トルーマン・カポーティのレビュー一覧
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原文と照らし合わせながら、村上春樹訳の文章を時間をかけてじっくり読んだ。表題作だけ読んだ。
読み終えた後、泣き出したい気持ちになった。ホリーはbelongできる場所(ホリーはそれを「ティファニーのような場所」と語る)を見つけられたのだろうか。それは天の上にしかないのではないか、そんな考えに駆られた。実際この物語の中には「天」や「神」を彷彿とさせる言葉がたくさん出てくる(冒頭でジョーベルが作ったカクテルの名前は「White Angel」だし、サリー・トマトの弁護士と連絡を取っていた場所、そしてドク・ゴライトリーと話したのも「ハンバーグ・ヘブン」というお店だった。他にも天や神を思わせる単語はたくさ -
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2010年に新潮文庫出読んで以来の再読(村上春樹訳)。最近村上春樹訳の小説がアタリが多く、折角なので読んでみることに。また、昔読むきっかけになったアニメ映画『秒速5センチメートル』(以下、単に『秒速』という。)の実写映画を観たことも、『草の竪琴』を思い出すきっかけになった。
【表題作】
初読の頃は主人公たちを脅かす存在に非難の気持ちを抱きながら読んだものだけど、今回はなんというか、もっとフラットな気持ちで、まさにおとぎ話を読むように味わった。
「あるいは我々の誰にも、居場所なんてものはないのかもしれない。ただし我々は、それがどこかにあることを知っている。それがもし見つかったとしたら、 -
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映画から入り小説→映画と何度もループしてしまう大好きな作品。
ホリー・ゴライトリーの奔放な美しさと、その裏側にある苦悩、自由を求めるあまりその自由に苦しむ、ホリーの言う"いやったらしいアカ"は、現代人、とくに都市で生きる僕らに通ずるものがある。
オードリー・ヘプバーンのキュートさがこの作品を有名にした一助であることは間違いないが、物語としては小説の方が好みである。映画版の結末はややご都合主義というか、映画を見終わった人たちが肩透かしを喰らわないように配慮したのでは、と感じる。小説の結末の方が、ホリーというどうしようもなくは魅力的な人間の内面を表していると思う。 -
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ネタバレ何回読むねん、というくらい何回も読んでる本。
下記文章を読みたいがために何度も何度も読み返す。
「要するに『あなたが善きことをしているときにだけ、あなたに善きことが起こる』ってことなのよ。
いや善きことというより、むしろ正直なことって言うべきかな。規律をしっかり守りましょう、みたいな正直さのことじゃないのよ。
もしそれでとりあえず楽しい気持ちになれると思えば、私は墓だって暴くし、死者の目から二十五セント玉をむしったりもするわよ。
そうじゃなくて、私の言ってるのは、自らの則に従うみたいな正直さなわけ。卑怯者や、猫っかぶりや、精神的なペテン師や、商売女じゃなきゃ、それこそなんだってかまわな -
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ネタバレ有名すぎてずっと敬遠していた本。僕は見栄っ張りな性格なので、手垢のついた名作をいまさら読むのが気恥ずかしい。そもそもティファニーは宝石屋だ。食事をする場所ではない。それならなぜ『ティファニーで朝食を』なのか。しかしその意味を教えてもらってから、どうしようもなく読みたくなってしまった。
ホリーはとびきりチャーミングな女の子だ。みんな彼女に魅せられてしまう。だから自然と男たちが集まってくる。しかし誰も彼女を理解できない。ある男は彼女をこう評した。「あんたは脳みそをぎゅうぎゅうにしぼり、彼女のためを思ってさんざん尽くしてやる。ところがその見返りに受け取るのは、皿に山盛りの馬糞だ」。その男は彼女をハ -
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ネタバレチョコレート色の石でできたアパートメント、コンクリートを打ち付ける雨の匂い、喧騒に溢れ誰もが自由なニューヨーク。それらがありありと文章から伝わってくる素晴らしい翻訳だ。
やはり村上春樹の文体は凄い。何が凄いのか言語化できないのがもどかしいのだが、生命力に溢れている文章というか、いい意味でとにかく表現が生々しい。
私は読書の感想によく「心地いい」という言葉を使うことがある。ふと気づいたのだが、「心地いい読み心地」と「読んでいて心地いい」はまったく違うことだと思う。無論、本作は後者であり、文章を目で追うことはこんなにも快楽なのだとしみじみ実感させてくれる読書体験だった。
表題作『ティファニーで朝 -
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オードリー・ヘップバーンがホリー役を演じる映画の方は観たことがなかったが、確かに彼女は小説版のホリーのような汚さやふしだらさ、危うさが感じられる人ではない。もしいつか映画をリメイクする際はホリー役をマーゴット・ロビーに演じて欲しいと思うのは私だけでしょうか(マーゴット・ロビー好きの一意見)。
この話は映画版『ティファニーで朝食を』でイメージされるような綺麗なストーリーではない。が、確かに名作であったと思う。イギリス文学とはなんとなく異なり、主人公やホリー、ジョー・ベルなど、様々な登場人物のその時々の感情が読み取りやすいものだったように感じる。
ホリー・ゴライトリーというこんなにも危 -
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初めて読んだカポーティは、春樹さんの訳に、山本容子さんの素敵なイラストのついた『おじいさんの思い出』や『クリスマスの思い出』だったけど…
あの時のノスタルジーにもっと幻想性を持たせたような…
幻想的でときに凄まじく、あまりにも美しい描写や比喩たち。
容易く読めないけれど、魅力的すぎて沼に浸かるような読書体験でした。
母をなくしたジョエル。
叔母のところに父からの手紙が届く。
父に会いに行くためには、
そのランディングという街に行くには、機械化された交通手段がないという。
もうこの序盤で、私はファンタジーの世界に入っていくのかしらと思ってしまいました。
ジョエルの唯一の安らぎだった黒人 -
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有名だけどあらすじ含めて何も知らない古典は読んでおきたい、と思って手に取った。翻訳が村上春樹というのも読んでみたくなった理由のひとつ。映画も一切観たことはないのだけれど、オードリー・ヘップバーンの写真だけは流石に観たことがあるので、そのイメージが離れずに困った。(原作者のイメージとも翻訳者のイメージとも全然ちがう、との評価を、先にあとがきで読んでいたので。)
主人公ホリー・ゴライトリーの奔放さにはあっけに取られた。あれだけ好き勝手やっても、助けてくれる男たちに事欠かないのがすごい。
一番かっこいいシーンは、ホリーが捕まった後、自分を結果的に連絡係として使っていた麻薬王兼囚人のサリー・トマト -