内藤朝雄のレビュー一覧
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子どもの人権をまもるというテーマに沿って……かな? けっこうそうそうたる人々が稿を寄せている。宮田雄吾(大阪共立病院・大村椿の森学園)、山野良一(名寄市立大学・専門社会調査士)、駒崎弘樹(認定NPO法人フローレンス代表)、仁藤夢乃(一般社団法人Colabo代表)、熊谷晋一郎(東京大学・当事者研究)、大塚玲子(編集者・ライター)、内田良(名古屋大学・教育社会学)、大貫隆志(「指導死」親の会共同代表)、大原榮子(「メンタルフレンド東海」世話人代表・名古屋学芸大学)、前川喜平(元文部科学省事務次官)、白濵洋子(佐賀女子短期大学・学校保健)、内藤朝雄(明治大学・社会学)、山下敏雄(弁護士)、村田和木(ライター・社会福祉士)、南和行(弁護士)、土井香苗(国際人権NGOヒューマン・ライツ・ウオッチ日本代表)といった方々。
一方で、どこか子どもの立場に立った活動なのだろうかと思わせもする。子どものためを思って考えての活動ではあるだろうけど、子どもの思いに直結できているだろうか。ほんとにほんとに子どもの人権をまもる活動といえるだろうか。厳密にいえば、たとえとして、大人が余裕をもって子どもを育てられるまちづくりのような活動は、子ども第一ではないと思う。そんなことを気にしながら、各人の稿を流し読んだ。
なぜ木村草太氏が編集になっているのかちょっと疑問。それらしい人ではあるけど、これまた厳密にいえばそのものズバリな人って感じがせず、彼の知名度に頼って編者にしたのかなって勘ぐってしまう。 -
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本田氏の「教育の職業的意義」、内藤氏の「マスコミ論・社会論」、後藤氏の「ニートをとりまく分析」それぞれベクトルが多少ずれている感があるが、面白く読めた。
感情的ともいえる内藤氏のマスコミ・メディア批判論調は、それはそれでよいが、ではどうすればよいかについては中途半端にも思える。
後藤氏は当時、現役の大学生でありながらたくさんの文献を読破し、調査し、そのレポートをされたという印象。主観的な意見はあえてかくすところは大学生らしくない。
本田氏の担当された内容は、この後に出版された新書「教育の職業的意義」のプロローグともいえる。賛否はあろうが、主張は一貫している。 -
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3人の著者が、バトンをわたすようにして、それぞれの立場から「ニート」言説について切り込んだ本。問題意識としては「三者三様」という面もありながら、その中心点として「ニート」という言葉が析出するところに妙がある。
第一部の本田由紀のパートが、俗流「ニート」論のまやかしをわかりやすく示している。だいたいのところは
・統計で見れば、ニート(働く気がない若者)は増えていないし、以前からわずかである
・そもそもイギリスの「ニート」は、経済的に恵まれず低学歴な若者が社会から排除されるのを問題視するために生まれた言葉だった
・しかし日本では15~34歳までと対象が大きく拡大され、しかも「失業者」が除外されてしまった
・このことにより、日本では「ニート」問題が失業者対策から遊離し、さらに「ひきこもり」との同一視がすすんだ結果、つまりは「心の問題」であるとされてしまった
・「ニート」問題は、本来の就業問題としてとらえ直されるべきである
というあたりだろう。
この部分だけでよければ、前半の60ページだけで十分。あとは、「ニート」をダシにして、「職業教育」「いじめの心理」「若者バッシング」という3人それぞれの土俵へと読者をひきずっていくつくり。まぁ、それだけ「ニート」言説がかなりの広がりをもっているということだろう。
「近頃の若者は……」という言葉で耳が汚れたとき、解毒剤としてかなり効能が期待できる。 -
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言ってることは正しいけど、それはもうわかってるでしょ、
とどうしても思ってしまう内容。
"ニートとひきこもりを近似値で見ること自体が間違え、更に言えばひきこもりを否定的に見ること自体が間違え(要約)"
"典型的なのは、2003年に内閣府が刊行した「平成十五年度版国民生活白書」における認識です。この白書の中では、「フリーター」問題は企業が若者、特に新規学卒者の採用を抑制したことから生じており、一番重要な原因は企業側にあると言い切っていました。"
ニートという単語が張り切る前にフリーター論がそういう風に転んでいたのは初耳でした、おしい。
"この時代の人々にとっては、十五歳少女がヒ素を使って妹二人を殺したという事件よりも高校野球の方が大事だったのです。"
