あらすじ
25キロの用水路を拓き、65万人の命をつないだ医師は、何を語ったのか
2019年12月4日、アフガニスタンで銃撃され亡くなられた医師・中村哲さん。本書は、中村さんが出演したNHK「ラジオ深夜便」の6番組より、インタビューに答えるその肉声を忠実に再現するものです。ハンセン病根絶計画から、空爆下の診療所開設と水源確保事業、そして用水路開通まで。「長年の活動の原動力は何でしょうか?」という問いに対して、中村さんは自らを、宮沢賢治の童話の主人公「セロ弾きのゴーシュ」にたとえました。本書には、本人が執筆したらおそらく触れなかったと思われる感慨や本音が随所に表れています。自身について多くを語らなかった医師・中村哲の心の内を知ることのできる貴重な証言の記録です。
【目次】第一章 ハンセン病根絶を目指して (1996年2月22日 中村哲49歳)/第二章 もの言わぬ民の命を (2002年2月16日 中村哲55歳)/第三章 アリの這う如く (2004年6月5日 中村哲57歳)/第四章 命の水 (2005年8月20日 中村哲58歳)/第五章 難民と真珠の水 (2006年9月16日 中村哲60歳)/第六章 開通した命の用水路 (2009年12月5日 中村哲63歳)
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Posted by ブクログ
井戸を作っていたということぐらいしか知らない……。初めて読む中村医師の本。
第一章 ハンセン病根絶を目指して
最初は、ハンセン病撲滅のために活動していたという話。ハンセン病。病状が徐々に悪化していく病気と言う事と、見た目が悪くなることで昔は恐れられていて隔離されていたという話ぐらいしか分からない。ただ、この本を読むと靴……サンダルで病状が抑えられるという事が書かれていた。足。足からダメになるから、足を大切にということらしい。
第六章 開通した命の用水路
用水路が開通した話。利権のあれこれには苦労したという苦労話も。でも、こういう『水路』の話は上流側が有利で下流に行くほど不利になって、格差みたいなものが出来ちゃうんだよな。開通した、よかったっていう話で終わらないのが『水』のやっかいなところ。
治安も悪化してしまって、援助が難しくなり、井戸は水位が下がってしまって、使えないところが増えてしまい。井戸の建設はやめたとも。
治安悪化に、環境も悪化。水路は完成したけど、利権だとかあれこれの調整はたぶん、この先も難しいバランスで成り立つんだろうし……という問題だらけな感じで終わってしまった。
読みごたえがあったし、興味深い話がたくさんあった。
他の本も読みたくなってしまった。
ごちそうさまでした。
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誰の立場に立っておこなわれて、そして誰のためになる支援か。
本書を読み、上記の言葉に帰ることで見えてくる風景がありました。
世界がどうなろうと、そこに暮らす人がいるということ。
逃れられない人たちが、そこにいるということ。
出会った、目の前の人たちを大切に想い、最善を尽くしてこられた中村哲さんの生き方が浮かび上がってくる一冊でした。
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セロ弾きのゴーシュ⁈読んで納得。
中村医師はアフガニスタン、パキスタンの根本的な生きるための手段をいち早く見抜いて行動した。まずは生きるために必要なことは何か、医療から水問題に取り組むことを誰が考えるか。教育や女子問題は生きてこそ取り組めること。
先進国での死生観ー長く命を繋ぐことー。生きること死ぬことを自然の流れとして受け入れることは日本人にできるだろうか。
海外支援は外国から来た、と言うだけで警戒されるという。その壁を少しずつ年月かけて無くしていったはずなのに、中村医師は殺されてしまったのか。
この先も中村医師の遺志がつながっていけばよいのだが。
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中村さんの本を読むのはこれで3冊目だが、今までの中で最も親しみやすい本だった。NHKラジオのインタビューの書き起こしなので、彼の自然な語り口にまるで近くにいるような気さえするのだった。『セロ弾きのゴーシュ』でご自分を控えめに喩えていらっしゃるが、身近な困っている人々のために骨を折ることが、いかに尊いことかということを改めて感じた。とてつもなく大きな宝が暴力によって失われたことは耐え難い。心からご冥福をお祈りすると共に、私も自分の置かれた場所で、少しでも一隅を照らしてゆこうと思った。
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生き様だなぁと感嘆…。地球?を愛して、愛された方だったと感じると共に、自分のあり方を気付かされた方でもある。
忖度ばかりの世の中だか、平和賞を捧げるべき偉人ではなかろうか…
