ウスビ・サコのレビュー一覧

  • ウスビ・サコの「まだ、空気読めません」

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    以前、「サコ学長、日本を語る」という本を読んでとても共感したので、こちらも読んでみました。
    まだ空気が読めないそうです笑。日本の、空気を読まなきゃいけない感じについて、論じてあります。日本の文化・風習について、「なんでやねん」と突っ込みたくなることがたくさん書かれていて、日本人でも「そう、それな!」と共感します。不思議やね。そこをちゃんと、疑問に思って「なんでやねん」と言うべきじゃないですか、というのがサコ学長の考え。本当に、ごもっともです。
    最近は「コミュニケーション能力」がどうのこうのと言われますが(もうそれも古くなったのかな?)、サコ学長の主張を読んでいると、私たちがよく使う「コミュニケーション能力」の概念なんて、まだまだ入り口に差しかかったかどうかのレベルで、もっと「本当に分かり合えるまで話し合う」「疑問に思ったら聞く」「分かるまで質問する」「相手の懐に入る」ことが大事なんだな、でもそれって、ほんとに日本人は下手よね(いや私だけ?)と思います。日本の文化に「なんでやねん!」と突っ込みながらも、結局は日本国籍をとり、日本を(多分)愛しているサコ学長。お子さんの話題も興味深かった。外国にルーツをもつ子どもたちをいっしょくたに「サポートが必要な存在」とくくる、というのも確かに学校現場でありがち。個人をフレームにはめず、一人一人をちゃんと見る、知ろうとするって、本当に大事よね。

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    2026年02月14日
  • ウスビ・サコの「まだ、空気読めません」

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    ウスビ-サコさんとの握手、
    あれっ 意外と小さな手をお持ちなんだ

    でも そのにこやかな表情と澄んだ目が
    この数々の文明批評につながっているんだ
    と思いました

    よくぞ 日本に来てくださいました
    よくぞ 日本に住まいを構えてくださいました

    次にお逢いできるのが
    楽しみです。

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    2025年06月06日
  • 「これからの世界」を生きる君に伝えたいこと

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    先日読んだ『アフリカ出身サコ学長、日本を語る』と比べると、こちらの方が読みやすい。けれど硬い。よって個人的には『サコ学長、日本を語る』の方がおもしろかった。
    こちらが硬くて読みやすいのはまず著者の執筆態度の違いによるものだろう。
    『日本を語る』の方はタイトル通り、サコさんが感じていることを奔放に書いている。だからエキサイティングで、疾走感がある。
    対してこちらは『「これからの世界」を生きる君に伝えたいこと』である。だからテーマを細かく分けて、テーマごとにきちんと若い人たちと向き合い、語りかけている。要するに真面目である。だから読みやすいし、分かりやすいけれど、ワクワク感は『日本を語る』には劣る気がする。
    どちらも面白いですが、どちらを気に入るかは読む人次第でしょうか。

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    2024年12月26日
  • アフリカ出身 サコ学長、日本を語る

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    めっちゃおもしろいやん。
    一気読みしてもうたわ。

    日本国籍を持ち、日本の大学の学長として日本の教育を愁い、一方で大きな希望を持って子どもと向き合うことを続けてきたマリ人のサコさん。
    あくまで「異文化」の立場から日本文化を見つめるその視線は、あとがきで内田樹さんが指摘されている通り、日本人として感じてきたモヤモヤがスーッと晴れていくような気持にさせられる。
    今回、特に膝を打ちたくなったのは次の箇所。少し長いが引用する。

    「私から見た日本の教育はいわば、『今の社会システムや社会構造を維持したい』という中高年の思いに、子どもや学生、若者が巻き込まれている状態、である。日本の教育は大人目線なのだ。『早く大学を決めて、早く就職活動して早く就職しないと遅れる』などと、大人は学生たちの不安を煽るが、人生百年の時代に、いったい何に遅れると言うのか。留年していもいいし、大学卒業後にアルバイトを経験してから就職してもいい。なんとなく社会に漂っている焦りは、これまでつくり上げてきたシステムが失われることに対する中高年の焦りに過ぎない。」(本書149頁)

