高橋洋のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
本書は認知哲学の第一人者による「予測処理理論」の一般向け解説書。
第1章において「予測処理理論」について理論的な説明が行われ、第2章以下で、既存の現象の説明、今後の応用についての展望が描かれている。
従来の考え方では、経験は感覚情報の入力から始まるとされているが、「予測処理理論」においては、感覚シグナルはすでに生じている情報に基づく推測(予測)を洗練し、修正するために用いられる。
補遺で詳しく解説されているが、「予測する脳」は、四つの重要な要素から構成される。
一つ目は「生成モデル」であり、二つ目はそれによって刻一刻と発せられる予測である。三つ目は「予測エラー」であり、「予測エラー」は、予測と感覚シグナルの間の誤差に関する情報を伝達し、システムがより的確な予想を発せられるようにするか、世界に働きかけること(=行動すること)で予測に整合するよう感覚入力を整える。四つ目は「適合率」の見積もりで、それによって感覚刺激と予測の相対的な影響力が調節される。
具体例としては、錯視やプラシーボ効果、機能性障害(各種症状がみられるにもかかわらず生理的原因が特定できない障害)などが予測と予測エラー、適合率の観点から説明される。
また、「予測する脳」は身体(内部環境)と外部環境を統合的に捉えるものであり、情報が外部にあるか内部にあるかを問わないものであることから(「拡張された心」)、人類のさらなるITの活用も予想させる。
本書は単に新しい理論を知るだけではなく、読後、自分の思考や感情、感覚についても、予測や先入観の観点から意識するようになり、新たな視点が得られる。
【目次】
はじめに――経験を形作る
第1章 予測する機械を解剖する
視覚の高性能カメラモデル/流れを逆転させる/ポンコツラジオとコントロールされた幻覚/質素な脳/予測の力/正弦波音声と「グリーンニードル」効果/ホワイトクリスマスの幻聴/ドレスをめぐる錯覚など/予測の学習/予測としての知覚
第2章 精神医学と神経学をつなぐ
組織の損傷を超えて/プラシーボ効果とノセボ効果/痛みの自己確証の悪循環/機能性障害/注意の障害/フーバー徴候/慢性疼痛における予想の役割/自閉スペクトラム症におけるバランスの変化/強化された感覚世界/マガーク効果/統合失調症におけるバランスの変化/心的外傷後ストレス障害/では、何が最善のバランスなのか?
第3章 自己充足的予測としての行動
観念運動理論/カモメを見る/すべてを支配するただ一つの配線様式/くすぐりが教えてくれること/外野手から学ぶ/身体化された専門スキル/長期的なゲーム(と楽観的な予測の役割)
第4章 身体を予測する
暗室からの脱出/好奇心と予測エラー/身体予算の予測/情動の身体化/緊密に協調し合う神経回路/心で見る/うつ、不安と身体の予測 ポジティブな情報に対する免疫を作る/増殖する審美的な悪寒
間奏 ハードプロブレム――予測者を予測する?
