小島毅のレビュー一覧

  • 中国の歴史7 中国思想と宗教の奔流 宋朝

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    宋といえば私の中で平清盛の日宋貿易のイメージしかなかったのですがこの本を読んで驚きました。隋や唐と比べて印象が薄い宋ではありますが、中国文化が圧倒的に洗練されたものになったのはこの時代だったのでした。

    本書ではそんな唐の歴史とともにその文化面も詳しく見ていくことができます。写真も豊富ですのでその見事な陶磁器の姿も見ることができます。視覚的にイメージできるのでこれはありがたいです。

    そして私が最も驚いたのは印刷術の発明によってもたらされた革命的な変化です。「本を読む」という行為が決定的に変容したその瞬間が非常に興味深かったです。

    宋時代に印刷術が発達し、知識の意義が大きく変わりました。その変化に仏教も儒教も道教も大きな影響を受けています。その点についてもこの本では見ていくことができます。これは刺激的な読書になりました。

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    2024年12月19日
  • 朱子学と陽明学

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    放送大学の講義がベースになっているだけあって、短いけれど読み応えがある。ある程度儒教の予備知識があって、だけれども朱子学と陽明学の本質的な違いがあやふやな初学者にとっては非常に有用である。
    これを読むと原儒と宋学以降の儒教は別物であり、それらの差に比べれば朱子学と陽明学は親戚のようなものであることがわかる。朱子学も陽明学も治国、平天下が関心事で、その目的に至るアプローチに若干の違いがある感じ。一方で原儒は宗教だ。朱子学は静坐格物で読書と沈思、陽明学は致良知で善の実践という違いがあるが、本質的には政治哲学の一部。仏教や道教との違いも詳しく解説されている。
    これで頭の中がスッキリした。

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    2024年02月24日
  • 子どもたちに語る 日中二千年史

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    偉大な“兄”中国と、“従弟”の日本。二つの国の成長譚が分かる本。
    日本が中国に対して抱いてしまう、海を隔てているが故の理想と、拳を交えたことで知った弱さ。それは、日本人の、中国人に対する偏見=己との違いでもある。
    その指摘には、この本が、子ども達に語るべき二千年史であるという、著者の誇りを感じた。

    また、ことばに興味のある私としては、20世紀初頭までは東アジアの国際共通語であった中国語が、なぜ今はその地位を失っているかという疑問が湧いた。
    権威主義に端を発する情報統制により、中国語の話者を統べることは、もしかしたら中国語を現代に生き永らえさせるための“必要悪”なのかもしれない。

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    2021年01月16日
  • 朱子学と陽明学

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    入門書としてわかりやすい。もっと読み返して、自分のものとしたい。

    日本に与えた影響。
    また、中国でどのように受容されきたのかもわかる。

    本書は、少し前に放送大学ように書かれたものであり、さらに研究がすすんでいると思われる。
    筆者のあらたな知見をもりこんだ書の刊行を望む。

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    2017年06月18日
  • 足利義満 消された日本国王

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    歴史をテーマにした新書には、ときどきものすごい本(下手な表現だけど、変わる言葉が見あたらない。)がある。
    本書でもたびたび引用されているけれど、「室町の王権」(今谷明 著)はそれの代表事例。歴史教科書で出ては来るけれど、「独裁体制を打ち立てるため守護大名をいくつか潰したり、南北朝統一を達成し、室町幕府の最盛期を築いた将軍。しかし、後継者の時代に独裁体制は崩壊。」程度でしか知られていない人物に新たな光を当てて、日本史上空前絶後の大物であったことをあぶり出した作品。
    もう一つ上げると、「儒教 ルサンチマンの宗教」(浅野祐一 著)も好事例。「聖人孔子」という、既成概念を根本から否定し、虚構の世界の誇大妄想の「王者」が現実世界の王者として位置づけられるに至った話を衝撃的に記述している。
    前者の内容は、井沢元彦氏の著作の影響もあって既に世の中の常識になりつつあるようにも思うが、後者の方はまだ広まっていないように思う。「常識」の世界ではいまだに「聖人孔子」ではありませんか。

    さて、そのような「ものすごい本」にまた一冊新しい本が加わった。それがこのたび出版された「足利義満 消された日本国王」である。
    内容は、「室町の王権」をさらに発展させたものと言ってしまえばそれまでなのだけれど、東アジア全体を視野に入れた、よりスケールのでかい義満論。

