中村哲のレビュー一覧
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自分自身が河川技術者であり、灌漑施設更新の施工監理の経験があるから、肝が河川からの取水部であり、あの施工の難しさを思い出しながら読み進めた。
そもそもは、キルギスに行くにあたり、中央アジアの本を読もうと、積読になってた中から選んだ。近い地域で、集中して読みたいと。
大正解。気候変動の影響はキルギスでもあり、山頂の万年雪が完全に解けるようになったらしい。アフガンの旱魃も同じ気候変動による。
世界のメディアや政治家達が、タリバン対世界という単純な図式で自分達の勝手な正義を吹聴している下、現実の世界では生きていくための様々な闘いが個人レベル、血族や地縁、渓谷レベルであったのだ。事実は自分から取りに行かねば、知ることはできなくなっている。
河川技術・灌漑技術に最新は無い。その地域に合わせて、最適化されていく。各地で先人から今に至るまで各地で工夫されているそれら土木施設をいま一度、ただある物ではなく、学ぶ施設という視点で見つめてみよう。
常に様々な事に神経を尖らせながら最期を迎えてしまわれて…思いを知る皆に託されたのだろう。 -
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戦争と旱魃で住む場所を追われた人々が故郷に戻り生活できるよう、井戸・用水路を掘り続けた医師・中村哲先生。別の著書でハンセン病患者の支援をされていた時の話も読んだが、中村先生は一貫して「現場主義」。見返りを求めず、本当に人々のために活動されていたことがわかる。だからこそ現地の人々も自然と参加するようになったのだと思う。
用水路の設計などについてはかなり技術的な記述が多く難解であったが、用水路ができ、灌漑農業ができるようになったことで、荒れ果てた砂漠の大地が緑地に変わっていく様子には感動を覚えた。
中村先生に起きたことは本当に残念で悲しいが、先生が残したものや意思は、これからもきっと残るはず。それがせめてもの救いだ。 -
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かれこれ30年前に福岡に赴任していた頃、ペシャワール会によく足を運んでいた知人が、中村哲さんのことを話してくれたことがあった。私自身は何の関りも持てなかったが、彼の名前を聞く度に一方的な親近感と畏敬の念を抱いていた。
彼の幼い頃の思い出は、当然だが火野葦平が書いた玉井組の世界と重なる。「花と龍」の、懐かしい読後の空気が戻ってきた。ペシャワールで医療に、アフガニスタンではさらに「水」という生きるための最低限ともいえるインフラを整えるべく灌漑工事に奔走するその一途な姿は、やはり玉井組の、金五郎の血筋だと思わせる気迫がある。
911後、テロ特措法ができ、難民キャンプで救援活動するNGOなどを守るために、自衛隊派遣の議論をしていた衆院特別委員会で、著者は「不確かな情報に基づいて軍隊が日本から送られるとなれば、住民は軍服を着た集団を見て異様に感じる。自衛隊派遣は有害無益、飢餓状態の解消こそが最大の問題」と話した。当時、議員たちをざわめかせたこの話は、新聞で読んで「哲さんらしい」と思った記憶があるが、「観念の戦いは不毛、平和は戦争以上に積極的な力でなければならない」という言葉は本当に重い。長引くロシアのウクライナ侵攻を見ながら、この言葉は今も生々しく感じられる。
アフガニスタンという言葉も文化も違う土地の懐深くに飛び込み、人との絆を大切にしながら、人々の命と平和を第一に行動してきた著者。自然の理を知る、ということは「人間の技術の過信を去ることから始まる。人為と自然の危うい接点で知恵と祈りを尽くす。その祈り抜きに技術を語るのは、画竜点睛を欠く」と書く。環境問題に苦悩する今の世界にとっても金言。さまざまな意味で、あらゆる分野に共通する言葉が多く詰まった一冊だった。 -
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アフガニスタンで亡くなった中村哲さんが、ラジオ番組に6回出演し、語った内容をまとめた本。 サブタイトルに「本当に伝えたかったこと」とあるが、この本を読むとよくわかる。 数年ごとに、アフガンの状況と活動の状況、自分が考えていることを語っているが、全ては人として困っている人を助けたいという信念に貫かれている感じがした。 医療から生活の改善へと活動を変えていった理由や思いがよく伝わる。普通の支援だったら、井戸を掘って用水路を作ってハイ終わり、となるところだろうが、彼はその先の将来まで気にしている。 だからアフガンから戻れなかったのだろう。 逆にそのことが支援のあり方を示す手本になっている。 現地をよく理解することが重要。
中村哲さんの本を読むたびに同じ日本人としての誇りと失った喪失感を感じる。
「人が生きて死ぬことの意味を、日本人は忘れているんじゃないかという気がするんですね。」
彼は宮沢賢治の物語が好きで、自分をセロ弾きのゴーシュに例えている。 人の世話を面倒だと思いながらも、色々やってあげたことが結果的に良いことに繋がる。 ゴーシュは良い例えだと思う。 -
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荒野に希望の灯をともす を観てこちらも。
今は、人間が生きて死ぬ、ということが直に見えない世界ということ
鷲田清一さんもそんなようなことを仰ってた。
生きてる人が死ぬ、という当たり前の行程が忌み嫌われて隠される。でもそうすることで、私たち自身も生に対する向き合い方が怠惰になるのかもしれない。
