ジョージ・ソーンダーズのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレジョージ・ソーンダーズ、またイカれた本である…面白かったです。
〈内ホーナー国〉〈外ホーナー国〉〈大ケラー国〉、どの国民も意味わからない形態をしているので寓話的になってますが、
フィルがこうなった原因がほとんど逆恨みみたいなものだということ、フィル以外は内も外も善悪ハッキリ付けられないくらいに流されてる人たちということ、引っ掻き回すマスコミと中途半端に介入し満足して去っていく第三者の国〈大ケラー国〉がいること…はやけに現実的でした。
悪い夢みたい。
元々全員が〈異形の者〉だったはずが、それはもう「フィルの体」に付けられた名前でしかなくなった。
でも、分断の気配が残り続けてるという終わり方なので、また繰り返されるのかもこれは〜という苦味が残りました。
後書きも面白かった。
「時とともにみずからを更新しつづける」作品、本当にそうです。
今の情勢だから、フィル=ドナルド・トランプだと思ってしまうけれど、この先は別の人が当て嵌められる日もくるかもね。たぶんね。 -
Posted by ブクログ
これは、どこかの世界の独裁政権者のおとぎ話。
……と考えられたら、どれだけよかっただろう。
2026年の今この本を読むと、
某国の大統領の顔がちらついてしまって、背筋が寒くなった。
『短くて恐ろしいフィルの時代』ジョージ・ソーンダーズ
独裁政権をコミカルに描いた寓話の代表格といえば
言わずもがな、ジョージ・オーウェルの『動物農場』。
登場人物は動物たち。
けれど、誰が権力を握ろうとも、
結局また次の独裁者が生まれる…
そんな痛烈な風刺を描いた作品だ。
そして本書『短くて恐ろしいフィルの時代』でも、
権力の座についた人物は独裁へと傾き、
やがてジェノサイドを始める。
まさに、この時代に読むべき物語だと思った。
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最初は、一度に一人しか入れない<内ホーナー国>と、
それを取り囲む<外コーナー国>という設定に、
「なんじゃそれ??」という気持ちで読み始めた。
けれど<外コーナー国>の国民たちは、
なぜか<内コーナー国>の国民を見下していて、
何かと理由をつけては税金を取り立て、
むしり取るものがなくなると、どんどんエスカレートしていく。
登場人物たちは機械や動植物のパーツでできているから、
表現そのものはどこかマイルドに見える。
でも、これが生身の人間だったら…と思うと、
その地獄の輪郭が急にはっきりしてくる。
そして何より恐ろしいのは、
その地獄が現実の世界と地続きに見えてしまうことだ。
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「河出文庫ベスト・オブ・ベスト2025」のキャンペーンで
ヒグチユウコさんの装画に惹かれて手に取った一冊でした。
さらりと読めてしまうのに、
『動物農場』と同じように、
きっとずっと記憶に残り続ける物語。
いちばん恐ろしいのは、思考を止めてしまった人間たち。
風見鶏のように権力者へ迎合していく人間たち。
自分はそうなっていないか。
ふと、立ち止まって考えてしまいました。 -
Posted by ブクログ
優れた社会風刺の小説であることは、言うまでもない。
本筋のテーマより、むしろ、わたしが興味を惹かれたのは、「小説を読んだ時に、イメージされるもの」の謎である。
実は、それは「読書の快楽」の根幹ではなかろうか?
そして、さらには、人間の認知に関する重要な謎ではなかろうか?
