高橋久美子のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
作者の知識の豊富さに魅了された。
いい文章を書くためのHOW to的な内容にとどまらない、多方面からの内容が満載の本だった。
読み終えた後、良い音がする文章を書くには、良い音がする生き方をしていくことが鍵だと思った。
『人は文字が生まれる前は声、音でコミュニケーションをとっていた。動物も声を持ち声で会話している』と歴史的な観点から始まる。言葉が分かりやすいのでどんどん頭の中に入ってくる。
例えば、
親から「夏休みの宿題をやっていないなら遊びに行っちゃだめよ」と言われたとしよう。
優しい声色や笑っている場合などは、まあ少しならいいかと思ってしまうし、大声でまくしたてるような口調のときはこりゃ本気で怒っているなと分かる。
「『夏休みの宿題をやっていないなら遊びに行っちゃ駄目よ』と母は玄関に仁王立ちで待ち構えていた」
相当頭に来ているのが分かる。
「『夏休みの宿題をやっていないなら遊びに行っちゃ駄目よ」と母は玄関で深くため息をついた」
こうなると怒っているより呆れている様子が浮かぶ。
文章にするとここまで説明しないと感情が伝わらない。
日本独特の古典音楽である雅楽やお囃子についても触れている。
『西洋音楽が入る以前の日本のビートは日常生活からほとんど消えてしまっている。日本独特のビートが消えている』にはうなずいた。
『人は意味や内容を知る前に、音としての言葉に左右されながら生活している。
政治家は政治家っぽい話し方になるし、先生は先生の、噺家は噺家の話し方になる。話し方は性格のもっとも反映されるところだ。そのリズムこそが、ごまかしようのない自己紹介である。』これにもうなずいた。
坂本龍一さんの逸話は印象に残った。
『坂本龍一さんが生前、朝日新聞の取材で「音楽の力」という言葉が一番嫌いだと答えていた。坂本さん自身もお音楽に癒された経験はあるけれど、「音楽を使ってとか、音楽にメッセージを込めてとか、音楽の社会利用、政治利用が僕は本当に嫌いです」と言っている。
「感動するかしないかは、勝手なこと。ある時にある音楽と出会って気持ちが和んでも、おなじ曲を別のときに聞いても気持ちがうごかないことはある。音楽に何か力があるのではない。音楽を作る側がそういう力を及ぼしてやろうと思って作るのは言語道断でおこがましい」
震災や戦争が起こると必ず「音楽の力」は登場してきた。音の一部だったはずの「歌詞」から、メッセージという名の「意味」だけが抽出されていく。
坂本さんは最後に「音楽は好きだからやっているだけ」』とこれには深くうなずいた。
「音楽は好きだからやっているだけ」は素敵な言葉で、さすが世界の坂本龍一さんと心に深く刻み込まれた。 -
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◼️ Q.(問い)
「いい音がする」文章とは?
◼️ A.(答え)
書き手の「心の動き」がにじみ出る文章
◼️ What(どういう意味?)
- いい文章 ≠ 上手な文章 → 小手先のテクニックだけでは人の心は動かせない
- 書き手の生き方や心が見える文章=唯一無二の文章
- 「いい音」は「いい感性」から
◼️ Why(なぜこうまとめた?)
- 効率良く、ウケる文章を書こうとしすぎていた
- 自分の思いや考えを、自分のために素直に書く方が心身ともに良さそう
- 自分が文章に惹かれた理由を改めて考えたい
◼️ How(何を実践する?)
- 日々のメモや日記を残すようにする
- 文章を書くことに対する自分の想いの原点をふりかえる
- 『読みたいことを、書けばいい』も読む
◼️ Keywords
- いい音がする文章は読み終わっても体に残る → 体に合ったリズムの文章(生物的な文章)
- 文のリズムは登場人物の喜怒哀楽に左右される
- 音や声には「気」が宿る → 書き手の「気」が文章にも表れる
- その人の人生が表れた文章は唯一無二のリズム
- 文章全体で小さな波をいっぱい立たせる(文末を工夫する)
- 文章の特性に合わせて書く → 例. 作文なら抒情的に
- 書きすぎない → 音読してみて美しくない、ワクワクしない文章は書きすぎ
- 自分の型を作る、あえてそれを乱す → 独自のリズム
- 書き手の心の動き(気づきや機微)が見える文章
- 自分のルーツの音を探す → 生まれ育った環境や暮らした環境で聞こえていた音は?
- 文章の書き手が「力を及ぼしてやろう」と考えるのはおこがましい
- 見た目で文章のリズムは変わる → 例.「がんばって!」「ガンバッテ!」「頑張って!」
- 言葉が持つ「音」で文章の印象自体も変わる
- 自分の言葉を紡げているか? -
Posted by ブクログ
ネタバレ「エッセイは何を書かないかも重要で、そこがおもしろいところ。どこを選び、書くのか。その時点で、私たちの音ははじまっている。それは、何に心を動かさせたかということでもある。文の音は、その人の心の音でもある。」
素人ながらに音楽好きな同世代だから、出てくる固有名詞とかエピソードがいちいちわかって共感できて楽しい。Charaのやさしい気持ち、岡村靖幸のカルアミルク、LOVE PSYCHEDELICO、とかのなんじゃこりゃみたいなこととか、ほんとにそう!でも、だから音楽って最高!
