富坂聰のレビュー一覧
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ネタバレ3.11をきっかけに中国にテロ組織にされたウイグル独立派。イスラム国への中国人加入で飛び火。
オバマとサウジ国王に仕掛けられた石油下落による経済窮地のロシア。
ロシアが北極海を支配できると弾道ミサイル到達時間が半分になる。
ロシアのクリミア併合で中国がウクライナからの兵器が入手できなくなった。
アメリカをけん制するために、日本以上に領土の歴史問題を抱えるロシアに近づくのは危険と考え始めている。
その結果、日本との関係改善へ動き始めた。
ないものをあるように見せる北朝鮮外交。
核開発により中国にとって厄介な国に。
南北が統一しないことが中国にとって最大の国益に。
北朝鮮が破綻しても核は残り、人口8000万の国が生まれる。
民意の後押しで剛を見せると国益を害することも。
価値観よりも利害優先。
選択肢が多いほど外交は有利。 -
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自国で推し進める反腐敗キャンペーンの裏に見え隠れする、習近平の考えを考察してる。
周永康、令計画、徐才厚3人の捕り物劇は、どうしても中国の内情に明るくないので内容や前後関係が難しかった。
官僚の腐敗にメスを入れると同時に、格差や国内環境問題などへの対処を平行して行っていくことの難しさがよく描かれていた。
中央集権的で一党独裁なので上が決めればすぐ変わる、反日は政権へのガス抜き、といった単純な構造ではないんだというのを知れた。
人民が党に対して自省を促す、統制を受けてるマスコミが出来る範囲の汚職を見つけることで使命感を燃やす、と言うのは考えたことのない見方だった。 -
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中国の現代を描く。
■中国共産党が真に恐れているものは、今後もし中国が本格的な経済の失速段階を迎えた場合、人民の政治に対する失望と苛立ちが高まり、文化大革命のように全国的な激烈な運動となって共産党政権を襲うことを危惧している。 この事態を避ける方法は「民主化」しかない。
共産党は人民を恐れているのだ。
■「打黒唱紅」の衝撃
「打黒」とは、マフィア撲滅作戦のことである。中国におけるマフィアの黒幕というのは、党や地方政府の身内であったり、公安の大幹部であったりするため、当局は取り締まりに手加減を加えるのが通例であったが、薄は容赦なく徹底的に断行し、決定的な成果を上げた。このため、「格差」と「不公平=権力者の腐敗」を怨んでいた市民は大いに沸き立ち、溜飲を下げた。
「唱紅」とは、かつての革命ソングを皆で歌う運動を指している。これが「毛沢東時代は貧しかったが、皆、平等だった」と当時を懐かしむ大衆に人気を博し、全国に広がっていった。このことが文化大革命で酷い目に遭わされた共産党幹部たちに、もし文化大革命のような悪夢が再現されたらと、恐怖心を甦らせた。今や、格差と不公平に対する不満と怒りが、圧倒的多数の中国庶民の間で渦巻いている。発展から置き去りにされた者たちの怒りがいつ爆発してもおかしくない状況なのだ。 -
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最近、中国のニュースがTVや新聞で報道されることが多いが、近現代の中国を知らないので何冊かの本を読んでいる。その中の一冊。
習近平体制が明確になり、中国のことを勉強しようと読んだ本。薄熙来事件と文化大革命の関係は明確だ。
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文化大革命は、そもそもは権力回復を狙った毛沢東が1966年に始めた大衆運動をいうが、当時を知るものにとっては死者3000万人以上とも言われる暗黒時代の記憶でしかない。毛は反資本主義、反ブルジョアのもとで社会主義文化の創生を訴え共産党幹部や知識人を批判したが、これに呼応した学生らが紅衛兵と呼ばれる実行部隊を組織して暴力で人民の思想統制に乗り出すという暴走を生んだ。(中略)現在50代、60代という共産党幹部たちにとって、あるいは70歳以上の長老たちにとっても、文革は実体験として体に刻み込まれている忌まわしき記憶である。
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焦った薄熙来の行動は、毛沢東のころの文革をほうふつさせた。それを快く思わなかった人が多かったということだろう。一方で、民衆は格差社会が明確になる中、毛沢東時代を比較対象とした。そこに歴史のジレンマがある。
習近平がトップに選ばれた4つの理由は、それほど珍しいことは書いていない。経験があって、引っ張ってくれる長老がいて、かつ、誰もが反対しない人物であったということ。つまり、圧倒的なリーダーシップではないということ。これが、今後の中国の問題にも繋がるだろうというのが著者の見方に思える。
一方で、習近平が臨むのは、格差が大きくなる一方で、民衆が意思を持ち始めた中国だ。中国のタクシー運転手の話しが時代を象徴している。助手席に放り出された水筒を指差し、「80年代はどの運転手もこの中にお茶を入れていた。90年代の終わりごろにはコーヒーを入れるようになった。2000年を超えてからは同じコーヒーを入れてはいるが、それは薬になった。喉が渇くから飲むのではなく、眠さを吹き飛ばすために飲むものになったのだ」と。中国の格差社会は実社会で顕在化している。
