桑原洋子のレビュー一覧
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ネタバレ自然、歴史、人生、時の流れ、スピリチュアリティ…そういうものを感じる壮大な物語だった。
ヴィクトリアの選択、人生がどうなっていくのか、とても興味深く、先行きが見えないハラハラする展開に手に汗握り、応援し、最後まで自分ごとのように感じながら読んだ。
ウィルとの思いがけない出会いは、ヴィクトリアにとって人生のギフトだったと私は思う。
様々な試練を、自分だけがわかる感覚や学び、培ってきた知恵により選択し、次への一歩を踏み出し、信じて奮闘してきたヴィクトリア。彼女が人として成熟していくのを感じた。
人は亡くなっても、大切に思う人にはその人の生きた証や言葉が残っていくのだなと、あらためて目に見えないものの力、人生の不思議さを感じた。
また、太古からの雄大な自然の素晴らしさ、いろんな歴史や人との繋がりのうえで私たちが今生きているということにも感謝せずにはいられなかった。
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Posted by ブクログ
1940年代のアメリカ、コロラド州が舞台。
美しい森の木漏れ日、川の流れ、鳥の鳴き声、
地域で評判の桃の香りが、読みながら堪能できた。
母を事故で亡くし、家事を一身にこなす、17歳のビクトリアが、流れ者のウィルと出会い、恋に落ちる。
でも、インディアンである彼は、周囲から差別の中で隠れて会うことしかできない。
悲恋物語、と思いきや、
妊娠して、家族に隠れて山の中で出産するシーンは、ものすごい。
息をしていない産まれた子を蘇生させる場面は感動的。
食べ物がつき、どうしようもなくなった時、その決断はその後の人生の流れを変えた。
ウィルの「川がながれるように」の言葉が常に道標。
母親の死や、粗暴な弟など、家族の様々な困難を乗り越え、少女から母へ、そして、たくましく生きる女性へと成長する姿に、ただただ感動。
映像化されたら、絶対ヒット間違いなし。
ラストシーンは、泣きながらいつまでも余韻を残しそう。
そして、桃がキーポイント。 -
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作品紹介・あらすじ
母を突然亡くした幼い兄弟と、その父親。喪失の重みが沁みこみ始めたロンドンのフラットに、奇妙な喋るカラスがやってきてこう言う――おまえがおれをいらなくなるまでここにいる。ハン・ガンが「いびつなほどのぬくもりと美しさを秘めた本」と絶賛した傑作
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短い章が積み重なって構成された小説になっている。1章が2~3頁、長くても8頁前後、中には1章に数行しか記述されていない章もある。各章は、妻、あるいは母親を亡くした3人の男(父、兄、弟)、そしてそこに突然現れた一羽のカラス。この四者によるモノローグで構成されている。
起承転結のはっきりしたストーリーがあるわけでもなく、章によっては詩のようなイメージ。なにをどう伝えたいのか、その方向性はあまりはっきりとは見えてこないように思える。それなのに悲しみや喪失感、それぞれに対する愛情などがひしひしと伝わってくる。最後のシーンなどは本当に美しく、胸にジーンとくる。
テッド・ヒューズという実在したイングランドの詩人、そして彼の詩がひとつの大きな柱になっているので、彼についてや彼の詩作を知っていれば、もっと理解が深まったかもしれない。
それと、できれば英語の原文も読んでみたいと思った。というのも、翻訳された本書には、漢字を使う箇所と、あえて平仮名に開く箇所がいくつかある。例えばラストのシーンでは「愛してる愛してる愛してる」と「あいしてるあいしてるあいしてる」という表現が隣り合って現れる。また、平仮名と片仮名を意図的に使い分けている箇所もある。これらは日本語特有の手法であって、読者に強い効果をもたらしているように思う。そんな手法が原文である英語のどのあたりを対象としているのかが興味深い。
ともあれ、ちょっと実験的な作品のようにも思えるけれど、かなり感動的な読書体験だった。 -
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短めの長編なのに、ずっしりとした読み応えの作品だった。あらすじを書くと、小説家の主人公の女性が、病に伏し余命幾ばくもない若かりし日の友人に呼び出され、自分は薬で安楽死をするつもりなので最後の日々に隣の部屋にいてほしいと頼まれるというもの。
