遂げたのは、全国の職人たちの30年に及ぶ意地と執念だった。昭和30年、京都では、消失した金閣の再建が進んでいた。全国から選りすぐられた、漆職人、金箔職人などが腕を振るった。しかし、資金不足や手がかりの少なさから、二階天井画は、再現できなかった。戦前から金閣を守り続けた住職、村上は、いつの日か完全な再建を目指したが、十年、二十年と経つうちに、風雨にさらされた金閣から金箔は剥がれ落ち、漆も破壊されていった。建物自体が腐る可能性もでてきた。そして、三十年が経った昭和60年、村上も癌に侵され、床に伏せた。「金閣を甦らせたい」病と闘う村上の願いに応えたのは、当時、文化財修復の世界で名をあげていた矢口一夫(やぐち・かずお)を中心とする職人たちだった。矢口は調査と研究を重ね、京都の厳しい自然から金閣を守る材料をそろえた。通常の5倍の厚さの金箔「5倍箔」。金箔の下で建物を守る、粘り強い純国産の漆、1.4トン。昭和61年2月、準備も整い、1年8ヶ月に及ぶ工事がスタートした。しかし、再建は、困難を極めた。謎の歪みが出る金箔。さらに天井画の修復を手がける画家を襲う死の病。そして、完成間近を迎えたその時、最大の壁が立ちはだかった。果たして、黄金の寺は輝きを取り戻すのか。金閣再建に挑んだ職人たち、執念の30年戦争を描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 壁を崩せ 不屈の闘志 衝撃のペルー 男たちは生き抜いた人質127日間のドラマ
平成8年12月17日、世界を震撼させる大事件が南米・ペルーで起きた。日本大使公邸人質事件である。襲撃したのは、MRTA・ツパクアマル革命運動と名乗る武装グループ。天皇誕生日の祝賀パーティーに招かれていた招待客600人余りを人質に取り、刑務所に収監されている仲間の釈放をペルー政府に要求した。最後まで人質に残されていたのは72名、その中に「13人の日本人サラリーマン」がいた。平均年齢は53歳。南米各地で働いてきた企業戦士たちだった。人質たちは、およそ十畳一間の空間に閉じ込められ、建物の各所に爆弾が仕掛けられた。トイレは、人質達が身元を隠そうと捨てた身分証で詰まり、悪臭を放った。皆、蒸し風呂と化した部屋の中で、靴を枕に眠った。ペルー政府と武装グループの交渉は難航し、監禁生活は長期化。人質たちは、身体に変調をきたし、危機が迫った。その時、人質たちの健康を守るため、立ち上がった特命チームがあった。日本赤十字の医師と看護士たち、総勢6名、中立の立場を掲げ、防弾チョッキも付けずに銃口にらみ合う公邸へと向かった。医師の鈴木隆雄(当時46歳)は、懸命に人質達を治療し、励まし続けた。そして事件発生から127日目、ペルー政府が強行突入した。激しい銃撃戦が繰り広げられ、人質達がいた部屋は、紅い炎で包まれた。絶体絶命の人質達、その運命は・・・。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 壁を崩せ 不屈の闘志 世界最大の船 火花散る闘い
昭和41年、横浜で世界最大の船の建造が始まった。船体の長さは東京タワーを凌ぐ342メートル。積み荷は原油、日本の一日の消費量を一気に運ぶ夢のタンカーである。当時、世界中のタンカーは欧米の石油メジャーに握られていた。日本は割高な油に苦しんでいた。「自前のタンカーを持ち、直接中東から買い付ける」立ち上がったのは、石油会社、出光興産。船の建造を請け負ったのは、石川島播磨重工業だった。その下に電気、機械、鉄鋼、全国から1千社。36万人が結集した。世界最大の船体工事、現場の指揮を託されたのは石川島播磨重工業の技術者、南崎邦夫38歳。入社3年目に事故で右足を切断。それでも現場を歩き続けた不屈の男だった。その南崎たちの前に次々と難問が立ちはだかる。船体を覆う、最強の鉄板「ハイテンション鋼」。溶接できず真っ二つに折れた。直径7.8メートルのスクリューを支える巨大シャフト。船体に原因不明の歪みが生じ、取り付けられない。そして、運命の処女航海。東シナ海で巨大台風に襲われた。造船大国の誇りを賭けた人々の壮絶なドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 壁を崩せ 不屈の闘志 突破せよ 最強特許網 新コピー機誕生