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本作の情景や登場人物を、頭に「正確に描く」ことは、極めて難しい、というより不可能である。
(想い描くことが難しい文章を、読者に次々と投げかけることが、ジョークであり、コメディとして機能しているのだが)
だが、「なんとなく描く」ことはできる。
というより、あきらかに正確ではないが(細部や、空間的な連続性はないが)、なんとなく絵が思い浮かんでくる。
この「なんとなく思い浮かんでいる」という事態そのものが、本当は、ものすごく不思議なことである。
(子供の頃に、この不思議さに、うっすらと気がついていたような記憶が蘇ってきた…。この人間の能力は、けっこう難しいから、子供向けの本には「挿し絵」が付いているのだろうか)
読書中の頭の中の情景理解を、絵に描き写すことはできない。
描き写せば、その時点で別物になってしまう。
細部が存在しない・連続して繋がっていないものに、具体的な細部や、空間的な連続性を描かなけばならないからだ。
写実的には描けないし、描いたら「ウソを描き足す」ことにになってしまう。
もし、本作をアニメ化したとしたら、それは、読書後に腰を据えて、読書中には無かった「細部や、空間の連続性を描き足す」ということである。
読書中でも、部分図や、その配置図や、その関係図は、理解されている(ように思える)。
この論点は、実は、とてつもなく重要ではなかろうか。
読書の「楽しさ」というより、読書の「快楽」の根底に、この「イメージすること」の、圧倒的な不思議さが、大きく関わっている気がする。
わたしたちは、本当は、何をイメージし、何が伝達されているのだろうか?
この疑問は、本作のような「シュールなお伽話」だと気が付きやすいが、「現実的・写実的な小説」でも同様のことが起こっているのは間違いない。
つまり、日常会話を含む「言葉で語られる物語全般」でも起こっていることである。
さらに言えば、物語に限らず、「哲学書や論文」、果ては「数式」まで含む、「すべての言語表現」においても、起こっていることではなかろうか。
つまり、「言葉によって、何が描かれ、何が伝達されているのか?」という謎である。
これは、本当に不思議である。
この謎について、わかりやすい研究書などが出ていないだろうか? -
Posted by ブクログ
ネタバレ独裁を行うためのメソッドが満載。
・内をまとめるために敵を作る
・大きな声と断定的な口調で一目置かせる
・自分に従う者の自尊心をくすぐる
・マスコミを抱き込む
・中身が不明な全面委任を信頼(忠誠)の証とする(踏み絵的な活用でもある)
・時に武力行使も辞さない(刃向かうとこうなる、を早々に示す)
現在の国内外の政治にも通じて、薄寒いものを感じます。
最後フィルは自滅したようなものだけど、このまま独裁が続いていたらどうなったのか。独裁下での一時的な治安維持がしばらく続いていくのだろうか。
現代でもこのまま自然破壊が続いたら、「創造主」が天災という形で粛清してくるかもしれない、と想像しました。
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Posted by ブクログ
一度に1人しか入ることのできない『内ホーナー国』と、その国を取り囲む大きな『外ホーナー国』の話。内ホーナー国に1人が入っている間、他の住人は外ホーナー国の領土内にある『一時滞在ゾーン』で身を寄せ合って立って待っている…。
両国の住民として登場するのは、機械の部品や植物を組み合わせたような何とも形容し難い生き物たち。
お互いに睨み合いながら暮らしていたが、ある日、一時滞在ゾーンからはみ出してしまったことがきっかけで騒動に。
そこにフィルが出てきて税を取ると言い出し…。
まさに近代の戦争やジェノサイドを表現していて、それが不変的であることに悲しみを覚える。ちょっと頭の回転が速くて声が大きく、もっともらしく喋ることができるそんな人物に流されていく。世の中がうねりだすと、それを止めるのはとても難しい。
少しでも声を上げたものは粛清され、小さいうちにその芽を引っこ抜かれてしまう。