だが、長くない作品なのに最初の100ページ以上はストーリーが動かない。主人公のとりとめもない思考、回想が脈絡もなく続く。友人が娘と折り合いが悪いこと、ある美しい女性にとっては年を取ることがとても残酷な状況をもたらすこと、良かれと思って認知症気味の隣人の女性との交流を買って出るもののやがてやめたいと後悔したこと、などなど。多くは女性が人生において経験する感覚や感情についてが多い。その細かな観察眼に舌を巻く。決して心地のよい追体験ではない100ページが続く。
そして後半はいよいよ友人との逃避行のような旅先での2人暮らしだ。そのなかで主人公は、友人の死を隣の部屋で見届ける恐怖心に襲われながら、友人のために穏やかな日々を過ごす。そこに、小説の前半の回想が重なる。What Are You Going Through(あなたはどんな思いをしているの?)が原題なのだが、そのとおり、人生において、友情において、外面からは推し量れない内面においてどんな気持ちを抱いてきたかにフォーカスが当たった不思議な小説だ。
友人は死を恐れている。おそらく。しかし、癌より先に自分で自分の始末をつけたいとも思う。治療も緩和ケアももうしないと決断した。読書が好きだったがだんだん読めなくなる。音楽が好きだったが、だんだんと何の癒しにもならなくなり、鳥のさえずりだけでよいと思うようになる。友人には少しずつ終末に向けた変化が訪れ、主人公の恐怖も静かに高まる。
映画にもなっているそうだ。気が付かなかった。観てみたい。この内面豊かな友情の旅は、視覚メディアではどう描かれるのだろう? -
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飛行機墜落事故で唯一生き残ったエドワードが、事故と向き合い大人へと成長していく物語。
一見有り得ないような設定でご都合主義だと思う人もいるが、実際に起こった墜落事故で一人だけ生き残った少年のニュースを見て感化されて作家さんは書いている。
取材の元、機内での実際のやり取りも使用していて、事故に関わる全ての人に敬意を持って書かれていることを理解して読むと深みが変わるかと思います。
遺族からのたくさんのエドワードへの手紙は正直身勝手だと感じる。
小さな少年に死んだ者への代わりになって欲しいなんて本当に遺族が思うのだろうかと驚きはした。
しかしここでのテーマは傷ついたエドワードの心の再生であり、新しいエドワードの成長だと思う。
エドワードが作中に自分は残された側の人間であり、残された側の人にしかわからない感情があると感じる。
そして身内が事故で死んでしまって手紙をよこす人々を同じ残された側だと思い、救いを求める気持ちに寄り添うことで自分が救われる側にもなっていく。
悪くいうと傷の舐め合いにもなるが、エドワードが自身を心配して気遣い、手紙の存在を内緒にしていた叔父に言うセリフに心をうたれる。
そしてずっと側にいてくれるシェイがとにかく素敵な女性であり、シェイがエドワードに最後に愛を語る場面はこの本の一番書きたかったところだと思う。
辛いときや悲しいとき人はあれこれ考えすぎてしまうことがある。ふさぎこんで前に進めなくなったときシンプルに考えることも大切だと。
今があるのはラッキーだったと。
そう割り切ることも必要じゃないかと思える作品です。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ原題『What Are You Going Through』。
邦題も英語という中々ないタイプの訳出。
と思ったら、映画化されたときのタイトルを取っているのね。
今、この時に何を想い、どう未来と向き合おうとするのか。
旅立たんとする者とかたわらで寄り添う者、各々を象徴するかのようなタイトルの意味にそこここで思いが向く。
癌を患い闘病中の友人を見舞う語り手。
たまたま訪れた地の民泊で紹介されていた元恋人の講演会をきっかけに、にぶい胸の痛みを伴う思索ばかりが紙面を通じて読者に伝えられる。
気付かぬふりをしながら分かりきった崩壊に向かってじり進む世界、人生の終焉に対する岐路を迎えてもなお距離が埋まらない母子関係、恵まれた容姿で疎ましいほどの色目を向けられていたことが遠い過去へ過ぎ去ってしまった今の自分に対する忸怩たる思い。
分断と傷つけ合い。かっこつけの隣人愛。
そんな厭世感巡る中で、友人からのこれまた深刻な頼みに応えるため、語り手と友人は一つ屋根の下の生活を始める。