■作詞口座
・書きたいことがあるのなら3割はできたも同然
・いつどこで誰が、は書かないとしても設定としてもっておくこと
・感情は音が担ってくれる。歌詞で説明するのはむなしい
・夢とか愛とかでっかい言葉を入れすぎない
・あのそのこのを入れすぎない
・歌詞は音と言葉の間にある。だから歌詞だけで意味が成り立たなくてもいいのだ
・形容しすぎない
そういえば、娘が、お経のことを「おうた」って言ってるのに笑ったことがあったけど、今思えばすごく本質的だし間違ってないよなあ。
自分も音楽を嗜む人間として、言葉を愛する人間として、参考になる考え方がたくさんありました。面白かったです! -
Posted by ブクログ
この本、目の付け所がいい。
確かに、いい文章、というか、読みやすい文章、というのは、
リズム感がある。作者の声が聞こえ、テンポよく読める。
何より楽しい。
読みにくい文章はどんよりする。
納得。
ただ著者はそのせいで本を読むのが遅いという。
音を聴きながらでも早く読める気がするんだけどなあ、、
むしろテンポよく。
まあそれはそれとして。
作家、作詞家、ドラマーだけに視点が音から入るんだろう。
歌の作詞は半分は曲。
オノマトペの楽しさ。
谷川俊太郎のかっぱかっぱらった(ことばあそびうた)に久々触れた。
引用の多い本。
極め付きは
松本隆作詞で太田裕美が歌う「木綿のハンカチーフ」
吉田旺作詞でちあきなおみが歌う「喝采」。
短い言葉に曲がついて、世界を作る。
文章は大事にしたいな。
はじめに いい文章は「いい音」がする
第1章 ことばは「音」でできている
本を「音」で読む人
「絵文字」で何が伝わるか
文字のない民族は「音」で感情を伝え合う
突然ですが、ちょっと方言で書きますね
声は世界にひとつだけの楽器
文字はなかなか伝わらないけど音は一気にぜんぶ伝わる
赤ちゃんは「アンパンマン」がなぜ好きか
ニックネームは「呼びたくなる音」
テレビCMは音の戦略
なぜ「よいしょ」と言ってしまうのか
匿名の140字が生むリズム
「バズ」を狙うと自分の音が消えていく
column1 私の好きな「いい音がする文章」① 文豪の音
第2章 文のリズム・日本人のリズム
11歳からの「文のリズムの作り方」
国語は音読から始まる
誰もみな「音」から言葉を好きになる
「いい音がする文章」こそが時代を越える
日本古来のリズムはプログレ
洋楽に慣らされた日本人が忘れているリズム
雅楽の音と「日本人の気質」
演歌はなぜみな同じ曲に聞こえるか
米津玄師の曲が「懐かしい」のはどうしてか
金子みすゞと中原中也と「7・5調」
「音のおもしろさ」と「意味のおもしろさ」
人間関係はリズムでできている
column2 私の好きな「いい音がする文章」② エッセイストの音
第3章 自分の音を鳴らすということ
国語教育のちょっと怖いところ
なぜ「自分のリズム」を見失ってしまうのか?
「文を書く」は「音を作る」と同じだった
みんな知ってる言葉を組み合わせて誰も知らないリズムを作るスピッツ
ドラマー同士「音」で会話していた
音の生産地
リズムは自分の「性格」をもつくる
友達ではなく雲の上の詩人に共感した
「日記」で自分の音を鳴らそう
感情表現のツールは言葉だけじゃない
自分の音を取り戻す
column3 私の好きな「いい音がする文章」③ 方言の音
第4章 なぜ自分の音を出しにくいのか?
