瀬川拓郎のレビュー一覧
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縄文時代の習俗、文化、思想について、著者の研究を紹介した本です。
この国の多くの人々の遺伝子にその痕跡が残り、文化にも大きな影響を与えている縄文人がどのような思想を持っていたのかに興味を持ち、本書を読んでみました。
ゲノム解析によって解明された人類の軌跡を綴った「種の起原」という本によると、縄文時代に遺伝的に均一な集団が日本列島に住んでいたわけではなく、縄文人と分類されている人々は多様なグループから成っていたそうです。よって縄文文化とは何かを画一的に論じることはできないでしょうし、そもそも文字を持たなかった彼らの文化を精緻に知る事は不可能だと思います。こうしたことに注意が必要という前提付きですが、アイヌや南島の人々の習俗を通して縄文の思想を探った本書の仮説は非常に興味深かったです。縄文文化のポイントとして、以下があげられていました。
①海と山の二元論
②神と人、人と人の間の贈与による結びつき
③自由、自治、平和、平等(ただし、排斥や閉鎖性を前提としている)
④広い地域での交易と移動を前提とした緩やかな定住
⑤ 呪術的な儀式や慣習の発達
読んでいて感じたのは、縄文文化は、国土の7割以上を占める山々と、大きな海流が巡る海に囲まれた日本特有の風土によって育まれたものだということです。縄文時代を理想郷だとは思いませんし、そこに立ち返れなどと言う気も全くありませんが、固有な文化を一万年単位で育んだ彼らの思想の残滓が今日の我々の文化にも組み込まれていることを、もっと誇って良い気もします。 -
Posted by ブクログ
序章 アイヌとはどのような人びとか
3つのポイント
①変わってきたアイヌ
本土との交易(毛皮、鮭など)のため乱獲したり、居住地が偏る等
元々あった敬虔さと、生きていくための現実との葛藤
→アイヌを「変わらない存在」として祭り上げず、同じ人間として「共感」すること
②変わらなかったアイヌ
縄文時代はゴミを一箇所(貝塚)に捨てていたが、アイヌは分類し階層化していた等
③つながるアイヌ
異民族と盛んに交易(戦闘)するという、ヴァイキングとしての側面
和人との交流によって、「神」観念の一部が形成されてきた
アイヌ独特の文様は北東アジアの諸民族から影響されて生まれ、本土の漁師の労働着や歌舞伎の衣装として着用されていた等
・日本では元々北海道から沖縄にかけて縄文人が住んでおり、(ほぼ)同じ枠組みの人種・文化体系だった
→弥生時代に朝鮮半島から入ったモンゴロイド集団と縄文人が交雑し、本土では和人(本土人)を形成
本土ほど交雑が進まなかった北海道と沖縄には、それぞれ縄文人の特徴を残したアイヌ・琉球人が残った
・特にアイヌは異民族との交雑に積極的ではなく、日本語と根本的に異なるアイヌ語が残った
・アイヌは樺太から東北地方まで進出していたこともあったが、北からオホーツク人、南から和人が進出してきたこともあり、徐々に居住地が狭められていく
第一章 縄文
・アイヌ語は日本語と同じ語順だが、接頭辞が優勢であり、周辺のアジア地域での孤立性がある
→もともと縄文時代では日本列島全体で同じ言語が使われていたが、弥生時代に朝鮮からの影響で変わってしまった
アイヌはその縄文語を受け継いでいる?
・小熊を数年育ててから殺す「イオマンテ」だが、縄文時代に本州でも同様の祭りをイノシシで行っていた
・同様に、サハリンアイヌのミイラ習俗は本州の「もがり」、刺青の習慣は土偶からも見られるように、北海道特有ではなく縄文時代共通のものだった?
第二章 沈黙交易とエスニシティ
・千島やサハリンアイヌは疱瘡などの病を恐れ、沈黙交易を行っていた(沈黙交易自体は、古代ギリシャなど世界中でみられる)
第三章 伝説
コロポックルのモデルは北千島アイヌ
古代ローマの記事(プリニウスの博物誌)→中国→日本→アイヌと伝播
土器づくりのために粘土を調達しにくる、おどかすと姿を隠してしまう(沈黙交易のため接触を避ける)などが北千島アイヌの特徴と一致
第四章 呪術
武器を手にし、叫びながら行進するアイヌの呪術は、陰陽道の反閇(へんばい)や修験道がルーツ?
