阿満利麿のレビュー一覧

  • 法然を読む 「選択本願念仏集」講義

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     結論から言うと、浄土宗のみならず真宗の方も読んでほしい。法然上人がお念仏一つといわれたことの勢いと強さを『選択本願念仏集』から読むというか感じる本。
     本の言葉そのままではないが、自分の言葉で書く。
     法然上人は、大悲(衆生を救うという仏の慈悲)は必ずあるはずだ、それは今自分にも届いているはずだ、どうしても三学による仏法を求め続けられない自分にも届くはずなんだと「信じて」多くのお経を読んでいかれる。そして「彼の佛願に順ずるが故に」にたどり着かれる。
     自分は、「信じる」話が好きではない。科学的ではないからだ。それはどうしても、その人が勝手に信じているだけではないかと思うのだ。それは自分が冷た

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    2021年12月19日
  • 選択本願念仏集 法然の教え

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    日々、なかなかと得心いかず、法然とか読んでる
    選択本願念仏集

    末世の現代、教えは残っても修行は失われ、悟りはない

    しかし、その名を唱える全てを浄土に迎えるとの阿弥陀如来の本願を頼み、念仏しなさい

    南無阿弥陀仏

    現世そのものが悟り、だから今のままでいい、ライフイズビューティフル!っていう本覚思想による堕落のなか、念仏という最も簡単で、本願にかなった実践を、ちゃんと浄土思想の経典のなかから発見した、異端の男ホーネン!!

    しかし、来世の浄土を約束する念仏は、現世利益を追求する近世以降、失われる

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    2018年11月24日
  • 選択本願念仏集 法然の教え

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    法然が、浄土三部経と中国僧・善導にひたすら依拠して、専修念仏の正当性をくりかえし説いている。それだけに現代語訳最末尾の訳注[訳者ノート]にある、「中国では、念仏は禅と兼用されるのが普通であり、善導のごとき、念仏一行を選択するということは大方の賛同を得ることができなかったようである。朝鮮においても事情は同じである。」というコメントが痛烈だ。しかしそれでも法然が専修念仏にこだわった事情は、巻末の訳者解説にわかりやすく述べられており納得がいく。本書は、全体に簡にして要を得たつくりの良書といえる。

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    2017年01月26日
  • 法然を読む 「選択本願念仏集」講義

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    少し難解であるが、法然の思想を遍く述べられている。日本の浄土教の根本の理解また浄土宗の理解を助けてくれる。

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    2012年03月04日
  • 選択本願念仏集 法然の教え

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    聖人、法然上人の書いた本。お坊さん向けに書いた本じゃなく、九条兼実の要請で書いた本らしい。あと何十年か人生があるとして、のんびり古典を読んでいくのは楽しそうだと思う。

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    2011年10月30日
  • 『歎異抄』入門 無宗教からひもとく

    ネタバレ 購入済み

    『歎異抄』は難しい…と思う人に

    2024年10月読了。

    『原始仏教』『大乗仏教』と読んできて、ふと『歎異抄』の事が頭を過った。たまたま自分の
    母方が浄土真宗なのだが、浄土真宗は…と云うか、『歎異抄』と云う読み物が何やら≪ヌルヌルして掴み辛い鰻≫の様で、若い頃から何度も解説書を読むのだが一向に『腹落ち』してくれないのだ。
    こんな事を言うと信者の方からお叱りを受けそうだが、「ただひたすら『南無阿弥陀仏』と称えなさい」と言われても、それで『日々の暮らしの不安が明るくなる訳でも無し』、何と言うか≪やったぞ!!!≫感が起こらないのが、何とも腑に落ちなくて、さりとて坐禅やらお遍路三昧する様な気力も無く、我ながら「酷い凡夫だ…」と思いな

    #共感する #タメになる #癒やされる

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    2024年10月11日
  • 『歎異抄』入門 無宗教からひもとく

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    うちは浄土真宗。歎異抄はまだ読んだことはないけど。
    南無阿弥陀仏と称えはするけれどそれがどういうことなのかは、今一つピンときておらず。この本を読んでわかったのは、念仏とは「必ず救う。浄土に救う。だから安心して今しかない生を生きろ」という阿弥陀様からのメッセージだったのだなと。星4つなのは時々難しいなと思うところがあったからだけど、書物としては読むに値する本です。
    南無阿弥陀仏。

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    2023年08月20日
  • 『歎異抄』入門 無宗教からひもとく

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    歎異抄は築地本願寺で知った仏教であるが、この本のサブタイトルのように私も無宗教であるが故これからが始まりであると考えるています。

    法然の弟子である親鸞が教えた「南無阿弥陀」のについてそれが歎異抄のようだ。
    親鸞の教えを、間違った解釈をしたりアップデートする人たちが出るので、唯円が歎異抄として記した。
    異なることを歎くと言うものだと知りました。

    一人も漏らさないと言うものがあるようで、それは大変心強いものであり救いを頂きました。
    もっと歎異抄を勉強したいと思います。

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    2023年07月30日
  • 『歎異抄』入門 無宗教からひもとく

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    分かりやすく歎異抄を解説してくれている。

    人生を100年として、死んだら無になるという考え方ではあまりに寂しいとは同感だ。

    世の中では科学的根拠のない宗教とか輪廻転生、前世などはオカルトとして信憑性にかけるものとされているけれども、自分でもコントロール出来ない自我はどこから来ているのかもまた説明が出来ない。なぜ、人は苦しくなるほどの恋愛をするのか、自分を否定した人間にたいして心の底から沸々と沸き起こる怒りはどこから来るのか。このような宿業とは遺伝子の記憶か。説明出来ないことだらけなのに死んだら無になるのだから100年のうちになにか意味を見いださなければならないとあせるのもナンセンスだな、と

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    2023年04月12日