単純な有感性/私たち自身を予想する/単純な自己モデル/哲学的ゾンビを尋問する
第5章 よりよい予想
自分が感じているものを知覚する/予測バイアスに対処する/有用なフィクション/内受容感覚を改善する/真実に近い?/動くキーボード/リアルさを保つ
第6章 生身の脳を超えて
世界への依存/ひとり暮らし/情報取得のための行動/認識的行動と実践的行動の統合/循環するプロセス/脳を徐々にアウトソーシングする/腸で考える/拡張された感覚/拡張された心/オットーは美術館に行く/ここまでの議論を要約する/資源調達をめぐる謎を解く/脳としての心
第7章 予測する機械をハッキングする
苦痛の軽減の予想/「正直な」プラシーボ効果の不思議/プラシーボ反応を教え込む/バーチャル・リアリティを用いて痛みを緩和する/留意事項/自己肯定の力/経験をフレーミングする/疼痛再処理療法 /自分自身の予想を免れる/幻覚剤と自己――化学的なロマンス/呪縛を緩める/瞑想と注意のコントロール
結論 世界に開かれた予測の生態系
補遺
要素1――生成モデル/要素2、3――予測と予測エラー/要素4――適合率
謝辞/註/訳者あとがき/索引 -
Posted by ブクログ
本書の原題は「The Nocturnal Brain」、"夜行性の脳"とでも訳せようが、眠りといえば、日の出・日の入りと同じように万人に規則正しく訪れ、脳にとっての休息…では全くないことが睡眠医学の専門家によって描かれる。
それは多少の不眠や起床リズムのズレなどとはほど遠く、完全に昼夜逆転することもあれば、寝ている間にオートバイで出掛けて帰って来る人までいるそうだ。
取り上げられているのは、著者が実際に取り組んだ症例だが、計測装置や様々の薬剤の進歩により、症状を把握し、対応できるようになってきたとのこと。
日頃特に意識もしない「眠り」の思いもよらない深層に触れることのできる本。 -
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相手の感情をミラーリングした情動的共感。
一般に「共感」というものは絶対的に善であるとされているが、
本書では冒頭にあげた「情動的共感」が、ある局面、具体的には道徳的判断などにおいては悪しき作用をもたらすというショッキングな主張が展開される。
目の前で困っている子供と、遠くアフリカで生死さえ確かではない何万人もの子供。
論理的・倫理的にはどちらに手を差し伸べるべきか。
感情・共感をもってするとどのように判断するだほうか。
さらに突き詰め、共感が破滅的な悲劇をもたらすこともある。
また、不幸は共感を欠くところからのみ生まれるのか。
サイコパスは共感を欠く点が有害なのか。
共感以外の方法で、道徳的な判断をできるのではないか。
様々な角度から共感に対しての反駁が試され、その全てに「共感」するわけではないが
腹落ちする箇所が多々あった。
共感至上主義とSNSの組合せがおかしな事態を招いていることは、我々も日々目撃している。
こういった常識を疑い再考を促す書籍は人生に必要だ。 -
Posted by ブクログ
本書は〈哲学的ゾンビ〉の思考実験で有名なデイヴィッド・チャーマーズとの共著もある認知哲学者の〈予測処理理論〉を一般向けに解説したもの。訳者あとがきによれば著者はチャーマーズの師にあたるそうだ。チャーマーズといえば近著に「リアリティ+(上・下、NHK出版)」があり興味深く読んだが、本書はチャーマーズと同じく「リアル」を拡張的に捉えながらも、チャーマーズとは逆のベクトルを用いたアプローチにより世界を捉えようとしているのが興味深い。すなわち、チャーマーズが世界存在のリアルさの根源を外部世界を規定する「基底構造」に求めるのに対し、本書は視線を外部世界ではなく人間の内側に向け、「リアルな世界経験を成立させているのは感覚的与件とそれに先立つ脳の予測の双方向的フィードバックループである」と説くのである。チャーマーズのVR理論のようなスケール感には乏しいが、本書は人間の認識や経験の成立を種々の病理や実験をもとに実証的に論じようとしており、生身の我々にとって納得感が得やすい内容となっている。
