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Posted by ブクログ
ゴジラに破壊されようが、巨神兵に薙ぎ払われようが、華の都大東京の象徴・東京タワーは再建されるが、華のお江戸の江戸城天守閣は再建されなかった。それはなぜかと問われれば、初代会津藩主の名君保科正之がいたからだ。
3代将軍の家光の異母弟として生を受け、権力争いに巻き込まれることを避けてひっそりと育てられていた正之だが、その存在を知った家光に抜擢され、その才能を評価されてからは右腕として手腕を発揮した。頼朝と義経みたいだが、最期までその兄弟愛が深かったところが違う。
明暦の大火により焼け落ちた天守閣の再建よりも民の復興を優先すべきであると献策し、天守再建論を退けた。また人口増加により深刻化していた江戸の水不足を解決するために、玉川上水の掘削事業にも着手する。(どうでもいい話だが、保科正之がいなければ太宰治が入水自殺をすることもなかったといわれているらしい)
会津藩主になってからも将軍の信頼厚く江戸を離れることができなかった正之は、遠隔の地から藩政を行った。
民中心の政治姿勢は江戸でも会津でも変わらなかった。
飢饉や不作に備えて、備蓄米を常に一定量蓄えたのもそのひとつ。米を貨幣代わりに備蓄するのではなく、災害時の救済米という目的限定で蓄えておくことをしている藩はなかったらしい。
のちに奥羽諸藩が飢饉に苦しんだ時も会津藩からは餓死者が出なかった。救済米として他藩に分け与えてもいる。
そんな名君なのに、なぜ今じゃ知る人も少ないのか。
深く考えずともわかると思うが、薩長閥の支配した明治新政府が、会津の藩主のことなんかよく言うわけがない。だから次第に忘れられてしまったのだ。
正之の思想信条が後々まで藩の命運を左右してしまった有名な会津家訓十五箇条。
「君の儀、一心大切に忠勤を存すべく、列国の例を以て自ら処るべからず。若し二心を懐かば、 則ち我が子孫に非ず、面々決して従うべからず。」
これによって松平容保は京都守護職という火中の栗を拾わざるを得なくなってしまった。
ああ、この一条さえなければ・・・
他にも「婦人女子の言、一切聞くべからず」という一条もある。
今なら炎上必死のこの一文は、悪妻が政治に口を挟み、汚職や権力闘争に暗躍したからだとか。
名君といえども女を見る目は節穴だったか。
Posted by ブクログ
天地明察の中に登場した人物で、どこかで読んでみたいと思って手に取った本。
飢饉時の貧農・窮民の救済のために開設した「社倉制」を実行できる偉大な人物。
時代劇とかに出てくるお米を貸して金利2割で返すなんて悪党のやることじゃんって思ってたけど、その金利分は窮民のために使うためとあればすごい。
そして凶作とかだと、金利分を免除したりと、民のための政策であることが十分に伝わる。
また、天守閣も見晴らしが良いだけで、役に立っている例が過去の文献に無いといって、建て替えたりしないのもすごい。特に見た目にこだわらず、国費を何に使うかという(=民に使う)というのが一貫している。
一貫した生き方が尊敬できるのと、藩主としての見本となるような生き様がかっこいいなと思う。
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