強大なアメリカ経済。強さを支えてきたのが特許である。巨大企業は巧みな特許戦略でライバルを抑え、世界市場を制覇した。32年前、その特許戦略に真正面から挑み、突破した男たちがいた。キヤノンの技術者たちである。男たちに立ちはだかったのは、世界で初めて普通紙複写機(コピー機)を発売し、シェア100%を誇っていたゼロックスの特許網。「この特許を使わずしてコピー機を作ることは不可能」と世界中の技術者が諦めるなか、男たちが作り上げたのが、新方式の国産普通紙複写機・NP-1100だった。開発は困難の連続だった。独自方式開発のためには、ゼロックスの特許を全て把握しなくてはならない。数百件・数千ページに及ぶ英文特許の山が特許マンに立ちはだかった。またコピー機は、物理・化学・電子・機械の最先端技術の結晶。複写プロセスは多岐にわたり、全ての過程において技術者たちは一から独自技術を創造しなくてはならなかった。苦境を乗り越えるバネとなったのは、日本のオリジナリティーを世界に示したいという思い。それまで日本は、莫大な特許使用料を払って欧米から技術をもらうばかりで、製品は「優秀な模造品」と皮肉られていた。レッテル返上に燃える技術者と特許マンの執念が不可能と言われた開発を成功に導いていく。鉄壁の特許網に挑み、見事に独自のコピー機を作り上げた伝説の技術者と特許マンの逆転の物語を描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 壁を崩せ 不屈の闘志 魔の山大遭難 決死の救出劇
昭和30年代、日本は登山ブームを迎え、山での遭難事故が増え始めた。昭和38年、後にサンパチ豪雪と呼ばれるドカ雪で、北アルプス薬師岳を登山中の愛知大学山岳部13人が全員死亡。前代未聞の大量遭難となった。この事故で、救助チームの隊長を務めたのは富山県警上市署の鑑識係、伊藤忠夫40歳。伊藤はかつて最愛の弟を山で亡くしていた。昭和40年、伊藤を指揮官とする山岳警備隊が発足。しかし県内の警察署から集められた隊員達は、山歩きの経験が無い素人集団。伊藤は助っ人を頼もうと、北アルプス麓の集落、あしくらじ芦峅寺を訪ねた。黒部ダム建設の際、資材を運搬。第一次南極観測隊にも選ばれた山のエキスパート達が住んでいた。隊員は、あしくらじ芦峅寺の男達に山登りの技術を学んだ。昭和44年正月、剣岳を記録的なドカ雪が襲った。15パーティー81人、史上空前の大量遭難が発生。山岳警備隊はあしくらじ芦峅寺の男達に応援を頼み、山頂付近にいた金沢大学山岳部17人の救助に向かった。しかし猛吹雪の中、先頭を切っていたベテランガイドが谷に転落。あしくらじ芦峅寺の男達は仲間を救出、山を降りた。後には、3人の若き警備隊員が残された。「今こそ厳しい訓練の成果を見せる」遭難者が待つ山頂に、足を踏み出した。生死をかけ、山岳救助に挑んだ若者達の熱きドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 起死回生の突破口 アンコールワットに誓う 師弟の絆
10年に及ぶ内戦が続いたカンボジア。世界遺産アンコールワットは、無残に破壊、放置された。35人いた遺跡保存官はポルポト派によって虐殺され、生き残ったのはわずか3人だった。アジアの宝は崩壊を待つばかりだった。 「亡くなった友のために、そして民族の誇りを取り戻すために、アンコールワットを修復したい。」生き残った保存官の一人、ピッ・ケオさんは、助けを日本の友に求めた。その男は戦前、カンボジアの技術者と共に、アンコールで修復に汗を流した鹿児島大学の教授(現上智大)・石澤良昭だった。 「金だけの支援はしない。一から修復技術者を育て、彼らの手でアンコールワットを蘇らせる。」石澤は、アンコール遺跡国際調査団を組織し、「石の心を読む」といわれたベテラン石職人、小杉孝行の協力を得てカンボジアへ渡った。 集まった現地の若者は20人。しかし修復への道のりは、困難を極めた。「伝統的な石職人の技を全て伝えたい。」