    日本は「万世一系」かどうかはともかくとして「天皇」が一貫して存在していたこと(「天皇」号の歴史性など厳密な話は取り敢えず捨象。)から、「国体」は不変であったかのように思われがちだけれど、少なくとも国王(冊封体制下での意味ではなく、普通名詞の意味での。)の地位は時代によって変遷している。義満の時代の「日本国王」はもちろん義満で、後小松帝は義満に実質的にも形式的にも従属する存在でしかなかった。
    今谷「室町の王権」はそこから天皇家簒奪計画を導くのだけれど、本書は違う。既に帝(天皇)を遙かに超えた実力と権威を身につけている義満が、今さら、天皇家簒奪などするものかという視点。これは目から鱗が取れる見方。
    本書の特徴は、何といっても、日本列島という狭い観点にとらわれた政治史ではなく、元から明へ、高麗から朝鮮(李朝)へという、東アジア全体の大きな政治変動の文脈で義満の「日本国王計画」(この「国王」は普通名詞ではなく、冊封体制下での歴史的概念。)を描いている点。新しい視野に立ったスケールの大きいとらえ方で、非常に面白い。

    本書の分析が歴史専門の立場から見てどの程度妥当なのかはわからないけれど、極めて論争的・問題提起的な姿勢は高く評価したい。特に、皇国史観や聖徳太子を称える考えを「夜郎自大」と切り捨てるところは圧巻。

    内容とは別に、各所で話が大いに脱線していくところは、学者の記述らしくないけれど、「読みやすさ」という点に大いに工夫していることがうかがえる。人によっては気に入らないだろうけれど。

    本書の魅力は東アジア全体の政治情勢と関連づけた記述にあるが、中国歴代王朝の禅譲と放伐の話も、わかりやすく大変勉強になる。
    中国史の概説書を読んでもこの辺りの説明はあまり丁寧にされていないと思うが、できればそのような説明をきちんとした本を書いて欲しいものだが。

    ところで、公家社会における「形式主義」に関連して、面白い分析あり。手続きを重視している点で現代の民主主義と同じではないかということ。ここも非常に新鮮な見方。

    本書の本筋ではないのだけれど、南北朝正閏に関して本書で得られる情報は、少なくとも私にとっては衝撃的。今上のお血筋(崇光帝)は、こんなにご苦労をしておられたのか。そのようなことを、みんな知らないではないか。南北朝を論じる際には、せめて、ここの事実関係は知っておく必要があろう。それにしても、どうしてこんな背景があるにもかかわらず明治政府は南朝正統論に決めたのでしょうね。足利を嫌いになるのはわかるけれど、南朝正統にするというのはどう考えても、現行体制(北朝の系統)の正統化に反すると思うのだけれど。

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    2012年06月02日
  • 父が子に語る近現代史

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    歴史というものを、今自分が生きるこのときに起こる事象について考える、判断するための視点・材料というような捉え方をしたことがない。
    この著者も後書の出口氏も触れている司馬史観にどっぷり浸り、あれが事実とまで認識していなくとも、あれは実際に起きていた、そういう流れの時代だったと思ってはいた。
    まぁやはり、幼少のみぎりから学んで覚えて目にしてきた諸々のものが、それは実は違ってねと今更言われてもなのだが、違うのなら違うので仕方ないし、著者が言うように、過去の歴史はこれからの未来について考える一つの大事な考え方なのだと言う認識は、もう半分以上過ぎた人生のこれからを生きていく上で、大切に持って生きたいと思うな。

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    2025年02月23日
  • 父が子に語る日本史

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    2025/01/29 19:35
    かつては司馬遼太郎の歴史小説をそれこそ食い入るように読んだものだけど、あれもこの人に言わせれば、「よく読む」ことが必要なのだろうか。
    ここ数年は次から次へと新しい本ばかり読みたがるから、かつて読んだものをもう一度というわけにはなかなかいかないのだけれど、こういう本を読んだ後にいま一度読んでみるのも新たな視点を得られそうで、面白いかもしれない。

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    2025年01月29日
  • 父が子に語る近現代史

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    一般向けの書籍とはいえ、時々刺されたり考えさせたりして、面白く読みました。ツッコミ(自虐的なのも含め)はノリがよい。あと娘さんは山下智久が好きだったよねw

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    2022年10月20日
  • 中国の歴史7 中国思想と宗教の奔流 宋朝