大まかな印象では、〈予測する脳〉という概念には〈デカルトの悪魔〉に似たところがあるように思う(本書の題名に含まれる「機械」という語もデカルトの機械論を想起させる)。どちらも二元論的に人間認識に「儘ならない」部分を見出し、現実経験の決定不全(ありのままの現実は経験不可能)を主張する。しかし本書が単純な二元論と決定的に異なるのは、本書の予測処理理論は脳のみならず感覚シグナルや身体状態を含めた統合システムにより経験が成立すると論ずるのであり、一方が他方に内包されつつ双方が他方の動きを検知して自らの挙動を統制しあうという、極めて動的な二元を想定するモデルであるということだろう。
このダイナミズムのもとで現実を捉えようとするなら、勢い静的な「心/身体」「知覚/行動」「内部蓄積/外部ツール」といった二項対立の境界は曖昧になる。著者であれば、サールの著名な思考実験「中国語の部屋」に閉じ込められた人物でも、中国語を「知っている」(少なくとも中国語によるコミュ二ケーションを「経験している」)と表現するのかもしれない。
ただ、中盤やや唐突にチャーマーズの〈ハード・プロブレム〉と予測処理理論の関係を論ずる章が挿入されるが、無意識下で稼働する〈予測する脳〉が生む(したがって我々にとって馴染みのない)ある種の傾向こそが「クオリア」でありハードプロブレムの根底だ、という著者の論理立てに素直に納得できる読者は少ないのではないか。予測処理理論は確かに知的興味をそそるスキームだが、「これがまさに〈予測する脳〉である」というような特定の脳神経の発火状態が特定されたわけではないし、そのような予測と修正のフィードバックループを成り立たせている物理的基盤が「どのようであるか」を突き止めるのはなおのこと困難だろう。畢竟、心身の間に横たわる深い溝は残されたままなのだ。トマス・ネーゲルの言葉を借りれば「そのようなシステムであるとはどのようなことか」を探求する過程には、本書の議論だけでは到底尽きせぬとてつもない深淵があるように思えてならない。 -
Posted by ブクログ
睡眠障害を専門とする神経科医による、さまざまな症例を紹介する内容。もともとBBCの番組が元で作られたということで、夢遊病や睡眠時無呼吸症候群、不眠症などなじみのあるものから、初めて聞くような奇妙な症例まで紹介されている。
睡眠障害の原因については、まだわからないことが多いようでそれほど詳細な記述は見当たらない。
それでも、睡眠やレム睡眠、ノンレム睡眠に関する脳の部位やホルモンについての簡潔な記述があり、この分野について興味を持つ読者はそれらの情報から知識を深めていくことができると思う。
オリバー・サックスの著作などもそうだが、具体的な症例や患者のありさまは人間の脳についての不思議さを感じさせてくれる。
睡眠については脳科学の分野でも特にまだわからないことが多い分野だと思われ、一般の読者が楽しんで読めるものも少ないので、少しでも興味があるなら読んで損は無い内容だと思う。 -
Posted by ブクログ
本書はアントニオ・ダマシオの新作である。
ダマシオは、「なぜ、そしていかに情動が生じるのか?私たちはどのようにそれを感じ、感情をもとに自己を築き上げるのか?感情はいかに最善の意図を支援したり阻害したりするのか?なぜ、そしていかに脳は身体と相互作用し、その機能を支援するのか?」という問いの答えを求めて、「多大な時間を費やしてきた」という。そして、「今や、以上の問いをめぐる新たな事実や解釈を手にした」と言う。本書は、その内容を解説するものである。すでに御年75歳となる。これまでの研究や思索の集大成を意識して書かれたものだと言える。
正直に言うと、その内容をきちんと理解できたかという、できていませんと言わざるをえない。鍵となる情動や感情についてのダマシオのこれまでの研究の背景を理解していないということもあるだろうし、全体を通して重要となるホメオスタシスという概念についての理解も生半可なレベルでとどまっているし、ヴェイレンスやアフェクトといった新しい概念になるとその理解はかなり怪しくなる。また本書のスコープが、心や意識の問題に関連して、生命の起源まで遡及して考察し、かつ神経系に関しても脳だけでなく腸管神経系まで含む身体の神経系の構造までその議論を敷衍し、さらにそこから、社会、文化まで射程に据えて、とにかくとても広い。一方、多くの論説が仮説なのか結論なのかわからないような文体にも理解を妨げている理由があるだろう。翻訳者が、「本書は気軽に読めるたぐいの本ではない。そもそも英文そのものが読みやすいとはとても言えず、また、生物学的な知見をベースにしているとはいえ、ときに観念的かつ晦渋な記述に陥る傾向が見られることは否定できない」とまで言うのだから、その通りなのだろう。