小杉は、日本と同様、厳しい修行を始めた。しかし、生活のためと割り切って働くカンボジアの若者達に、職人の心は伝わらなかった。重い石に負けない体力を付けさせようと米や肉を持たせても、家族に食べさせてしまう貧しさが立ちはだかった。「一人前の石職人になって欲しい。」時には、手が出るほどの厳しさに耐えられず、辞めていく者が相次いだ。「アンコールワットを作り上げた君たちの祖先の仕事はいかにすごいか。」団長の石澤は、歴史を知らない若者達に必死に説き、懸命に皆をまとめた。 7年に及ぶ修行期間が終わり、今年ようやく本格的な修復作業に入ったアンコールワットの西参道。日本人とカンボジア人が、激しくぶつかり合う中で心を通わせ、一人前の石職人が誕生するまでのドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 起死回生の突破口 医師たちは走った 医療革命 集団検診
昭和34年、信州の人口6000人の小さな村・八千穂村で、日本の医療を変えた画期的な試みが始まった。全住民を対象にした「集団検診」である。 高度成長に向かう日本の中で、農村医療は取り残されていた。過酷な暮らしで、脳卒中や結核が絶えなかった山間の村々。しかし、現金収入のない農民たちは「病気は恥だ」と我慢した。医者にかかるのは手遅れになってから。死亡診断書を書いてもらうためだった。 「農民たちを救いたい。」立ち上がった一人の医師がいた。佐久病院院長・若月俊一。信州の赤ひげと呼ばれた男だった。新米医師や看護婦、そして村人の代表も集まった。 「手遅れの患者を減らすには、病気を未然に防ぐことが必要だ。」若月たちが始めたのは、前代未聞の「全村集団検診」。農閑期の冬、医師たちは集落の公民館を回った。 しかし、幾多の困難が待ち受けていた。問診で衣食住を聞かれることに、村人は抵抗した。村議会でも不要論が出た。医師たちは、皆に足を運んでもらえるよう、手作りの芝居を上演した。検診会場で高血圧を減らすための味噌汁も作って見せた。 やがて集団検診がきっかけで、一人の糖尿病の男性の命が救われ、人々の見る目が変わった。昭和41年、ついに八千穂村の一人あたりの医療費は全国平均を大きく下回った。集団検診はその後全国に広まってゆく。 医師たちの熱い思いと、農民たちとの交流を通して、農村医療の基礎を作った姿を描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 起死回生の突破口 通天閣 熱き7人 商店主と塔博士の挑戦
大阪のシンボル、通天閣。戦時中に一度焼失したこの塔を、昭和31年に再建したのは、行政でも企業でもなく、古着屋、写真屋、ウナギ屋など、地元・新世界の商店主たちだった。 戦後、焼け野原だった大阪・新世界に、闇市が生まれた。集まったのは、裸一貫同然の男たち。意地としたたかさだけで、焼け跡を生き抜いていた。 復員して麻雀屋を始めた知里正雄。父の末吉から「焼失した通天閣を再建したい」と、夢を託された。明治45年に「東洋一のタワー」として建設された通 天閣の再建は、新世界の復興をかけた人々の願いだった。 末吉が作らせた原図をもとに、7人の商店主が立ち上がった。その挑戦は、素人ならではの大胆なもの。公園を勝手に用地に選び、口八丁で市の許可をとった。設計者には、日本一の大御所・内藤多仲を口説いた。「もし再建できたらうどんで首をつったる」とあざ笑う街の人々を説得し、資金を集めた。 焼け跡から立ち上がった庶民が、行政、専門家を巻き込み、後に大阪のシンボルとなる一本の塔を建てるまでの、意地と執念のドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 起死回生の突破口 謎のマスク 三億円犯人を追え 鑑識課指紋係・執念の大捜査