    こういうことって普段から何となく感じてません? でも何かおかしくないかな~と思いながら諾々と受け入れてません? でもそれをはっきり日本人って多くないし、またアイデンティティはマリ人だと言い切り、フランスや中国など多様な国際経験を積んだサコさんに言われるから余計にほっとする(ほっとするという感想はおかしいかもしれないけれど、ほっとしたから仕方ない)。

    とにかくおもしろかったです。

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    2024年12月18日
  • 「これからの世界」を生きる君に伝えたいこと

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    多様性・ダイバーシティについて考えさせてくれる内容でした。
    文字の量も多くなくサッと読めてしまいます。
    何事も学びであり、自分がどう考えて思考していくことが大事だと改めて実感。自分の捉え方で人の見方も違くなるし、言いたいこと、伝えたいことは言葉に乗せて面と向かってしっかり伝えることが大事だなと。
    そして、日本の良さを知るために海外で生活してみたくなりました。
    日本がもっとグローバル化して多国籍になっていくといいなと思いました。

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    2024年03月02日
  • 君たちのための自由論 ゲリラ的な学びのすすめ

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    自由と平等を取り持つ第三項としての「友愛(博愛)」について、「友愛」の成立に不可欠であるとされる、共同体と個人には深い共通性と繋がりがあるという身体的実感が、宋明理学でいうところの「万物一体」論と相似形ではないかと疑問に思った。

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    2024年02月11日
  • 君たちのための自由論 ゲリラ的な学びのすすめ

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    もう少しリラックスして物事を考えませんか?そして世間の事象に問いを投げかけよう。窮屈で定型化された日本社会に生きる人には刺さる部分が多い。
    新参者をニワカと揶揄したり、学力という一つのベクトルで評価したり、当たり前に行われている窮屈な物事に問いを投げかけて考え、自分なりの柔和な考え方を身につけるのは大事だ。

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    2023年11月17日
  • 君たちのための自由論 ゲリラ的な学びのすすめ

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    P171自分の居場所の見つけ方という部分が非常に良かった。内田老師のよく言っていることではあるが、ポワンカレを引いて「知性の働きは違うところにあるものを同じものだと気づくことにある」というメッセージは自分自身の好みにも合致する。「これってあれだよね?」という直感はなんとも表現しがたい恍惚感と快感がある。常に抽象と具体を高速で行き来し、一見全く別のものに見える概念の共通点やフラクタル性に気づくことは何にも代えがたい感覚だ。さらに、内田老師のようにレヴィナスと合気道という一見全く異なる分野になんらかの共通点を直感し、その両者を極めることで、唯一無二の存在になることができるという点も含蓄がある。1つの分野を極めることも素晴らしいが、その中でトップで存在し続けることは難しい。しかし、2つ目、3つ目の線を立てていった場合、その交差点を極める人々が急激に少なくなる。自分自身、福利厚生保険という領域は、人事領域と保険領域の結節点であり、さらにはそこに西洋中世史で学んだコミュニティ論やギルド論の時間軸の掛け合わせや中高で学んだ仏教の考え方も参考になる。さらには人事領域も結局のところ、「人間がいかに能力を最大化できるか」という部分ととらえれば、深い人間理解という意味で哲学が重要になってくる。哲学で言えば、内田老師もそうであるが、私はサルトルも好きなので、近年のエンゲージメントという言葉について考えるとき、サルトルの重要な哲学概念であるアンガージュマン(英仏での発音が違うだけ)を想起してしまう。近年注目されつつあるが、人類学的な分野で贈与論は、ビジネス領域でも示唆があると考えられ、本も出ている。無数の「これってあれのことだよね?」という結節点が浮かぶ中で、非常に今満足しているし、その分、「あれ」を増やすための物語や概念を渇望し、貪るように本を読んでいるということもある。

