グレゴリー・ケズナジャットのレビュー一覧
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情景が目に浮かんでくるような描写でとても読みやすかった。
葛の蔓が繁茂しているのをぼんやりと眺めながらその中から聞こえてくる虫の声を耳を澄ます。
やがて、多くは語らないけど優しさのある父の声が聞こえてくる。
ラッセルが2歳の時に母が今の父と結婚したが、7歳で母は出ていく。
父だけは、それまでと何も変わらず彼と暮らす。
アメリカ生まれのラッセルとは英語で喋るが、父の言語はペルシャ語だ。
父が、故郷の家族と話すときは英語を使わない。
そのことに寂しさを感じるのか、自分だけ家族ではないと思ってしまうのか…。
国が違えば、ことばも違うという当たり前のことだが、日本から離れたこともなく、身近に日本語 -
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芥川賞候補作。
まず、日本語が母語ではないのに、文学的な文章を書けることがすごいと思う。日本語が母国語の私でもこんな文章書けないと思う。
「囂(かまびす)しい」とか初めて聞いた。
読み心地もすごく良かった。
母語(主人公にとっては英語)を聞いている時、行間が聞き取れてしまうがゆえに不愉快さを感じることがあるというのを、この本を読んで改めて気付いた。
外資系の会社で働いていた時に、私が英語の行間まで理解できないおかげで、傷ついたりイライラすることなく、コミュニケーションを取れていたことを思い出した。アメリカ人の同僚が、クライアントからの英語のメールにイライラしていて、私がそれを読んでみても -
Posted by ブクログ
多分に実体験をベースに構築された物語であろうことは、容易に推察できる。
外国人が母語ではない日本語でしたためた小説、ということで、それを念頭に置いて意地悪な読み方をすればツッコミどころは皆無ではないが、そういった環境がまったく気にならずに内容に没入できるほど、文章力のレヴェルは高く、まず素直に敬服する。
そして中身それ自体が、日本で暮らす日本人である我々読者に投げ掛けてくるボールもまた、ずっしりと重く、キレ味鋭い。
日本に滞在するアメリカ人は、例えば欧米における一部のアジア人や黒人のように、可視化しやすい典型的な差別の対象となることはあまりないだろうが、当人にとっては、違和感や疎外感を抱くこと -
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アメリカニズムの強い男に憧れながらも
それを真似ようとしたとき
戦後民主主義が足を引っ張ってくる
強い男は戦争を思い出させて
怖いんだそうだ
そんなわけで恥を知ってるほうの男たちは
黙って女の尻にしかれるか
さもなくば孤独に生きるしかなかったのである
昭和の良い子たちは
そういった抑圧のなかで
ドメスティックな人間関係の頂点に立つことを
夢見続けてきたんだが
長い年月を経て屈折したその夢を
老人から一方的にぶつけられたとき
若者は困惑しつつもやりすごすしかないだろう
そういう立場に置かれた英会話講師が
「トラジェクトリー」の主人公だ
テネシーから日本の名古屋にやってきたことで
アメリカの閉塞し -
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第173回芥川賞は該当作なし、と決まったが、候補作は4篇あり、本作はそのうちの1篇である。
主人公はアメリカの大学を卒業後、確たる目的意識もなく、日本の英会話学校で働く道を選択し、名古屋という東京と京都の中間点に移ってくる。英語を習うはっきりした動機が希薄に思える生徒を相手に教え始めるが、用意した教え方には素直に従わず、自分の好みの主張が強い退職後の大人を相手に変わったレッスンが続けられていく。彼はある日を境に突然来なくなる。理由もわからず、片や同僚も辞めていく意思を飲み会で聞いたり、ふわっとした浮遊感漂う流れの中で・・著者が何を言いたいか、もやっとした内容であった。 -
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表題の芥川賞候補作と、「汽水」という短編の、二編。
どちらも根底としてあるのは、自らの「居場所」への問いかけのような気がするが、「トラジェクトリー」は淡々と進み、淡々と終わる。
アポロ11号を鍵に、定年した日本人とアメリカ人英会話講師が交錯……というよりすれ違った感じで。
古き良きアメリカのイメージと、混沌としたここ10年ほどのアメリカが交錯するとも読めそうだが、どうも私の読解力の無さのせいか、あっさりと終わりすぎて。
「汽水」の方が、個人的には好みだ。
たくさんの現代の小ハーンの1人として、何をどう感じるのかが明確に感じられた。
イランにルーツを持つアメリカ人作家が、日本語で書いたとい -
Posted by ブクログ
タイトルに惹かれて著者プロフィールを覗いてみたら、この方小説家だったのね。それも母語(英語)ではなく日本語で書かれていて、デビュー作は京都文学賞を受賞されているという…!
帰化こそされてはいないけど、長年日本に在住され、(講義ができるほどの)日本語を駆使されている外国人と接触する機会がないから、新鮮かつ貴重な読書体験となった。
ジャンルはエッセイ集。
各エピソードの題材は様々だが、基本的には初来日前後の出来事が克明に綴られていた。
タイトルにも見られる通り、言語(主に日本語や英語)に関わるエピソードも多い。ただこの方の書き方は、私にはちょっぴり理屈っぽくて、そんな気楽には読めなかったな…
だ -
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母語が日本語でない作者が書いて芥川賞候補というのに興味を覚えて読んだ。
英会話学校のネイティブ講師ってたしかにこんな感じ。日本の若者がもはや英語を勉強することにさしてモチベーションないのもこんな感じかもしれない。都市郊外のショッピングセンターがじわじわ寂れていくかんじとか、ひとり暮らしの中高年男性のたたずまいが身近で。
他所から来てまた帰っていく者、滞在して別の土地に通過していく者、突然プツリと行方不明になってしまう者、全く別のルートをたどる同級生、みんなそれぞれ理由があったりなんとなくだったり軌跡を描いている途中。
2篇ともグローバルという言葉が背景に出てくるけど、いまやすっかりイメージが変 -
Posted by ブクログ
ネタバレ日本で働いている米国人、米国で働いている日本人、世界中を転々としながら働いている人・・・。主人公のブランドンは特に日本に魅力を持って来日したわけではない。知らない心の底では日本の何かに魅せられたのかもしれにが、本人でさえそんなことは分からない。ブランドンが移動した軌跡は地理的には長い。でも、心の軌跡はどうだろうか。あまり移動していないような感じである。というのが表題作の感想。もう1つの「汽水」も似たような感じの作品だ。インターナショナルといったって米国とその他の関係でしかない。日本を忘れること、米国に染まることがグローバル化ではないと思っているので、そこに違和を感じた。