中村彰彦のレビュー一覧
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以前は会津のことはほとんど知識がないまま読んでいたので、再読しました。
全7編の短編集
「修理さま、雪は」・・・藩主松平容保の側近 神保修理の妻 雪子の物語
「涙橋まで」・・・現在も"会津女性の華"とよばれる中野竹子の物語
「雁の行方」・・・家老 西郷頼母改め保科近のりの晩年
「残す月影」・・・新島(山本)八重の人生劇
「飯盛山の盗賊」・・・白虎隊の悲劇の裏側
「開城の使者」・・・会津降伏の使者となった鈴木為輔の物語
「第二の白虎隊」・・・降伏から数年後、豊津藩へ留学していった郡長正と少年たち
官軍側の薩摩・長州側の人たちからみれば、一方的に会津側に立った著者の本はどれも受け入れにくいかもしれないですね。
会津で生き残った者の中でも、充実した人生を送った新島八重もいれば、西郷頼母のように何時も死に場所を失い孤独な人生を送った者もいる。
人生って一体なんなんだろうなと、ふと考えさせられます。 -
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上下巻。
若くしては昌平學にて「日本一の学生」と呼ばれ老いてはラフカディオ・ハーンに「神のような人」と称された、会津藩士秋月悌次郎の生涯を追い描く。
2013年大河ドラマの余波で、数年前から積ん読されていた本をサルベージしました。
武官に比べて文官は歴史に沿って物語を追い描くのが困難、と、筆者自身もいわれていますが、残された記録と逸話と想像と創造と記録からの考察を程よく合わせて、歴史の波に乗ったひとひらの葉のように時の流れと秋月悌次郎そのひとをしっかりと描かれていると思う。
最後の章などはわたし自身も秋月の今までの過ぎし日を思い起こして、しみじみと感じ入りました。 -
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■ 面白く読める一冊。この作者の本はおもしろい。
■ 江戸初期における名老中伊豆守の話。非常な傑物であり、もっと世に知られても良い人物と思う。
・「三つ子の魂百まで」‐幼児の性格は年老いても変わらないという意味。
・「一人扶持」とは男ひとりが一年に食べる米の量。一日につき米五合。
・上さまのお戯れには、戯れの御返答をせよ。
・意趣(恨み)。
・「奉行に才智なく詮議が不十分だからこそ拷問となるのだから、拷問は奉行の恥なのだ」。
・些細な罪を見とがめて人を捕縛し、重い刑に処する者を酷使という。
・島原の乱において、大兵力を誇示し、キリシタンは撫で斬りにするとの決意を伝えながら、棄教して城を出るものは助命するばかりか金銀を与えると匂わせ、首領四郎当人の罪すら許すとする。このような論法は、説得工作の見本といえよう。
・およそ軍隊というものは、実戦を経験しないかぎりどんどん弱くなってしまうもの。
・籠城者総数は三万七千人に対して、捕虜は一万九千人。そのことごとくは棄教を拒否し、すべて斬首された。生き残りは途中裏切りを図って牢に繋がれていた山田のみと言われている。
・伊豆守の素早い判断のコツは、努めて恒心(平常心)を保つことらしい。
・論語「過ちては則ち改むるに憚ることなかれ」。
・上高井戸、下高井戸などの集落ができたのも玉川上水ができたからだろう。
・知恵伊豆が時代に稀な危機管理能力を備えていたのは、常に「迅速」かつ的確な判断を下すように心がけていたためである。
・伊豆守の政治は文治政治を導入し「徳川の平和」の実現に大きな貢献をした。
・3大美事 ①末子養子の禁緩和 ②殉死の禁止 ③証人制度の廃止
・伊豆守時代の後、幕府が隠密に全国調査をした報告書の中に、浅野内匠頭が項目があるが、「女色ヲ好ム事、切ナリ。主君ノ好ムトコロに従イてテ、色能キ婦人ヲ捜シ求メテ出ス輩、出頭立身ス」とバッサリ斬られている。
・伊豆守の墓は新座市平林寺にある。
・松平信綱が抜群の臨機応変の才と危機管理能力を備えた日本史上に稀な傑物であった。 -
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■歴史小説として面白いオススメ〇
■東洋一の戦術家と言われたほぼ不敗の名将についての小説。全体的に戦闘描写が非常にわかりやすく特に戊辰戦争における北越戦争は完成度が高い。
・抜刀切り込みについて、一般に手薄なところへ突っ込んでいき、左右の敵に背後へまわりこまれるよりも、初めから敵の密集したところを狙った方が効果は上がる。その集団が敗走すれば左右もそれに続いてしまうし、あえて立ち向かおうとする者がいたとしても、その視界には自分の背後に悪鬼のような表情で続く味方も映っているはずだから、どこか腰が引けているものだからだ。
・「知行合一」=知識と行動との合致を尊び、信じて断行する時には結果を恐れてはならないとする教え。
・指揮官として〇〇せよと命じるよりも、身をもって行動した方が全軍に指揮官の意思が伝わりやすい。
・西南戦争において、政府軍が警視庁抜刀隊を募集した際に、約一万三千人が応募したが、そのうち福島、三重の二県からの応募は約一割以上にも達した。ここからも、賊徒朝敵とされた者たちの恨みの深さが察せられる。