    購入済み

    価値観が異なる人々の言動

    五代十国から宋を扱った歴史書である。現代人の視点から見た経済史や階級闘争、生活史は新鮮で読んでいて楽しい。しかし、当時の為政者や軍人そして庶民はどのように考え、感じ、そして行動したかを記述することはより一層重要である。現代国際政治でも言えることだが「価値観が異なる人々の言動を自分たちの価値観で判断することの危険性」を本書では説いている。
    現代の価値観では些細なことと思われる「称号」に、なぜ政治実務をそっちのけにしてまでこだわったのか そこのところを本書はついている。

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    2022年02月03日
  • 中国の歴史7 中国思想と宗教の奔流 宋朝

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    思想文化に焦点を合わせて、南北300年における時代の推移を明らかにする内容。特に朱子学に関する記述が豊富で、王安石から新旧対立・道学の展開を経て成立にいたる流れ、後世に与えた影響などは興味深かった。

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    2021年04月22日
  • 中国の歴史7 中国思想と宗教の奔流 宋朝

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    現代に伝わる日本の文化の基をつくったといっていい宋朝。歴代王朝最弱の軍隊を持っていたが、周辺の民族や国と交渉で渡り合っていたのは、文治主義の面目躍如ではないか。

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    2021年01月26日
  • 父が子に語る近現代史

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    歴史の教科書に書かれてある太字が
    全く違って見えてくる
    そこのところが ほんとうに面白い

    筆者が
    「日本の歴史は世界と繋がっている。
    ただし、だからといって、西洋の歴史を中心にした
    見方はしない」
    とおっしゃっておられるように

    近隣にアジア諸国があり
    その一国として「日本」もありますよ
    という立ち位置の下で
    当然、「我が国の歴史」に凝り固まることなく
    さまざまな影響を受けながら
    さまざまな視点を持ちながら
    縦横無尽に語られる
    「日本」の近現代史は
    ほんとうに興味深い

    そしてなによりも
    読み手を
    高校生になったばかりの我が娘さんに
    語り掛けていく
    その部分が
    読み易さ、面白さ
    につながっているのだと思います

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    2020年05月21日
  • 父が子に語る日本史

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    あまりに面白く
    読み進めてしまい
    そのままの勢いで
    続編の「近現代史」編に
    突入してしまいました

    読者を若い人(この場合は筆者の十五歳の娘さん)
    に限って、その若い頭と心に話しかけておられる
    そのことが あまりに面白いに
    つながっているような気がします

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    2020年05月21日
  • 子どもたちに語る 日中二千年史

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    子供向けくらいの方が分かりやすくていい。二千年前から日本は世界とつながろうとしていたというのは素敵な話だと思う。それだけに今になって日本サイコーと内向きになろうとする人たちがいるのが残念でならない。このような良書を若い人たちが読んで、変な固定観念に染まらぬことを願うばかり。

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    2020年04月12日
  • 父が子に語る日本史

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    歴史はその時の権利者によって都合の良い内容で編纂される。その時代に起きていることは一つなのに、その解釈・歴史認識によって全く違うものになってしまう。過去の出来事の現存する判断材料は史料しないが、当時の社会情勢、政治状況、社会システム、アジアでの立ち位置、当時の価値観等を正しく理解した視点をもって、本当の史実とは何なのかを考えることの大切さを再認識させられた。

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    2019年11月23日
  • 増補 靖国史観 ――日本思想を読みなおす

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    「国体」「英霊」「維新」「大義」というキーワードについて原典にさかのぼって読み解く。薩長藩閥政府が明治革命ではなく明治維新と称した理由について『大日本史』、水戸学の論理から論じた箇所は、なるほどと思わせる。
    「新撰組組長だった近藤勇を東京裁判よりもひどい一方的な断罪で復讐刑的に斬首し、会津で交戦した白虎隊をふくむ軍人たちのまともな埋葬すら許さぬままに、敵の本営だった江戸城中で仲間の戦死者の慰霊祭を行った連中。靖国を創建させたのはこういう人たちであった。」
    「靖国問題が国際問題でなく国内問題だと私が主張するのはそういうわけである。戊辰戦争以来の未解決の歴史問題が、ここにはある。」

