車谷長吉のレビュー一覧
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この本を読み始めてすぐに、頬を平手で叩かれたような感覚に陥った。
目が覚めるとはこういうことか。
最初の相談についての答えは、自分の不運を嘆くことは考えが甘い、覚悟がないとけんもほろろである。相談者の悩みに寄り添って回答するありがち悩み相談とは一線を画している。
もうぐうの音もでない。
この本は車谷長吉が朝日新聞の悩み相談で回答したものをまとめたものである。
朝日新聞が車谷先生を起用した心意気はあっぱれ。
こんなこと言っちゃっていいの?とハラハラするほどの珍回答(?)続出。
教え子の女性とが恋しいとの相談には、恐れずに仕事も家庭も失ってみたらと説く!!
人生には救いがない。その救いのない人生を、救いを求めて生きるのが人の一生だと繰り返し本書では語られる。
この作者の信念があってこその回答だと思うと実に深い。
小さなことでクヨクヨするなと叱咤激励してくれるこの本は、私の大事な大事な本になった。
最後の万城目学のあとがきがまたいい。この二人は奈良に共通項があるんだなとニヤニヤしてしまった。
車谷さんの小説は読んだことがないが、これは読まずにいられない。一刻も早く! -
Posted by ブクログ
冥い底辺に蠢く人々を圧倒的な筆力で描いた作品。
内容も文体もまったく違うけど、開高健の「日本三文オペラ」(ちょっとスカッと抜けすぎてるか)や「ロビンソンの末裔」(うん、こっちの方が近い)、中上健二(作品はうろ覚えだけど)などを思わせる雰囲気があります。
虚無でありながら、日も差込まぬ暑い部屋でひたすら串を打ち続ける「私」。無関心のようで気を使ってくれる口の悪い焼き鳥屋の女主人。口もきかず、ただ毎朝夕に肉を配達する男。不気味な恐怖感を奏でる刺青師。そしてその愛人らしき美人。たむろするくすぶり(下っ端ヤクザ)達。登場人物は多彩で、それぞれが見事な造形です。
ただ単に描いたと言うより、重い情念が書かせたという感じがする作品です。
いや、読み応えが有りました。 -
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心が近鉄電車の中にまだ自分もいるような感じで動けない。
夏目漱石もゆうとったらしいけど、やっぱり「書くということ」は“命の交換”なんやと。
命を削りながら、描くというよりは、命と交換するくらいの気持ちでないとあかんということやとおもう。
この小説では「池に沈んだ月を掬い取る」という表現をしているけど、そんなどうなるかわからんようなもんに命をかけるとは、恐れ入るしかない。そして文学とはそうなんやと。
この小説は、書くということで作者が命を差し出す迫力に圧倒される。読後、しばらく心が痺れて動けないでいる。
2022/1/29 再読(コロナ罹患のため療養中に)
人や出来事を丁寧に彫り起こしながら、描いているとおもう。
正に彫刻刀で周りを削りながら、一つの仏像をかたどるようにして。
祈るより拝んでしまいたくなるような作品。
穢れの中にこそ、神聖性がこちらを見つめる何かがある。
いわんや、迦陵頻伽は蓮の咲くドブ池から飛び立つ。
素晴らしい作品でした。
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小説家を目指しつつ、東京で仕事をしていたが、とあるきっかけですべてを捨てて尼崎の居酒屋の女将に匿ってもらってほそぼそと暮らす男の人生。
何もかも捨て尼崎に降り立った生島は、居酒屋のセイ子に拾われ、ボロアパートでモツの下処理をする仕事を貰う。隣には刺青師、色っぽいその妻アヤコが住み、周辺にはカタギではない人たちが行き交う。
あんまり調べてないけど、作者の私小説的な部分が多いのではないかと思う。ちょうどゴールデンウィークに、吾妻ひでお『失踪日記』『うつうつひでお日記』を読んだところだったことや、もともとつげ義春なんかを愛読していたので、こういう世界は大歓迎。
読み始めから「併し(しかし)」なんていう言葉遣いなもんだから、これは結構苦手なやつかも、なんて思ったが、読みやすいです。
コテコテの関西弁に、ヤクザの会話など、わけの分からん部分もあろうが、これは主人公もわかっていない。我々が子供の頃に、大人の会話が全く意味をなしていないように聞こえていたものが再現されている。
裏社会と表をいったり来たりする浮遊感と、心中を決意するくらい思いつめたりする割に、具体的に逃げ出さない優柔不断な感じが、おそらく読んでいる人の8割位には理解できるのではないか。
また、純文学的に見たときに、章で小さく区切って、どうでもいいようなことを見つけたり話したりする、そういう感覚もみずみずしい。文章も概ね平易だし、妙な比喩をこねくり回して感情を表現したりもない。直球であるところに好感が持てる。
最後に、顛末後について1ページ、チラッと紹介してくれているのだが、顛末後の小説もあったら読んでみたいものである。 -
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2015年に69歳で逝去した車谷長吉が、朝日新聞で連載していた人生相談をまとめた一冊。
とはいうものの極めてアクの強い作風を持ち、「人生が破綻していく最中でも人間は甘美を感じることができる」という人生観を持つ著者のことであり、一般的な人生相談からはあまりにかけ離れている。
例えば夫の浮気を知りながら世間体を気にする余りに身動きが取れなくなっている女性に対する助言はこのように語られる。これが真理だとしても、なかなかここまでストレートにアドバイスをできる人間はこの世にはいないだろう。
