車谷長吉のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
相談してはいけない相手。相談しても無駄な人。っていう人がそれぞれいると思う。
車谷長吉は、絶対に相談なんかしちゃいけない奴だと私は思う。
教え子の女子生徒が好きで好きで堪らず、「情動を抑えられません。どうしたらいいのでしょうか」という40歳の高校教師の深刻な悩みに、
「破綻して、職業も名誉も家庭も失った時、はじめて人間とはなにかということが見えるのです。あなたは高校の教師だそうですが、好きになった女生徒と出来てしまえばよいのです」
と、とんでもない、不道徳極まりない解決策をけしかけている。
こんなのが毎週朝日新聞の別刷りの紙面に連載されていたんだそうな。それが一冊にまとめられたのがコレなのだが、天下の朝日新聞が呆れたもんだ、などと言うつもりは、ない。
だって、痛快ではないか。
先の高校教師への回答は、
「そうすると、はじめて人間の生とはなにかとういことが見え、この世の本当の姿が見えるのです」
と締められている。
『人生の救い』というタイトルは、逆説的なタイトルではなくて、真に「人生」と大上段に構えるだけの深みがある気がする。こういう突き抜けた説法を目の当たりにしてしまうと、凡百の人生相談などはたんなる処世上の薄っぺらな解決策の安売りに見えてしまう。
車谷長吉は、西村賢太が現れるまで我が国の私小説作家の最後の生き残りだった。田山花袋以来連綿と生き伸びてきた私小説作家という絶滅危惧種の最後の一人が、それこそ人に知られずに埋もれた存在だったのを発見し、世に最初に知らしめたのは稀代の目利き白洲正子だった。彼女は、奈良や三重あたりの山奥だとかから、ゴミ扱いされていた能面やら古磁器やらの逸品を探し当てたのと同じ手法で、天下一品の旦那、次郎のことも掘り当てている。その目利きが「私が最初にめっけたんだからね」と、車谷との対談の中で言っていた。鶴川にある旧白洲邸に残されている書斎に、車谷の『塩壺の匙』があった。これは、白洲正子が掘り当てた車谷の最初の傑作で、本棚の一冊は著者からの献本であろう。裏表紙を開いたら、贈り主の名と感謝の言葉が書いてあるはずだ。ただ、傾きかけたその本棚に手を触れることは禁じられているから、確かめることはできなかったが間違いあるまい。
そんなわけで、その人の眼を信頼している目利きが見出したというのだから読んでみるか、と読み始めたのが『塩壺の匙』だ。その毒と棘を持った私小説ぶりは衝撃だった。
ただ、残念だったのは、その「毒」と「棘」は著者の周囲と著者自身を刺す棘でもあり、自らの息の根も止めかねない毒でもあったことだ。
些細な名誉棄損で訴えられ敗訴し、幾つかの作品だけを世に出しただけで車谷は私小説作家としての筆を折った。
その後いったいどうしているのだろう。と、消息を気にしていたのだが、こんな形で「毒」を含みすぎた危ない人生相談で糊口をしのいでいたのだろうか(またしても失礼、おゆるしを)。
たしかショウペンハウエルったと思うのだが、大戦末期のナチス独裁下の知識人の在り方について、面白い箴言を残している。
国家社会主義(ナチスのテーゼ)的であることと、知的であることと、誠実であることは鼎立しがたい(三つとも同時に成り立たせることはできない)。
つまり、
国家社会主義的で知的でもあるならば、その人は誠実ではない。
国家社会主義的で誠実でもあるならば、その人は知的ではない。
知的でなおかつ誠実であるならば、そのひとは国家社会主義的ではありえない。
私はこの言い得て妙なロジックの「国家社会主義的」のところを「私小説作家」と言い換えてみると、車谷長吉の私小説断筆宣言の顛末に得心がいく気がする。
なまじ慶應の文学部なんかを出てしまったインテリである彼は、作中暴露してしまった秘事の当事者を傷つけてしまったことをまじめに反省してしまう。つまり知的で誠実であった彼は、私小説を書き続けることができなくて当然だったのだ。
車谷さんの、時には実名をあげて人の人生の醜さを暴露していたような往時の小説作品の続編を私たちはもう読むことはできない。
だが、「亭主がじじいのくせに浮気しやがって」とか、「父親が女性の下着を集めていて、でも父のことは嫌いじゃなくて」とかの相談が寄せられ、回答者の車谷さんが自らの人生を引き合いに、いっそどん底に落ちてみなはれ、みたいに答える。