ジョージオーウェルの動物農場に通じるところのある、この世界を風刺した物語。滑稽なキャラクターと嘘だらけの政治。読みやすくわかりやすい。身につまされる思いだ。
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ネタバレ12月になったら読もうと思っていたけどあえてクリスマスシーズンに読む本ではなかったかも…(汗)原書刊行は2013年。短篇集。
バッドエンドの中に少しのハッピーエンド、それはまさに人生じゃないだろうか。
個人的に気になった作品↓
子犬
救いたい形をしていない人の話。
センプリカ・ガール日記
「読み落とした?」って混乱しました。調べちゃいますよね、SG。普通の格差のある生活の中のディストピア。
わが騎士道、轟沈せり
途中までは面白く読んでいたらあっという間に社会的に死んでいた、怖い
十二月の十日
読み終わって少しホッとした。本書の最後がこの作品で良かった。 -
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ネタバレアメリカの小説家ジョージ・ソーンダーズの中編小説。原書は2005年に発行。本書は2011年に出版された単行本を、2021年に文庫化したもの。
あらすじとしては、一人しか入れないほど小さい「内ホーナー国」と、それなりに広い「外ホーナー国」との間に起こるいざこざと、国境の監視役(自称)であるフィルが暴走し独裁者となる顛末を描いた「おとぎ話」となっている。軽快なユーモアはあるが、正直に言ってつまらないと思いながら読んでいたが、読後しばらく考えてみるとあることに気づく。確かに背筋が寒くなった。
登場人物はどれも奇妙な造形をしており、脳がラックに入っているものや、枝や鹿の角が突き出たもの、シャベルのような尻尾など、イメージを寄せ集めただけで悪意すら感じる。登場人物は少ない上に個性に乏しく恐ろしく愚鈍で、情景描写さえも「小川が流れてりんごの木が生えている」など、小学生でももう少し上手に描けそうなほどお粗末だ。ストーリーも行き当たりばったりで、まるで子どもの人形遊びのようだ。しかし、それこそが作者の意図なのだ。
もし、自分の子どもが人形の手足と文房具を付け替えて、本書にあるような残虐なストーリーを考え出したとするとどうだろうか。恐ろしくなってこないだろうか(私は恐ろしい!)。あとがきで以下のような著者の言葉が引用されている。「この本は、世界を過度に単純化し、〈他者〉とみなしたものを根絶やしにしたがる人間のエゴにまつわる物語なのです。私たち一人ひとりの中に、フィルはいます」
あとがきによると、執筆中のアメリカで9.11が起こっている。ソーンダーズが時代をどのように捉えたかはわからないが、本作のメッセージは政治的なことではなく、人間の根源的な欲求に根ざしているのではないか。つまり男の子の人形遊びが加熱していく姿に、人類の悲惨な歴史をぴたりと重ねたのだ。自分のお気に入りの人形があれば、都合よく強くする。カッコ悪いオモチャは倒すか破壊する。それに飽きたら捨てる。あの巨大な手のようにである。フィルは私が飽きて捨ててきたオモチャ達だった。
ジョージ・オーウェルの『動物農場』が引き合いに出されるらしいが、少しお門違いであると思う。『動物農場』は人間社会への確かな観察があり、コミュニティの理想が没落していく様をありありと描いているので良くできた「寓話」となっている。しかし本作には社会を観察しようという気はさらさらない。ステレオタイプな独裁者のイメージは、社会批判というにはあまりも稚拙だ。本作は、生活は豊かになっても歴史から何も学ぼうとせず、無知を安っぽいストーリーに埋められてしまう人類の写し鏡なのだ。
作品の批評をするときに、資本主義対共産主義、右翼対左翼、男対女、愛国心対反日などなど単純な二項対立に落としこむことが間々見られるが、それこそ子どものごっこ遊びである。結局、「善対悪」の構図にすり替えられ、〈他者〉はいつも「悪」にされる。そこには建設的な対話はなく、気まぐれなヒーローの勝利しかない。ありとあらゆるところで「分断」が起こっている今、脳のないフィルの暴走は、既にはじまっている。
とはいえ以上の感想こそお門違いかもしれない。あとがきにあるように、(裏読みばかりしてないで)この軽快でグロテスクな物語をゆっくり楽しむこともできる。不思議ともう一度読み返したくなるような、真似のできない魅力があるように感じた。 -
