中澤務のレビュー一覧
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ストア派として有名なセネカの代表作。
その哲学思想が分かりやすく書かれている。
2000年も前に書かれた書物なのに、その内容はナポレオンヒルのように、今なお読んでも色あせていない。
(もちろん、当時の偉人や王、奴隷制度の話などが出てくると、時代を思い出させられるが)
その深い洞察(思索)は現代にも通じるわけだが、このストア派(哲学)の行くつく先と、ブッダ(原始仏教)の教えがどうしても重なってしまう。
仏教と言ってしまえば宗教に区別されてしまうが、少なくともブッダは哲学者であり、それが当時の宗教界で祀り上げられ利用され”仏教(大乗仏教)”となっただけで、単に後世のラベル付が違うだけだろう。
時代は多少違うが、セネカとブッダが対話したら凄かったろうな、などとつい思ってしまう。 -
Posted by ブクログ
よく「人生って短いよね」って言うじゃないですか、
でもセネカ的には、それ違いますよ、
人生は別に短くない、むしろムダ遣いしてるだけなんですよ。
出世とかお金とか、他人の評価とかに振り回されて、忙しいフリしてるけど、自分のための時間ほとんど使ってないんです。
だから気づいたら「もう人生終わりじゃん」ってなる。
じゃあどうすればいいかというと、何が本当に大事か考えて、
自分の時間を自分のために使うこと。
あと幸福って、お金とか快楽じゃないんですよ。
理性的に、ちゃんとした価値観で生きるってこと。
それができれば、外の状況に振り回されずに生きられる。
つまり、「人生が短いんじゃない、雑に使ってるだけ」。
これがセネカの主張です -
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ギリシャ時代、おとこたちは、寝そべって、酒を飲みながら、語り合う。そのスタイルは、優雅だ。
ソクラテスの以外にエロスについて語るのは、パイドロス、パウサニアス、エリュクシマコス、アリストパネス、アガトン、アルキビアデスの6人である。
フロイトのエロスは、生命を維持し、統合しようとする本能。これは、性的な欲望や自己保存本能、そして個々の要素を結合させてより大きな全体を形成しようとする「生の本能」全体を指している。そして、エロスの対をなすタナトスを概念化した。タナトスは、フロイトが晩年に提唱した「死の本能」。これは、生命が元あった無機物の状態へと回帰しようとする破壊的な本能である。フロイトは、このタナトスが戦争や破壊行為の根源にあると考えた。
プラトンの『饗宴』には、タナトスは、出てこない。フロイトの方が人間の本能として、進化している。エロスだけでは、人間を語れない。
最初の5人が話すエロスの中で、少年愛が強いことに印象つけられた。ちょうど髭の生え始めの頃までの少年を、性的に愛し、そして、教育するという機能があった。マイフェアレディの男子版というところか。また、エロスはキューピッドでもある。
ソクラテスを好きなアルキビアデスは、ソクラテスが通常の人間とは異なり、内面的な美と知性、そして並外れた自制心を持っていることを称賛する。彼は、ソクラテスの魅力と徳に惹かれている。ソクラテスが刑罰と刑死を受けたことの一つに若者を堕落させたことであり、アルキビアデスとの性的関係も要因だった。
愛についての概念は、エロス、フィリア、アガペーがある。エロスは、異性間もしくは同性間の性愛を論じ、フィリアは、親子や友人間の情愛であり、アガペーは人類愛である。ここでは、エロスが中心に論じられているが、結局はアガペーについて語ることになる。
ソクラテスが紹介した女性ディオティマは、ソクラテスの上を行く人のようだ。ソクラテスに、エロスは、「精霊は、人間の思いを翻訳して神々に伝え、神々の思いを翻訳して人間に伝える」という役割を果たすという。そして「男と女の交わりとは、子をなす営みである。それは神聖な営みであり、死を逃れることのできない生き物は、この営みによって不死にあずかることができる。子を宿し、そして生むという営みによってな。」と、子を産むことによって、継続的に生を維持する。それがエロスの存在という。
さらにディオティマは、愛は美しいものではなく、美しいものへと向かう「中間的な存在」であり、人間を肉体の愛から知恵や真理の愛へと導く「愛の階段(ディオティマの梯子)」の概念を提示する。この言葉が、ソクラテスではなく、ディオティマに語らせるのが面白い。
なぜ、愛し合い一体化するのか?両性具有の話も出てくる。笠井潔の『バイバイエンジェル』につながる。
エロスというテーマで、延々と論議、紀元前380年頃のギリシャの思想的格闘の凄さを感じる。 -
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本編を読んでいるかぎりは、何か頭を上滑りしていくようで、あまりよく理解出来なかったのだけれど、翻訳者の丁寧な解説を読んではじめて、ああ、なるほどなと思った。
セネカ自身が言っているように、ストア派のいう賢人などはこの世に存在しないのだろう。勿論その賢人が持つとされる徳に満たされるような人物になろうとしているのだけれど、なれるかどうかではなくて、その過程のうちに死を迎えるのが大事なのだろう。
未来、ではなく現在に向き合うために、過去をつまり歴史の英知を学び、人類全体の幸福を追求しようとしたのがこのストア派なんだという解説をみて、他の本も読んでみたくなった。