しかしながら、この分野の第一人者である著者の集大成である本書が言わんとすることを何とか理解しようとする試みはきっと大いなる謎の少しでも正確な理解に役に立つことだろう。
本書のタイトルの「意外な順序(Strange Order)」とは、心や文化がバクテリアのような単細胞生物が備えていた簡素な装置にその起源を持つ、という知見のことである。翻訳者の力を借りるとその順序は次のようになる。
■ホメオスタシス
→■全身体システム
→■全身体システムの内分泌系、免疫系、循環系、神経系への分化
→■神経系によるイメージ(表象)形成能力の獲得
→■感情
→■主観性
→■意識
→■文化
何が、意外なのかこれからだとわからないかもしれないが、ダマシオ自身によると、この意外な順序は、二つの事実に基づいているという。
「本書のタイトル『進化の意外な順序』は、次の二つの事実に基づく。一つは、早くも一億年前には、数種の昆虫が、人間の社会と比べても文化的と呼べるような行動、実践、道具を発達させていたという事実である。もう一つは、さらに時をさかのぼった数十億年前には、単細胞生物でさえ、人間sの社会文化的な行動に概略が一致するような社会的行動を見せていたという事実である」
「本書で取り上げた社会的特徴は、生命の歴史の初期の頃にすでに出現し、生物圏において豊かに存在していたのえあり、そのために人類の登場を待つ必要はなかった。この順序が奇妙なもの、少なくとも意外なものであることに間違いはなかろう」
「この意外な出現順序は、ホメオスタシスの底知れぬ力を明らかにする。ホメオスタシスの絶対的な規則は、生命活動の管理をめぐって生じる数々の問題に対する、利用可能な最善の行動ソリューションを試行錯誤で選択する」
すべての元となるのは、「ホメオスタシス」である。「感情とはホメオスタシスの心的な表現であり、感情の庇護のもとで作用するホメオスタシスは、初期の生物を、身体と神経系の並外れた協調関係へと導く機能的な糸と見なすことができる。この協調関係は意識の出現をもたらし、かくして生まれた感じる心は、人間性のもっとも顕著な現れである文化や文明をもたらした。このように感情は本書の中心的なテーマをなすが、その力はホメオスタシスに由来するのである」
どれほど「ホメオスタシス」が重要なのかは次の文章から読み取ることができる - 「ホメオスタシスは、生命の根幹にかかわる一連の基本的な作用を指し、初期の生化学によって生命が誕生した、生命の消失点をなす原書の時代から今日に至るまで続いてきた。それは思考も言葉もない強力な規制であり、大小あらゆる生物が、その力に依拠して他ならぬ生命の維持と繁栄を成就してきた」
本書の中で「ホメオスタシス」という言葉は何度も何度も繰り返し出てくることになるが、いくつか「ホメオスタシス」が何であるのかを表現したものをいくつか挙げてみることでこの重要な概念の理解の助けになるのではないだろうか。曰く、
・「ホメオスタシスは自然選択の背後にある価値基準であり、自然選択はもっとも革新的で効率的なホメオスタシスをコードする遺伝子と、それを持つ生物を選好する」
・「何があっても生存し未来に向かおうとする、思考や意思を欠いた欲求を実現するために必要な、連携しながら作用するもろもろのプロセスの集合を、ホメオスタシスと呼ぶ」
・「「ホメオスタシス」という用語は一般に、主観や熟慮なしに自動的に作用する非意識的な形態での生理的コントロールを意味する」
・「原初の生物で生じたホメオスタシスの規則のほうが遺伝物質より先にあったのであり、その逆ではない」
・「最近や植物や単純な動物に見られる自動的なホメオスタシスは、のちに感情や意識を備えることになる心の発達に先立つ。このような発達を通じて、心は既存のホメオスタシスメカニズムに意図的に介入する機会を手にし、さらにのちになるとホメオスタシスを社会的な領域へと拡張する創造的で知的な発明が可能になった」
・「神経系は、その生物全体のホメオスタシスに使える召使として働いてきた」
・「自然選択と遺伝がカギであるという答えはまったく正しいが、十分ではない。私たちは、選択的な圧力の一因として、有益に用いられたか否かにかかわらず、ホメオスタシスの規則の存在を考慮に入れる必要がある」