最後の、「胡耀邦が党中央に残したもの」という章も興味深かった。鄧小平以後の中国共産党は、基本的には鄧小平という偉大なカリスマの敷いたレールの上を進むしかなかったが、そこに隠された伏線として胡耀邦の残した「ねじれ」があるというのだ。それは、胡耀邦と人民の距離感といえると思う。社会資本主義という体制の中、格差が顕在化してきた共産党と人民の距離。やはり、ここにも歴史のジレンマがある。 -
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富阪聡氏の中国食品レポート
中国食品の危険性に対するレポートは数限りなくあるが、富阪氏の本書もスゴイ、次から次へと続く、昨年のメラミン入り牛乳もほんの氷山の一角に過ぎない
「夫婦喧嘩で殺虫剤を飲んだ妻が元気になり、初めてニセモノだったのに気がついた、仲直りをして九死に一生を得たことを喜び酒盛りをして、その酒がニセモノで、夫婦は死んでしまった」
「中国の恐ろしい一面を生み出しているのは何なのだろうか?それは、中国社会の過当競争である。過激なサバイバルゲームである。日本人は以前ならば知る必要も無く過ごすことが出来たかもしれないが、現在は切っても切れない関係にある。」
1989年最初に北京に行った時、町の様子を知るには駅を見ればいいと思い、観光が終わったあと一人で夜の北京駅に行った時のことを思い出す。駅前広場に人が多いことにも驚いたが、構内に入ってビックリした。切符売り場は鉄格子で囲われ、どの窓口にも人・人・人が殺到し、大声で叫んでいた。どうして並ばないのだ!これで切符が買えるのか!不思議な世界を呆然と見ていた。 -
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■前説
本や雑誌で散見するタイガースの評論って、スカタンぶりも愛嬌と見なす自虐性、スカタンぶりをことさら糾弾するような他虐性、大体このふたつに分けられ、キャッチーなタイトルが付けられる。
雑誌『Number』は1984年の開幕特集号で、『阪神は大阪の恥やと言われていいのか、タイガース』と奮起を促す激烈なタイトルが表紙を飾った。あの85年日本一の前年に。
本拠地 甲子園は西宮市だから兵庫県の球団。なのに、なんで大阪やねん⁈と小さく憤ったが、その4年後に森喜朗が『大阪は痰壺だ!』と宣い、溜飲が下がった。
余談はさておき…、新書でドラゴンズ本が出現し、タイトル見て思わず苦笑い。ドラゴンズファンもそうなのね…と、我が同胞と出会えた気分になった。
著者の名前を見て、びっくり!ちょくちょく報道番組でお見受けする富坂聰さんではないですか⁈著者は私より1つ下、ドラキチ歴は半世紀。これもワタシのトラキチ歴と同じ。筋金入りのドラキチが語る『ドラゴンズは人生の理不尽さを学ぶ教科書』はそのままトラキチに置き換えられますなぁ。
トラキチもドラキチも長年にわたり、期待をしては裏切られの繰り返しの中で育まれた『哀愁と愛情』は、時に『近親憎悪』にも似た激情へと変わり、何が因果でこの球団を好きになってしまったのかと嘆いたことも数知れず。
ドラをトラに置き換えながら、〈日中スペシャリストが綴る『深刻すぎる中日問題』〉を精読。では、肝心な内容へと移りましょう。
■内容
本書は長年『中日ドラゴンズ』を愛する著者が、ジャーナリスト的視点であたかも社会問題を扱うように…、とは言え表現は深刻ぶらず、自虐に走らず、一貫してユーモラスに綴る。
4つのテーマで構成される。
①中日問題スペシャリストによる分析
②ファンすら悩む『深刻すぎる中日問題』
③強いと嫌われる、弱いと愛される…ドラゴンズ特有の存在感
④ドラゴンズは人生の理不尽さを学ぶ“教材”だ
…となっている。
中でも『深刻すぎる中日問題』は、単なる成績不振ではない『構造的な問題』が横たわると指摘。平たく言えば…〈球団の体質や運営〉〈ファンとの関係性〉。
〈深刻すぎる中日問題〉については、本書を読んでいただくとして、要は… 球団の掲げる運営方針と一向に伴わない成績。とりわけ落合政権時の常勝球団時代とポスト落合時代の今に至る長い低迷。このふたつにドラゴンズの特異性が顕著に出ていると指摘。
落合時代には『野球が地味すぎて勝ってもつまらない』と言われ、リーグ優勝しながら解任。ミスタードラゴンズ立浪政権は3年連続最下位ながら、バンテリンドームは常に満員という、球団もファンも不可思議な現象に一役を買う。
著者はその現象を指して、『ドラゴンズは人生の理不尽を学ぶ教材』であると総括。
・正しいことをしても報われない
・努力をしても不遇な扱いを受ける
…そんな理不尽さを、ドラゴンズを通して“体感”できたという、健気さと悲哀に満ちた深い考察が提示される。
■感想
ドラゴンズを通して見える『報われない愛』『かすな希望』『離れられない宿命』…、よ〜くわかります。胸にズシンときます。
なぜ、強い球団にする経営努力をしないのか?
なぜ、有望選手を育てられないのか?
なぜ、生え抜きスター選手を放り出すのか?
なぜ、監督だけに責任を負わすのか?
…と、積年の解決されない疑問を抱きつつも、今日もファンは声を枯らして応援してしまう。
本書はドラファンの『報われなさ』と『離れられなさ』の一切を引き受けた…、世の贔屓球団のあるファンに捧げられた黙示録のようなものと読んだ。愛と業を構造をえぐり出した社会心理学の好事例とも読める好著。