去年亡くなった祖父は、最晩年はホスピスで、最期の最期も心電図はなく、私たち家族だけで息をしなくなった様を見届けたけど、ああいう経験は実はとてもとても貴重だったのかもしれないな、と。
「苦労のしがいがある」
こう言い切れる仕事を、私はしていない
仕事は楽しいけど、そもそも私の仕事自体、この世に無くても世界は回る。
ずっとずっと、こんなブルシットジョブやってて良いのかなって思ってきた分、この言葉が刺さった
「この楽しみだけは、死ぬまで離したくないと、こういうふうに思っております」
なんて素敵なんだろうと思った。
そういう楽しみを見つけられる人生は、なんて豊かなんだろうと思った -
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まさに、魂の本。
①たとえば、地雷でよく足を負傷しておいでになる方があります。山の中では。片足ですと、杖をつきながらでも人に迷惑をかけずに生活ができる。。ところが、両足をなくしますと、たとえ命が助かっても、これは車椅子など使える生活ではありませんので、かえって、この人が生きておるために、一家全体が破滅するということもあり得る。その場合は、私たちとしても始めから助けない。(p40)
☆日本はさ、どんな方法を使っても生かすのが当たり前なんだけれども、ここでは違うんだね。よかれと思ってやることが、かえって迷惑になるというか、あだになることはよくよく考えておかなければならない。ようするに、親切にすればいいってもんじゃない。
②たしかに、長生きするというのもいいことですが、その長生きさせてもらったこの命をどう使うかについては、何も言わない。(p42)
☆自分の命の使い方。ただ生かしてもらっているだけではだめ。
③現地でみると、さっきも言いましたが、死んでいくということを甘んじて受け入れるということは、何も、命を粗末にしていいということではなくて、逆に、生きておるというのは、自分の意志で生きているのでなくて、いかされておるという感謝の気持ちと表裏一体なんですね。
☆感謝して生きる。シンプルなこと。 -
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新聞で時々、アフガニスタンのことを書いた記事があっても難しかったこと。なにが
起こっているのか、この本を読んで、少しみえた。医師中村哲さんの活動をつづった本。アフガニスタンでハンセン病と厳しい干ばつ。内戦での空爆。
その環境で医療活動と、現地の人々と力を合わせた水源確保や用水路をつくること。
食糧配給。文章のなかから伝わってくる中村哲さんの思いや信念に心がゆさぶられた。すべてはみんなが安心して作物を「食べれる」社会。
戦争や地球温暖化、疫病で荒れた土地の緑を復活させて、人々が自分たちで暮らせる世界。今の日本で危惧されてることがもう他の国で起こっている。
一人でも多く、中村哲さんのことばをこの本を手に取って感じてほしい。 -
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中村哲(1946~2019年)氏は、九州大医学部を卒業後、1984年にパキスタンのペシャワールに赴任し、ハンセン病の治療やアフガニスタン難民の診療に従事、その後、長年、戦乱と旱魃に苦しむアフガニスタンで、井戸・水路建設などの復興事業を行ってきた医師。NGO「ペシャワール会」現地代表。2003年にマグサイサイ賞、2018年にアフガニスタンの国家勲章を受章。2019年10月7日には、アフガニスタンでの長年の活動が認められ、同国の名誉市民権を授与された。2019年12月4日、アフガニスタン東部のジャララバードにおいて、車で移動中に何者かに銃撃され、亡くなった。享年73歳。
本書は、戦争や国家を問う作品を多数手掛けてきたノンフィクション作家・澤地久枝(1930年~)が、2008~09年に行ったインタビューをまとめ、2010年に出版、2021年に文庫化されたもの。
私は、2010年に本書の単行本を読み、その後、中村医師の自伝である『天、共に在り アフガニスタン三十年の闘い』(2013年)、西日本新聞社が、生前の中村医師本人の寄稿などをまとめた『希望の一滴 中村哲、アフガン最期の言葉』(2020年)なども読んだが、今般文庫版を改めて購入し、再読した(文庫版には、遺志を受け継ぐ現地スタッフのメッセージが新たに加えられている)。
中村医師は、パキスタン・アフガニスタンに赴任当初、医師として患者の治療にあたっていたが、医学の恩沢から完全に見捨てられている現地の村々を歩き、わが目でその惨状を確かめるに至り、遂には白衣と聴診器を手放し、「百の診療所より一本の水路を」と現場で井戸掘り、水路建設の陣頭指揮をとることになる。以来現地人と協力して、1,000本を超える井戸を掘り、27㎞に及ぶ用水路を建設し、それらは1万6,500ヘクタールの農地を潤した。そうした中村医師だからこそ、現地の人びとに心から信頼されると同時に深く愛され、その存在は、日本よりもアフガニスタンでより多くの人びとに知られ、その死は、より多くの人びとに悼まれたのだ。。。
本書は、インタビューだからこそ聞き出せた、現地の自然や日常の様子などがとても興味を惹いたし、また、中村医師の、あの訥々としながらも、信念に満ちた声が聞こえてくるようで、改めて胸が熱くなる思いがした。
この夏、米国は20年に亘り駐留したアフガニスタンから撤退したが、米国軍のヘリが飛び交う下で、現地の人々はどのような日々を送っていたのか。。。文庫版あとがきで澤地氏は、本書単行本ができたときにオバマ大統領に送付したと明かしている。(予想通り反応はなかったそうだが)
真の平和のためには何が必要なのかを考えさせてくれる、中村医師からのメッセージである。
(2021年9月了)