警察の信頼を揺るがせた東芝府中三億円強奪事件。それから18年後、再び起きた三億円事件に、鑑識課指紋係の男達が立ち上がった。昭和43年12月10日、府中市で三億円強奪事件が発生。鑑識課に配属されたばかりの塚本宇兵は、うんざりしながら指紋採取にあたっていた。その頃は物証よりも、自供に頼る捜査が優先。現場に入るのは捜査一課が一番、指紋係はニの次だった。警視庁はのべ17万人を越える捜査員を投入。しかし犯人はつかまらなかった。そして昭和50年、時効を迎えた。昭和61年11月25日、有楽町で悪夢がよみがえった。3億3千万円が4人組の男に強奪された。その時、塚本は鑑識課のキャップになっていた。捜査一課の指揮官は塚本の3つ先輩の緒方保範。最初に配属された派出所で共に「腕利きの刑事になろう」と熱く語った仲だった。その後、緒方は捜査一課のエースに。塚本は夢敗れ鑑識課に。「どっちが早く犯人をあげるか」因縁の勝負が始まった。緒方は遺留品を徹底的にあらい犯人の足取りを追う。塚本は500万件を越える膨大な指紋との照合を進めていく。長引く捜査に世間からは非難にさらされた。そして妹の死。苦難の末、浮かび上がったのは意外な犯人像だった。日の当たらない鑑識という仕事に誇りをかけ、リベンジを果たした男達のドラマ。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 起死回生の突破口 8ミリの悪魔VS特命班 最強の害虫・野菜が危ない
昭和47年、日本への復帰に沸く沖縄で、人々を震撼させる出来事が起きた。東南アジアから恐るべき害虫が飛来したのである。 「ウリミバエ」。体長わずか8ミリのこの虫は、カボチャ、ピーマンなどの野菜に寄生し卵を産み付ける。野菜には瞬く間にウジが沸き、腐ってしまう。世界各地で猛威を震い恐れられていた、史上最悪の害虫「8ミリの悪魔」だった。 天敵のいない沖縄の島々で、ウリミバエは大繁殖。次第に北上した。もし、本土に上陸すれば、日本の野菜全体が壊滅的な被害を受ける。日本政府は「植物防疫法」により、沖縄県からの野菜の持ち出しを厳禁した。 「沖縄全域からウリミバエを根絶しよう」沖縄県農業試験場の研究者を中心に、プロ ジェ クトチームが結成された。リーダーは与儀喜雄。農家の息子の植物防疫官だった。農家の苦しみを目の当たりにしてきた男の、必死の根絶作戦が始まった。しかし、農薬を持ってしても根絶出来ない最強の害虫を前に、プロジェクトは行き詰まった。ウリミバエは沖縄本島を席巻し、九州上陸は時間の問題となった。 「沖縄でウリミバエをくい止めろ」政府は、ウリミバエ根絶のため、思いも寄らぬ 方法を沖縄県に提案した。それは、放射線「コバルト60」をハエに照射して、生殖細胞を破壊。繁殖力を失ったハエを増殖させることで、何十年もかけて撲滅するという、気の遠くなるような作戦だった。 全てが手探りの中、沖縄の男たちと虫との壮絶な戦いが始まった。作戦が始まって 一年、二年と過ぎる中、ハエが減り始めた。 「これで、ついに撲滅出来る」プロジェクトが、そう確信した時、その行く手に、とんでもない壁が立ちはだかった。それは、沖縄在留アメリカ軍基地。「内なる国境」だった。 21年に渡る闘いの末、ウリミバエの根絶に成功。日本の食糧を守り抜いた沖縄の男たちのドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 起死回生の突破口 魔法のラーメン 82億食の奇跡 カップめん・どん底からの逆転劇
昭和46年。20世紀の食生活を劇的に変えた一つの食品が登場した。お湯を注いで3分、いつでもどこでも食べられる「魔法のラーメン」、カップめんである。高度経済成長のもと、寸暇を惜しんで働く日本人の胃袋を満たしただけでなく、世界中の飢餓や災害の現場に欠かせない貴重な食料となった。年間消費量は世界で82億食。メイドインジャパンの代表格である。 開発したのは、日清食品の若手技術者たち。当時、会社は「ラーメン戦争」と呼ばれる他社との熾烈な価格競争で業績が悪化していた。社長の思いがけない発想をもとに、自らの命運をかけたカップめん開発が始まる。 開発は困難を極めた。カップの形に合わせためんは、中まで火が通らない。一日20回にも及ぶ試食で、メンバーの体重は10キロも減った。ようやく作った試作品も、問屋から「食べ物ではない」と拒絶された。 逆境の中、食品加工技術の限界に挑んだ若者とアイデア社長の熱き闘いを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 北のワイン 故郷再生への大勝負 十勝・池田町
