田中裕子のレビュー一覧
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タイトルとパラ読みで即買いした一冊。
著者はフランスの心理学者です。
原題は「Psychologie de la Connerie」というもので、「Connerie」とは、愚かなことや愚行という意味ですが、英語にすると、bullshitとか卑俗な四文字単語の表現になるようです。
日本語の単なる「バカ」よりもっとタチの悪い意味のような気も…
ただ、本書で取り上げられるのは、勉強ができない、無知である、IQが平均以下、などということではありません。
なぜ人間はバカなことをしでかしてしまうのか、というのが本書の大きなテーマのようで、その定義や世界は実に奥深いものです。
以前読んだ「ファスト&スロー」(ダニエル・カーネマン)や「知性の罠」(デビッド・ロブソン)にも通じるところがあります。
本書では、世界の錚々たる知性が、「バカ」についてあらゆる角度から真面目に考察を加えていきます。
印象に残るキーワードを列記すると、認知バイアス、ヒューリスティック、アンカリング、偶然への期待、錯誤相関、常識の欠如、知性の欠如、ハロー効果、ナルシシズム、フェイクニュース、トートロジーなどなどですが、心理学や脳科学の領域にまで踏み込んでおり、実は読み応えある学術的な書物であったりもします。
自分自身も、本書で示すバカの定義に色々と思い当たるフシがあるのですが、少なくとも自分がバカであることを自覚していれば、愚かな行動や思考を未然に防げそうです。 -
Posted by ブクログ
別の本に挟まっていた紹介文を読んで購入。
手紙教室に申し込んできた5人の参加者。
エステルを含めた2人と文通を始めるという話。
最初は、お互いのキャラクターが強く出るような自己紹介から始まって。
それぞれが「書く」ことを通して、自分の中の闘っているもの、と対峙する。
他者がいるのだけど、自己と向き合っている時間。
そして、自分を客観化する時間。
この二つは、正反対の性質を持っているものなのに、一人一人を深く掘り下げていく。
とにかく、6人がどうなるんだろう?
と、手紙を読み進めたい気持ちでいっぱいになった。
訳もうまい。
少しネタバレだけど、日本の「風の電話」が登場するシーンがある。
私は絵本で、その存在を知った。
手紙もそうだけど、目の前にいない誰かに語りかけることは、自分自身にとって、意味のある行為なのだ。
いつか、行きたいなと思った。 -
Posted by ブクログ
こんなに心地の良い読書は久しぶりだった。秋に読む一冊としてお勧めしたいし、実写化したら絶対に鑑賞したい。
フランス北部の街リールで書店を営むエステルは、ふと思い立って「手紙の書き方教室」の講座を始める。(エステルは自分に正直な人だから、講座開設の動機も「ふと思い立った」ように思えた) 集まった参加者は男女6名で、当然ながら書き方を学ぶ理由も様々。参加者同士(エステル相手でも可)で文通し、各内容をエステルが添削する形式で講座は進められる。
やがて、参加者全員の心境に変化が見られ出して…
「封筒の中に収められたメッセージには、メールなんかよりもずっと重みがある。ゆっくりと時間をかけて、道筋を残す行為だ」(P 31)
数年前から祖母宛に、誕生日やクリスマスカード・手紙を送るようになった。
用紙をデコるのも楽しみの一つだったりするけど、手書きで文章を書くという行為の方がずっと自由自在でいられる気がする。電話だと、発言や声色など、何かと遠慮しちゃうからかな。
著者自身も10代の頃はしょっちゅう手紙を書かれていたのに、大人になってからは全く書かなくなった。私がそうだったように、彼女も久々に手紙の返事を書いて、書くことの喜びを再認識したという。
気になる登場人物らの「書き方」だが、今回少しだけ常識を覆された。
その常識というのが、「欧米人は結論から先に書く説」だ。もちろんビジネスマンのジャンみたく、(講座への参加動機など)早くに結論を書く人もいる。しかし大抵の参加者は、自分の身に起きた内容や感じたこと等をひたすら書き連ねていて、日本人の読者ですらもどかしく感じるほどだった。
