岡田温司のレビュー一覧
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映画「ダヴィンチコード」が流行っているらしく、ネット上どこへ言ってもそんな言葉やダヴィンチの絵などがあるので、この本を本棚から取り出してきた。
この本は上野の美術館で買った。キリスト教文化になじみのない日本人でもマグダラのマリアは、それでも有名なほうだと思う。ヨーロッパの絵などによく書かれているし。確かこの本を買った日も、何枚かのマグダラのマリアが描かれた絵を見たように思う。
マグダラのマリアはイエスと結婚していて子どもまで身ごもっていた。そのときの様子を描いたのが「モナリザ」だという説もある。
絵の中のモナリザは、黒い髪を結わえずに垂らし、黒い服を着ている。これは当時の身分の低い女性なのだそう。(娼婦だったマグダラを連想させる)腹部に手をあてて、さらにおなかがふっくらしていることから、この女性は妊婦であるとも言われていて、イエスの子を身ごもったマグダラだという説、私はありえないことではないと思う。
ダヴィンチは有能な神学者でもあったわけで、研究の末、マグダラとイエスが結婚していた、と分かったのかもしれないし。
ということは、この本には書かれていないのですが(笑)。
マグダラという女性は、私が思っていたよりは、実は鮮明な記録が残っていないよう。
つまり、聖書や福音書の記述を深読み(ときには別の女性と複合させて)して、できた女性像が、マグダラのマリア。
時代の流れの中、教義の中、説教の中で、マグダラのマリアは少しずつ存在を変えてきた。
エロスとアガペー、二面性を持つこの女性は、とっても刺激的で魅力的だ。 -
Posted by ブクログ
キリスト教関連の絵画や彫刻などには、時に性的な描写がモチーフになっていると思われるものがある。これら美術品の創作の背景を文化や教会を取り巻く歴史と共に分析している。
その描写方法は「解釈によっては」の物からかなりあからさまな物まである。作者達がどのような意図を持って創作してきたのかは歴史の中の話であり興味深い。芸術性を追求したであろうもの、教義による禁欲と裏腹なもの、中にはウケ狙い(失礼!)で描かれたものを後世の人間が芸術として評価したものもあるだろう。
こうした作品はキリスト教の権威層から批判、糾弾されながらも描かれてきたのは、なんだかんだ言っても多様性が受け入れられたのか、はたまた規制を掻い潜ってギリギリの線を攻めた結果なのか。ここも興味は尽きない。 -
Posted by ブクログ
中世やルネサンスの宗教画や彫刻に黒人、ユダヤ人、ジプシー(ロマ)として描かれているのはどのような場合にどのような意図であるものなのか、多くの作品を見ながら解説したもの。逆に「本来は黒い肌であった人をことさら白い肌に描くことで、黒い肌に聖性を与えることを拒むかのように」(p.173)描かれた作品、というのもある。
キーワードはロマン主義、オリエンタリズム、「神と黄金」(西洋の植民地主義)、世界宗教的(エキュメニカル)といった感じだろうか。「下心」、「脚色」、あるいは暗黙のうちに、あるいは無意識的に不当な他者化する例というのを色々見ることになる。読み終わっても強烈な印象を残しているのは、「静物」として描かれる黒人(p.50)、「まだらの黒人」(p.51)、そして最後の「黒い脚の奇蹟」(pp.182-3)だろうか。最後の「黒い脚」の主題は、「このテーマ自体が残酷にしてレイシズム的なのだが、最初に見たビロルドの彩色浮彫は、エチオピア人の脚が生きたまま切りとられ移植されるという点で、特異かつ冷酷この上ないもので、もともとバリャドリードの修道院に飾られていたというから、当時の修道士たちはどのような目で眺めていたのかと、その感性を疑いたくなるほどである。」(p.184)というのは全くその通りで、悪趣味というか犯罪的かつ悪魔的な感じがする。後の時代によってナチによって利用される「頭蓋計測学」というのは、18世紀末に唱えられ、さらに「ルネサンスの画家たちが解剖学に並々ならぬ関心を示した」(p.59)ことからも、美術に「ひとつの着想源があったと考えることもできる」(同)というのは意外なつながりだけど納得した。