ロバート・ルイス・スティーヴンスンのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
内容は有名なので内容は知っていました。映画や舞台ではジーキル博士を主人公としているものが多いですが、原作では前半は友人のアタソン弁護士からの第三者目線での「善良なジーキル博士と、悪行のハイド氏の関係は?」という謎の物語、そして後半は2つの手紙によりその謎の回答となっています。
私は内容は知っている状況で読んだのですが、知らずに読んだら前半はアタスン弁護士と一緒に謎を不思議に思い、後半はジーキル博士の焦燥感を感じながら読んだだろうなあ。
※※※以下ネタバレしています※※※
私が知っていたのは「薬により、善のみのジーキル博士と、悪のみのハイド氏に分かれる」ということだけだったので「もともとジーキル博士は善意の人で、善意から研究をしたんだけど、悪に乗っ取られてしまった」のかと勘違いしておりました。
しかしちゃんと読んでみるとジーキル博士は若い頃から悪行の二重生活を送っていた、ということなので、すると薬が利かなくなったのは、薬によりハイド氏の悪が本性だと暴かれたってことでしょうか。
小説の根本にはキリスト教思想とかあるのかなあ。人間の性質は神が作ったのだから、科学的に悪意に飲まれてないけないよとか、
現在読者としては、人間には善と悪があり、どうしても悪のほうに惹かれてしまうが、それを認めてできれば善行を行おうとするのが人間だよね、というようにも考えた。
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弁護士のアタスンは、親戚のリチャード・エンフィールドから「その建物の出入口で、凶悪な人相のハイドという中年男がぶつかって転んだ少女を足蹴にした様子を見た」ことを聞く。
エンフィールドとアタスン弁護士が気になったのは、通行人に詰め寄られたハイド氏が慰謝料として支払ったのがヘンリー・ジーキル博士の小切手だったということだ。
※冒頭はアタスンとエンフィールドの関係やら会話やらに行を費やすのだが、エンフィールドの出番はここだけ。
ジーキル博士は50代の温厚で品行方正で知られ、アタスン弁護士の顧客でもあったのだ。そしてアタスン弁護士はジーキル博士から「自分が死ぬか行方不明になるようなことがあったら、遺産はハイド氏に譲る」という遺言書を預かっていた。
ジーキル博士はハイド氏に恐喝されているのではないか?と気にになったアタスン弁護士は、ジーキル博士の長年の友人ヘイスティー・ラニョン医師を尋ねる。しかしラニョン医師は「昔はヘンリー・ジーキルとは友達だったけどさ、彼の最近の科学的主張があまりにバカバカしいのでもう友達辞めたよ」と言う。(ラニョン先生は明るく豪快な印象なのでこんな口調で書きたくなる 笑)
数日後、ジーキル博士を訪ねたアタスン弁護士は、その住居でハイド氏と鉢合わせる。聞いた通りの凶悪で人を不快にさせる風貌。アタスン弁護士がジーキル博士に問いただすと「その気になればハイドを追い出すことができるのだ。今は遺言状のままにしてくれ」と言ってそれ以上のことを答えようとはしない。
1年後、ついにハイド氏が大事件を起こす。ある老紳士をステッキで撲殺したのだ。ハイド氏は姿を消した。
アタスン弁護士はジーキル博士にハイド氏の行方を問うと「ハイド氏とは関係を絶った。彼はもう現れない」と言う。ジーキル博士は慈善事業に力を入れるようになる。
平穏な日々が続いたかと思ったが、ジーキル博士の様子がおかしくなる。住居に引きこもり来客を拒むようになったのだ。
その頃、ラニョン医師が病死する。ラニョン医師はアタスンに「ジーキル博士が死ぬか行方不明になったら開封すること」という手紙を遺した。
ジーキル博士の遺言状と同じような「行方不明になったら」だ。ジーキル博士は行方をくらまさなければいけない理由があるのだろうか?
ある夜アタスン弁護士のところに、ジーキル博士の執事のプールが助けを求めてくる。「ご主人様の元で長年勤めておりますが、今ご主人の研究所にいるのは主人のジーキル博士ではありません。体格も声も全くの別人でございます。あれは何者なのでしょう。そして主人のジーキル博士はどこに行ってしまったのでしょう」と言うのだ。
アタスンはジギル博士の研究所に駆けつけ、プールとともに扉を壊して中に入る。そこには、ジーキル博士の服を着たハイド氏の屍体が横たわり、ジーキル博士の姿はどこにも見つからなかった。そして机には、ジーキル博士からアタスン弁護士宛の手紙が置かれていた。
物語前半は、「紳士のジーキル博士が凶悪なハイド氏の関係は?!」という謎。そして物語後半は、アタスン弁護士に当てられたヘイスティー・ラニョン医師とジーキル博士からの二通の手紙で、前半の謎の答えとなる。
【ラニョンからの手紙】
「友人で科学議論の相手であるジーキル博士から突然『私の研究所から薬を持ってきてくれ』という手紙が届けられたんだ。理由分からないけど必死の様子が読み取れたから薬を取ってきたんだよ。
そこへ乱暴者のハイド氏が乱入してきて私が取ってきた薬を飲んだんだ。
すると!なんと!小柄で凶悪で中年のハイド氏が、自分の目の前で大柄で温厚で初老のジーキル博士に変わったのだ!