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中村哲さんのアフガニスタンでの活動を知り、その興味から手に取ってみたが、ご本人の人柄や心根の優しさが伝わってくる。物凄いことをやっているのに、偉ぶるどころか信念さえを掲げるでもなく、自分の成し遂げたことを縁の一言で片付けてしまいながらも、問題点の本質を見抜き、愚直に真っ直ぐ謙虚に振る舞う。
どうしてそういうことができるのか、もっと中村哲さんという人物を学んでみたい。
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まさに中村哲は、セロ弾きのゴーシュであり、雨にも負けずの人。
「予期せぬことが多く、こんなはずではなかったと思うことの方が普通。ゴーシュは、普通の人が遭遇する天から人への問いかけの応答の連続が、私たちの人生そのものである、その中で、人として最低限守るべきものは何か、伝えてくれている気がする。」
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中村さんの穏やかで控え目なお人柄が伝わってくるような柔らかな語り口で、長年にわたって現地で活動した人にしか出てこない言葉が紡ぎ出されているように感じた。アフガニスタンの人々の死生観やその魅力に触れたくだり、支援をする側や先進国への一石を投じるくだりが特に印象に残った。
「天から人への問いかけに対する応答がわたしたちの人生そのもの」は、フランクルの実存主義に通ずる。これほど偉大なことを成し遂げながら「セロ弾きのゴーシュ」に自らを重ねる中村さんの慎しさに、胸を打たれた。
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国際協力を志す者からすると、中村哲さんは英雄のような人です。そんな人でも、最初から偉かった訳では無く、目の前の課題を一つずつ悩みながら解決していくことで、実積を挙げていったことがよく分かります。話している言葉がそのまま活字になっているので、親しみやすいお人柄が伝わってきます。
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親しみやすく読みやすい文章の中に、心に沁みる言葉がたくさん散りばめられていた。中村医師がなぜ医療者なのに井戸を掘り、用水路を開いたのかがよくわかった。「健康で命があること、三度三度、ご飯が食べられること、家族が一緒におれること」、この幸せがどんなに尊いものかということを教えてもらった。
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現地の人が何を必要としているのか、どうすることがここで生きる人達を幸せにするのか、また争いのない世の中を作るのか、継続出来るのか。
人として、与えられた命をどう生ききるのか。
Posted by ブクログ
アフガニスタンで亡くなった中村哲さんが、ラジオ番組に6回出演し、語った内容をまとめた本。 サブタイトルに「本当に伝えたかったこと」とあるが、この本を読むとよくわかる。 数年ごとに、アフガンの状況と活動の状況、自分が考えていることを語っているが、全ては人として困っている人を助けたいという信念に貫かれている感じがした。 医療から生活の改善へと活動を変えていった理由や思いがよく伝わる。普通の支援だったら、井戸を掘って用水路を作ってハイ終わり、となるところだろうが、彼はその先の将来まで気にしている。 だからアフガンから戻れなかったのだろう。 逆にそのことが支援のあり方を示す手本になっている。 現地をよく理解することが重要。
中村哲さんの本を読むたびに同じ日本人としての誇りと失った喪失感を感じる。
「人が生きて死ぬことの意味を、日本人は忘れているんじゃないかという気がするんですね。」
彼は宮沢賢治の物語が好きで、自分をセロ弾きのゴーシュに例えている。 人の世話を面倒だと思いながらも、色々やってあげたことが結果的に良いことに繋がる。 ゴーシュは良い例えだと思う。
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荒野に希望の灯をともす を観てこちらも。
今は、人間が生きて死ぬ、ということが直に見えない世界ということ
鷲田清一さんもそんなようなことを仰ってた。
生きてる人が死ぬ、という当たり前の行程が忌み嫌われて隠される。でもそうすることで、私たち自身も生に対する向き合い方が怠惰になるのかもしれない。
去年亡くなった祖父は、最晩年はホスピスで、最期の最期も心電図はなく、私たち家族だけで息をしなくなった様を見届けたけど、ああいう経験は実はとてもとても貴重だったのかもしれないな、と。
「苦労のしがいがある」
こう言い切れる仕事を、私はしていない
仕事は楽しいけど、そもそも私の仕事自体、この世に無くても世界は回る。
ずっとずっと、こんなブルシットジョブやってて良いのかなって思ってきた分、この言葉が刺さった
「この楽しみだけは、死ぬまで離したくないと、こういうふうに思っております」
なんて素敵なんだろうと思った。
そういう楽しみを見つけられる人生は、なんて豊かなんだろうと思った