・西南戦役における政府軍の編成の特徴は、一鎮台を一旅団とした「建制旅団」はひとつもなく、そのすべてが各鎮台から選ばれた兵や徴募巡査を混じえた「混成旅団」だったことにある。理由としては、建制旅団を編成すると薩摩人が中枢を占める大隊、連隊が多くなってしまい、ひいては旅団ごと薩摩に寝返ってしまう恐れがあると考えての苦肉の策だった。
・西郷隆盛は身長180.3cm、体重146.3kgであった。
・作者の真意は、これまで歴史小説の主人公にも文献史学の研究対象にもほとんどならず、今なお歴史の闇のかなたに埋もれている日本人に何とか光が当てられないのか、という一点である。
・立見の陸軍における昇進を何かと邪魔をする山県のこだわりは、戊辰戦役における長岡攻防戦での盟友時山直八の死からであったといわれる。
・戦国時代以来、日本人は夜襲を普通とし、逆にロシア人は日中の平原会戦を普通としていた。 -
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〇読みやすく面白い、好著。
・「才気ある馬鹿ほど始末が悪い」
・「人に殴られた者は、その痛みをいつまでも忘れないが、殴った方は自分の行為など、まもなく忘れてしまう」
・かの有名な加藤清正公の孫光正は、一家臣に一杯食わせて笑いものにしようと思い<謀反ごっこ>を行なった。これが大問題に発展し幕府の峻烈な裁断から、結果54万石肥後加藤家は断絶となった。
・「売り家と唐様で書く三代目」。一代の英雄を出した名門も、孫あたりから大体ピントが外れてくる。
・煙草が原因で起こった、1657年1月の<明暦の大火>から、[知恵伊豆]と渾名された松平信綱は本邦初の禁煙ポスターを作成し、大きな効果を挙げた。
・「不惜身命」
・「これ(三軍)を亡地に投じて然る後に存じ、これを死地に陥れて然る後に生く」『孫子』(軍隊は滅亡すべき状況に投げ入れてこそ始めて滅亡を免れ、死すべき情況におとしいれてこそ始めて生き延びるのである)至関ヶ原戦における島津義弘。
・関ヶ原戦で有名な小早川秀秋は裏切りを気にして、頓死したと伝えられているが、実際は傷つけた相手に股間を蹴られ悶絶死した可能性が高い。
・福澤諭吉の『文明論之概略』の説から言うと江戸時代は「野蛮」に該当するらしい。しかし、「野蛮」な江戸時代は264年続き、「半開」から「文明」に達するはずだった明治以降の体制は77年で破産した。ここから「徳川の平和(パックス・トクガワーナ)」の持つ意味を改めて考える必要がある。
・明治直前の「倒幕の偽勅説」「考明天皇毒殺説」それぞれを検証してみると、明治維新を日本の夜明けと賛美する気にはなれない。
・幕末の江戸町奉行所の与力曰く「巨賊とか謀反人とには美男が多い」。
・幕末に新政府軍に立ち向かうために、自ら脱藩した藩主がいた。
その名は、上総請西藩一万石の大名林昌之助(忠崇)。
・ただひとりの脱藩大名は、昭和(16年1月22日)まで生きた最後の大名でもあった。
・「義を見てせざるは勇無きなり」(論語)。
・徳川慶喜は明治以降も刺客の影に怯え続けたことは有名な話である。内側の敵に対してか。
・新撰組局長芹沢鴨は堂島において角力取を切り捨てたのは有名な話であるが、どうも真相は殴っただけのようである。これは、芹沢の日頃の評判や、そのときに一緒にいた永倉新八の晩年に記憶違いにより定説となったようだ。
・戊辰戦争の宇都宮戦争中に逃げようとした従者を司令官として決然と手討ちにした、土方歳三は、後日旧友と再会した際に目に涙と溜めて述懐した。
「あの一兵卒は実に不憫である。どうかこれでこの日光へ墓石の一つも建ててくれ」。
情義備えた人物のようだ。 -
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第111回直木賞。
第一次大戦中の徳島県、板東俘虜収容所が舞台。ここの所長・松江豊寿は当時では珍しく、ドイツ人俘虜に友愛をもって接した。
ドイツ人の文化・文明を尊重し、また、技術を吸収した。印刷、木工、写真、縫製などの技術のほか、パン、ハム、ビール、お菓子などの製造方法や、音楽、スポーツなどだ。収容所内で小売店を開くことを許したほか、近所の住民に技術指導したりした。
なぜ松江がこれほどに、武士の情けをもって俘虜に接したか、彼が会津生まれだという背景に基づいて描かれている。
ちなみに、バウムクーヘンでおなじみユーハイムも、俘虜収容所が発端の会社だそうだ。 -
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ネタバレ[ 内容 ]
徳川秀忠の子でありながら、庶子ゆえに嫉妬深い正室於江与の方を怖れて不遇を託っていた正之は、異腹の兄家光に見出されるや、その全幅の信頼を得て、徳川将軍輔弼役として幕府経営を真摯に精励、武断政治から文治主義政治への切換えの立役をつとめた。
一方、自藩の支配は優れた人材を登用して領民の生活安定に意を尽くし、藩士にはのちに会津士魂と称される精神教育に力を注ぐ。
明治以降、闇に隠された名君の事績を掘り起こす。
[ 目次 ]
第1章 家光の異母弟として
第2章 将軍家綱の輔弼役
第3章 高遠・山形・会津の藩政
第4章 その私生活
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[ 参考となる書評 ]