ああ、あんなもん見ちまったらびっくりしちまって、自分の人生ももう長くはないよ。」
【ジーキル博士からの手紙】
「私は温厚で善良で人付き合いの良い紳士で通ってきたけど、若い頃から悪の快楽への欲求を強く持ってきた。若い頃は二重生活を送ってきたけれどジーキル博士としての名前が上がると難しくなってきた。そこで実験を繰り返し、人間の善と悪を完全な分離させる薬を発明したのだ!これを飲むことにより、善のみのジーキル博士、悪のみのハイド氏に自在に変身することができるようになった。
初めは薬により、ジーキル博士としての善良な社会生活と、ハイド氏としての悪行や暴力を入れ替えて暮らしていた。
だが薬を飲まなくてもハイド氏に変身するようになってしまった。(ラニョン医師の手紙はこの頃のもの。外出先で急にハイド氏になってしまったので、友人ラニョン医師に研究所から薬を手に入れてもらった)
その後もジーキル博士でいられる時間はどんどん短くなってゆく。その中で必死の研究を続けたが、ハイド氏に変わった時にその研究を阻害される。私の中から善意のジーキル博士が消え失せ、悪行のハイド氏に成り切ってしまうのは時間の問題だろう。ハイド氏は殺人者として処刑されるのだろうか。その時にはジーキル博士である自分はもう消え失せている。それならジーキル博士最後の意思が残っているうちに、自分の人生を終わりにしよう」 -
ネタバレ 購入済み
「自殺クラブ」という奇怪なタイトルの短編に心惹かれて購入したが、内容はそこまで猟奇的とも思えず、良識の範囲内に止まっている感があった。むしろ、「ラージャのダイヤモンド」の話の広がり方や、ハラハラさせる場面展開の方を面白く読んだ。
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Posted by ブクログ
往来堂書店「D坂文庫2015春」からの一冊。
知らない人はいない名作ではあるけれど、ダイジェスト版でしか読んでない、あるいは読んだがストーリーは忘れた、という人が多いんだろう。かく言うワタシもその一人。そこで、異動と引越しで読書に集中できないときに、これならと軽い気持ちで手にしてみた。
ところが、これが予想以上に面白い。まさに、冒険小説の元祖はここにあり!魅力的な海賊、(意外に残酷なシーンが多い中)成長してゆく少年、見守る医者。逃亡があって、捕獲されて、裏切りがあって、そのまた裏があって。子ども向けの物語に留めておくのはもったいない。
読んでいる間はこの冒険譚の世界にどっぷり浸かって、わくわく感がよみがえって、自身の周囲のバタバタから一時的に離脱。ある意味、いいタイミングで読んだと言えるのかもしれない。ワタシが本書を読んでいるのを傍で見てい人がいたとしたら、「本書を宝の地図のように扱っていた」と指摘されたんでは、という気がする。 -
Posted by ブクログ
名作ブンガク
かかった時間120分くらいか
文学のほうが新書より時間がかかる。
名作だが童話バージョンしか読んだことがなかった本作品については、以前「フランケンシュタイン」をよんだ時から、関連作品として興味をもっていた。
あらすじは言うまでもないが、名士で知られるジーキル博士が、自身の二面性と肉体の可変性を医学的に研究し、ついに自身のもうひとつの人格を肉体として発言させることに成功したものの、最後にはそのもうひとつの人格に肉体?人生?を乗っ取られてしまい、破滅に至る物語である。
読んでいて、たしかに「フランケンシュタイン」と同じように、科学(医学)の可能性への憧憬と恐れがおこりはじめたこの時代に(1800年代)、おそらくそれよりずっと昔から人間が持っていた二面性問題が結びついたのだと思えた。そして、「フランケンシュタイン」と同じく、事件は基本的に、全体の視点人物に?語り手?によっては目撃されない。常に伝聞が先行し、その伝聞によってますます恐怖めいたものと好奇心が、視点人物にも読者にも育っていく。そして、最後には事件の全貌を記した手紙が示される。
なんというか、高校生の時に「山月記」を読んだが、非常に似通った作品であると思う。「山月記」の方は異形の身になった理由は「薬品」などというわかりやすいものではないが、いずれも変身の理由を自身の内面に帰している。(かつての)親友が異形になった主人公にアクセスして語りを聴く。そして、主人公の「人間」としての最後を見届けるのだ。