よく知らない相手だからこそ、赤裸々に語れる。それは自由自在でいられる手紙でしか、実現できないことかもしれない。
それにみんな、遠慮なく質問を投げかけている。
相手から問われることで、当人の人生や悩みが深奥まで明らかになっていく…。そこまで踏み込めない日本人では、決して起こり得なかった流れではないだろうか。
感情の表し方も欧米ならではだった。
ジャンやエステル、特にニコラ(ミシュランを獲得したレストランのシェフ)なんかは、手紙の冒頭でいきなり「あんたって最低な人間だな」と物申しちゃっている。何だかんだで丸く収まったからいいけど、「自由自在とはいえ手紙内でケンカ!?」と、何度も(そう、何度も!)ヒヤヒヤさせられたよ…。
「欲しいものを手に入れるには、時には勇気を振り絞り、大胆にならなければならない。あなたはもうそれを知っている。光の中で、まっすぐ立っていてほしい」(P 262)
一番好きなのは、老婦人ジャンヌとティーンエイジャー サミュエルとのやり取りかな。兄を亡くし、両親と上手くいっていないサミュエルに対する彼女の眼差しに、私も安らぎを得ていた。だから最後の手紙は、彼女への感謝状にも見てとれた。
また、エステルが出した課題のひとつに「会話文を手紙に導入する」というものがある。ラストに程近いP 278、読者が最も聞きたいであろう人たちの会話文が記されているのも、個人的胸アツポイントだった。(あれは最も感動的な導入例と言える…!)
どことなくうら寂しい秋季には、本書とレターセット、そして切手のご準備を。 -
Posted by ブクログ
しばらく積読本になっていた。このタイミングでこの本を読めたことは今の私には大きな意味がある。とても心が温まり、浄化される本だった。それぞれ人生の苦難にいる人々が偶然に集まり、手紙教室で文通を始める。たった3ヶ月の文通だが、それぞれ大きく変わる3ヶ月となる。所々に日本が出てくるところも読んでいて、おっ、とサプライズ的な喜び。そして、最後には風の電話が出てくる。そうか、フランス人には死者が生者の生活に入り込む余地はなく、死者を感じることは怖いとの認識なんだ、と改めて死生観の違いを知る。最後は涙を堪えながら読んだ。ジュリエットとニコラの関係、サミュエルと家族、風の電話の件、そして最後までどうなることかヒヤヒヤしたジャンのこと。何気に1番心配なのがジャンヌ。怒れる未亡人で、始めは頼もしく思っていたけれど、徐々にその脆さというか弱さ、虚勢が垣間見えると心配になってきた。久々にいい小説を読んだなぁとしみじみと思わせてくれる本だった。
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感想。本屋を営むエステルは手紙教室を開こうと思い立つ。集まった5人の受講者にお互いに手紙を書いてやり取りしてもらい、自分はその手紙の書き方について指導する(内容についてはノーコメントで。あくまでも書き方について)。ある受講者に手紙の相手に選ばれ、結局6人のメンバーが手紙をやり取りする。
見知らぬ他人だったからこそ、手紙だったからこそ語れる痛み苦しみ。家族の喪失、孤独、鬱、パートナーとの確執、そうした一人一人が抱える問題に手紙の相手も敬意を持って返事を書き、自らも辛さを告白する。そんな3ヶ月の手紙のやりとりを終了後エステルが本にした、というのがこの本。
リアルな事を言えば全員が全員こんな風に心をオープンに誰かに話すような教室になるのはなかなかに難しいだろうとは思う。どれ程頑張っても曝け出すなんてと頑なになる人や、やり取りの途中で相手の荒ばかり見えてくることとかあるだろうから。だけど、手紙のやりとりで一人一人が癒されていく過程がじっくりと染み入るようで、そしてそれを手紙の相手もわかっていてまたそれに返事を返すそのやり取りが見ているこちらも暖かな気持ちになる。
書くという事はとても良い。日記なら自分に、手紙なら相手に、SNSなら不特定多数に、それでも書き記す時人は必ず自分と向かい合う。伝えたい人が→ 確定してる場合も確定していない場合も、一番最初の読み手は今そこに文字を記した自分自身で書いた瞬間に人は変容するし、手紙であればそれを読む相手を想像し、届く返事を想像し、そしてその返事によってまた変容する。コミュニケーションの形は多様だとは言えやはり手紙の持つ力は何千年も変わらない。