第五章 疫病
「諸病の王」である疱瘡の神が、海を渡ってやってくるという伝説
→日本の蘇民将来など、「疫病歓待」という共通モチーフ
疫病除けに藁人形を作ったり、においの強いものを吊るすなども共通
第六章 祭祀
祭儀に関するアイヌ語には、古代日本からの借用語が多い
→東北から移住した和人の影響と考えられる
またイナウ(ケズリかけ)やイクパスイなどの祭具も、日本の山の神信仰や農耕、酒づくりとの共通点
第七章 黄金
江戸時代、アイヌの人口を上回る和人が金掘りに北海道へ入った
アイヌは金の価値を知らないとされてきたが、実際は価値も採取方法も知っていた?
岩手の中尊寺金色堂の金箔には、日高の砂金が使われている? -
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瀬川拓郎 「 アイヌと縄文 」
アイヌ文化に保存された 縄文思想(日本の原郷としての)を 抽出しようとした本。
面白い。日本の原像を探ろうとする 人類学者、歴史学者、作家等が 縄文時代に 惹かれる理由が わかる気がした
アイヌが 日本列島のみでなく 北東アジアの交易(商品交換)により、富と権益を拡大しながら、アイヌ同士では 贈与交換により社会を維持していたことに驚く。日本人のバランスの良さを感じる
アイヌ文化に保存された 縄文思想(日本の原郷としての)
*贈与交換の社会〜親戚のような連帯性
*個人へ富の集中させない→権力や階級を生じさせない→心の連帯を求める集団
縄文時代
*縄文文化は 北海道、本州、四国、九州、琉球で展開〜抜歯が行われた人骨、イノシシ祭り、土偶
*日本列島の縄文人は 異なる生態系を超えて 共通の宗教や儀式(縄文イデオロギー)を共有
*縄文時代の巨大な土木遺産=縄文社会の心の豊かさの証拠→静川遺跡、垣の島遺跡など〜聖域、祖霊を祀る場→心の豊かさ
続縄文時代(弥生時代)
*日本列島に弥生文化が広がるなか、北海道の縄文人は弥生文化を拒否
*縄文イデオロギーとしてのイノシシ祭りが アイヌのクマ祭〜子熊を一定期間飼って 殺す習俗(神の国に送り返す)〜へ変化
擦文時代(奈良、平安)
*毛皮、サケ、大鷲など交易品を生産し、本州へ流通
*東北からの移住者(エミシ)→擦文文化を形成→富を求めて商品生産社会に転換し、他者の領域を侵して成長
*擦文文化では、墓や墓地がない〜擦文文化の特徴は 複雑な文様の土器、竪穴住居
ニブタニ時代(鎌倉以後)
*交易品をさらに拡大→北東アジアへ進出→アイヌは 日本と北東アジアを結ぶ中継交易者
アイヌの縄文思想
*和人、北東アジアとは 交易(物々交換=商品交換)をしても、アイヌ同士は 贈与により モノをやりとりしていた(贈与交換)
*人々を親戚として結びつけるような連帯の原理
*商品交換は 人々を不平等化し、差別化する原理→戦争を常態化させ、王を誕生させ、国家を成立
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Posted by ブクログ
アイヌについては、自然と共生する人々だとか、縄文時代から変わらない文化を残しているとかいったイメージがあった。この本では、そうしたアイヌ観を丁寧に解きほぐしていく。
たとえば、アイヌは閉じた民族なのではなく、和人やニヴフ、モンゴルや中国の人々との交易を盛んに行ったグローバルな交易民だった。その証拠に、アイヌ小人の伝説のなかには。古代ローマの博物学者プリニウスの『博物誌』からの影響がみられる。また、アイヌは北海道だけに住んでいたわけではなく、和人との交易のために東北まで南下した時期もあり、そのため東北にはアイヌ後の地名が残っている。
このように、アイヌは交易民として多民族と交流するなかで、その文化を変容させてきた。カムイ(神)観念の一部も、和人との交流のなかで形成されていたものだという説が紹介されている。
また、そもそもアイヌは和人とまったく異なる民族なのではなく、縄文人の特徴を色濃くとどめるという意味で、縄文人と渡来人が混雑して生まれた和人と共通の祖先を持っている。
漫画ゴールデンカムイの影響もあって、アイヌへの関心は高まっていると思うが、さらに踏み込んでしらべてみると、すごくおもしろい。