確か、松井秀喜がストア派の本の帯で勧めていたのを記憶しているが、あの長嶋茂雄さんとの1000日計画において、過去の英知にそれこそ、浸れたのだろうと思うと、凄い時間だったんだろうなと思う。 -
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セネカの哲学から人間いかに生きるかを学ぶことができる本。
人は人から時間が欲しいと言われるとすぐに使ってしまう、そして自分の時間がなくなっていく、時間は目に見えないもので一見多く残されるように見えてしまうからであると言えるが、自分の時間を大切にし時間にけちであることも大事であると学ぶ。
また多忙であることにも注意が必要である。忙しいとは心が奪われている状態であり、自分に向き合えていない状態と言える、そして過去を振り返ることも嫌い、今を多忙に過ごしている人たちもいる。しっかりと自分自身に向き合い、多忙ではない閑暇な時間を作ることも生きる上で重要であると学ぶ。
時間の長さは時間で測ることができるものでなく、時間の過ごし方の質で変わるということ。一見おかしな解釈に聞こえるが、過去に向き合い今の時間を大切にすること、物事を先延ばしにして未来の時間を奪うことなく今の時間を大切にすることが重要であり、その質が高く生きていれば人生は十分に長いと言える、感じられるということと理解する。
その他、このセネカという人物の教えはストア派という自然哲学の思想からきている。財産や地位といった世俗的で人為的なものを排除し自然的なものを価値のあるものとして受け入れる考え方である。こういった哲学、それを取り入れている背景を学ぶことがまた重要である。 -
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人生は長いようで短く、短いようで長い。それは自分の時間を善く丁寧に生きれば、充分に充実した時間を得られるだろうと説く良書である。
セネカの死生観や哲学は現代でも活かされており、時代や国、文化を超えて問いかけと生き方を教えてくれる。
さて、人生は有限だ。だが、時間は無限のようにあるように体感してしまう。だから、時間を浪費してしまうのだろう。現代では時間を溶かすコンテンツはありふれている。これからもそれらは増え続けていくだろう。1日は24時間しかない。使える時間はもっと限られる。その中で、どう生きればいいのかわからないときは、自分の死をイメージして行動せよとセネカは説く。死を意識することで視点は大きく変わる。人生は何が起きるかは誰にも自分でもわからない。今日死ぬかも知れない。そう意識いして生きるだけでも悔いの残らない善く充実した人生になりえよう。 -
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難解な哲学書なのだろうと勝手に決めつけていたが、ユーモア溢れるエンターテイメント性のある作品で驚いた。
本書を読んで一番の衝撃は、そこかもしれない。
偉大なる?ソクラテスたちが飲み会でどんな話をしていたのか…その様子を垣間見ることができるとう何とも興味深い作品。
エロスを賛美する、そもそもエロスとは何なのか、なぜ賛美に値するのかなどが知識人たちによって議論される。
こんな高度な知的な飲み会…あるかいな笑
いや、こんな宴に参加してみいものだ。
古代ギリシャの文化や風習を知ることもできて、非常に興味深かった。
少年愛が当たり前の世界…。時代によって、当たり前は全然違う。だから世の中の見え方も全然違う。何が正しいのか、何が人を幸せにするのか、色々と考えさせられた。
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時間は有限で、平等に与えられている。
それをどう使うかで、人生は変わってくる。
セネカが本書で語ることの1つに、「先のことばかり考えずに、今に集中して生きろ」ということがある。
まさにその通りだと思う。
未来に不安を抱くのは自然なこと。
だけど、不安を抱きすぎても、今が良くなることは少ないように思う。
それよりも、今できることを精一杯やり、楽しみ、充実した人生を心掛ける方が、未来は開けると信じている。
だからといって、日々気負いすぎても疲れてしまう。
自分を大事に、自分が良いと思うことに時間を使い、今を生きること。
それが、人生を短くも長くもするのだと思う。 -
Posted by ブクログ
『ソクラテスの弁明』に引き続いてプラトンを読んだ。「哲学」と聞いて思い浮かぶようなお堅い文章とは対極にあるような平易で読みやすい文章だった。
「饗宴」とは酒を共に飲むいわば「飲み会」で、その名の通り非劇作家アガトンの開催する飲み会が舞台となる。饗宴の場に集まったパイドロス、パウサニアス、エリュクシマコス、アリストファネス、アガトンが順番に恋愛の神エロスの賛美を述べ、その後ソクラテスがアガトンとの対話やディオティマとの会話を語る形式でエロスについて述べる。このソクラテスの言葉で展開されるのがかの有名なイデア論である。
個人的には、少年愛についての諸々が気になった。古代ギリシア・ローマ世界で一般的だった少年愛には、徳の大人から子供への伝授という教育的な意味合いがあったようだ(これはパウサニアスの論による)。解説によれば、フーコーの『性の歴史Ⅱ』もこの少年愛研究の影響下にあるらしく気になった。
また、アリストファネスの展開する「アンドロギュノス」の話も有名であり興味深い論点である。アリストファネスの喜劇を読んでみたくなった。