「自分の世間体など捨ててしまえばよいのです。恥をかいて、醜態をさらせばいいのです。道の真ん中で、夫とその女に怒鳴り散らせばよいのです。泣きわめけばよいのです。そして近所の人たちに事実を知ってもらえばよいのです。その女の家へ怒鳴り込んでいき、女の夫にも知ってもらえばよいのです。そうすれば気が楽になりますよ」
(本書p98)
それでも、新聞という媒体のせいか、ときたま投稿される中学生・高校生からの悩みに対する助言は慈悲深く、この二面性にも彼の人間観が強く出ているように思う。 -
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三重県の赤目四十八瀧を、わけあり男女が死ぬ場所を探してさすらう話かと思って読んだのですが、全然違いました。
主人公の生島与一は、もともと東京の会社員だったのだが、彼女と別れたことをきっかけに会社を辞め、流れ流れて今は尼崎のぼろアパートで、モツを串に指して日銭を稼ぐ暮らしをしている。
やけになっているわけではない。
何かが決定的に欠落してしまったのだろう。
同じアパートに暮らすわけありの人々に、心ならずも関わり合いになりながら、やはり主体性なく流されていく主人公。
テレビも電話もなく、所持品と言えば風呂敷に包んだ2冊のノオトと万年筆にインク壺くらい。
鍵のかからないアパートの部屋で、日がな一日モツを串に刺し続ける。
そんな日常が淡々とつづられているのだが、これ、舞台は昭和53年のことなのである。
昭和53年と言えば、もうそろそろバブルもやってこようかというこの時期に、ふろしき、ノオト、インク壺。
一瞬パラレルワールドかと思ってしまった。
そしてこれ、直木賞受賞作品なんですよね。
芥川賞ではないんです。
文学、奥が深いなあ。
200ページ以上たってようやく話が動き始める。
大家であり雇用主であるセイ子ねえさんに、出ていくように促され、アヤ子に「一緒に逃げて」と言われ、晋平ちゃんは親戚の家にもらわれていき、彫師の男は不穏な動きを見せ始める。
誰もが思わせぶりで、核が見えない。
250ページを過ぎて、赤目四十八瀧へ向かう主人公とアヤ子。
底辺に生きるというのはどういうことか。
生と死、しがらみと矜持、男の性と女の性。
狭い世界に、むっとするほどの熱と湿度。
270ページほどの短い小説なのに、じっくり時間をかけて読まなきゃ理解できなかったので、大変時間がかかりました。
だからと言って小難しいわけではないのです。
息を詰めるようにひっそりと読み、そして深く鋭く感じ入りました。 -
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新聞に連載されていたらしい、人生相談の文庫化。
最近は新聞を取っていないので、そのようなコーナーがまだあることにまず驚く。
昔は興味深く読んだものだけど。
しかし、ふと思った…
本当に一般人の投稿なのか?
それにしては文体が統一されすぎている気がしないでもないが、本当だと信じるとして。
車谷氏は、それぞれのお悩みにつき、ある時は毒舌でもって切り捨て、ある時は真摯に相談に乗っているように見せかけながらも、韜晦しているのでは?と思わせる。
その回答は一見、「言ってること違うじゃない!」という感じなのだが、実は「言いたい事」は全部同じなのかもしれない。
「あなたより救われない人がいます」
「人間はいつか死にます」
「人は死ぬまで変わりません」
「悩みは解消されないので、他の事を考えましょう」
「新興宗教は金儲けでやってるんだけど、あなたがお金払っていい気持ちになれるなら、自己責任でどーぞ」
つまり、半眼でこう言っています。
『さだめじゃ』
後ろの方には、若い人からの相談が載っていて、さすがに人生経験の少ない彼らに対しては、良い大人として回答しているように思いました。 -
Posted by ブクログ
2015年最後に読んだ本。著者の車谷長吉さんが2015年に亡くなったから年内に、と思って。(誤嚥性の窒息が死因だったとかでけっこうショッキングだった)
直木賞受賞作。この映画で寺島しのぶが賞を総なめしたイメージが強い。
33歳の生島は、歩んでいたエリート街道を外れて底辺の生活へと身を落とす。尼崎にあるアパートの一室で、病気で死んだ牛や豚の臓物を串に刺し続けるという仕事にありつく。
向かいの部屋からは彫眉という男が女たちに刺青を彫る苦痛の声が漏れてくる。
階下の部屋には彫眉の情婦で妙に艶かしい女・アヤ子が住み、生島は密かに心惹かれていたのだが、ある日アヤ子が突然部屋を訪れたことから、事態は動き出す。
日本が舞台の物語なのに、退廃的すぎてもはや寓話の域とも言うべきか。
日がな一日臓物を串に刺し続ける生島と、雇い主のセイ子。毎日無言で臓物を届けに訪れるさいちゃん。彫眉にアヤ子。元々がエリートである生島以外はいわゆる底辺で生きる人々で、彼らを取り巻く人間たちもまた同じく底辺にいる。
生島も自ら選んで堕ちた道に来たものの、他の道を選ぶことが出来ずに運命的にその場所にいる周りの人間から見ると、生島はやはり異質なものに見えてしまう。みな生島のことは嫌いではないけれど、住むべき世界が違うと感じて、遠回しに元の世界に戻るよう促したりする。その周りの人間の優しさが痛々しくて哀しくて不器用で、そしてとても愛おしく感じた。
ヤクザ、刺青、コンクリ詰め、兄の借金の肩代わりに売られていく女…物騒で個人的には全く縁のない世界が描かれていて、人間臭く、恐ろしく、性の匂いも強く、雑然とした町の匂いとか、アパートの部屋に染み付く臓物の匂いまでが読んでいて感じられるような気がするほどなのに、一本芯に不思議な美しさが消えずに存在するように思えた。
アヤ子の揺れる心情と最後に見せた強さが哀しく、読後の変な空虚間がしばらく消えなかった。