あらすじ
母子の壮絶なる「轍」の物語、完結。
転落事故の影響で生きる気力を失ったママを、自宅に連れ帰った静一。ママはもはや静一が誰かを認識できず、日に日に衰弱していく。そんな”解(ほど)けていく”ママを、静一はじっくり観察する。毎日、毎日。
やがて夢の中で始まったのは、静一とママの「最期の会話」。
今、彼女と僕の世界は消失し、物語は終焉する。
若く美しい母・静子から溺愛されている中学2年生の静一。
クラスの女子・吹石に淡い思いを寄せたり、従兄弟のしげると遊んだり
ごく普通の中学生として暮らしていた彼の日常は
夏休み中に両親としげる一家との登山中に起きた事故から明確に壊れ始めます。
事故当時に母が取った行動が信じられず、彼女の一挙手一投足に過敏になる静一。
静一の心境を知ってか知らずか、吹石と静一の関係の進展を露骨に阻み、抑圧する静子。
抑え込んでいた苦しみと狂気を解き放ち始めた母と、静一はどう闘っていくのでしょうか?
事故の真相が明らかになるかどうか、というサスペンス要素もあり、
とにかく緊張感がすさまじい一作です。
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Posted by ブクログ
表現がリアル
歪んだ愛情ではあったが確かに愛されていた
最後主人公が自分の人生を穏やかに過ごせていたのがせめてもの救いだった
しげるが夜中に来たのはホラーだったし行動も意味不明だったのはなぜなんだろう
突き落として捕まる描写で必要だったのかもしれないが行動は理解できなかった
Posted by ブクログ
作者の心の傷を抉り出して描かれた作品でした。
読む方の気持ちも抉られるので読むのに覚悟が要ります。
エンタメとしては楽しめないけど、読者に何らかの爪痕を残すアートな作品だったと思います。
Posted by ブクログ
凄まじい親子の情!旅の終わり!
母親を婉曲的に殺す事によって、主人公の呪いは解除された。が、全ての感情も同時に失われたかの様でもある。最終話の静一、老人に見えて実はまだ40代くらいなんじゃないだろうか?と邪推してしまうなー。
これを描かずにはいられなかった。とゆう押見修造センセの執念。後半にかけて筆致にも想いが載りまくってて凄まじい。全巻イッキに読んでしまった。
匿名
変な感想かもしれませんが、読んでる最中は作品全体に作者らしいな、という思いがいつもありました。あとがきを読むと、いろいろな憶測をしてしまいますが、私個人としては、自身の中にいる「愛されたかった何者か」によく似た人はこの世にたくさんいるんだろうな、そういう物語なんだろうな、と。勝手な思いを重ねつつ読みました。
親に愛情を求める気持ち、諦める気持ち、恨む気持ち、いっそ死んでくれという悲しみ、苦しみ。そういうものを持つ子ども。
事件が起こったり、追い込まれて病気になったり。そういうものが物語にはありますが、表面化していないだけで、世の中のみんなが意外に持ってるもんだと思います。
2023年4月。こども家庭庁ができました。
子育てを楽しく幸せなものだと感じられる社会を目指しているそうです。そうなると良いなと思います。本当に。
Posted by ブクログ
終わり。
毎巻読み終えるたびに息が細くなっていたので、深呼吸をしなければならなかった。
このような作品を世に存在させてくれた押見先生に感謝です。
Posted by ブクログ
ーー人はなぜ、子を欲するのだろうか。
これは私自身、常々答を探っている問いでもある。
そして現時点での答も、一応持ってはいる。
それは、「自らの内から生まれる命と会ってみたい」。
エゴ以外の何物でもない、何とも自分勝手な欲望だ。
そして、自分のために子を欲する、という点で、
これは静子と共通している。
だから私は、この作品を読んで、他人事でなく恐怖した。
「私も静子と同じようになるのではないか?」と。
自分が救われる為に、静一を欲した静子。
自分が受け取れなかった愛を静一に注ぐことで、
自分の穴を埋めようとした静子。
けれど、それでは埋めることができなかった。
なぜ?
自らの救いを、幸せを、
他人に託すこと自体が間違ってるのではないか。
きっと彼女は、他人から注がれる愛によって、
自らを満たそうとした。
自分で自分を満たすことは、彼女には出来なかった。
だから静一にとっての幸せも、
他人からの愛(特に両親からの愛)で満たされることだと考えていた。
静一を捨てて、ほんとうの自分の人生が始まると、
顔を輝かせていた静子。
けれどやはり、彼女はきっと、ひとりでは生きてゆけなかった。
一方で静一は、自分で自分を満たすこと(それは主に読書によって)が徐々に出来るようになったのだと思う。
これは、ほんとうの意味で生きるよろこびか?
人はほんとうにひとりで生きていくことが出来るだろうか?
人との繋がりが、社会との繋がりが、ない状態で生きることは出来るだろうか?
他人のために生きることをほんとうの意味とした時に、人ははじめて真に生きるよろこびを感じることが出来るのではないか?
これらの問いもまた、この作品に関係なく、
私が自分自身に常に問うていることである。
彼女を救うことは、誰にも出来なかったのだろうか。