昭和50年、北海道で日本最北の国産ワインが生まれた。味は、さわやかな酸味と深いコクがある本格派。作り上げたのは、町役場に勤める行政マンたちだった。十勝平野・池田町。じつはこの町、度重なる冷害で税収が激減、戦後2番目の「財政再建団体」に指定され自治体失格のらく印を押された。そのとき、新町長をリーダーに、役場職員が奮起。日本にまだ、ワインブームが到来していない時代、本格ワインへの挑戦に打って出る。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 技術者魂よ、永遠なれ 命の水 暴れ川を制圧せよ 日本最大 愛知用水・13年のドラマ
昭和36年、木曽川の上流から知多半島の突端まで、120キロの田畑を水が潤していった。構想から13年、総工費423億円の「愛知用水」。長年、干ばつに苦しめられてきた農民達の執念が、日本初の巨大プロジェクトを動かした。 大きな川のない知多半島。雨水を溜めた池が農民達の生活を支えていた。農家の5男に生まれた濱島辰雄。幼い頃、「池番」という見張り役を一日中続けた。池の水を引く順番は厳しく決められ、例え親戚 であっても一滴も渡せなかった。 昭和22年、大干ばつが襲った。その時、農家の久野庄太郎は、木曽川から水を引くことを思い立つ。それを新聞で知った濱島。久野の元に駆けつけ、運命の出会いを果 たす。 久野と共に、ルート作成のため半島全土を歩き、緻密な測量を行った。3ヶ月後、愛知用水の計画図が完成。半島1市25町村の代表が集まり、昭和23年「愛知用水期成会」が結成された。 濱島は高校教師を辞め、末端水路の整備にかけた。久野は親から受け継いだ田畑を全て売り払い活動費にあてた。 最初の課題は莫大な建設費。二人は首相、吉田茂に直談判。国の協力を取り付けた。 昭和32年、工事が始まった。最難関は水源となるダムの建設だった。基礎工事の最中に火山性の有毒ガスが噴出。土砂崩れや落盤など、死傷者が続出した。 「自分達が用水を望まねば、こんなことにはならなかった」 濱島と久野の2人は断腸の思いだった。犠牲者の冥福を祈り続けた。 昭和36年、壮絶な工事が終わりダムと水路が完成。9月30日、愛知用水への放水が始まった。知多半島突端の村では、住民総出で水を迎え、神棚に水を供えた。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 技術者魂よ、永遠なれ 家電元年 最強営業マン立つ 勝負は洗濯機
昭和28年。日本人の暮らしを大きく変える製品が現れた。 日本初の噴流式洗濯機「SW53」である。頑固な汚れを7分で落とす性能。狭い日本の住宅に適したコンパクトなボディ。価格は従来の外国製洗濯機の半分。家電製品としては初めて、年間6万台を売り上げる大ヒット商品となり、家電時代の扉を開けた。 挑んだのは、三洋電機社長の井植歳男。井植は、14歳から義理の兄・松下幸之助が始めた松下電器を手伝い、大きく成長させた辣腕営業マンだった。しかし、終戦後、GHQの公職追放令で、松下を辞めた。人柄を慕う20人の部下と、自転車の発電ランプを手がける小さな会社「三洋電機」を作った。 井植には、一つの思いがあった。「家電の時代が必ず来る。その第一歩が洗濯機だ。」 当時、女性にとって洗濯は最も過酷な家事だった。道具はたらいと洗濯板だけ。一日数時間かかる過酷な手作業。5人家族で1年間に洗う洗濯物の重さは、象一頭分になった。電気洗濯機は、庶民には高嶺の花だった。 井植は琵琶湖の畔の古びた工場を買い取った。そこは、業績不振で閉鎖された元・松下金属の工場。後片づけをしていた若い技術者がいた。山下友一、27歳だった。山下たち6人の社員は、井植から電気洗濯機の開発を命じられた。 大手メーカー各社も開発にしのぎを削る中、井植は言った。「ライバルは同業他社ではない。お客の心である。」メンバーは、高性能で安価、電力事情の悪い日本の家庭でも使える洗濯機の開発をめざす。新婚の山下は、洗濯で荒れた妻の手を見て奮起した。 しかし、やっと作り上げた洗濯機は売れなかった。世間は「女性の家事に機械はいらない」とあざ笑った。「男性中心」の社会の意識が壁になっていた。その時、「伝説の営業マン」井植が、あの手この手の営業作戦に打って出た。 「お客の心」にこだわり、日本の家電時代を切り開いた男達の熱きドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 技術者魂よ、永遠なれ 桜ロード 巨木輸送作戦