かつて、稀代の目利き白洲正子が見出した、類例のない「毒」の魅力を湛えた車谷長吉の文学世界は、しっかりここに命脈を保っていた。
この一冊で紹介された「悩みのるつぼ」なる連載は、まだ続いているのだろうか。
新聞の定期購読はとっくに止めてしまった我が家だが、来週の土曜、朝日新聞朝刊は買ってみようと思う。 -
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壮絶。圧倒されて読みました。
底辺に堕ちたと主人公の生島は思っていたけど、アマに住む他の人たちは「あんたはここにいる人とちがう」と、最後まで仲間みたいなものには入れなかったな生島のこと…それは希望みたいなものかもしれないと思いました。ここに馴染ませてはいけない、と。中には陥れようとする人もいるし危ない事にも関わってしまうけど、それでも助けてくれる人もいるし。
こんな世界は表からは見えていないだけで、まだあるんだろうなと思わせられる現実感がありました。アヤちゃんみたいになる人もいるんだろう。。迦陵頻伽の入墨って凄い。
晋平ちゃんも幼いながらに(これは言葉にしてはいけない)を弁えてて悲しくなりました。そうしなければ生きていけないんだな。
噎せ返るほどの情念。心中未遂…哀しい。 -
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一風変わった恋愛小説としても十分面白いのですが、それよりも意図的に使われる大正ロマン(大正をよく知りませんがなんとなくそんな雰囲気)の文体を愛でる作品のような気がしました。その意味では、この小説は芥川賞候補でもおかしくなかったのでは。舞台は昭和53年なのに、この文体の効果で尼崎のどんよりとした底辺にうごめく人間模様が一種独特な迫力で描写されます。打算的で利己的だが主体性の薄い主人公が、身を崩し特殊な下位社会の中で流されて生きる、その絶望的な状況でも誰かを信じてみようと思わせる人間のやさしさとはかなさを知る・・
「圧倒的な小説づくりの巧みさと見事な文章で、底辺に住む人々の情念を描き切る」という宣伝文句に嘘、偽りはありません。
ちなみに、本作品は第119回直木賞受賞作ですが、選考では満場一致、特に黒岩重吾、五木寛之、井上ひさしが絶賛しました。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ文体が全体的に異臭というかそれでいて狂気と静謐さを帯びている。私とアヤちゃんの関係性と、私とセイ子ねえさんとの関係性。くすぼり、と呼ばれる連中達の中でひりひりとした私の心情がスカタンと自らを呼び、どこまでも世捨て人として落ちていこうとする。けれど、周囲の人間は私にあんたはここで生きていく人間ではないと突き放す。私はどれほどスカタンで落ちていく人間だとしても彼女や彼らにとってはインテリの観察者でしかないのだ。だから最後アヤちゃんは私との心中を未遂にしたのではないか。車谷長吉の言葉は良い意味で古臭く、アマの生活での言葉遣いが理解出来ない場面があったので、これはまたいつか再読するべき本だと思った。
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ネタバレ「いやあ、今日も車谷先生、豪快に殺したはるわ~」
万城目学による所感。先日、万城目の『ザ・万地固め』の中に本書の”解説”が丸々収録されていた。それを読んで、こりゃ面白そうと読んでみたもの。確かに、面白かった。
人生相談ものは、なんと言っても悩みそのものより回答者の人となりが出る回答っぷりが見もの(読みもの?!)。お題を与えられて答える、いわば大喜利のようなもんだ。
古くは中島らもの『明るい悩み相談室』にハマり、最近読んだものでは、伊集院静の『悩むが花』が痛快だった。楠木健による、いかにも胡散臭い回答だらけの『好きなようにしてください』も、ある意味、こうした人生悩み相談の本質がよく分かる。その楠木自身が引用しているように、「結局は「がんばろうぜ」になる相談(水野タケシ)」ということだ。
が、この車谷長吉は、ちょっと違う。かなり違う。万城目が言うように、ほとんど相談になってない。それどころか「がんばろうぜ」も言ってない。思いっきり相談者へのダメ出しオンパレードだ。 相談者に対して「あなたはxxxな人間だ」と言い切る。曰く、
「あなたはなまくらな人です。」
「あなたは小利口な人です。」
「あなたの夫は駄目な男です。」