「思考や意思を欠いた欲求」という表現がホメオスタシスの本質をよく表現しているように思われる。
次にくる「神経系」については次のような記述がある。
・「神経系は、それのみによってではなく、それ以外の組織との連携を通して心を形成する」
・「身体と神経系の関係をめぐるストーリーは、書き換えられなければならない」
・「ホメオスタシスの規則を充足する機能が付加されてきた背景には、神経系の出現という重大なできごとが存在する。神経系は、ものごとの構造に関する「類似した」表象を立てるためのイメージングとマッピングに至る道を開いた」
・「神経系の個々の部位も、脳全体も心的現象の唯一の製造者でもなければ供給者でもないという考えだ。...とどのつまり脳と身体はともに、心の存在を可能にしている同じスープに浸されているのである」
また、これまでの著作でもその議論を深めてきた「感情」の分析についても大きな部分を占めている。「感情」が脳だけで生成されるものではなく、身体との相互作用によって生まれることは、これまでのダマシオの著作でも強調されていた点である。「感情」が持つ役割を語った文を挙げてみる。
・「感情は、脳が単独で作り出したものではなく、体内をめぐる化学物質と神経回路を介して相互作用する身体と脳の協調の産物である」
・「感情は、問題への対処を促す動機として、そしてその対処の成功、失敗を追跡する監視役として機能する」
・「感情はホメオスタシスの心的な代理である」
同じく「心」についても次のように説明される。
・「心は、生命の効率的な運営の支援を生体内で請け負う神経系の存在と、神経系と身体の頻繁なやりとりに依存する。身体がなければ、心は決して始まらない」
・「心の基本単位をなすのはイメージである。細かく言えば特定の事象のイメージ、特定の事象が実行することのイメージ、それが感じさせることに関するイメージ、それをどう考えるのかのイメージ、そしてこれらすべてを翻訳する言葉のイメージである」
・「イメージを形成する能力は、生物が周囲の世界、すなわち存在し得るあらゆる物体や他の生物が含まれる世界を表象する道を開いた。また、それと同様に重要なことに、自己の内部の世界を表象することを可能にした」
・「生物は、神経系を取り巻く世界の独自の内的な表象を形成することができるようになったのだ」
そして、感情や心が生まれてくる過程を次のようにまとめる。ここで重要なことは、心は身体があってこそ生まれてくるものだというダマシオが強くこだわるテーゼである。
「まず自然は、生体内の最古の構成要素、すなわち主に内臓や血液循環によって実行される代謝の化学作用と、それが生み出す動作に由来するイメージを用いて、徐々に感情を形成していった。次に、生体内のそれほど古くない構成要素、すなわち骨格やそれに付着した筋肉に由来するイメージを用いて、生命の外郭、つまり生命が宿る家の正確な表象を作り出した。やがてこれら二セットの表象が結び付けられることで、意識に至る道が開けた。そして最後に、自然は、それとイメージ形成装置とイメージに内在する力、すなわち何か他の物を表し、象徴化する力を用いて、言葉を発達させた」
また、記憶と心の機能については次のようにホメオスタシスが大きく絡むことを示す。
「私たちは自己の生の一部を、現在ではなく、予期される未来において生きているともいえよう。おそらくこれは、つねに現在の瞬間を超えて自己を未来に託し、次に何が来るのかを探索しているホメオスタシスの本質のもう一つの現れだともみなせる」
そして、アフェクトやヴェイレンスという概念につなげていくのである。
「アフェクトとはあらゆる感情のみならず、それらを生み出す(すなわち、その経験が感情になる行動を生み出す原因になる)状況や仕組みをも包み込む大きなテントを意味する」
「ヴェイレンスとは、経験の固有の質を意味し、快、不快、あるいはその中間段階として捉えられる」
「感情の経験は、生命活動の見通しを評価する自然なプロセスである。ヴェイレンスは、その瞬間における身体の状態の効率性を「判定」し、感情はその判定を身体の所有者に伝える」
ダマシオは、ここまでの準備を元に、よく知られた問題にも解を与えていく。
まずはチャーマーズが提起したハードプロブレムについて:
