吉川徹のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
ネタバレ私はゲーム機を買ってもらえない家庭育ちで、友達の家に行けば借りれたけど、そんな頻度なので、上達せず、うまい友達のを見るのは好きだけど自分はやらない子どもでした。
なので、本書、第1、2章で、現在のゲーム事情やコミュニケーションのあり方の違いを厚めに書いてくださってるのが、まずとても気に入りました。
ロブロックスや、マイクラは実際自分でもやってみました。
操作の仕方も世界観も自由度が高くて、私には難しいことが多いです。
マニュアル、ある程度の型にそってやるのが好きな人間には茫漠な世界のようで、落ちつかなさも。
我が家の子ども達が好きなのはただ街をふらふら歩いたり、壊したり、建てたり、一応コインなんかはたまってたりしてるけど、うまくいかなきゃ簡単に退出や、リスポーンしたり、死んだり殺したり殺されたりが楽勝な感じが、楽なんだろうな〜って思いました。
ぼんやりテレビを観る感覚に近いなと。
うちの子たちは発達障害があるので日常生活を送るだけでめちゃくちゃ疲れるみたいで、リアルでヘトヘトなのにゲームでまで疲れたくないという印象。
それが、本書の、「本当にゲームをしたくてしてるのか?」という問いかけとマッチして考えさせられましたね。
つまるところ、「ほんとの気持ちはどこにあるの?」ということ。
「ICTがない時代に戻ることはないから、うまく付き合うスキルを身につけるのが必要」という考え方も賛成。
そして、「介入する時、倫理的にどうなのか」という考え方。
本当にそうだなあと。
「約束の弊害」の話も。
結局、学童期くらいから、選択活動を増やして、「自分の人生」ということを感じてもらえるように取り組んでいくことが大切なんだろうなと思いました。
おすすめです。 -
Posted by ブクログ
本の内容よりもまずは、我が家の状況から説明することをお許しいただきたい。
現在8歳6歳4歳といて、順にADHD、ASD、未確定グレー。上2人は診断が付いていて児発にも通っている。第二子は支援級に通う。
父親の私もADHDで、母親は同グレー。2人とも定期的に心療内科を受診中。つまりは、一家揃って当事者ど真ん中となっている。一応断っておくと、それなりに幸せ。たぶん普通の家庭と同じようには。ただ、毎日常に誰かが誰かに怒り散らしてはいるが。
私も妻も元々はゲーム好き。ハンドルネームの通り、私は特にオールドゲームが趣味で、子どもが年中になった頃に我慢しきれずファミコンから始めさせてみた。それは自分の好き、を共有したいという気持ちもあったし、自分の人生をトレースさせたいという多分にエゴイスティックな発想からだったのだが、事件が始まったのはNintendoSwitchを買ってから。妻と妻の祖母の共同出資により、それは実現してしまった。
Switchはタイマーとオートオフを備えており、さらにスマホアプリから管理、監視が容易にできる。1年生になって友だちとも話が合うし、良かったと思える点は多い。タイマーは設定時間になると強制シャットダウンができるため、親は楽だが、反面子どもの自主性が育ちにくい。たぶん、深々と降り積もるように紫根が残っていくんだと思う。著者の推奨していない、罰によるコントロール、という運用に限りなく近い。
ただ、繰り返すが親は楽だ。
そこに輪をかける事件が起きたのは、Fortniteという基本無料のサバイバルゲームをダウンロードしてしまってから。本書の中でも、発達障害児にとっては最も禁忌とされている刺激が強くて中毒性の高いゲームだ。そもそもゲーム耐性が養われていない子どもに、結果的に麻薬のような渇きを与えてしまったのに等しかった。これは失敗した。
いまだにゲームを挟んで、親子の軋轢は続いている。
お互い嫌な気持ちになる。次第に親はゲームをやる我が子を倦むようになるし、反対に子どもは目を盗んででもやろうとする。表面上の均衡を保っているのが、Switchのタイマー機能というのはもはや皮肉でしかない。
