石沢麻依のレビュー一覧
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とんでもなく美しい小説。
満月、半月、新月。それぞれが私たちに見せる面もあれば見せない裏側の面もある。そこに存在するはずなのに私たちには見えない。それは人の顔にも言え、他者に見せる顔を表の顔とするならば、自分ですらはっきりと見えない裏の顔も存在する。しかし表の顔とは他人を自分の言葉や印象、都合に合わせる時に切り取って被ったり被らせたりする面のようである。表の顔である面は、他者に判断され勝手に被らされる面であり、自らの本当の顔である裏の顔を見る必要がないと判断される為の「顔のパスポート」である。
面に惹かれて移り住んだ三人の女性の二人ーー望とグエットは表の顔によって、他者からアジア人という面を貼り付けられる。貼り付けられた面を剥がすこともできず、アジアというレッテルを貼り付けられ、裏の顔を見られることはなくなる。
もう一人の女性であり面作家であるディアナは、通常、表しか描かれない面の裏に顔を刻む。彼女が描く裏顔は、表と一体でありながら、境界を超えて交わることのないものである。表と違い、緻密に刻まれる線は、密かに顔立ちを浮き上がらせ、被った本人に、面を被らされている鏡像よりもずっと正直に自分を裏切る。
著者のデビュー作である「貝に続く場所にて」でも感じたけれど、人の感情を、当人が処理する情景と緻密に組み合わせて、読者に突き付けてくる文章が凄い。
年々変化していく自らの顔を肖像面として保存する文化のある南マインロケートに、面に惹かれた三人の女性が移り住む。面に刻まれる時間の変化。面に留まる歴史。面が指し示す現実と幻想。
全てを超えて交わるいくつもの次元が、面を通して描かれるーーー
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ネタバレ•『ラサンドーハ手稿』高原英里
この作品が最初で良かった。退廃的な世界観、暗い路地裏から話しかけてくる仮面たち、ひょっとして私たちの世界でも起きているかもしれないよと錯覚させるような精神が入れ替わるストーリー。百点満点です。
•『串』マーサ•ナカムラ
奇妙なお役目がグロい!
連綿と続いていくんだなと主人公の微笑みで感じます。なんだか鬱りたくなるのに爽やかで奇妙な読後感。
•『うなぎ』大木芙沙子
あーっ、純文学!うなぎが臍から出てくる超自然的現象はさておき、不良と仲良くしているところをいい子ちゃんの家族(になりかけの人と母親)に見られたくないっと顔を背けてしまった…小さなしこりが今も残り続けていた様がいいですね。
•『マルギット•Kの鏡像』石沢麻衣
とっても好き。退廃的なのにどこか美しさを感じさせる世界観が好きなんでしょうね。
•『茶会』沼田晋佑
僕の理解力がなかったら申し訳ないけど、体入れ替わっちゃってますよね?
•『いぬ』坂崎かおる
精神が侵食されるような短編。本当にいるのかいないのか、いると思えばいるんでしょう。
•『開花』
•『ニトロシンドローム』
•『天岩戸ごっこ』 -
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作品紹介・あらすじ
仰げば彼方は鏡のようにある。記憶になかったことばかり思われる。――「ラサンドーハ手稿」
蜃気楼のように現れる塔。ざぶんざぶんと波の音。へそから出てくるうなぎたち。母がクリーニング店に預けたもの。画家が描く瓜二つの妹たち。ある日、人類に備わった特殊能力……
九人の実力派作家が紡ぐ幻想アンソロジー。
【目次】
ラサンドーハ手稿 高原英理
串 マーサ・ナカムラ
うなぎ 大木芙沙子
マルギット・Kの鏡像 石沢麻依
茶会 沼田真佑
いぬ 坂崎かおる
開花 大濱普美子
ニトロシンドローム 吉村萬壱
天の岩戸ごっこ 谷崎由依
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全9編からなる短編集。タイトルの通り幻想的な内容の作品を集めている。
本書の刊行が2023年9月25日。本書の元となった雑誌「文學界」の発売が2023年4月7日。この「文學界」には12編の短編が掲載されており、そのうちの9編が本書に収録された。ただし坂崎かおるの「いぬ」は「文學界」では「母の散歩」となっていた。
本書に収録されなかった残りの3編は山尾悠子「メランコリア」、諏訪哲史「昏色の都」、川野芽生「奇病庭園(抄)」。なぜこの3編が除外されたのかは分からないけれど、内容的なものなのかもしれないと推測される。
幻想的な内容を集めたとされているけれど、僕の考える“幻想的”とは少し違う方向性の作品が多かった。ただしそれでつまらなかったかというと、そんなことはなく、かなり面白く読み進めることができた。「うなぎ」や「いぬ」などは幻想的な内容、というよりもかなり現実的な主題に傾いているように思えるし、「天の岩戸ごっこ」などは可愛らしくもある。「茶会」や「開花」は少し分かりづらい印象もあったけれど、それでも作品の持つ雰囲気に十分に没入することができた。「ラサンドーハ手稿」や「マルギット・Kの鏡像」は映像が目に浮かんでくるようだし、「ニトロシンドローム」はちょっとスラップスティック的な要素も感じられた。
そんな中にあってマーサ・ナカムラの「串」は僕にとって出色の作品。僕がイメージしていた幻想的なものに最もマッチしており、此岸と彼岸の行き来に無理がなく、不気味な中に暖かみや優しさ、そして哀愁すら感じることができた。この作品を機に彼女の詩集を読み始めることとなった。 -
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ネタバレ著者、石沢麻依に、美術について語らせようと考えた編集者の勝利!?