    また、最後にP184 で内田老師の以下の発言がある。
    「日本はたしかにもう泥船です。それは事実です。もう沈みかけている。でも、その時に泥船を捨てて逃げろというスマートでエゴイスティックな解とは別に、なんとかもたせて沈むまでの時間を先送りに資、その間にできるだけ多くのモノを救い出すという泥臭い仕事も誰かが担うべきだと思うんです。それこそが市民の役割であり、責任だと思う。船底に空いた穴をふさいだり、いらない荷物を海に捨てたりして浮力を稼いで、この国を少しでも長く生き永らえさせようとすること。それも大切な市民の仕事だと思います。」

    非常に共感するし、内田老師を左翼と批判する面々も世の中にいるが、(そもそも右翼とか左翼という物言いにも辟易しているが)やっぱり内田老師の日本という国への愛と感じるのである。いや、日本という国への愛というより、結局は想像の共同体であるというクールな国家観をベースとした中で、その中で日本と言う国にいる集団の能力を最大化するには、そして一人でも多くの人を幸福な暮らしのうちで生きてもらうにはどのような物語が必要であるか、そこに彼自身の興味と、やはり日本と言う国への矜持があるのではないかと思う。私は、今外資系企業に勤めているが、内田老師と同じように、仮に泥船だとしても、日本と言う国を活かし続けるために何ができるかという課題意識はずっとあるし、私自身は社会保障が先細りする中で企業がセーフティネットの一部を代替するをいうカルチャーの醸成を民間サイドで担うとともに、一市民として、それではあぶれてしまう子供の貧困やそれに基づく教育格差について政治的な是正の必要性を訴える政党に投票したいと考えている。そして、日本を活かしていきたいと思うからこそ、海外に行きたいと思うし、国籍の違う人々の考え方を吸収するために、外資系の多国籍企業に在籍している。

    また、ゲゼルシャフト、ゲマインシャフトの中間のような形で、アメリカのアソシエーションのような非常に親密でありながら個人の意思で自由に参加できるゲノッセンシャフトというものがあることを知った。そして、そうした共同体を立ち上げ、維持するためには、明確な組織のミッションとそれを先人から贈与されたものであると言う物語が必要であると記載がある。企業におけるパーパスという部分にもつながる話ではないだろうか。私自身、福利厚生保険をやる中で企業と言うものが、もちろんゲマインシャフトではないが、完全なるゲゼルシャフトでもないように思えていた。そのため、ゲノッセンシャフトというある種の2つのコミュニティの形のアウフハーベンした形のこの概念には惹かれるものがあった。

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    2023年02月26日
  • 「これからの世界」を生きる君に伝えたいこと

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    去年の年末のBRUTUS読書特集で取り上げられていた一冊。
    たまにテレビにも出ている京都精華大学のウスビ・サコ学長の本。大学の先生だけあって、これから世に出る若者へのメッセージ的な本。でも、学生だけでなく、おっさんにでも心に響くところもある。特に、日本を出ている身からすると。
    自由っていったい何なんでしょう。学びとは。哲学とは。コミュニケーションの必要性。仕事は手段。
    巻末の推薦書一覧を見ると、あれも読まなきゃって、気分にさせられる。

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    2021年08月23日
  • アフリカ出身 サコ学長、日本を語る

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    マリ共和国出身。京都精華大学学長が反省と日本について語る。貴重な視点から得るところの多い一冊。

    中国留学から日本に興味を持ち来日。日本で学び日本国籍取った一アフリカ人。日本の大学では初のアフリカ系の学長となる。

    日本語も堪能であるし日本文化に十分に精通しているが、マリの視点ももちろん忘れない。日本人では気づかない日本の長所、短所そして未来の日本国に向けた提言が記されている。

    欧米に追いつけ追い越せが従来のアジア、アフリカの立場だったが、現在はそれほとを単純なものではないようだ。

    日本の教育の弱点を指摘した部分は特に炯眼。

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    2021年06月02日
  • アフリカ出身 サコ学長、日本を語る

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    ーー「誰か私を自由にして」って、何でやねん!