Posted by ブクログ
「訳者あとがき」で岸本佐知子さんが、「描かれるのはたいてい八方ふさがりの現実で、その現実をなんとかしようとあがく人物たちのドタバタがどうしようもない悲哀と笑いを誘い、最後には彼らへのいとおしさに、不思議としんみりさせられる」とあるが、まさにその通りの読後感の話が多い。様々な奇想も面白い。
バッドエンド寄りの話も多く(てかほぼそう)、それもいいんだけど、ハッピー寄りの結末を迎えた話にはすごくグッときてしまった。
「もしも誰かが最後の最後に壊れてしまって、ひどいことを言ったりやったり、他人の世話に、それもすごいレベルで世話にならなきゃならなくなったとして、それがなんだ?なんぼのものだ?」「そこには同時にたくさんのーたくさんの良いことのしずく、そうおれには思えたー何滴もの幸せな、良い絆のしずくがきっとこの先にはあって、そしてその絆のしずくはー今までも、これからもーおれが勝手に距離できるものじゃないんだ。拒否。」って、老いや病に対抗する、本当に力強い人間讃歌。
特に好きなのは、『訓告』『センプリカ・ガール日記』『十二月の十日』。
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Posted by ブクログ
独裁者の誕生と破滅、人と国の破壊を描いた寓話。玩具のようなロボットのようなキャラクターが住む国のお話、絵をイメージすればユーモラスなはずなのに、読むのがしんどくて参った。国土を削られ、財産を奪われ、生き残るすべがどんどんなくなっていく。きつい。独裁者の方もどんどん脳が壊れてまともじやなくなっていって、こちらもきつい。
きついきついばかり言っているけど、ほんとに、ユーモアがユーモアに見えないくらいしんどかった。どこかで「抱腹絶倒」と紹介されていたけど、うそでしょ?ってくらい全然笑えなかった…
ディストピアものは若いうち、あと平和な時代に読んだ方がいいと痛感。今はリアルの世界が過酷すぎる。あと、自分ならこうやって撥ね返す、という覇気を持って読めないと、ダメ押しだけどもう一度、ホントにきついので。 -
Posted by ブクログ
人ひとりしか居られない程小さな国、内ホーナー国
それを取り囲む外ホーナー国
内ホーナー国民は7人おり、両国の境、外ホーナー国内の一時滞在エリアで常に6人が入国を待っている
国民の姿形は無機物と生物のツギハギ
この奇妙で童話のような世界観で語られるのは国同士・人同士の争い
きっかけは外ホーナー人であるフィルによる内ホーナー国批判の演説
フィルの演説は力強く煽動的であるのだが、興味深いのは、脳が外れてしまった時に為されることが多い、ということ
本書は2011年に刊行されているが、フィルの語りにはドナルド・トランプ氏であったり、小泉進次郎氏であったり、多くの政治家の姿が重なる…
この物語は政治家批判のメッセージも受け取れるが、同時にそんな政治家を選んでもしまっている国民への警鐘にも感じた -
Posted by ブクログ
独裁者が誕生する様子や、同調圧力に流される集団心理などが、ブラックユーモアで語られる寓意に満ちたディストピア小説。
国民が、一度に一人しか住めない極小国と、その周囲を取り囲む大国の物語。ある日、大国の国境警備員が巡回中に、小国からの侵犯を発見。騒動を大国の論理を押し付けて収めたのは、たまたま近くのカフェにいた中年男のフィル。この男、脳がはずれて地面に転がるたびに熱狂的な演説を繰り返し、次第に民衆を魅了していきます。対して、この男が独善的な要求を小国に突き付けるたびに、小国は疲弊していき……という話。
脳がはずれると書くと、面喰らいますが、そもそも登場人物たちが荒唐無稽・奇妙奇天烈な容姿なため、決してグロテスクに感じることはありません。それより”脳みそ空っぽ”の人が、私的な感情のこじれから暴走し、隣国の生活基盤の破壊から虐殺にいたる過程や、国境を紐に例えて、自他を線引きする様は、風刺の効いた現代への警鐘ともとれました。ラストを読むと、まだまだ平和な世界は遠いことを示唆しているようで考えさせられました。
正誤(2刷)
単行本あとがき3行目:
コロラド鉱業大学→コロラド鉱山大学