昭和35年、奥飛騨山中で敢行された大木の移植工事に世界中の植物学者の注目が集まった。大木はエドヒガン。繊細で幹が傷ついただけで枯れてしまう老桜。その移植は世界でも例がなかった。「絶対不可能」と囁かれた世紀の工事をやり遂げたのはダムに沈む村を思う男たちの執念だった。 合掌造りで名高い白川郷の近隣、岐阜県荘川村に、かつてその桜はあった。樹齢400年、高さ20メートルの大木。春は村人総出の花見。子供たちは桜吹雪の中で 入学式を迎えた。しかし、42年前、衝撃的な知らせが飛び込んできた。ダムの建設が決定。村は水底に沈むことになったのである。村人たちは桜の木にすがって泣いた。しかし一人あきらめられない男がいた。 高碕達之助。ダムの開発責任者。かつて満州で事業を立ち上げた高碕は敗戦で従業員の故郷を喪失させたと14年にわたり苦しみ続けていた。高碕は桜を見上げる村人を見て思った。「桜を別の場所に移して故郷を残したい」しかし専門家は冷ややかだった。「桜切る馬鹿。梅切らぬ馬鹿」桜の老木は少しでも 根や枝を傷つけただけで枯れる。移植に耐えられるはずがない、というのである。 その時、意外な助っ人が現れた。豊橋の植木職人・丹羽政光(にわまさみつ)。丹羽は弟子の植木職人たちと前代未聞の「桜移植プロジェクト」を立ち上げる。ダムに水をため始めた昭和35年11月15日、世紀の移植工事が始まった。移植先は600メートル離れた国道沿い。運搬はダム工事で使われていた最新鋭のブルドーザー。植木職人、ダム従業員総出の作業が続いた。 日本人にとって特別な花「桜」の移植工事を成し遂げた人々の奇跡の物語を描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 技術者魂よ、永遠なれ 幸せの鳥トキ 執念の誕生
トキ。学名ニッポニアニッポン。かつてアジアの空で、数百万羽が薄紅色の美しい羽をはばたかせていた。「トキを見ると幸運が訪れる」アジアの人々にとってトキはかけがえのない鳥だった。 しかし20世紀に入り、環境が激変。戦後、佐渡と、能登半島に僅かに残るのみとなった。 「幸せを運ぶ鳥を守ろう」佐渡の高校教師、佐藤春雄と、トキ保護センターの若き技師、近辻宏帰たちが立ち上がった。生態をくまなく調査。保護運動を広げていった。 しかし昭和56年、トキは6羽まで激減。環境庁は人工繁殖にかけようと一斉捕獲を実施。日本の空からトキが消えた。 その直後、驚くべきニュースが飛び込んだ。中国ではとうに絶滅していると思われていたトキが山奥で見つかった。佐藤は、長年研究を続けてきた資料を全て中国に渡した。 一方、トキ保護センターにいた6羽のトキは次々に死に、老いていった。 平成7年、ついに最後の雄ミドリが死亡した。 残るは雌のキン1羽。 責任者の近辻は絶望した。その時、思わぬ援軍が現れた。 アジアの鳥を蘇らせようと、半世紀にわたり執念を燃やし続けた、国境を越えたドラマ。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 技術者魂よ、永遠なれ 東京ドーム 奇跡のエアー作戦
