マキアヴェッリのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
●レビューの要約●
読みやすくはないけど、内容はオススメ。13章と15章だけでも読んでみて!
何かを決断するときに、あれこれ考えて悩んでしまうタイプの人に、「決断ってそういうことなんだ。迷わなくていいんだ。」と背中を押してくれる一冊です。
<以下、詳細。>
漫画タッチでイケメン風味のお兄さんが表紙になっている版が平積みされていて、「これなら読みやすそう!」と思って買いました。
・・・が、表紙のイメージほど読みやすい日本語ではなかったです(・_・;)
なぜなら、本書は「新版」といっても、昭和40年に日本語訳されたもので、日本語の中身は当時のまま、表紙とフォントだけが現代風になっているものだったからです。
それでも読んでよかったと思えたのは、本書の本当の読みどころと言われている13章と15章の議論がおもしろかったからです。
君主論は、マキャベリが当時仕えていたフィレンツェの王・ロレンツォ・デ・メディチにあてて、君主たる者こういう心構えで国をおさめていくといいですよ、という手紙の形でつづられています。
君主論の世間でのポピュラーな評価は、「キリスト教的な道徳を無視して、いかに効率よく国を治めるかという観点で書かれた実用書」。
当時のヨーロッパでは「反道徳的でけしからん本だ!」という受け止められ方が強かったようです。
確かに、そう評価されても仕方ないような過激な話をさらっと出しているところがよく出てきます。
例えば、誰かがもともと治めていた国を手に入れた後は、
「親しくそこへ移り住む」ことで平和的に統治をするのが一番だが、そんなことを全部の領土にしていくわけにはいかないだろう。
ならば次善の策として、かの地を治めていた領主の血統を根絶やしにするべきである。
とか。そういう話が、さらっと出てくるわけです。
マキャベリは決して、その土地に親しく移り住んで平和的に統治することと、
かの地の領主の血統を根絶やしにすることを比べて、後者の方が良いと言っているわけではありません。
あくまでベストは前者であり、でもそれができない状況で、かつその土地を手に入れてしまったら、
後者のような策を講じないと、土地を失うよということを言っているだけです。
立派な人格でありながら、(それゆえに余計に)自分の行動についてあれこれ悩んでしまうような性格の君主を「それでいいんだ。悩まなくていいんだ。」と力強く励ましているようにも読めました。
例えば、「君主たる者、残虐であるという評判がたつことを恐れてはならない」 という話が出てきます。
これは、現代でいえば
「自分の仕事を遂行する上で必要な特性を自分がそなえていたとして、
それと表裏一体にある後ろ向きな面を人にとやかく言われたところで、気にする必要はない」
と置き換えられます。
当時の君主の仕事は、とにかく戦争に勝つことだった。
戦争にばんばん勝っていくというということは、良く言えば「強い」ということだし、悪く言えば「残虐である」ということで、両者は切り離せない。
だから、戦争にたくさん勝っている君主を人が「残虐だ」と言ったとしても、それは君主が仕事を遂行するのに必要な特性の裏側なのであり、気にすることはないのだと。
現代の話で言えば、例えばSEだったら、自分の話を論理的に組み立てて話すことや、相手の話を具体的に落とし込んでいくことや、たくさん勉強することはどれも 「仕事の遂行に必要な特性」 だと思います。
それらをことごとく悪い面から見れば、「あいつは理屈っぽくて(=論理的)、細かいことにうるさくて(=具体的)、ガリ勉(=たくさん勉強する)だ」という評判が立ってしまうかもしれないけど、そういうことに思いわずらう必要はないんだ!と、マキャベリさんから力強く励ましてもらったような、そんな気持ちになりました。 -
Posted by ブクログ
中世ヨーロッパにおける政治生体や様々なリーダーの栄枯盛衰を俯瞰的に分析し、リーダー(君主)とはかくあるべき
というものを記している。特に、憎悪と軽蔑は避けるよう努めるべきであるが恐れられことは必要である、助言は必要なときに自ら得れば良く、それ以外に進言される助言は不要であるといった内容が心に残った。リーダーの多くの資質について述べられているが、とどのつまり社会情勢や自分や他社の能力や性格をつぶさに分析し、臨機応変に対応する必要があるということだと理解した。今から500年前に記された書物ではあるが、現在の組織にも十二分に適用できる内容となっている。 -
Posted by ブクログ