    「自由」をラディカルに考え、身体を動かし、人を動かし、社会を変えようとしているサコ学長と学生たち。なんて風通しがよくて、人間味のある大学なんだろう。本当の「リベラル(=自由で寛大で風通しがよく分け隔てのない)アーツ」をサコ学長と学生たちは一緒につくろうとしているようだ。
    専門の建築学を学ぶにしても、インドのスラム街から学んで「スラム型集合住宅」を町屋再生計画で提案するなんて、楽しそうすぎる。そんな話をしながらも、「スラム=かわいそう」というテンプレートに嵌まり込んで思考停止する姿勢にはピシッと鞭を入れてくれる、あたたかくも厳しいサコ学長。外国人留学生や労働者を使い捨てにしようとしている政府や企業の姿勢に「超やばい」と警鐘を鳴らしつつ、日本社会で暮らす不自由を自由に変えるべく自ら動いた経験を踏まえて「自由はもらうものじゃない」と諭すサコ学長。息子のイジメに立ち向かうべく、自分の肌の色までもネタにしちゃうサコ学長。
    いいなぁ。
    かっこいい。
    読んだら元気が湧いてきた。
    サコ学長に会って、お喋りしてみたくなった。 
    ナスビタコになりたい、って言った小学生の気持ち、分かるわ。

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    2021年04月15日
  • アフリカ出身 サコ学長、日本を語る

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    ネタバレ

    大学長になるまでの前半パートは、かつてWebで見た内容が詳細化されていた(あらすじを知っていても面白い)が、後半の日本の学びへの提言パートがグサグサ刺さる内容だった。
    自分の大学生時代の考え方なら、著者に乗っかろうと安直に考えてゼミ志望しそうだが、その姿勢では物足りないと叱責されるだろう。

    印象に残った言葉
    ・グローバル化とは、自分の価値観を持ったまま、お互いに強調していけること
     →同化するのではない
     →マックス・フリッシュ「我々は労働力を呼んだが、やってきたのは人間だった」
    ・政治に関心がないのに政府に依存する
     フレーム化された集団教育に疑問を感じているのに、学校に求めすぎる

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    2021年02月17日
  • アフリカ出身 サコ学長、日本を語る

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    マリ出身で、学問に目覚め、紆余曲折あって日本で建築(だったっけ?)を学び、日本人の女性と結婚して日本国籍も取得した著者が、マリの価値観をもちながら、フランスの価値観、日本の価値観も理解したうえで、日本の社会や教育に物申す。物申すというより、ここが変だよね、ほんと、理解できない!とストレートに述べている。
    私も、まったくその通りだよ!と思うことが多かった。一番その通りだよ!!!!と共感したのが、とにかく学校でなんでも引き受けすぎ、ということ。学校は学問をするところでしょう?それが、日本人の子どもは学校が生活のすべてになっているから、そこでいじめにでも遭おうものならもう死にたくなるし、学校に適応できなかったらもう落ちこぼれになるしかない、みたいな。学校で基礎基本を学んだら、あとは自由に一人孤独に思索したり、家庭で手伝いをしたり、地域でクラブチームに入ったり、友達と遊んだり、自然の中で探検したりして、生きる知恵や、思考力や洞察力や、いろんなことを学ぶのが人間というもの。それなのに日本の教育は、学校は、学校で学力以外にも生きるためのすべてのことを教えようとして自滅の道を歩んでいるような気がする。そんなことできるはずもないのに!総合的な学習の時間で「生き方」を学ぶ、みたいなの。何それ?ほんと偽善。
    けっこう自分の大学の宣伝みたいになってたけど(笑)、著者の来し方は面白く、行動力に感服させられました。そして日本の教育に対する意見に対しては、本当に、「ごもっとも!もっと言って!」と思いました!