そして文中に出てきた、「読み返した」という話。物語の中には6人が過去にやり取りした手紙の話が出てくるシーンがあるのだけれど、「読み返す」事が容易なのも手紙の素晴らしさ。しかも紙は経年劣化する。同じ文章でも同じものではなくなるその味わい。
素晴らしい小説を読みました。 -
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様々なバカがあちこちに蔓延する現代、そもそもバカとは何なのかを考察している一冊。
「頭が悪い人」がバカなのか、あいつをバカだと思っている私とあなたはバカではないのか…などのバカげた深遠なる探求へ本書が読者を導きます。
天才には限界があるがバカには限界がなく、しかも彼らは増殖しているように見えるほど目立つ性質を持った生き物です。
様々な専門分野からバカを考察した結果では定義も様々となるわけですが、子供=バカなのかという問いには一貫してNOとなります。
思慮不足、経験不足から引き起こされるバカげた結果は“粗相”であり、もたらされる結果がどんなものかわかっていながらバカげた行動を起こしてしまう大人こそがしっかりと成長したバカなのです。
故に知性とバカは無関係であり、猛獣などに襲われた際にアルゴリズム的知性で「逃げるべきか留まるべきか」などと考えるよりも合理的知性で「とにかく逃げろ」と即決するべきで、状況に応じて知性を使い分けられない人間がバカなのだと考えさせられました。
もし自分がバカをやらかしてしまった場合にも触れられており、やはりというか当然というか…謝罪が一番効果的なようです。
しかし、本書は紛れもなく良書です。
バカをただバカにするのではなく、入念な研究と考察により親身になってバカがどのようにバカなのかを解説しています。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ世界の中心都市としての世界コミュニケーションセンターを建造するという話は、今まで全く一度も聞いたことがないし、本書のタイトルから全く現在には存在しない・受け継がれてもいないのだと思った。
本書は19世紀末〜20世紀序盤(第一次世界大戦前後)に理想都市を追い求めた彫刻家(一応建築家ではないはず)とそれを支援するオリヴィアという二人の理想家のノンフィクション。
本書の見た目と話題からして若干読みづらいかな?とおもったのだけど、とても読みやすくて一気に読んでしまった。
本書の実質的な主人公であるヘンドリックとオリヴィアが構想していた理想都市は、元々の構想が壮大だっただけでなく、要求仕様が膨れ上がる典型的な破綻プロジェクトに狂信的な想いで活動し続ける痛々しさを感じながら読んでいたので、最終的にはこの都市は全く実現には至らないのだろうなと思いながら読んでいた。
タイトル通り、本書の結論としては、ヘンドリックとオリヴィアの夢は実現できなかったという扱いだったと理解している。
でも、理想都市としての一部の設計方針は後のイタリアのローマのEURという都市に引き継がれたという話もあり、失敗だけではないのだなという若干の驚きと安堵さも感じた。
それにしても、ヘンドリックとオリヴィアはどういう関係だったのだろうか?本書の本筋ではないが、ここまでヘンドリックの才能を頑なに信じ続けたオリヴィアという二人の関係性へとても美しそうないびつそうな、不思議な感覚があった。
本書を読んだきっかけ:積読チャンネル -
Posted by ブクログ
読まなければならない本だと思った。
ドイツ以外の国もホロコーストに関わっていたという事実は、知識として知ってはいたが、物語として受け取ると、ドイツ一国の問題ではなくヨーロッパ全体の問題なのだということが理解できた。人権の国フランスでの話というところもまた考えさせられたし、子供たちの断片的な体験からも、ユダヤ人差別の負の連鎖は円環として続いているという事実もうかがえた。その円環から抜け出そうとする最後のジョルジュとアンヌの会話は胸に来るものがあった。
ポストカードについてのミステリがエンジンとなって、最後までぐいぐいと読み進められるし、ノンフィクションでありミステリでもあるという、新鮮な読み口だった。