あらすじ
芥川賞受賞の鮮烈デビュー作、待望の文庫化。
あの日行方不明となった彼が、ドイツの私の元を現れる。
忘却に抗う言語芸術の傑作にして、鮮烈なるデビュー小説。
第165回芥川賞受賞作
第64回群像新人文学賞受賞作
ドイツの学術都市ゲッティンゲンに暮らす私の元に、東日本大震災で行方不明になった彼が現れる。
陽に透けないほどの存在感を持つその訪問者に私は安堵するが、死者との邂逅はその街と人の様相を重層的な記憶を掘り起こすように変容させてゆく。
群像新人文学賞と芥川賞をダブル受賞した著者のデビュー作。
解説=松永美穂(ドイツ文学者、翻訳家)
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Posted by ブクログ
難解なことは間違いないですが、すごく好きでした。この先何度も読み返して、そのたびに新しいメッセージを受け取るのだろうという気がします。情景の描写が繊細で静かで、世界の解像度が高い人なんだなと思いました。当事者意識を持てなかったゆえにほとんど忘れてしまった東日本大震災のこと、そわそわしていたコロナ禍のこと、臨場感を帯びて思い出されました。寺田寅彦が出てきたのには驚いたなあ。
「太陽系の惑星群から外されて準惑星になっても、冥王星がその軌道上を動くことに変わりはないでしょう。惑星の小径を海王星で打ち止めにしても、それは私たちの認識の広がりが変化を受け入れただけで、その先にある冥王星そのものが消えたことにはなりません。天動節から地動説に移行するような、宇宙観の土台から揺るがすものとは異なりますから。しかし、どこかでその割り切り方に違和感を覚えていることも事実なのです。惑星という名前から切り離されたことにより、自動的に冥王星が忘れ去られてゆくような気がします。」113ページ
Posted by ブクログ
かなり幻想的な設定で初めのうちは何が何だかわからなかった。ただ、各所に散りばめられた魅力的な表現がとても好みであることも作用し、何度か繰り返し読む事で食らいついていけた。解釈が正しいかどうかわからないが、誰しもが抱える思い出したくない記憶に対して、目を背ける弱さと立ち向かう強さの両方を持ちうる人間の面白さが素敵に描かれていると感じた。
Posted by ブクログ
久しぶりの純文学ということに加え、石沢さんの文章がとても難解なので、これは久々に頭が沸騰しました。
たぶん、石沢さんが描写せんとされていたことの半分も理解出来ていたか怪しい…
それがとても残念で申し訳ない気持ちでいっぱいな読書になってしまいました。
あああ、わいに読解力があれば…!
しかし読み進めるうちに、この難解さはわざとなのではないか、震災や震災被害者を描くに辺りあえてなのではないか、とも思ったり。
このアプローチでなければ、恐らく石沢さんの半径の中で起こった震災という人知を超えた物事を受け入れ、納得し、自分の中のあるべき場所にしまうということができなかったのではないか、とそんな風に思ったりもしました。
そしてわたしはあの巨大な震災の直接的な被災者ではなかったけれど、この文章の難解さを紐解いていこうと四苦八苦する様は「あの3月」の中心に自ら足を踏み入れ、出来る限り「あの3月」が人々につけた傷を理解し、忘れないでいたいと願う行為に近い気がしました。
数々のアトリビュートを持つ神のいる町、ゲッティンゲン。
長い歴史の中で人々が耐えられないような出来事に遭遇するたびに神を生み出し、再生を試みてきてきた跡なのだとしたら、「あの3月」も本書をもっていつかゲッティンゲンの町のように時間や空間の隔たりを超えて存在し続けることができるのではないか。
例え人々が忘れてしまっても残り続ける神々の像のように。
やはり思い返してみても少しも読み取れた気がしない…多くの書評を読みたいです。
Posted by ブクログ
疲れた。
設定は斬新で好き嫌いで言えば個人的には好きなのだが、主人公が向き合う記憶が登場人物の人数分以上に重なってしまい、淡々とした言葉の連なりにさらに混迷させられてしまう
読解力不足と言われればそれまでだが、選び抜かれた言葉とその配置の中に、分かる人だけ分かれば良い的な不親切さを感じなくもない。
と言うのはひねくれているし、そもそも言い過ぎだし、重くて深いテーマに対する静かな扱い方は好感が持てる。
他の作品も読んでみたい。
Posted by ブクログ
そんなに長くない小説なのだが読み進めるのに時間がかかった。緩急というものはなく、こちらの小休憩を許してくれない地続きの文だからだ。
とはいえ、この作者の感性と小説内にちりばめられた技法みたいなものが凄いなと思いながら読んだ。
9番目の準惑星となりさがった冥王星と、9年前の東日本大震災。冥王星はずっと外周を回っているわけではなく、海王星の内側にも入ってくる。そんな軌道に呼応するように震災時の記憶を思い起こしたり避けてみたり。各々の人々や土地がもつ記憶と持物(アトリビュート)。惑星の小径になぞって様々な記憶もなぞっていく。何度も出てくる主人公の歯(の疼き)は彼女のアトリビュートで、野宮のは帆立貝の殻だったりと、色々ともりもりな感じで一回で噛み砕くことは難しいかもしれないけど良い読書体験になったと思う。