鈴木宏昭のレビュー一覧
-
Posted by ブクログ
自分は学べない人間なんじゃないかという不安がある。そこで、こういう本はちょっと読み通せないかもと思いながらもワラにもすがる思いで読んでみた。そうしたら思ったより読みやすかったという印象。
知識とは、上達するとは、ひらめきとはといったことを根拠立てて解説してくれる。確かに安易に知識や技術の習得なんて言ってしまうけど、この本によれば知識はモノではなくコトなのだと。だから知識というモノが身に着くのではなく、学んだり解釈したりすることによって知識化していくような順で知識にしていくわけ。ひらめきにしたって、突然神が降りてくるんじゃなくて、やっぱり試行錯誤の積み重ねがあってのものらしい。こういうことをちゃんと意識していれば、何だか学びがモノになりそうな気がする。 -
Posted by ブクログ
●=引用
●自分の努力だけでチェンジ・ブラインドネスを防ぐとか、記憶力を向上させるとか、そうしたことはほぼ不可能だと思う。私たちにできることは、見落としをチェックする、自分も含めた人の記憶の裏付けが十分かをチェックすることくらいなのではないかと思う。※チェンジ・ブラインドネス=変化の見逃し
●最初がkで始まる英単語と3文字目がkの英単語はどちらの方が多いだろうか。(略)でも直感は最初がkの方が多いと告げたのではないだろうか。(略)この直感の理由は簡単だ。最初がkの単語はたくさん思い出せる、king,knife,kit,kind,knowなどなど。でも3文字目がkの単語はどうだろう。私はinkくらいしか思いつかなかった。だからkで始まる単語の方が多いと思ってしまう。ところが直感とは異なり、3文字目がkの単語は始めがkの単語の3倍もあるそうである。よく考えてみればmake,like,takeなどがある。このように思いつきやすさ、思い出しやすさで、発生頻度を判断するクセのことを、「利用可能性ヒューリスティック」と呼ぶ。つまり、人は思いつきやすければ、また思い出しやすければ、その事柄はよく起きていると考えるのである。
●これを見ると、めったに起こらない事柄(ボツリヌス菌、竜巻、洪水など)はその発生頻度がかなり高く評価されている。一方、、グラフの右側に記された、よくある病気が死因の評定値は直線よりもかなり下に置かれており、過小評価されていることがわかる。(略)つまり私たちはめったにないことに怯え、よくあることに無関心ということになる。
●「私は鈴木が書いた論文は読んでいない」という文や「洗濯」の文章は、コトバ、文を理解するということが何かをはっきりと示している。話者はある状況を記述しようとして発話なり、文の生成を行っている。そして聞き手がやることは単語の意味の確定や文法の解析を通して、その状況を自らの頭の中で再現することなのである。文を聞いたり読んだりする中で、私たちはコトバを理解するだけでなく、コトバが語っている状況を理解しているのだ。このことは認知科学では状況モデルの構築と呼んでいる。そしてできあがった状況をモデルが話者の記述しようとしていた状況と合致した時に、その文が理解できたということになる。つまり文、文章、発話を理解することは、その中のコトバを理解するのではなく、コトバによって語られた状況、世界を理解することなのである。以上のことを考えると、学校、職場、社会で行われる教育がなぜうまくいかないことが多いのか、なぜ時間がかかるのかが理解できるのではないだろうか。話者、伝え手は特定の状況を伝えようとするが、言語の持つ抽象性、それがもたらす情報の貧困化が、状況の微細な、しかし重要な要素を捨象してしまう。その結果、聞き手はコトバとしてはそれが理解できたとしても、状況の再現ができない、あるいは異なる状況を再現してしまう。これによって学習が停滞するのである。
●本章ではまず創造の認知プロセスについて考えた。創造的になるには心の制約を外す。緩和させることが重要であり、それは数多くの失敗によってもたらせる。そして失敗の過程での多様な試み、そしてその無意識的評価が重要であることを述べた。次に、イノベーションについての思い込みについて考えてみた。イノベーションを起こすためのレシピレベルの方法、イノベーションを絶えず生み出せる個人の資質というものは存在しない、少なくとも存在する可能性は少ないことを歴史的にみてきた。その分野について豊富な知見を有し、数多くの失敗を重ねてきた人にしか、創造の女神は微笑んでくれない。私の好きな言葉に、偉大な細菌学者であったパスツールの残したものがある。彼の言葉でこの章をしめようと思う。チャンスは準備された心に訪れる。CHance favors the prepared mind -
Posted by ブクログ
・類推とは人間の基本的認知方法である
・類推能力を鍛える方法:准抽象化=事象をゴール(目標・目的・着地点・目指す結果)への共通項で分類・把握(中間的カテゴライズ)することを意識して行う。
・具体的には、現象や物事の比較をよく行うこと。ゴールの観点から
・准抽象化の反対、失われる能力:形式的判断力、直感・経験的に陥りやすい誤り(認知バイアスなど)への対抗力、疑ってみる姿勢。
・准抽象化能力と形式的判断能力を両立する道は…?違いも同時に意識すること?↔准抽象化(類似性の意識)
・この本を読んで思ったのは、もしかしたら、私の脳は昔から、類似よりも差異をよりよく認識する傾向があるかもしれないということ。差異ベースの脳。自らのネガティブさ、頭の硬さ、連想能力の低さ…それらの根本原因が分かった気がする。過去の経験や苦悩が氷解していくようだ。 -
Posted by ブクログ
テーマ別に置いてあるオモシロイ本屋さんで発見。
ルイジトシコウ。
んー。多分、出会わなければ読むことはなかったな。。。
類推について、認知科学ではこう考えられてますよーという本。
単純にコレとコレって同じよねーというだけでなく、比喩的に一致していることが分かったり、全然違う分野の問題に当てはめられたり、反対に類推することで矛盾に行き当たったり。
なんでそういう頭の働きになるか、という部分はちょっと読み切れなかったんですけれど(笑)
頭のメモリー的に、カテゴライズしてまとめていけるっていうのは省エネなんだろうか。とか。
類推の方法を練習することによって、より抽象度の高いテーマだったり、離れた物事を扱えるようになったりするんだろうか。とか。(これは触れられていたような気もするんだけど)
色々更に疑問が湧いてきたので、類推シリーズは続きそうです……。