昭和63年3月。日本初の屋根付き球場・東京ドームが誕生した。雨天中止がなくなったプロ野球、夢の球場に日本中が驚いた。可能にしたのは、テフロンで強化した布製の膜材を屋根に使う「膜構造建築」技術。その陰には、テント一筋に生きてきた技術者達の意地をかけた壮絶な物語があった。 昭和45年の大阪万博で、最も注目を集めた建物があった。世界初のエアドーム「アメリカ館」だった。柱を使わず、空気圧だけで膜屋根を支える。工期が短く、コストも安い。手がけたのは、戦後ミシン一台で出発したテント会社・太陽工業の技術者たちだった。しかし、万博終了後「アメリカ館」は、あえなく燃やされた。当時の建築基準法では、膜屋根は「仮設」扱い。恒久建築物には使えなかった。「所詮、俺たちはテント屋か。」技術者たちは辛酸をなめた。 それから10年。「テント屋」達に再びチャンスが巡ってきた。プロ野球の檜舞台・後楽園球場に代わる、屋根付き球場建設計画が持ち上がったのである。オイルショックによる不況、スター選手の引退。新球場は、低迷する興行成績の挽回策だった。 全体施工を担当する竹中工務店と、太陽工業とのプロジェクトが出来た。法律の壁を突破するため、実験棟を建て、台風の中、安全性を証明するデータを採った。建設省に日参し、やっと建築許可を得たものの、今度は近隣の日照権問題が発生。やむなく屋根を北側に傾斜させる前代未聞の設計となった。一枚一枚異なる布の強度。膜を支えるケーブルの微妙な張り具合。傾斜屋根は、さらに作業を複雑で困難なものにした。 そして迎えた「インフレート(空気圧で屋根を押し上げる最後の作業)」の日。一つ間違えばケーブルが大きく跳ね、膜を破ってしまう。メンバーは、厚さ0.8ミリの膜屋根の上に乗り、命がけで作業に当たった。 今や、全天候型スポーツ施設として、日本中に普及した膜構造建築。そのさきがけとなった東京ドーム誕生に賭けた人々の熱いドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 黒四ダム 1千万人の激闘
昭和33年、黒部の絶境に2億トンの水をせき止め、高さ186mのダム本体工事が始まった。当時関西の電力需要はひっ迫、工期の遅れは許されなかった。工事責任者は、間組の大マムシこと中村精。作業員は全国から集められた若者2000人。工期短縮のため、作業の遅れは許されない緊迫した現場だった。しかし、過酷な自然は襲いかかる。伊勢湾台風の直撃、大雪崩。それでも、電力を生み出すため作業員たちはあきらめなかった。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 撃墜予告 テヘラン発 最終フライトに急げ
中東イランの首都テヘラン。19年前、空港へと必死に急ぐ日本人たちがいた。激化したイラン・イラク戦争。空爆の中、日本人たちに突きつけられたのは、搭乗拒否。そのとき立ち上がったのは還暦間近の外交官。そして、思いがけない国のパイロットが命がけの飛行を買って出た。 -
プロジェクトX 挑戦者たち さぬきうどん 至高のうまさとは
ふくいくたる小麦の香りともちもちした歯ごたえ。なめらかなのどごしのさぬきうどんはうどん生産量日本一の香川が全国に誇る、ふるさとの味である。だが昭和38年、天候不順で地元の小麦は壊滅。やがてオーストラリアの、色が白く製麺しやすい小麦にとって代わられる。しかしその小麦は香りに物足りなさがあった。地元農家、農業試験場の職員、うどん職人たちがふるさとの味復活を賭け、独自の小麦の開発に挑んだドラマを描く。 -
プロジェクトX 挑戦者たち 執念の逆転劇 ガンを探し出せ 完全国産・胃カメラ開発
人間の体内をのぞき、ガンを早期発見したい…。医学界、積年の夢を世界に先がけて実現したのは、30代の若き日本人医師と技術者によるタッグ・チームだった。 昭和24年、東京大学附属病院の副手だった宇治達郎氏(30歳)は、死因の上位 を占める胃ガンを早期発見するため、わずか直径12ミリのカメラの開発をオリンパス光学に持ちかけた。欧米でも不可能と思われていた超小型カメラの開発――宇治医師と技術者は、常識を超えた発想で難問に挑んでいった。 レンズは顕微鏡磨きの名人に依頼、フィルムは市販の35ミリを6ミリ幅に切って利用。そして、何よりも一番難しかったのは、5ミリの電球だった。職人が何度も改良を繰り返し、ようやく完成した。 敗戦間もない日本で、斬新な発想と、何にでも挑戦しようとする町工場との連携を武器に、世界が称賛する「胃カメラ」を完成させた男たちの熱気を伝える。
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