そして、「置換神学」と呼ばれる、「キリスト教のルーツがユダヤ教にあることを軽視したり隠蔽したりするような言説が幅を利かせるようになる」(p.117)という、そういうことまであるのかと呆れてしまった。あとはもっと具体的なことで印象的だったことのメモ。ハウステンボスっていうテーマパークがあるけど、オランダのデン・ハーグにハウステンボス宮殿というのがあるらしい。そしてそこには日本の鎧兜が頂点に描かれた、搾取した品々(黒人の女性も)を誇示?する作品というのがあるらしい(p.50)。あとはジプシー(ロマ)について、「インドの北部からおそらく十一世紀ころに西方に移動をはじめたとされるジプシーが、はるばるヨーロッパ各地に出現するのは十五世紀のこと。それ以来、彼ら流浪の民は、基本的に定住を当たり前としてきた社会にとって、ひとつの驚異にして脅威とみなされることになる。そのジプシーの代表的な仕事のひとつが占いで、そのすきを見て、何も知らない無垢な客たちからまんまと金や宝石をくすねるという手口が、十七世紀には人気の絵画のテーマになっていたのである。」(p.93)という、そんなものが人気の絵画のテーマって、本当に何が主題として選ばれるのかよく分からないなあと思った。そんな中で、ハガルとイシュマルを描いた絵画で、p.106のマッティア・プレーティという人の描いた「ハガル母子の追放」の「毅然とアブラハムを見つめる彼女の顔」(p.107)や、「みずからの運命を自分の意志でしっかり受け止めようとしているようにさえ見える」(同)イシュマルの表情は、「まさしく救いにして恵みのように見える」(p.109)と著者は言うが、本当に暗い絵が並ぶ中で救われた気になった。
テーマはとても興味深い。日本美術とレイシズム、というテーマでは本が出来ないのかなあと思う。(21/09/19) -
Posted by ブクログ
前々から興味のあったアート。
ビジネスの教養として役立つかどうかは、ちょっと分からないですが(特にこの本が)、
私自身はとても面白く読めました。
アートという(多くの人にとって)よく分からないものに対して、
歴史とか思想とかテクノロジーといった側面から、
色んなアートについて著者が解説してくれます。
残念なのは、文面で出てくるアートが全て画像として出てこないのと(だから、気になるアートは検索が必要)、
ほとんどのアートは白黒である点。
後者はコスト面もあるから致し方ないところもあるけど、
前者は頑張ってほしかった。
個人的には、バウハウスの解説が
とても自分のインスピレーションを刺激してくれて、
良かったです。
バウハウスに関する書籍とか写真集を見たくなりました。
そんな感じで、この本を読みながら、
自分の気になる/お気に入りのアートや作品が見つかるといいですね。 -
Posted by ブクログ
同じ神をルーツにもつユダヤ教、キリスト教、イスラム教。その中で、公然とレイシズムを推し進めてきたのはキリスト教だけだ、と筆者は指摘する。その証左を宗教画に求める、というのが本書の趣旨。
ただ、その様相はそんなに単純でもないらしく、黒い肌の人物へのリスペクトが感じられる作品も挙げられている。また、アフリカ大陸の人々への蔑視は確かに古くからあるものの、今日のような根深さや執拗さを増していくのは大航海時代であるらしい。しかも蔑視の眼差しはアフリカだけに向けられたものでもなく、さらに、オリエンタリズムやロマン主義とも相俟って、一言で纏めるのは難しい。
ただ言えるのは、美術作品にはその当時の「当たり前」が抜き難く刻印されており、現代に生きる我々はその色眼鏡のままに作品を受け取らないよう気をつけなければならない、ということ。気づかないうちに白人至上主義的な視点に巻き込まれて、『黒い皮膚 白い仮面』で言うところの「乳白化」を無意識のうちに志向してしまわないように。「美白」「ブルベ」などという言葉に取り憑かれがちな女性は特に。自戒を込めて。