Posted by ブクログ
まさに、魂の本。
①たとえば、地雷でよく足を負傷しておいでになる方があります。山の中では。片足ですと、杖をつきながらでも人に迷惑をかけずに生活ができる。。ところが、両足をなくしますと、たとえ命が助かっても、これは車椅子など使える生活ではありませんので、かえって、この人が生きておるために、一家全体が破滅するということもあり得る。その場合は、私たちとしても始めから助けない。(p40)
☆日本はさ、どんな方法を使っても生かすのが当たり前なんだけれども、ここでは違うんだね。よかれと思ってやることが、かえって迷惑になるというか、あだになることはよくよく考えておかなければならない。ようするに、親切にすればいいってもんじゃない。
②たしかに、長生きするというのもいいことですが、その長生きさせてもらったこの命をどう使うかについては、何も言わない。(p42)
☆自分の命の使い方。ただ生かしてもらっているだけではだめ。
③現地でみると、さっきも言いましたが、死んでいくということを甘んじて受け入れるということは、何も、命を粗末にしていいということではなくて、逆に、生きておるというのは、自分の意志で生きているのでなくて、いかされておるという感謝の気持ちと表裏一体なんですね。
☆感謝して生きる。シンプルなこと。
Posted by ブクログ
新聞で時々、アフガニスタンのことを書いた記事があっても難しかったこと。なにが
起こっているのか、この本を読んで、少しみえた。医師中村哲さんの活動をつづった本。アフガニスタンでハンセン病と厳しい干ばつ。内戦での空爆。
その環境で医療活動と、現地の人々と力を合わせた水源確保や用水路をつくること。
食糧配給。文章のなかから伝わってくる中村哲さんの思いや信念に心がゆさぶられた。すべてはみんなが安心して作物を「食べれる」社会。
戦争や地球温暖化、疫病で荒れた土地の緑を復活させて、人々が自分たちで暮らせる世界。今の日本で危惧されてることがもう他の国で起こっている。
一人でも多く、中村哲さんのことばをこの本を手に取って感じてほしい。
Posted by ブクログ
もう 20年も前に なるでしょうか
ケニアのストリート・チルドレンへの支援活動を
長年しておられる方に誘われて
ナイロビ近くの 孤児院に行ったことがある
その時に 日本人のスタッフの方もおられて
その方とお話をしていて
ー本当は 私たちのような
(ケニア人ではない)外国人が この現場に
必要とされなくなるのが
私たちの 一番の希望なのです
と おっしゃっておられたことが
強く印象に残っています
それから しばらくして
中村哲さんへの賛同をしておられる
日本人の方と出会った時に
その方も また
(中村哲さんが)同じようなことを
おっしゃっておられた
と お聞きしました
中村哲さんには むろんのこと
異国の各地で
そんなふうな 心の持ち様で
活躍しておられる方には
ほんとうに 頭が下がります
Posted by ブクログ
善意があれば何でも良いわけではなく、「現地の人の需要に応え続ける」、「誰もやらないところを、自分たちがやる」ー この姿勢にはとても共感するし、その姿勢を貫き活動を続けられた中村さんを本当に尊敬する。
メディア報道は切り取られた現実であり、もし自分も問題解決がしたいなら、その現場に赴き、自分で情報を取ることが大事だと感じた。募金も、使用用途まで考慮しないと、必ずしも問題が解決に向かうわけではないということも勉強になった。
Posted by ブクログ
哲さんが自信を持って語った言葉
"希望はけっして人の世界にはなく、自然の恵みにあるのだ"
経済の安定が
平和が
と政治的な話でなく
生き物としての原点に立とうとすることだけで
幸せに近づける・・
お金をかけて 技術をして生きながらえて
何をしようと言うのかー我が胸に落としておきたい
12月4日 ご冥福をお祈りします
Posted by ブクログ
NHK「ラジオ深夜便」番組内での、中村哲さんへのインタビューの肉声を忠実に再現したものです。
おそらく、自分には想像もつかないような苦労や理不尽、恐怖などもあったのではないかと思うのですが、それでも、現地の人々に希望を見、ひたむきにご自身にできることを積み重ねてこられた姿があるからこそ、この言葉があるのだなと感じずにはいられません。
とてつもなく大きな問題や目標を前にしても、長い目でコツコツやるしかない、という精神力はどこから生まれるのだろう、と思いました。
また、中村哲さんが日本に一時帰国されたときに感じた、「みんな不満に溢れている。……景気がいいときには、困っている人のことなんかあまり頭に無い。常に何かでガサガサしているか、不平が多いんですね」という所感。…なんだか、まさに自分の姿だと思ってしまいました。
食べるものも、欲しいものも、なんでも手に入る豊かな生活をしているはずなのに、確かに、自分はことあるごとに不平不満を言っています。
豊かさと幸せは実は相関がなくて、本書で触れられているように、ちょっとしたことに感謝できる心を持っていることが本当に幸せなんだと、きづかされました。