『上を向いて歩こう』はなぜ人の胸を打つのか
「歌詞」は音楽の一部にすぎない
「音楽の力」を嫌った坂本龍一の言葉
「お世話になります」はセッション前のチューニング
「あなたの音」をもらったら「わたしの音」を返してみる
生身の自分は「複数のアカウント」を使い分けて音を出している
「チョベリバ」は短命で「ヤバい」が長生きなのはなぜ
「予測変換」で音が死ぬ罠
文字は狭く閉ざされて音は広く開かれている
「自分の音を鳴らしまくった文章」がひしめくすごい場所がある
読む文章を「音」で選べる時代
「自分の音」を見つけるトレーニング
column4 私の好きな「いい音がする文章」④ 新聞記事とルポルタージュの音
作詞講座で伝えている基本的な「書き方」
「いつ・どこで・誰が」を明確に/説明だとわからないように説明する/でっかい言葉入れすぎない/「あの」「この」を入れすぎない/違和感を残す/書きすぎない/上手に書こうとしない/日記のようなリアルを書く/逆説やタブーを入れてみる/他の言葉に置き換わらない言葉/自己満足で終わらない/しかし、意味よりも音/晴れやかな音・くぐもった音
第5章 「音楽」にとって言葉とはなにか
私がチャットモンチーだったころ
「踊れないやつは人を踊らせられない」
「いい音楽」と「上手い音楽」は違う
音は年齢も国境も越える「言語」である
自分の独り言が知らない誰かのものになっていく
歌詞は歌われて完成する
私が憧れた「音としての言葉」の使い手
歌詞は「音」と「言葉」の間にある
「詞先」と「曲先」で変わる言葉の役割
文を音で推敲する
形容が多いと想像力が削られる
自分の音をコントロールして出せるように
column5 私の好きな「いい音がする文章」⑤ 絵本の音
エピローグ 生き方が音をつくる
あとがき
参考文献 -
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筆者の感性と熱量に圧倒される。巷の旅行本とは一線を画した旅。
海外でのバックパックを中心とした多くの旅。下調べの少ないからこそのハプニング。人の親切が身に染みるし時に怖い目にあったり、貧困ほか哀しい現実を見てしまうことも。
本書は真似すると危険なような現地の人との出会いが多く載せられている。ホテルや観光案内所、列車で相席になった人の案内について行き、予想外に素晴らしい店や観光スポットに巡りあう。
こういった紀行本は受けを狙った奇想天外な記載が多いものだが本書は至って真面目。筆者は全力で笑い泣いている。その旅を支える確かな感性。
読者に媚びる姿勢なくあくまで内容で勝負、無口な頑固親父の料理のような、無骨ながら確実に印象に残る作品です。 -
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チャットモンチーの元ドラマーである高橋久美子さんのエッセイ。私はチャットモンチーのファンだが、著者がバンドを辞めてからの作家活動は特に追っていなかった。たまたま SNS で本書が発売されるというのを目にして、その「旅を栖とす」というタイトルの響きと表紙のデザインに惹かれて購入した。いわゆるジャケ買いというやつだ。
バンドを辞めてからの約 10 年で旅の様子が書かれており、本書の 8 割が海外編、残りが国内編となっている。ほとんどが私の行ったことのない土地への旅であるが、読んでいるとそのときの情景や著者の気持ちがよく伝わってきた。バックパッカーとしての旅であり、しかも観光名所を巡るというよりは現地の日常をみることを重視している。現地の人とも積極的に交流していて、その土地独自の人生観や経済状況、政治・宗教による影響が書かれており非常に興味深い。自分の日本での生活について考え直すきっかけになったし、日本人は良くも悪くも細かすぎるのかなと感じた。
日本では考えられないような出来事でドキドキする場面もあったが、全体を通して読んで心が満たされた。読むきっかけとなったタイトルや表紙デザインも含めてお気に入りの一冊となった。 -
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ネタバレ三人は
「ふたり」と「ひっぴき」になった
これはそのあとの物語
高橋氏のその後を追って
この本を買った
身近な氏の生活が綴られていて
時折チャットモンチーが顔をのぞかせる
チャットモンチーになる前の積み重ねの話も
そのたびに
不思議と寂しくなって
懐かしくなってしまう
どちらも
もう終わってしまったからなのか
遠い過去を振り返るように
遥かな未来を望むように
その交わることのなかった地平が
やっと繋がったような気がして
音楽家と文筆家のどちらをとるかの揺れが
そこで初めて垣間見えた
そういうことだったのかと思う
音楽よりも言葉そのものを
彼女は選んだのかと思う
そして いっぴきとなり
ふたりは 音楽を信じたのだ
そして 同じ場所でお疲れさまと言い合うような
なんて素敵な人生だろう
彼らの物語は
本当は最初のファーストミニアルバムで
さらば青春で
既に完結していたのかもしれない
なんだかもう
泣けてしまう -
Posted by ブクログ
好きな小説とかエッセイが星5だとするとどうしても解説/ 説明系の本は星4になってしまうのだけど、読んでよかった!
正直後半の歌詞の話はあまり入ってこなかった。
歌の力の話、面白かった。ラップなんてメッセージ性が強いしラップしてるひとの想いとかメッセージの塊だから「音楽」じゃないのか?メッセージ性を持たせるのが好かんっていうのはまだ今の私にはわからん!
文章を脳内で音読するタイプって内省して気付いて、小さい頃毎日読み聞かせをしてもらって、日記もよく書いて、文章を書くのに途中まで書いては頭から読みながらリズムがおかしくないか確認する作業を一生懸命してたのを思い出した。ちゃんとしなきゃ、っていう強迫観念と、私が納得できる文章をつくる、っていう両方の気持ちがあったんじゃないかな。
それこそ私の文章が好きな原点な気がして出会えてよかったなって思う本だった!
出会ったのはヒロさんのおすすめには愛がある展で紹介してたのがきっかけ。