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    2020年10月31日
  • アフリカ出身 サコ学長、日本を語る

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    アフリカ出身のサコ学長が、日本を日本の大学をそして日本の文化を語る。おそらく、このタイトル自体が日本的で、アフリカの人が日本で学長をやっているのが極めて珍しいから、だからその人が日本をどうみているのか気になっているということが根底にある。アフリカの人が学長なんてできるのか?という疑問を日本人なら持つだろうということもこの本を出版する人が考えたポイントだろう。
    日本の言わなくてもわかる、なるべく近寄りすぎないでいる距離感、空気を読むということは、実は真の友達、分かり合える関係なのか?という問いは非常に的を得ている。確かに、多民族国家であったり、移民を受け入れたりしている各国では、言わなくてもわかるなんて奇跡なわけで、お互いに主張しぶつけあうことで分かり合える。ニューヨークは、まさにそういうところで、先生がLGBTだろうが、アフリカの人だろうが、アメリカ人であろうが、中国人だけど国籍がアメリカ人だろうが関係ない。実力があれば、それはすなわち認められるのだから、アフリカ出身であることはあまり関係ない。そのサコさんが、アフリカ人で、日本人と結婚して、日本でしっかり仕事するために帰化し、大学の先生から学長にまで抜擢される。想像するだけでも難しいが、サコ学長は人柄、人と向き合って真っ直ぐに話し合う姿勢と明るい性格や、言葉を超えたコミュニケーションで乗り越えてきた。日本の学習は、学校のための子供に見える。決まった教育を、、、というのは学指導要領で決まっているし、外れたことはダメという教育。これは昔から変わらぬ批判と一緒だ。でも、実際の子供たちはそこから抜け出ようとしてもがいている。
    教育が根本にある、日本という国をよくするには教育から変えていく必要がある。大前研一氏が、最後のライフワークに選んだのも教育だった。ハーバードの竹内教授も、教育を通して経営者を育てたいという強い思いを学生に伝えている。リカレントも注目されているけれど、日本には人生勉強ということばもあるくらい日々、コツコツと学ぶ文化がある。日本は島国だからと諦めずに、目を見開いて世界を見ることができるような、子供たちが増えてほしい切に思った。

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    2020年10月05日
  • アフリカ出身 サコ学長、日本を語る

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    日本人は外国の方から批判されたり、持ち上げられたりすることを有難がる傾向があるように思える。この本もそこを狙っている本かと思っていたが、いい意味で裏切られた。

    著者はマンガ家の竹宮惠子氏の後任として、京都精華大学学長を務めており、本物の「教育者」だと感じた。サコ氏はアフリカのマリ共和国の出身で、中国に留学したが留学生と中国人学生との衝突を経験。その後、日本に留学する。日本に来た理由は、「面白さ」を感じたからだという。それは「だらしなさ」や「わけのわからなさ」だという。こんなこという人初めてでしょう。

    本書の中盤以降、真摯でユニーク(日本人にとって)な教育論が展開されている。教育とか大学に興味のない方でも、本書の第8章だけは読むと良い。そこに書かれている「政治に関心がないのに政府に依存する」という文にハッとさせられるに違いない。

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    2020年09月21日
  • 「これからの世界」を生きる君に伝えたいこと

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    アフリカや海外・世界に関心がある人のみならず、特に開発途上国や、国際協力について関心がある人には、ぜひ読んでいただきたい一書。著者自身は、とても個の存在を重視しつつ、また相手を尊重し、相手の話をしっかり聞くという姿勢を強調している点に、強く同意する。

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    2020年09月12日
  • アフリカ出身 サコ学長、日本を語る

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    私が暮らす町の
    近所に「小京都」と呼ばれる
    昔ながらの町並みと路地を遺している
    小さな町がある
    その町の中に以前はメインストリートであった
    細長い商店街がある
    麹屋さん、和菓子屋さん、荒物屋さん
    魚屋さん、履き物やさんね散髪屋さん
    つい近くまで鍛冶屋さんもあった
    ここ30年ほど前から、その昔ながらの
    店はほぼ閉めてしまい
    閑散としたとおりになりつつあった

    ところが10年ほど前から
    その町に その町出身ではない
    (少し年かさの)若者たちが
    やってきて
    自分たちができる「商いの店」
    が少しずつできだした
    当初は二、三軒だったけれども
    すこしづつ増えて
    数十軒を超えるほどになり
    今では 秋に一度
    大きなイベントをするぐらいの
    路地になっている