少子化による子供の神聖化がむしろ児童犯罪をクローズアップさせて少年が非行化しているように見せているという悪循環。また、殺人・強姦率は戦後一貫して下がり続けているといういつものグラフも掲載、大切。
"かつての貧しい時代に起きた事件を見てみますと、兄弟が多すぎて、親の愛情が行き渡らなくておきた、というタイプの紋切型の報道がなされていたりします。"
少年犯罪の典型報道に「兄弟が多すぎて愛が行き届かなかったから」という時代があったことには驚き、現在は「一人っ子で兄弟との葛藤や本当の愛を知らない」云々になるのでとても忙しい。
全体的にもっとニートの雇用問題の話が多いのかと思ったら、少年・新卒付近の成年に対する社会の偏見について重点的に扱った本。若者論として見るなら古市氏の「絶望の国の〜」の方が優秀かと思われる。 -
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ネタバレ「ニート」という言葉は、もうあまり聞かなくなった気がするけれど。
・イギリスの「NEET」=16~18歳、学生でもなく働いてもいない、失業者を含む
日本の「ニート」=15~34歳、〃、失業者を含まない
・少年犯罪は凶悪化も増加もしていない。むしろ終戦直後の方が、いずれの点においても悪い状況にあった。
・同書の中でも述べられている通り、「ニート」論に限らず、あらゆる若者バッシングの構造を見抜くヒントが示されている。政治、経済、雇用といった側面から問題解決が図られるべきところを、教育や精神論にすり替え、自己の醜く耐えがたい部分を若者に投影することで溜飲を下げる人々がいるという。これは私自身にも無関係な構造ではない。「周囲の大学生はダメだ」と言って、優越感のようなものとともに思考停止してしまう場面が、正直少なくなかった。彼らを取り巻くマクロな条件を見極めてからものを言うべきではないか。批判するだけなら誰でもできるのである。ただし私は、いかなる大学生とも分け隔てなく付き合え、と言いたいのではない。波長の合う人々と関係を深めていけばよいが、「それ以外」の人々を一様に語ることの危険性を喚起したいのだ。それは多様な生き方に対する想像力をかなぐり捨てる行為であり、ひいては自己の生き方に自ら枠線を引く窮屈な状況を引き起こしかねない。 -
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ニート問題の論じられ方、そういう論じられ方にはどういう構造的問題があるのはをデータに基づいて分析し問題提起した1冊。3部構成でそれぞれ3にんの著者がテーマ別に論じている。
1部ではニートの定義と、本当に必要な支援策について。問題なのは非希望型と非求職型の人、ひきこもり、犯罪親和層を一色淡にしていることだ。非希望型とは今働く必要も予定もない人。非求職型とは働く意欲はあっても病気やけがで働けない人のこと。非希望型には教育機関への入学準備者や結婚を控えた女性、身障者なども含まれており、そもそも実数は増えていない。色々なライフスタイルの人が、データ上でひきこもり・犯罪親和層と同じ扱いを受けている。非求職型は性質上フリーター・失業者と似ていて、ニートに含めるかは判断が難しいだろう。
ニート問題がこうして曖昧な定義の元流布されているのは、いくつかの意図がある。それは雇用問題に対する労働需要側の責任を覆い隠すためだったり、日本労働研究機構の研究成果への圧力だったりする。支援団体ビジネスを行う人もニート問題を利用している。
こういう問題に対して昔の教育の職業的意義が欠如した、学校経由の就職をとりやめて、学校卒業後に模索期間を設けて色んな会社で非正規雇用で働いたり経験したりさせよという対策を提言。
2部ではこうした青少年ネガティブキャンペーンが生まれるメカニズムについて。日本の、共通善(人はこういう生き方をすべきだ)による透明な社会という理想が根底にあり、それが害されるために起きる憎悪を、まずメディアが利用していることに原因がある。それにより大衆は自己の投影同一化により、自分達の雇用に対する不安を若者に投影する。それを教育で矯正せよと言うことによって自分達の不安を解消する。
これに対しては、リベラリズムの欠如が問題とし、自由なライフスタイルを決められることを目標として行政は全ての人にライフチャンスを提供し、セーフティーネットを設置することを提言。
3部ではニートに対する言説の話。1,2部の総まとめみたいなもの。
ニート問題に関してざっくり知りたければおすすめ。ただ、3人の著者が自分のテーマを新書の3分の一で語り尽くすのはやはり無理があったのか、詰め込んだ感満載。対策の提言も具体性を書いている。個人的には、1部で模索期間の話が出ていたが、これにはおおいに共感。就活を経験した身として、実際に色んなところで働くことが大切だと思っていて、それが欠けている限りミスマッチは起こり続ける。