子どもの自主性。
その言葉に尽きる。著者の言うように、それを支えるのは信頼関係しかない。分かっている。当たり前だと思っているのに、あまりに日常に溶けてしまって、簡単に快楽や怒りの感情に取って代わられてしまう繊細な絆。
残念ながらこの本に結論というものは用意されていない。ゲームやICT環境の方が遥かに変化が早いからだという。その通りだと思う。
だからと言ってガッカリしたわけではない。根源的なところでは解決の道筋は一つ。その繊細な絆の糸を、切らさないようにしながら、子どもを愛し続けること。
その通りだと思う。言うは易しだが。
情報リテラシーなんて小学生に身につけさせられるような親は、ぶっちゃけ1000人に1人くらいなんじゃないかとか思う。最初から100点満点の状態でゲームを与えられる親など、いるわけない。お互いに伴走しながら変わっていかなくてはならない。そのためのデータが豊富にあるし、そのための愛情がたっぷり詰まっている。少なくともそう見えた。ものすごく親の味方で、子どもの味方である良著。
とにかく良著。
ただし、本は良くても実践するのは親だ。
言うは易し、なのだ。
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Posted by ブクログ
自分がもっといろいろなことに
興味をもたんといかんなあって思った。
魅力的な大人になりたい。
コロナ禍でもできる趣味、、
①ゲームのルールは守れない、が前提。
だから、気持ちよく「おしまい」ができるようにする。
⭐︎出来なかったら罰を与えるのは逆効果。
できたら〜にする。
たとえば、時間までに終われたら、明日10分延長してゲームできるよ、のように。
②ICTを使った活動は、時間がかかるものがある。
長いストーリーなど、根気の必要なものは時間がかかる。短すぎるのも考えもの。
⭐︎わかるなあ、これ。
短キャいいってもんじゃないんだよねえ。
根気よく作業を続けないと完成しないことも。だから、子どもの考えなしに、勝手に時間設定するとかは、よくない。考える時間を奪っているのかも。
③他に好きなことを作る。
⭐︎その通りだよねえ。楽しいことが他にないから、ゲームばっかりになっちゃうって、一理ある。親もらくだしね。
身につまされまくりでした。 -
Posted by ブクログ
私が受けてきた、親子関係、どちらかと言うと、親の言う事は絶対と言われてきた、その関係がネット、ゲームでは違うんだと、ビックリさせられた。デジタルが家庭に持ち込まれた現代では、同じデジタル機器を使う同志として共にルールを作る対等な関係であらねばと知った時、はて、我が家はどうなんだろうと思わず振り返り、反省した。
ICTは敵ではない。もう、当たり前の道具で、それをどう使うか、使わないはないんだ。今、我が子は、一見スマホばかりを弄ってるように見えるが、実は宿題をグループで共同作業していたり、発表原稿をスライドで作っている。しかもソファに座って…。もしかしたら、何かとツイートしたり、LINEしている大人の方がタチ悪いのかも。反省と共に、私も私のルールを作ろうと思った。 -
Posted by ブクログ
丙午年生まれ年の女性は「よくない」という迷信があって、1966年には出生数が極端に落ち込んだという話は広く知られている。
でも丙午年生まれの女性の何が「よくない」のか、いつ頃からそうした迷信が流布されたのか、なぜ人々は迷信を受け入れ続けたのかはあまり知られていない。
本書はそうした丙午忌避の実態をデータに基づき解説と評価をしている。
1906年明治の丙午年生まれの女性が被った迷信の被害の深刻さは想像を超えていた。
そして、本年2026年の出生数に丙午の迷信はどれだけ影響を与えるであろうかを考察している。
本書が解説する丙午忌避の歴史的実情と、本年令和の丙午が出生数に与える影響についての考察のいずれも説得力のあるものだった。