こういうふうに考えると、この作品はいろいろなつながりをもった作品だとわかる。同じく高校生で読んだ「舞姫」における、自己の二面性への悔恨を含めた言及もそうだし、カフカ「変身」では変身がより不条理な形で描かれる。そもそも「自身の中の悪い心によって、姿が変えられてしまう」というのは、ミダス王をはじめとして古今東西でみられるモチーフだ。手紙の一方通行性(しかも死者からの)は「こころ」も同じだし、恐怖や怪奇のみが示されて謎が深まるのは探偵小説さながらだ。
なんていうか、こういうことをここに書くのも恥ずかしいのだが、イギリス文学ってすごい。シェイクスピアもそうだけど、ちょっとしばらく気にしてみたい。 -
Posted by ブクログ
弁護士アタスン氏の古い友人である医者のジーキル博士には恐るべき秘密が隠されていた。
アタスン氏の住むロンドンの街では不気味な人物ハイド氏に関する奇妙不可解な事件が起きていた。アタスン氏は友人であるジーキル氏とハイド氏に謎の接点があることが分かってくる。
アタスン氏はついに友人のラニョン医師の手記とジーキル氏の陳述書から真実を知ることになる。
この『ジーキル博士とハイド氏』は従来より人間心理の二重性に触れた作品として知られている。ジーキル氏は資産家の家に生まれ、幼い頃より努力と徳の節制した生活をしてきた。しかし、彼は欲望に旺盛であり、そういった欲望を節制により抑圧してきたのである。
だが、のちに人間本来の二元性に気づいたジーキル氏は善悪二元の完全分離を夢見て、ついにその秘薬を完成させた。
人間誰しもが持つ善悪を分離するという発想もさることながら、邪悪な面を凝縮したハイド氏は善の部分がなく歯止めがないため、次第にジーキル氏自身が変身をコントロールできなくなるという展開は、人間の心理をよく分析した筆者一流の怪奇ストーリーである。 -
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表面では立派な性格を持ったジーキル博士が、一方ではエドワード・ハイドという残虐な殺人鬼としての顔を持つ話は有名だが、改めてこの短編を読んでいてまるで小さな推理小説のようにも思えた。
しかし、私が最もそそられた点は「ジーキル博士の事件の全容」の告白である。
彼の苦悩はまさに宗教的なものであり、自分は二重人格であることを認めてさえいた。まるで「聖闘士星矢」のサガのようである。
薬を飲んで、著名な学者であるジーキル博士の肉体を脱ぎ捨てエドワード・ハイドの肉体を身につける。そしてそれが彼にとっては愉快であった反面、自分を苛んでいたのはもはや絞首台の恐怖ではなく、ハイドであることの恐怖であった。
これはこの小説のジーキル博士だけでなく私たちにもある種言えることだろう。私たちは顔を使い分け、一部では善人を演じ、一方ではとてつもない悪人になり、かつそのことを知り、良心に苛まれている。特に匿名であればあるほどそうだ。 -
Posted by ブクログ
ネタバレ理由なき自殺願望者が集う、ロンドンの街。ボヘミアの王子フロリゼルは、悪の正体をつかむべくロンドンの夜を奔走する。
これも何も知らずに、文庫裏のあらすじだけ見てふっと借りた本(私はそれまで、スティーヴンソンは一冊も読んだことがなかった)。
で、すっかりハマってしまった。
とうにかく私は、こういう話が好きなんである。人間的な感情よりもむしろ、物語としての魅力が詰まった、軽妙だけど割りとこってり系の本が。
この本も読んでいて、会話や文章どころか、行間からも(!)物語の匂いがぷんぷんして、もう堪まらなかった。うーん、最高。物語の香りに酔えた一冊。
でも、多くの人が言っているように、最後がちょっといただけない。というか、もったいない。
私は登場人物の中で、聖職者のロールズが好きだったので、このロールズ氏が成り上がって、フロリゼル王子と全面対決してほしかったな、どうせなら。 -
Posted by ブクログ
いや、面白かった。
古い本だし、読みづらいのは仕方あるまいと高をくくっていたのだが、そんなことはなかった。
読みやすく、しかもリズムのよい展開、ひきつけられる巧みな心理描写で、即座に読み終わった。
数時間だったと思う。中島敦はあんなにかかったのに…笑
有名な話なので結末を知ってしまっていたから、後半に向けて謎がとかれるワクワク感は少なかった。(十分に楽しめたけれども)
もし知らずに読んだら、結末にどれほど驚愕しただろうかと思う。
人間のこころの闇をとらえている。
ひとは誰でも彼のようになりえるのだろう。
もっと専門的な内容かと思ったが、そんなことはなく、エンターテインメント的だった気がした。
読んでよかった。