そこはかとないユーモアを交えつつ語られていくのでからっとはしている。
ただ、やはりまともに向き合えばその示唆するものはお先真っ暗でどこかげんなりすることばかり。
だからこそ、ストーリーを追う頭とは別のポイントで、今自分は何を大事にし、何をすべきなのかを意識してしまう、そんな感覚にどっぷりと浸からせられる作品だった。 -
Posted by ブクログ
間もなく死を迎える友人と共に暮らす私… 逃げ出せない絶望の核心を描く #ザ・ルーム・ネクスト・ドア
■あらすじ
作家である私は、若い頃にルームメイトだったこともある友人に相談された。友人は重い病気を患っており、間もなく死を迎えるらしい。そして彼女は心の準備ができたら薬を飲んで死ぬため、それまでの間は近くにいてほしいとのことだった… 悩みながらも承諾した私は、友人と暮らしながら死について見つめ直すのだった。
■きっと読みたくなるレビュー
人生や死生観を見つめ直す物語。起承転結のあるエンタメ小説ではありますが、老いや死をはじめ、生き方、美意識、人間関係、子孫を残すことなど人生について深く突き詰めていく、もはや哲学です。
ストーリーの前半は、間もなく死んでしまう友人との向き合いつつも、生と死に関する様々な小説や映画などのエピソードが語られる。主人公の私目線での生きることの解釈が描かれていきます。
大学教授である元恋人との会話がさらに心を重くさせるんです。ファクトのみを人生の基準として考えているネガティブな価値観がきつすぎて溺れそうになる。安楽死についての議論も正論だけでは何も解決しないという事実に、ただただ虚しい。
友人の家族である夫や娘に関するエピソードも、リアリティがありますね。人生って、ほんとひとつの失敗から全ての歯車が狂ってしまう。友人の気持ちも、娘の気持ちも、至極当然のストレートで想いを秘めてて胸が痛いし、深いあきらめが悲しすぎました。
死を目の前にしても、不治の病という言葉すら聞きたくない。チャンスがあり希望があると信じ続けなければならない。絶望の中にも努力を強いられるってのは、もはや地獄でしかない。
そして一番の読みどころ。友人が湯舟に入りたいと言った後の展開ですよ、これが胸が張り裂けそうでした… 最もつらいことから逃げることができない現実が突きつけられる。死に向き合うとはどういうことなのか、絶望の核心を描いているんです。
死がテーマなので重厚感のある作品です。しかし終章まで読み終わると、決して辛いお話ではないことがわかります。また映画化もされているようですので、機会があったら拝見したいです。
■私とこの物語の対話
死に直面すると、読書、音楽、映画なんてものは何の価値もなくなってくるという。これまでとは同じものに接している感じがせず、何もかもが無意味に感じるらしい。たしかに文化的なものは満ちた生命力や時間がある前提で力を与えてくれるものなのかもしれませんね。そして大好きな本をいつまでも読んでたいと思いました…
我々は老いや病のこと、そして必ず死ぬということをできるだけ考えないようにしています。生きてると楽しいことなんかより、むしろ辛いことばかりですよ。それなのに必死で一日一日を生きていくうち、着実に死に近づいているんですよね。
そう、だからこそ生きる上で一番重要なのは、大切な人の近くにいることなんです。いつも話を聞いてあげて、寂しいときは寄り添い、辛いときは支え合い、困ったことがあれば助け合う。人間は弱く、運命からは逃れられない… それでも、どんな困難にも向き合うんだ、やるだけはやらなければならない。
我々は天から命を授かったひとつの生物であり、別の生物のために少しでも辛いことを緩和させてあげることはもはや義務なのではないでしょうか。そう思うと、生きている価値があるような気がしてくるのです。 -
Posted by ブクログ
1948年、17歳の少女ヴィクトリアは、運命の相手ウィルと出会う。たちまち恋に落ちる2人だったが、家族も社会もそんな2人を許さなかった。ウィルは身を隠し、ヴィクトリアは嘘をついて逢瀬を重ねる。だが……。
ヴィクトリアの“喪失と再生”を、23年という長い時間で描いた作品だ。12歳で母親を亡くしたのを皮切りに、大切なものを次々と失っていくヴィクトリア。だが、ウィルが言った「川が流れるように」という言葉を胸に、絶望に打ちひしがれることなく強く生きていく。
最初はありがちなラブストーリーかと思ったが、もっと大きな“愛”を描いた作品だった。コロラドの美しい自然描写と共に、胸に沁みた。