君主としていかに臣下や人民を抑え統治するか、歴史上の君主の事例から言及されている。その方法には、人を恐れさせる、反逆されないための残忍な方法も説かれているため、現在を生きる自分からは賛同しにくいと感じられるような方法も多い。とはいえ、必ずしも否定できるようなものでなく、当時の時代背景からそのような方法が取られてきたこととその合理性に対する理解はできる。
また、考え方として、相手に恐れられるような存在であること、且つ、相手に憎まれたりしないことが大事であることと、それを維持するためにどのように振る舞うか、どのような施策を打つことが重要であるか、自分の影響力の与え方を考える上での新たな視点としての学びがある。 -
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職務に任じられた官吏が財を着服しても知られることはない。水中で泳ぐ魚が水を飲んでも知られることがないように▼射手に放たれた矢はせいぜい一人を殺すか、殺さないかである。しかし、知者により放たれた智謀は、胎内にいる者をも殺すことができる。 カウティリヤChanakya『実利論』BC4世紀 ※マウリヤ朝チャンドラグプタの宰相
民衆を指導する者は正義(社会維持の徳)・知恵・勇気(精神の高邁さ)・節度をもつべき。キケロCicero『義務について』BC44
倫理・道徳と政治は別。善き主君、善き政体を考えるよりも、現実の欲望渦巻く混沌の世界にどうすれば秩序を与えられるか、を考えるべき。「人間はいかに生きるべきか」だけに囚われて、政治の現実の姿を見逃すべきでない。政治は醜く、権謀術数が渦巻く世界。君主は人として善い人であっても、有能であるとは限らない。時として冷酷な判断もしないといけない。君主が善良、敬虔、慈悲深くあろうと理想を追求すれば、いずれ没落してしまう。君主は愛されるよりも恐れられる方がよい。人間は、恐れている人より、愛情をかけてくれる人を容赦なく傷付ける。君主は獰猛なライオン・狡猾なキツネでなければならない。ニコロ・マキアヴェッリMachiavelli『君主論』1516
市民が活発に政治参加し、公共の問題に自ら取り組み、実践することで市民は人格を発展させられる。公共の善によって、個人の利益追求を制約できる。共和政が理想だ▼傭兵は自分の利益のために国を裏切るが、自国愛に支えられた市民軍は国を裏切らない。古代ローマでは市民軍があったから強かった。市民には共和国のために戦う意識を持ってもらい、軍事力を高めるべき。それにより対外的に拡張政策を取る。古代ローマが模範。ニコロ・マキアヴェッリMachiavelli『ディスコルシ』1531 -
Posted by ブクログ
共和制の国を占領するのは難しが、もともと君主制の国を征服して支配することは容易。住民が自由を知らず、支配されることに慣れているから。
加害行為はまとめて短く、恩恵は少しずつ長く。
君主には、良き土台が必要=傭兵と援軍は約立たず。自己の軍が必要。君主は、みずから陣頭に立って指揮官にならなければならない。
ギリシャは援軍をトルコに求めたため、異教徒に隷従する始まりとなった。ローマ帝国の滅亡の始まりは、ゴート人を傭兵にし始めた時。
君主は、戦争と軍制と軍事訓練のほかに業務はない。
君主は高い地位にあるため、誹謗中傷の的になりやすい。
君主はけちん坊と呼ばれることを気にしてはいけない。気前の良さを示すことは滅亡につながる。他人の所有物を分配するときは気前の良さが大事。
冷酷という悪評を意に介してはならない。口先だけの言葉を信頼してはならない。恐れられることと憎まれないこと、は両立する。
信義を守らなくても、勝ることがある。統治には法と力とがある。両方の性質を使いこなすことが必要である。
誠実を身につけて実践することは有害だが、そのようなふりをすることは有益である。
君主は訴えられる、または裁かれる場がないので、結果だけが注目される。ひたすら勝つことが必要。
征服したときは、された側の武装を解除する必要がある。徐々に一体化するよう整える必要がある。
尊敬され名声を得るためには、偉大な事業を起こすこと。力量の愛好者であることを示す。
側近の選定が大事。自分よりも君主のことを考える側近。
追従者から逃れる。自分のききたいことだけを訊ね、決断は必ず自分がする。余計なことは言わせない。
運命には半分くらいが委ねられている。半分は運命が自分に任せている。運命は時代を変転させるのに、自分の態度にこだわり続けると、合致しなくて不運になってしまう。運命は女性だから、慎重であるよりも果敢に組み伏せようとしたほうがよい。