西林克彦のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
『わかったつもり』は、読解力を鍛える本というより、「読解力が伸びない人が、なぜ伸びないのか」を突きつけてくる本だった。努力不足でも、語彙力不足でもない。もっと手前のところで、人は簡単に“理解した気”になってしまう。その錯覚の仕組みを、容赦なく、でも妙に冷静に暴いてくる。
読んでいて一番怖いのは、ここに書かれている話が他人事じゃないことだ。文章を読んで「うんうん、わかる」と頷いた瞬間こそが危ない。頷けたのは理解できたからじゃなく、脳が勝手に“知ってる棚”に放り込んだからかもしれない。言葉の意味を正確に追えていなくても、雰囲気と文脈で「たぶんこういう話だな」と決め打ちしてしまう。これが“わかったつもり”。そして“わかったつもり”になった瞬間、読解は止まる。止まっているのに、本人だけが進んでいる気になる。ここが最悪にタチが悪い。
この本の強さは、読解を「才能」や「センス」にしないところにある。読めないのは頭が悪いからではなく、理解を確かめる手順を踏んでいないから。だから読解力は鍛えられる。逆に言えば、読み方を変えない限り、何冊読んでも伸びない。そういう現実が、静かに刺さる。
たとえば本書は、理解の正体を“部分と部分のつながり”として捉えている。文章の中で、部分と部分が関連づかないと「わからない」になる。関連づけば「わかった」になる。さらにその関連が以前よりも密になれば「よりわかる」になる。この整理が地味に効く。読解が感覚の話ではなく、構造の話になるからだ。わかったかどうかを、自分の中の“気分”じゃなく、文章のつながりで判定できるようになる。
さらに、この本が面白いのは「文脈」をちゃんと道具として扱っている点だ。文脈というと雰囲気で読むことみたいに聞こえる。でも本書の文脈は逆で、読む精度を上げるための装置として出てくる。文脈がわからないと「わからない」。文脈が働くと、既存の知識がスキーマとして立ち上がり、文章の情報と一緒に意味を引き出せる。同じ文章でも、引き出される意味が変わる。だからこそ、読み違いも起きる。このへんが一気に腑に落ちると、「なんとなく分かった気がする」の正体が見えてくる。文脈で助けられているのか、文脈に騙されているのか。その境界線が見えてくる。
そして、いちばん実用的なのが「まとめ」の扱いだ。まとめは読後に作るものじゃない。読んでいる最中に、理解を成立させるために行うもの。ここが本書の本命だと思った。読んでいて詰まるのは、理解力が足りないからじゃない。部分同士の関連づけが作れないから。なら、関連づけのために“その場で小さくまとめる”しかない。これができると、読解が途端に安定する。読んでるのに内容が残らない現象が、一段階減る。
もうひとつ、この本が容赦ないのは、「わかったつもり」には型があると示してくるところだ。「結果から分かったつもり」「最初から分かったつもり」「いろいろ分かったつもり」こういう“理解した気になりやすいフォーム”が言語化されていて、読んでいる途中なのに自分のクセが見えてくる。読解は丁寧さよりも、まず自分の事故パターンを知るのが先だったと気づかされる。
読み終わったあと、すぐ使える学びもはっきりしている。まず「わかった」と感じたら、その場で止まっていい。次にやるのは“確認”だ。
たとえば、こういう問いを差し込むだけでいい。「この段落を一言で言うと何?」これが言えないなら、理解していない。言えたなら、やっと入口に立っただけ。さらに踏み込む。「根拠はどこ?」「筆者が言いたいことは何で、言ってないことは何?」ここまでやって初めて、読書が“気持ちいい消費”から“武器”に変わる。気持ちよく読める文章ほど危ない。わかった気になる文章ほど危ない。その瞬間に立ち止まれるかどうかが、結局すべてだった。
結局この本が言っているのは、読解力とは「読む速さ」ではなく、「わかったつもりを壊す力」だということだった。読むのが速い人が強いんじゃない。わかった気になった自分を疑える人が強い。読める人ほど油断する。読書好きほど刺さる。読んできた自負がある人ほど刺さる。
『わかったつもり』は、読後に世界が変わるタイプの本ではない。代わりに、自分の読み方が変わる。同じ文章を読んでも、もう前と同じ読み方には戻れない。理解とは気持ちよさではなく、プロセスの積み重ね。その当たり前を、いちばん痛い角度で思い出させてくる一冊だった。
#2026年3冊目 -
Posted by ブクログ
自分は読解力に自信がないため、何をどうすれば良いのかヒントを得られればと思い、手に取った。正直言うと途中まで読むのが辛かった(特に正倉院の例文が読み辛くて仕方なかった)が、最終章に書かれてる各種提案が結構納得いくものだったので後味スッキリ。新書でこの読後感はなかなか無いのでは。
自分の場合、面倒くさくて読み飛ばしたり、内容を雰囲気で掴んで終わりにしてしまう事があるのは十分自覚していた。個人的にそれよりも問題視していたのは、矛盾点の発見は得意なのに、矛盾の解き方が分からず保留するのが多いことだった。が、もしかしたら自分が発見したと思っていた矛盾点って、単に直感的に違和感を感じていただけで結局雰囲気読みと変わらなかったのかもしれない。たぶん矛盾点を論理的に説明する練習が必要なんだろう。そうやって文章の構造を紐解かないと、自分の解釈に整合性があるかの判断もできないと思うので。 -
Posted by ブクログ
テストの度に覚えて、終わったらすぐに忘れたり、物事を考える上で勉強で得た知識を活かせていない人を対象に、勉強をして、使える知識をどのように身につけるのかについての考えを伝授した本。
タイトルの「どこ」が指しているのは、時間やモチベーションの管理、勉強計画の立案、予習復習のタイミングetc...ではなく、勉強に対する学習者の「認識」である。例えば、勉強ができないと思っている人は、自分の素質や能力を原因と考えるが、そうでない人は、問題を解くための必要な知識が不足していると捉えているなどである。この違いによるパフォーマンスの差を認知心理学の知見をもとに考察している。
また、勉強をする際に意識すべきことも述べている。要約すると、
・具体的な局面に終始せずにそれらを関連づけて俯瞰できる、抽象的な知識の核を捉えられる様に、意識すること
・具体と抽象の往復によって相補的に理解が深化すること
とあり、良い方針となる。
勉強法で悩みがあればまずこの本を手に取って、解決策を考えると良いと思う。