トルーマン・カポーティのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
本と映画は違うときいていて、ちょっと気になってたので読んでみようと思った
村上春樹らしい訳 洒落た、時代を感じさせない軽快さ
意外に中編(長編だと思ってた)
1940年代ニューヨーク アパートの階下に住む女の子ホリーと主人公作家志望の青年の話
自由気ままなホリー・ゴライトリー
ある意味野性的で、場当たり的
何にでも慣れたりしたくないし、何も所有したくない
自分は誰のものでもなく破天荒で刹那的 道理みたいなものは通じない
自分のままでいたい
だけど不安感を抱えている
ホリーは居場所を探してるのだと思った
ティファニーみたいな場所
静かでつんとすました、そこでは何も悪いことが起こり得ないような⋯
猫は落着き場所を見つけることができたけど、ホリーは居場所を見つけることができたのだろうか
落ち着ける場所があればいいと主人公が語るように、幸せになってほしいなと思った
ティファニーの店内にいるみたいな気持ちにさせてくれる場所が、この現実の世界のどこかに見つかればいい
物寂しい雰囲気を醸し出す終わりかたは、物語初めの主人公がホリーの行方に思い巡らす場面に続いていて、ひっそりとした寂しさを醸し出している
映画とは違っていいなと思った
他短編3編
読みやすい短編だった
『クリスマスの思い出』
ティファニー⋯よりもこちらの世界観が好み
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Posted by ブクログ
有名だけどあらすじ含めて何も知らない古典は読んでおきたい、と思って手に取った。翻訳が村上春樹というのも読んでみたくなった理由のひとつ。映画も一切観たことはないのだけれど、オードリー・ヘップバーンの写真だけは流石に観たことがあるので、そのイメージが離れずに困った。(原作者のイメージとも翻訳者のイメージとも全然ちがう、との評価を、先にあとがきで読んでいたので。)
主人公ホリー・ゴライトリーの奔放さにはあっけに取られた。あれだけ好き勝手やっても、助けてくれる男たちに事欠かないのがすごい。
一番かっこいいシーンは、ホリーが捕まった後、自分を結果的に連絡係として使っていた麻薬王兼囚人のサリー・トマトを、いいやつと弁護するところ。
一番悲しいシーンは、出国前に逃した猫を思い直してもう一度探し出そうとするところ。
ホリーがその後どうなったのか、は直接は書かれておらず、冒頭の木彫の件で間接的に示唆されるのみ。最後まで謎のまま終わる方が美しい、ということだろう。
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Posted by ブクログ
初カポーティ。映画でも有名な表題作はまだ観ていません。どうやら原作と映画はまた違う雰囲気のようです。ヘップバーンが演じたホリー・ゴライトリーがどのような人物に仕上がっているかはわかりませんが、本書のホリーはとにかく天真爛漫。誰もが振り向く美貌さと誰にも縛られない奔放さに小説の枠を超えて人々は魅了されるのでしょう。そんな彼女はどこかへ旅立ち、残された人々は彼女の記憶や痕跡を寂しく思いつつもただ楽しむ。そんな余韻すら魅力的な小説でした。
他に収録されている「花盛りの家」「ダイヤモンドのギター」「クリスマスの思い出」も余韻が素敵な小説ばかり。心にすっと入ってくる良作でした。 -
Posted by ブクログ
カポーティの思春期(!)から青年期にかけての短編集。習作集って言ってもいいくらいかな。
20歳前後で彗星のごとく現れた天才。この天賦の才をさらに幼い頃に示した作品の数々がアーカイブから見つかり、それをまとめたもの。
おそらく才能を持った画家が幼い頃に見せるように、カポーティも頭の中にあるものを文章にしたくて仕方がなかったのだろうなというその衝動が伝わってくる。
物語としても、構成としても、大人からしたら確かに荒い。でも余韻の残し方であったり、脳内で再構成される情景に深みを出す記述だったり、あるいは人物に対する圧倒的な共感力だったり。「ねえ、こう書いたら気持ちいいんでしょ?」っていう技巧はもう誰に教わったのでもない。これはもう天才の所業だということがはっきりとわかる作品集である。
まあそういう作品集であるから、傑作ではない。ただ、「夜の樹」だったり「ティファニー」だったり「冷血」だったり、あるいは私の大好きな「草の竪琴」だったりの大傑作を導くかの大作家の起源を垣間見るという点で、ファンにはたまらない。