「この人は一生救われないな」
万城目じゃなくても、
「いやあ、豪快に殺したはるわ~」
となるわな、こりゃ。
万城目の解説をさらに引用すると
「悩み事と言う精神の暗き淵から発せられた訴えに対し、さらなる奈落から回答する。まったく新しい悩み事相談のかたちを、車谷さんは作り出したのではなかろうか。」
これに尽きる。
が、己の艱難辛苦を舐めた人生の実体験、仏教徒としての、ほとんど悟りの境地から発せられる言葉の数々は、実に重いし、真実を突いているようで、相談者もぐうの音も出ない趣きがある。
とある悩みで、このままでは人生が破綻してしまうという相談には、
「世の多くの人は、自分の生はこの世に誕生した時に始まった、と考えていますが、実はそうではありません。生が破綻した時に、はじめて人生が始まるのです。」
とむしろ破局へ進めと言う。
行動を起こさず、何か良い対処方法を訪ねてくるような質問者には、行動を起こせと言い、
「その結果、重大なことが起きれば、その責任はあなたが取ればいいのです。いやなことに黙って耐えるよりは、ずっと気持ちが楽になるはずです。
人間世界には、楽な道はありません。」
と、喝破。
夫の浮気を相談してきた主婦が、世間に後ろ指をさされないよう上手くやめさせられないかと相談してきたら、世間体を気にする相談者をまず責める。
「だから、あなたの夫はそこにつけ込んで、浮気を繰り返してきたのです。責任の半分はあなたにあります。(中略)まず反省すべきはあなたです。」
すごい!すごいぞ、車谷先生!!!!
ある意味、ちゃんと回答してるとも言える。人生の救いを提示しているんじゃなかろうか。
言われた本人は、相談する前よりもいっそ落ち込みそうだけど(笑)
そんな車谷さんだけど、心を落ち着かせるため、精神の安定を得るために、奈良を訪ねるよう言ってくれるのは、いいね。
「私は仏教徒なので、奈良県の大和盆地のお寺を訪ね歩くのが好きです。(中略)一人で行けば、心静まる時間が得られます。あなたにもぜひお勧めいたします。」
著者の作品は過去1冊しか読んでいないが、人となりを分かった上で、改めて読んでみようと、少し、思った。 -
Posted by ブクログ
ネタバレいやもう、こら凄い。激重。どヘヴィー。ちょっと、もう、口あんぐり、としか、いいようが、、、ないな。
読んで良かった、という気はするのですが、自分みたいな根性なしは、この世界では、全く生きていかれへんだろうな、と、思うしだいです。喰われる立場になって、それこそこの小説の主人公が、毎日ひたすら作り続ける、病死した鳥や牛や豚の肉の串焼きの具になる立場やな。そう思うたのです。
関西弁?というか大阪言葉?神戸言葉?まあ、一応は、関西弁って言い方になるのか。小説内で、登場人物がしゃべるその言葉が、めちゃんこリアル。まんまそのもの、っていう、うひゃあ、これが生の言葉か、って感じ、でしょうか。読んでて、めっちゃ心地よかったです。
あと、時々、町田康さん的口調の地の文もでてきて、それも好き。町田さん、車谷さんの小説、読まはるんやろか?なんかこう、根っこの部分のすっごく深い暗いところでは、お二人は、似ている気がします。町田さんの小説のほうが、とっつきは良い?気がしますが、、、いや、んなこたあ無いか?
どアングラ、というか、どパンク、というか、まあ、激烈にスゲエものを読んだ。という感は、ありました。でも自分には、とても、この小説を語る力はないな、とも、痛感。なんでこんな世界と向き合って、表現できるんやろうなあ。おっとろしいことですよ、コレは。 -
Posted by ブクログ
新聞で連載されていたのをまとめたものですねぇ…自分は車谷さんのファンですのでまあ、楽しめましたかね…。基本的に絶望の中に居るというか、もう生きている、その状態が車谷さんにとっては苦痛なんだそうで、そうした視点から回答するものですから、相談者からしたらもう…絶望と言いますかね、突き放されたような感じを受けるんじゃないでしょうか? 社畜死ね!!
ヽ(・ω・)/ズコー
でもまあ、僕も個人的には車谷さん側の人間でしてアレですね、悩んでもしょうがないと言いますか…こういう、人生相談とか、他人に相談して答えをもらうっていう考え自体アレかと…まあ、他人に相談して少し気が楽になる、そういう意味合いであればいいのですけれども、本気のアドヴァイスをもらうというのはちょっと違う気がしますねぇ…さようなら。
ヽ(・ω・)/ズコー