「チャーマーズの問いに対する答えは、「心的状態が何ものかとしてごく自然に感じられる理由は、感情によって評価された心的状態を持つことがその生物にとって有利に作用するからである」というものになる。感情によって評価されることを通じてのみ、心的状態はホメオスタシスにもっとも合った行動をその生物にとらせるよう導くことができるのである」
「ハードプロブレムは、心が有機的な組織から生じるのなら、心的状態として感じられる心的経験がいかにして生じるのかを説明することは極めて困難、もしくは不可能だという事実に関する問題である。視点と感情を織り交ぜることで心的経験が生じるというのが、それに対する私の答えだ」
次は、最近ユヴァル・ノア・ハラリが『ホモ・デウス』の中で提起したポストヒューマニズムの新しい人間観について:
「生物は人間を含め、アルゴリズムに従って構築され、それを使って遺伝装置を操作する。しかしアルゴリズム自体ではない」
「生命活動の基盤をなすのは、ある種の組織化された化学作用であり、熱力学の法則やホメオスタシスの規則に従う。人間の本性を説明する際には、素材を考慮に入れなければならない」
「感情とは、この作用の質と未来における生存可能性の反映なのである」
「自然な感情は進化の過程を経て生じ、幸いにもそれを持つことができた生物の生死の運命に寄与してきたがゆえに存在し続けているのである」
もちろん、ハラリもAIが意識を持つことを自明としていないのだが、「生物がアルゴリズムである」というテーゼに対して、反論しているのである。そこには重要な論点が含まれているように思われる。
終盤にきて、繰り返しになっているところも多いが、本書の考察のまとめとなっているものを抜きだしておきたい。
「高度な能力が意外な順序で出現した最も典型的な例は、感情や意識の誕生に見出すことができる。感情と呼ばれる洗練された心的現象が、人間に限られるとは言わないにしても、もっとも大きな進化を遂げた生物にのみ出現するという見方は、ばかげてはいないが、単純に正しくない。同じことは意識にも当てはまる。意識を特徴づける主観性は、自己の心的経験を所有し、それに個人的な視点を与える能力を指す。現在でも、主観性は高度な発達を遂げた人間以外の生物には生じないとする考えが流布している。さらには、感情や意識のような洗練されたプロセスは、最高度の進化を遂げた中枢神経系の構造、すなわち輝かしき大脳皮質の作用に身から生じると、間違って想定されている。...感情や主観が生じるかどうかは、それに先だって、中央処理装置を持つ神経系が出現するかどうかに依存すると考えられるが、その仕事をするのが大脳皮質でなければならないといういかなる理由もない。それどころか、大脳皮質の下に位置する脳幹や終脳の神経核は、感情、さらには意識を理解するうえで欠かせないクオリアを支える重要な構造として機能する。意識という点になると、ここまで取り上げてきた重要なプロセスのうちの二つ、すなわち仮想身体による視点の構築と経験の統合のプロセスのみが、主に大脳皮質に依存すると考えられる。さらに言えば、感情と主観性の出現は最近の出来事などではなく、ましてや人間だけに見られるものでもない」
ダマシオは、最後にまとめて次のように語っている。
「人間の本性の特異性は、次のような組み合わせに由来する。一方では、私たちの手では変えようのない生命現象(例えばニーズ、リスク、さらには痛み、快、欲望、性欲などの激しい衝動)は、知性を書き、自らが置かれた状況を十分に把握する能力を持たない先祖の動物に由来する。...他方では、人間は次第に拡張して言った認知能力のおかげで、自分が経験した快い感情や不快な感情を引き起こした状況を評価する能力を高め、遺伝子には記述されていない、前代未聞の多様かつ創造的な方法で目下の状況に対応できるようになった。それらの多様かつ創造的な方法は、文化的、歴史的、非遺伝子的な媒体によって、直接的な伝達が可能であり、遺伝子に適用されるものにも匹敵するほど強力な選択の力に服する」
「感じられることのない生命は、救済を必要としないだろう。感じられながら知性によって吟味されることのない生命は、救済し得ないだろう。感情は、無数の知性の船を出帆させ、その舵取りをしてきたのである」
