あらすじ
若い頃の友人に再会した作家は、「最期の時間を一緒に過ごしてほしい」と頼まれる。友人は末期がんだった。そして、心の準備ができたら薬を飲んで死を選ぶという。思いがけぬ日々のなかで作家が見たものは──。全米図書賞受賞作家による感動作。ペドロ・アルモドバル監督映画原作。
...続きを読む感情タグBEST3
Posted by ブクログ
原題『What Are You Going Through』。
邦題も英語という中々ないタイプの訳出。
と思ったら、映画化されたときのタイトルを取っているのね。
今、この時に何を想い、どう未来と向き合おうとするのか。
旅立たんとする者とかたわらで寄り添う者、各々を象徴するかのようなタイトルの意味にそこここで思いが向く。
癌を患い闘病中の友人を見舞う語り手。
たまたま訪れた地の民泊で紹介されていた元恋人の講演会をきっかけに、にぶい胸の痛みを伴う思索ばかりが紙面を通じて読者に伝えられる。
気付かぬふりをしながら分かりきった崩壊に向かってじり進む世界、人生の終焉に対する岐路を迎えてもなお距離が埋まらない母子関係、恵まれた容姿で疎ましいほどの色目を向けられていたことが遠い過去へ過ぎ去ってしまった今の自分に対する忸怩たる思い。
分断と傷つけ合い。かっこつけの隣人愛。
そんな厭世感巡る中で、友人からのこれまた深刻な頼みに応えるため、語り手と友人は一つ屋根の下の生活を始める。
そこはかとないユーモアを交えつつ語られていくのでからっとはしている。
ただ、やはりまともに向き合えばその示唆するものはお先真っ暗でどこかげんなりすることばかり。
だからこそ、ストーリーを追う頭とは別のポイントで、今自分は何を大事にし、何をすべきなのかを意識してしまう、そんな感覚にどっぷりと浸からせられる作品だった。
Posted by ブクログ
アルモドバルの映画になってるそうで、原作物だけど大丈夫かな?と思ったのだけれど、杞憂であった。妙に迫ってくる。考させられ、余韻が残る。
そうだ、この人『友だち』の人なのね。あれも生と死や人間関係がちょっと不思議な感じだったなと思い出した。
Posted by ブクログ
中年女性作家のわたしは、重い病を患う友人を見舞う。友人の告白に戸惑うわたしの選択は…。
「死」を間近にした友人と過ごす時間のなかで、さまざまな人物の描写がある。
そのなかでも友人親子の関係は重たく感じた。
ほっとするのは宿泊先のホストの保護猫だろうか…
終わりに近づくほどに何気ない描写のほうが印象に残るのは何故だろう。
それほどまでに「死」を意識したくないということだろうか。
避けては通れない「死」、その不安に対して明確な答えはないけれど、どんな思いで迎えるのだろうかと考えてみることはできる。
Posted by ブクログ
間もなく死を迎える友人と共に暮らす私… 逃げ出せない絶望の核心を描く #ザ・ルーム・ネクスト・ドア
■あらすじ
作家である私は、若い頃にルームメイトだったこともある友人に相談された。友人は重い病気を患っており、間もなく死を迎えるらしい。そして彼女は心の準備ができたら薬を飲んで死ぬため、それまでの間は近くにいてほしいとのことだった… 悩みながらも承諾した私は、友人と暮らしながら死について見つめ直すのだった。
■きっと読みたくなるレビュー
人生や死生観を見つめ直す物語。起承転結のあるエンタメ小説ではありますが、老いや死をはじめ、生き方、美意識、人間関係、子孫を残すことなど人生について深く突き詰めていく、もはや哲学です。
ストーリーの前半は、間もなく死んでしまう友人との向き合いつつも、生と死に関する様々な小説や映画などのエピソードが語られる。主人公の私目線での生きることの解釈が描かれていきます。