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    2018年12月30日
  • 朱子学と陽明学

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     朱子学と陽明学はどちらも儒学の学派であるが、何が違うのか?と問われると答えることは難しい。本書では熹と王陽明の生い立ちの違いから見られる対する考え方の違い、『論語』の読み方の違いを比較するという方法で、朱子学と陽明学の違いを解説している。中でも『論語』そのものよりも、朱熹が論語をどう解釈していたかという点に議論が移っていった点が興味深い。何しろ『論語』をそのまま読むと朱熹の解釈にはならなず、なぜ朱熹はこのように解釈したのかを考えなければならないからである。これは朱熹が弟子に対して異なる説明をしていたことが原因ではあるが、それ以上に、朱熹自身の考えを『論語』の解説に混ぜ込んでいたことが原因だろう。そして生じた歪を解消しようとする揺り戻しが陽明学ではあるのだが、これも結局は『論語』に戻りつつも結局は朱熹の解釈に対する解釈にとどまってしまっている。ここから見えてくるのは、古典に対する解釈に自身の意見を混ぜる、権威を背景に自説を押し通すという姿勢である。なるほど、たしかに長く儒教の支配下にあった国家が”なぜああなのか”が朱子学と陽明学から見えてくる。

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    2018年02月17日
  • 足利義満 消された日本国王

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    著者も書いているが、この本は小説ではなく、一切の希望や妄想が排除されねばならず、事実のみで構成されてしかるべきものである。

    足利義満という室町の武家についての私の印象は、地味、ハゲ、金閣、日明貿易、といった高校日本史レベルのものである(ヒドいな)。

    非常にアカデミックな内容で知性をまさぐる内容というよりは、まわりくどい。読んでいて、自分が読んでいる本が足利義満についてのものだと忘れてしまうことがある。(それは私の知性の問題でもある)

    再読しよう。

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    2017年03月13日
  • 朱子学と陽明学

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    不思議な本だった。
    朱子学と陽明学について 丁寧に説明してあったが、私の期待していたものと違った。なぜ朱子学と陽明学が日本で受け入れられたのかと言うことを知りたがったのだが、朱子学の系譜、そして陽明学の系譜が、実に丹念に説明されていた。
    思想文化的に解説。
    朱子学と陽明学の学派が誕生した時代背景と問題意識に焦点を当てながら、『なぜ、彼らはそう考えたのか?』を明らかにする。
    朱子学は、性即理。陽明学は心即理。
    孔子 紀元前552〜479年。儒教が 王朝体制を支える思想となった。
    それ以降 中華思想を支える思想的支柱だった。
    儒教は近代以前の旧体制の象徴だった。
    11世紀から12世紀に起こった朱子学も 陽明学も 孔子の異図を正しく受け継ぐことを標榜している。
    朱子学は南宋(1127〜1276年)の朱熹
    陽明学は明(1368〜1644年)の王陽(王守仁)
    朱子学は宋学に包括される。宋学には、道学、朱子学が含まれる。
    朱子学の勝利
    ①儒教の仏教、道教に対する闘い。唐の韓愈。
    ②儒教内部の訓詁学にたいする闘い。
    ③宋学内部における道学の他の諸流派(蜀学)にたいする闘い。
    ④道学における内部の諸流派にたいする闘い。

    陸九淵との『無極太極』論争。陸九淵の系譜 陸王心学 VS 程朱性理学。

    二つのキーワード。あくまでも『万世のために太平をきりひらく』
    朱子 『修己治人』(おのれをおさめてひとをおさむ)
    士大夫
    『天下の憂いに先立ちて憂え、天下の楽しみに後れて楽しむ』先憂後楽。

    主一;一を主とす。精神を一事に集中させて他事に惑わされないこと。
    君子は動かずして敬せられ、言わずして信ぜられる。

    朱熹の生涯(1130〜1200年)
    朱熹は印刷技術をうまく利用した。福建省北部には、安価な印刷物の工房が多かった。
    朱子は二程の語録も編集 出版。
    朱子は 大学、中庸、論語、孟子の注解 『四書章句集注』を作成。
    大学、中庸は 礼記のなかにある 一篇であったが、独立させた。

    『あなたの考え方は間違っている。』という言葉で満たされていた。

    王守仁(1472〜1528年)
    父 王華派、科挙試験の状元だった。
    王陽明は、庭に生えている竹の理を極めようとして、神経衰弱となった。
    相手の言い分をみとめて励ますものが多かった。
    科挙官僚として成功し、政府高官になったために時間的なゆとりがなかった。
    修辞の学→聖人の学(学三変)知行合一から静座の重要性→致良知(教三変)
    『理は自分自身の内面に備わっており、外部に求める必要はない』37歳の時。
    龍城の大悟。
    『聖人の学とは心学である。』
    『宇宙のありとあらゆる存在はすべてひとつながりになっており、それらをそれらの本来のありようのままに活かすことこそが儒教の究極の目標である。』
    『二程以来道学が強調してきた万物一体の仁も、良知を致すことによって正しく実践される。』