入門ではない。ファンブック。でもファンは必携。 -
Posted by ブクログ
『8歳で作家になった』と言ったと言われるカポーティは、16歳の時に『ニューヨーカー』で雑用の仕事をしていて、21歳の時にO・ヘンリー賞を受賞。恐るべき子供(アンファン・テリブル)と注目を浴びて社交界デビューするけど、51歳の時に書きはじめたみかんの遺作『叶えられた祈り』で社交人の秘密にしたいことを暴露しちゃって追放される。60歳にハリウッドの友人宅で心臓発作で死亡。酒と薬物の問題を抱えていた。
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早熟の天才が社交界で豪遊して酒か薬の問題抱える例で言ったら『悲しみよ、こんにちは』のサガンを思い出す。
この短編集、カポーティが10代とか20代前半に書いた作品集なんだけど本当何か物語を描写するために生まれてきた人なんだろうなって思った。
『知っていて知らない人』『これはジェイミーに』『似たもの同士』『ここから世界が始まる』の4作品が特に好きだった。
ゲイで、女の子に生まれたくて、父親は刑務所に行きそうになるし母親はアルコール依存だし、預けられた親戚の家は差別主義が根強い土地だし、その中で生まれ育って貧困や黒人をテーマの話をなんとか書こうとした若年期の作品たち、カポーティの苦しさが透けて感じられてすごくせつなかった。 -
Posted by ブクログ
ネタバレまあ、なんというかこれはもはや村上作品、といってもよいでしょうか。
以前『ロング・グッドバイ』の村上氏訳でも感じましたが、やはり雰囲気が村上氏なのですよ。
『ティファニーで…』はあらすじのとおり、何とも天真爛漫な破天荒な「あばずれ」(あえてこう表現しますが)に皆が魅了されてゆくさまを描きます。
小説家として世間からやや距離をおいた主人公が、女性に振りまわされつつ物語が紡がれるのは村上氏の長編での典型ですが、そういう所もやはり村上氏のお気に入りなのでしょうか。
なお本作は解説も村上氏ということで贅沢この上ないのですが、村上氏はかつて高校の時に原書でカポーティを読んでこんなの絶対に書けないとその洗練さにたじろいだとか。
残念ながら翻訳では原書の流麗さは分からないのですが、村上風『ティファニーで朝食を』を十分堪能することができました。
その他、掌編の「花盛りの家」「ダイアモンドのギター」「クリスマスの思い出」が収録されていますが、どれも味わい深い翻訳でした。
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ということで、カポーティの作品でした。再読でしたが楽しめました。
村上氏の作品・作風が好きな方はお気に召すのではないかと思います。 -
Posted by ブクログ
語られる物語は歔欷でもなければ希望を持つとかそういった類いのものでもない。他の作品からも分かるように全部がそうとは違うけど、カポーティは隠鬱な書き手だった。ひとりで悩んでしまう様子や人間の愚かな部分を描かれていく。しかし彼のイノセンスと呼ばれる無垢な人物は際立って味がいい
草の竪琴
5人が打ち明ける秘密の数々がイノセンスで、それを共有することで絆という深みが生まれてきている、また一方で人の深さを打ち明けることは負担にもなりうると捕捉される。そこに更にカポーティによる美しい表現が加わり酔えた。終盤、ドリーがラジオでフットボールを聴くシーンがある判事がルールを教える、それを拒むのだ。知る楽しみも知らない愉しみも大切にするドリーらしい「選択」をするのがよかった
最後のドアを閉めろ
ウィルターはいろいろあってアンナと巡り合う、彼は自分の愚かさを知った上での相談をするが物事は見かけ通りなんてことは何一つないのだと言われる
経験は円環。周り回って自分に襲いかかる物語
ミリアム
夫人と不思議な少女ミリアムと会う。彼女は存在しない存在のように描かれ、夫人を付き纏うように幻覚を見ているかのように描かれていた
夜の樹
大学生ケイが電車で変な夫婦に会う。物語は孤独の中 不安を誘っていく
好きなフレーズ引用
妻は私の腕の中で死んだ。最後に私は尋ねた。君は幸福か アイリーン?僕は君を幸福にできただろうか?幸福 幸福 幸福というのが彼女の最後の言葉だった。何とでもとれる。彼女の答えが果たしてイエスだったのか それともただの質問の反復だったのか 私には知るべくもない。もし私に彼女という人間がわかっていたなら その答えは自ずと理解できるはずだ。
しかし夢を見ない人間とは 汗もかかない人間のようなものだ。そういう人間はどんどん毒を内側に溜め込んでいくことになるのさ