大学教授である元恋人との会話がさらに心を重くさせるんです。ファクトのみを人生の基準として考えているネガティブな価値観がきつすぎて溺れそうになる。安楽死についての議論も正論だけでは何も解決しないという事実に、ただただ虚しい。
友人の家族である夫や娘に関するエピソードも、リアリティがありますね。人生って、ほんとひとつの失敗から全ての歯車が狂ってしまう。友人の気持ちも、娘の気持ちも、至極当然のストレートで想いを秘めてて胸が痛いし、深いあきらめが悲しすぎました。
死を目の前にしても、不治の病という言葉すら聞きたくない。チャンスがあり希望があると信じ続けなければならない。絶望の中にも努力を強いられるってのは、もはや地獄でしかない。
そして一番の読みどころ。友人が湯舟に入りたいと言った後の展開ですよ、これが胸が張り裂けそうでした… 最もつらいことから逃げることができない現実が突きつけられる。死に向き合うとはどういうことなのか、絶望の核心を描いているんです。
死がテーマなので重厚感のある作品です。しかし終章まで読み終わると、決して辛いお話ではないことがわかります。また映画化もされているようですので、機会があったら拝見したいです。
■私とこの物語の対話
死に直面すると、読書、音楽、映画なんてものは何の価値もなくなってくるという。これまでとは同じものに接している感じがせず、何もかもが無意味に感じるらしい。たしかに文化的なものは満ちた生命力や時間がある前提で力を与えてくれるものなのかもしれませんね。そして大好きな本をいつまでも読んでたいと思いました…
我々は老いや病のこと、そして必ず死ぬということをできるだけ考えないようにしています。生きてると楽しいことなんかより、むしろ辛いことばかりですよ。それなのに必死で一日一日を生きていくうち、着実に死に近づいているんですよね。
そう、だからこそ生きる上で一番重要なのは、大切な人の近くにいることなんです。いつも話を聞いてあげて、寂しいときは寄り添い、辛いときは支え合い、困ったことがあれば助け合う。人間は弱く、運命からは逃れられない… それでも、どんな困難にも向き合うんだ、やるだけはやらなければならない。
我々は天から命を授かったひとつの生物であり、別の生物のために少しでも辛いことを緩和させてあげることはもはや義務なのではないでしょうか。そう思うと、生きている価値があるような気がしてくるのです。
Posted by ブクログ
癌に冒された友人に、死ぬ時は自分で決めたい、自分が逝く時に同じ屋根の下にいて欲しいと頼まれた話者のモノローグで綴られた物語。
質疑応答の時間を設けず淡々と絶望的な地球の未来について講演する話者の元恋人や、話者が思い出す現実やフィクション作品の中の人々を通じ、生きづらく、恐怖に満ち、絶望的な未来しかない「生」というものが描かれる一方、それでも別れづらいその「生」、生きようとする力や最後まで自分が他の誰でもない自分として生きた実感を持っていたいという願いも描かかれ、そこに是非の評価をつけない話者の文章のトーンによって、読者も各々の死生観を振り返ることとなる。
死にゆく愛する者を見つめること、死にゆく愛する星を見つめること。すでに手遅れで何もできない、自分はその死に関与していないと主張すればよい、それでもなお、「私はそこにいて死に立ち会った」と無力なまま証言することも愛の一つとも感じた。
Posted by ブクログ
先に映画を観てしまっていたので、アルモドバルの脚色すさまじいな、と改めて感じた。
原作ではイングリッドの自意識や感情が打ち寄せてくるが、映画は二人の関係性がとても複雑な味わいで、透徹した世界観や深みを感じさせる傑作。
Posted by ブクログ
人の死という重いテーマの作品だけど、ユーモアもあり暗闇に沈むような感じはない。原題What Are You Going Throughは、フランスの哲学者ヴェイユの言葉から引用しているらしい。だから、作品が哲学的?映画版を観てみたい。