    その町のこれまでの因習に
    とらわれない人たちだからこそ
    できたことのように思っている

    サコ学長が
    もし 地域の商店街の活性化を
    授業の一環として とらえて
    若者たちに 委ねたら
    きっと このような町になるのだろう
    と 本書を読んでいて
    思いました。

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    2020年08月25日
  • 君たちのための自由論 ゲリラ的な学びのすすめ

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    過去の内田本で何度も展開されてきた、教育に関する内田節が炸裂している。

    『人文学のめざす目標のひとつは「より複雑な人間になること」ではないかと僕は思っています。ひとつの事象をながめる時に、複数の視点に立つことができる力を養う。複数の文脈のうちに置いて、別の側面を見ることができる「複雑な人」になることを目標に掲げてよいと思います。でも、そういう言葉づかいで人文学の意義を語る人って、あまりいません。』
    かつてよく使われていた「学際的」とか「複眼的」という言葉の代わりに「深掘り」がよく聞かれるようになり、「狭くて深い知」こそ良いというような価値観が一般的になったという。
    僕も教養課程の縮小とか実学化とかいう流れはなんだか「セコイ」なと感じていたので、それをキレイに言語化してくれた感がある。

    他には、
    『オンライン授業の問題は、それが本質的にオンデマンド(on demand =要求に基づいて)だということですよね。アカデミアとは本来、学生たちがふらふらできる場所でなければならないと思うんです。キャンパスをふらふらしてるうちに、もののはずみで(by accident)「そんな学問がこの世に存在するとは知らなかった分野」に出会い、もののはずみで取る気のなかった科目を履修し、図らずも学ぶ気がなかったことを学んでしまった。そういうことが大学では実によく起こる。その偶然性がアカデミアの豊饒性と開放性を担保していたと思うんです。』
    コロナ禍で授業のオンライン化が始まり、そこに一定の効果や達成を見るものの、対面での授業は必要だと考える、そのひとつの根拠。他の本で書いていたと思うけど、学びというものの本質が、(シラバスに代表される)あらかじめ予定していた知識のインプットだけにとどまらず、むしろ、学ぶ前にはその素晴らしさを理解できず、その素晴らしさを語る語彙すら持たなかった物事について、理由も分からないままに惹きつけられる、そんな体験にこそあるという。このような視点を持てるのも、学際的な感覚によるものだろう。

    アメリカの国民がなぜトランプを支持するのか、日本のニュースだけ見ていても分からないが、彼らには彼らなりの論理的整合性や価値観がある。そのことも、学際的に、複眼的に解説してくれる。
    これからを生きる若者たちは、アメリカの、イスラエルの、アラブ諸国やロシアの論理や価値観を複眼的に捉えて、自らの振る舞いを選択しなければならないのだから。
    未来の人たちがこの2020年代を歴史として学ぶ時「バカなことしてるなあ」「もっと複眼的に考えなきゃ」と笑ってくれればいいと思う。

    メモ
    『これは数学者のポアンカレが言っていることなんですけれど、「知性の働きは違うところにあるものが実は同じものだと気づくことにある」そうです。そして、両者の距離が離れているほどその発見は生産的なものになる。「あれって、これじゃん」という気づきのことですね。』

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    2026年05月30日
  • 君たちのための自由論 ゲリラ的な学びのすすめ

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    丁々発止 ではなく
    まったり のんびり ともちがう
    なんと申しましょうか

    (関西言葉での)ええ かげん
    が ちょうど当てはまる気がします
    お二人の対談

    肩の力の抜け方
    腹の座り方
    とても 心地よい座談に感じました

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    2025年06月06日
  • アフリカ人学長、京都修行中

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    京都に関する1冊目の本として薦めたい。
    京都を理解するために懐に入る努力を長年されている著者には頭が上がらない。一方、未だ著者は序の口に入っただけであると書かれていたことに愕然とした。

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    2025年01月31日