こうして抜き出しを中心にまとめてみても、果たして自分がダマシオの言わんとしていることを少しでも理解することができたのか答えるのは難しい。しかしながら、その仕組みは精妙で複雑ではあるが、われわれがありありと感じとる感情や主観性がどうやって「ホメオスタシス」の規制の下に生まれてきたのかを、その理由と過程を垣間見ることができたように思う。そして、次世代にこの議論が引き継がれていくことを強く望むのである。 -
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刺激的な論考。久しぶりに夜更かしして読み続けた。それぐらい脳を活性化させる内容。
共感は道徳性の中心的要素ではない。それどころか複雑な現実社会においては、共感がネガテイブに作用することが多い。ブルームの議論はなかなか周到で、いくつもの反論を想定しつつ、それに応えて自己の主張を裏付けていく。
共感のネガティブな側面として、スポットライト効果、数的感覚の欠如はお馴染みだが、
「他者の感情を自分も感じること」で他者の苦痛にとらわれてしまい、長期的な援助が困難になることや、収容所の隣に住む人が処刑される囚人を助けるのではなく、どこか遠くで行われることを望む例などは興味深い。
また、共感は怒りなどの情動と似ていて、身内びいきなどのバイアスがかかりやすい。思いやりや親切心、公正さの方が道徳的指針として役に立つ。
「共感に動機づけられた親切心は、悪しき効果を発揮するケースが多い」
この主張は、震災被害地へのボランティア殺到や、不要な物資寄付による混乱を想起すれば、納得しやすい。
ほかに、トマス・カーライルが経済学を「陰気な科学」と呼んだのは、奴隷制度を支持する文脈においてだったという事実は、経済学ならびに理性的熟慮の正当な評価に役立つだろう。 -
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心身問題を「時間」で解決するという、なかなか刺激的な主張を展開する本だ。脳は内的・外的な時間をスケールフリーで調整し、その結果として自己を認識する意識が発生するという。内的な時間とは、脳自体の処理や思考、臓器との連携など、脳波のことを示す。脳波は神経細胞が発生する微弱な電気信号がもとで、持続時間や周期速度は様々ある。外的な時間をここでは「世界」と表現しており、物理的な時間とは何かが定義されていないため、脳を主軸に考えたとして外からの情報(音や触感、視界など)を示すと想定して読み進めていく。すると脳自身と、外的な時間が違うのは当然ながら、内的な時間(信号)も様々なスケールで周波数が混ざっていることになる。それをうまく調整する脳はうまく機能し、遅いと鬱状態に、速いと躁状態になる。自己について考える課題を与えると、ヒトの脳波は周波の長い形態に入る。周波が長いとエネルギーが弱く感じられるが、脳波においては逆で持続時間が長く強い影響があり、それが自己を一生継続させる効果を生む(5歳でも80歳でもワタシはワタシ) そして他の動物でも同じようにタイムスケールの存在が脳波などの研究で確認されているが、残念ながら一部の哺乳類に今のところ限定されている。コウモリは超音波を頼りに外界を認識し、空を飛ぶことまでできるためヒトとは大きく違った、短い波長をベースにしているようだ。脳が外界に対して時間を合わせることで、なぜ自己や意識のような心的機能が形成されるのか?この点については、原文のイタリア語では記載あるが難解で、英語版では省かれ、そして日本語版では医学博士が最後に解説をしてくれている。それを直感的に理解するには臨界現象をイメージするのがよい。臨界現象とはある条件で物質の状態が突然変わる相転移のような、特定のスケールを持たない状態で、完全な秩序と無秩序の間にあることを示し、それが脳の活動でも見られることから、相転移の結果として意識が生じるという流れになっている。ところでAIやプログラムは心を持つことができるか、に対しては、脳と同様にタイムスケールや環境との確率的な整合性を持たせれば可能かもしれないと指摘されている。
非常に面白いテーマで、なかなか一般人には思いつきもしないような発想がとても興味深いのだが、読み物としてはあまり面白みがなく淡々としているのが残念、万人受けも決してしないだろう。うまくアナロジーを組み合わせてロヴェッリ博士のように情熱的に語れば最高クラスに楽しい本となり得るポテンシャルを感じた。時間とは脳が生み出した幻想だという説もある、本書はその逆で時間が存在し、その結果として意識が生じるという。実際のところはどうなのか…