Posted by ブクログ
国際支援に限らず、○○支援というものに常々疑問を抱いているので、読み始めるまでにかなり時間が必要でしたが、ページを開いて良かったです。このような活動の仕方であれば生活する人たちの役にも立つでしょうし…
医療体制と医療技術の発達と生活環境、そして、生きること、死ぬことについて、言葉にするのは憚られるなんか変だな、と思っていることがあるのだけれど、おかしな感覚ではないらしい、ということが分かってほっとしました。
Posted by ブクログ
わたしはセロ弾きのゴーシュって、どういう意味だろう。そもそもセロ弾きのゴーシュって昔、教科書かなにかで読んだ気はするけど、どんな話だっけ?と思いながら読んだ。
まぁぜんぶが、セロ弾きのゴーシュがらみじゃないんだけどさ。具体的な活動を、会話の中で、わかりやすく読ませてくれた。
紛争地帯での活動は、よほどの使命感がなければできないと思う。どれほど立派な人か、と思うところだ。もちろん、立派な人だと思う。そのうえで、そこに至る道には外からの働きかけがあったということを、セロ弾きのゴーシュというのは、なかなか秀逸なたとえに思えた。とはいえ、呼ばれたからって、なかなか応えられないよね、そこはやっぱり中村哲氏のすごさだと思う。
Posted by ブクログ
ものすごく理不尽です
こんなに貢献されている方が銃弾で命を落とされるなんて
中村哲さんご自身は
「これが生きて死ぬことの意味だよ」
っておっしゃっておられるかもしれません
いつもの整形外科の本棚からお借りしてきました
宮沢賢治を愛しておられた哲さん
『セロ弾きのゴーシュ』も挟まれていて
改めて心をこめて読みました
押しつけではなく、ただ目の前の困っている人に手をさしのべる
世界中が紛争災害の渦
心を平らにして暮らしていきたい
なにかできることを……
≪ アフガンに 真珠の水が とうとうと ≫
Posted by ブクログ
中村医師の「ラジオ深夜便」1996〜2009年6回分の文章化
部分的な言葉だと誤解が生まれやすいけど、その深い考え方などが上手くインタビューされている。
是非とも音声で聴きたいけど、文字だと何回も噛み締めながら読み返せる良さがある。
Posted by ブクログ
セロ弾きのゴーシュのように中村先生はアフガニスタンに行って医療での救済を初めて医療では人は救えないとして井戸を掘り用水路の建設を始めて25年いろいろな動物がゴーシュに音楽の手ほどきを受けにきてゴーシュがセロがうまくなったように中村先生もでくの坊で大きな仕事をされたのだなと思う。宮沢賢治を愛読していたのだがそんな話を聞いてみたかった。
Posted by ブクログ
今年 1冊目
すごい人なのに すごさを 感じさせず、ただ目の前の困っている人に手を差し伸べただけ と言い切ることの凄さ
見習えないけど、何が自分にできるのかを考える
Posted by ブクログ
ガンジーといい中村医師と言い、尊い人がなぜ同じ人間の手で殺されてしまうのだろう。
先生のことを知ってから、ずっとその疑問が頭の中にあります。答えは出ません。善悪や道徳で世界は回っていないということを突きつけられる心地です。
そして、私はそんな正しくない世界に生かされているんだな、としみじみ思います。蛇口をひねれば水は飲めるし、近くの川が涸れることはない。職や家を失っても、いきなり死ぬことはありません。何より、生活の中で爆弾が落ちてくる危険はほぼ皆無。
私は前世で何か偉大な功績でも残したのでしょうか?アフガニスタンの人は、何を対価に支払ったらこの生活ができるのでしょう?
誰がどう見ても不公平なのに、これが現実です。
不公平すぎて、“中村医師が殺されてしまうような歪んだ世界だからこそ、私は生きていられるのかもしれない…自分は世界の歪みの一部なのかも知れない…”そんな罪悪感のようなものが、じわりと胸に滲みます。
(だからといって“日々の行いを正そう”的な話に帰結してしまうのは浅薄な気もしますし、アフガニスタンに生きる人々が不幸と言いたいわけではありません)
(日本に生まれたせいで、物質的な欲望をずっと刺激され、当たり前の幸福感を奪われている…という見方もできるので)
とりあえず、全くもって正しくはない世界ですが、私はなんの因果か今日も生かされています。
生かされている以上、冒頭の問の答えを探し続けたいと思いました。
おそらくそれが幸福に繋がると信じています。
※何気に『セロ弾きのゴーシュ』が収録されているので、再読したらゴーシュの不器用な人柄がいっそう好きになりました。華々しく評価される人よりも、隅っこを照らす人の灯りに気づける人でありたい。
Posted by ブクログ
アフガニスタンで殺されたペシャワール会の中村医師の
講演録からの書籍化。
病院設立以降の井戸掘り、灌漑の話がメイン。
数多くのインタビューを活字化していているので本の中での内容の重複が多い。
地に足がついた支援とは何かを教えてくれる。
先日映画も見たがほとんど内容が一緒だった。
本当に一本の太い背骨が通っていていたそれが
多少撓んだりしても、つよい背骨だったんだなぁということが感じられた。
人間として生き方のお手本だ。