    朱子学は 成り上がりの見栄。→おかみの御用学問
    陽明学は 放蕩息子の道楽。→民間 在野の批判思想

    朱熹は言う
    『太極は、天地万物の理を総合して言うのであって、天地万物から離れて、別に太極を論じてはいけない。天地万物からはなれて理があると説くと、二つの部分に分裂してしまう。結局のところ天地万物がしょうじる以前には、かならず、まずこの理があるのである。』

    無善無悪は心の体
    有善有悪は意の動
    知善知悪はこれ良知
    為善去悪はこれ格物

    理と言う字のもともとの意味は、玉の筋目である。
    玉は 理 珍 珠の漢字の部首としてつかわれる。
    『そうあるべきすじめ』が 理である。
    論語や孟子には 『理』が見えない。

    程顥はいう
    『自分の学問は先人から学んだところが多いけれども、天理の2文字については、自分自身で体得した。』
    程頤はいう
    『性は理である。いわゆる理性のことである。この世の中の理は、由来を尋ねてみれば善でないものはない。喜怒哀楽も未発の段階ではすべての善である。それらが外に現れても節度にかなっておれば、ことごとく善でないものはない。』*ここでの理性は、りせい ではなく りしょう。事相の対概念。
    性とは、解説を必要とされる、いまだ明らかになっていない概念。
    理とは、聞き手にとっても既知の明確な概念。

    孟子派言う。
    『性には善も悪も決まった性質はない』

    孟子の性善説が正統の地位を手にするには、程顥、程頤、そして朱熹が『性即理』として定式化したことによって。
    孟子自身は、自分の性善説を理と言う語を用いて説明したことはない。

    程頤はいう
    『天にあれば 命 といい、人にあれば 性 という。』
    中庸
    『天の命ずるを これ性という』

    朱熹は張載の言う言葉を好んだ
    『心は性と情とを統括するもの(心統性情)』

    天の理だとされた性は、人間の心の一部でしかない。他方に情と言うものが存在する。

    喜怒哀楽の4つ、もしくはこれに 愛悪欲の三つを加えた七つは、人が他者に対してしめす感情的態度の類型範疇である。
    儒家思想において、感情のむき出しな表出は控えるべきこととされ、これらの感情をどう統御するか、あるいは統御することが可能かが、修養論のひとつの主題だった。
    正しい 怒り方や 正しい悲しみ方がある。

    朱熹は言う
    『喜怒哀楽は情である。それらの未発は性である。かたよることがないのを中という。表出してすべて節度にかなっているのは、情の正しいすがたである。それにそむくことがないのを和という。』

    朱子学の精緻な体系性は、個々の述語を厳密に定義していくことによって成り立っている。

    朱熹は言う
    『心の外部に物はない。自分の心が親に孝行することが物なのだ』
    『心の本体は性であり、性即理である。だから、親孝行しようとする心には孝の理があり、親孝行しようとする心がなければ孝の理もない。』

    陽明学で言う 心即理 とは、生身の人間が今ここで精神活動、肉体活動を行なう、そのありさまそのものが 宇宙の道理に由来するという意味である。

    朱子学は 理と気の二元論である。

    朱熹は言う
    『性を論じて気に言及しなければ充分ではない。気を論じて性に言及しなければ明確にならない。これらを二つの別個のものとするのは、正しくない。』

    『先に理があるのでしょうか。それとも先に気があるのでしょうか。』
    『理が気を離れることはない。ただ 理は形而上、気は形而下の存在だ。形而上、形而下と言うことから言えば、先後がないわけではない。』→理先気後

    中国で 儒教、仏教、道教が確立するのは 西暦5世紀頃。

    ふーむ。
    心 性 理 気 それぞれの概念が よくわからないなぁ。
    時代によって 大きく変化している。
    言葉も 時代によって 変化する。
    しかし、このようなことを考える という人たちがいたが、
    今の中国では あまり見当たらないのは なぜだろう。

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    2015年07月16日
  • 増補 靖国史観 ――日本思想を読みなおす

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    善悪,正逆を問わず慰霊鎮魂する神社とは全く異なる靖国時神社は,皇紀2600年を振りかざすも,実は水戸学から後にしか史をもたないものだとわかりました.

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    2015年05月13日