実に、面白い一冊だった。
前著、エッセイの『かりそめの星巡り』にも収録されていた日経新聞の連載「美の十選」でも、その芸術への造詣ぶりを遺憾なく発揮していた。
「その色は白に半ば杭を打つように鮮やかで、私はその色彩を頼りに立っていた。」
こんな、芥川賞受賞作内での、変にこねくり回した表現も、実際の絵画というモチーフの説明としては、妙にハマっている気もした。とはいえ、まだまだ、もっと普通に書けばよいのに、と思う記述も多い。
「失われた顔は時間の回廊を通り抜け、思いがけず誰かの中にこだますることもあるのだろう。」
これは肖像画で描かれた半世紀前の顔が、街歩きの中で、現実世界でも他人のそら似で見かけることがある、ということを言いたいものだが、なんなんだ、失われた顔って(笑)
その受賞作の中でも
「持物(アトリビュート)が彼らを匿名から守り、名前を浮き彫りにしている。」
と、そういえば、西洋絵画を学ぶときのキーワードが散りばめられていたが、もっと、アート寄りの目線で、読んでいれば読後感も変わったのかもしれない。
いずれにせよ、本書は、己の知識と芸術の感性を、独特な言葉遣いに載せて縦横無尽に語っているところが良かった。
出版側の都合だろうが、途中、6章から8章まで(全部で11章ある)、引用されている絵画作品がモノクロになるのは如何なものか。全頁、フルカラーで統一してもらいたかったところだ。 -
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久しぶりの純文学ということに加え、石沢さんの文章がとても難解なので、これは久々に頭が沸騰しました。
たぶん、石沢さんが描写せんとされていたことの半分も理解出来ていたか怪しい…
それがとても残念で申し訳ない気持ちでいっぱいな読書になってしまいました。
あああ、わいに読解力があれば…!
しかし読み進めるうちに、この難解さはわざとなのではないか、震災や震災被害者を描くに辺りあえてなのではないか、とも思ったり。
このアプローチでなければ、恐らく石沢さんの半径の中で起こった震災という人知を超えた物事を受け入れ、納得し、自分の中のあるべき場所にしまうということができなかったのではないか、とそんな風に思ったりもしました。
そしてわたしはあの巨大な震災の直接的な被災者ではなかったけれど、この文章の難解さを紐解いていこうと四苦八苦する様は「あの3月」の中心に自ら足を踏み入れ、出来る限り「あの3月」が人々につけた傷を理解し、忘れないでいたいと願う行為に近い気がしました。
数々のアトリビュートを持つ神のいる町、ゲッティンゲン。
長い歴史の中で人々が耐えられないような出来事に遭遇するたびに神を生み出し、再生を試みてきてきた跡なのだとしたら、「あの3月」も本書をもっていつかゲッティンゲンの町のように時間や空間の隔たりを超えて存在し続けることができるのではないか。
例え人々が忘れてしまっても残り続ける神々の像のように。
やはり思い返してみても少しも読み取れた気がしない…多くの書評を読みたいです。 -
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そんなに長くない小説なのだが読み進めるのに時間がかかった。緩急というものはなく、こちらの小休憩を許してくれない地続きの文だからだ。
とはいえ、この作者の感性と小説内にちりばめられた技法みたいなものが凄いなと思いながら読んだ。
9番目の準惑星となりさがった冥王星と、9年前の東日本大震災。冥王星はずっと外周を回っているわけではなく、海王星の内側にも入ってくる。そんな軌道に呼応するように震災時の記憶を思い起こしたり避けてみたり。各々の人々や土地がもつ記憶と持物(アトリビュート)。惑星の小径になぞって様々な記憶もなぞっていく。何度も出てくる主人公の歯(の疼き)は彼女のアトリビュートで、野宮のは帆立貝の殻だったりと、色々ともりもりな感じで一回で噛み砕くことは難しいかもしれないけど良い読書体験になったと思う。