下山進のレビュー一覧
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遺伝性の疾患である網膜芽細胞腫の患者である母親が、自分の子供に同じ思いをさせたくないと、着床前診断による遺伝子検査を受けようとしたら、それが2016年当時の日本では許されていないという状況に直面。かつて「優生思想につながる」と強硬な抗議を障害者団体から受けた医療界はそれ以来「重篤な遺伝性疾患」以外への着床前診断は許されない状況となっていました。
海外ではごく普通に行われている診断が、なぜ日本では当時許されていなかったのか、そしてそれが可能となるまでにどのような議論があったのかを本書は丹念に辿ります。
反対するのは障害者の方をサポートする団体でした。”「障害者は産まれない方が良い」という優生思想につながる差別である”、” 胎児を選別するのは個人の権利ではない”、”選ばれなかった命の事を考えよ!”というのがその主張です。
一方、遺伝性疾患を持つ母親は次のように述べています。”障害者だから生まないというわけではない。自分より先に死んでしまうと分かっている子供を産みたくない”、”視覚障害になる事を覚悟のうえで賭けの様な出産を強いられるのか”
着床前診断の適用を巡る議論は、多くの医療関係者を巻き込んで進んで行きます。”一患者の希望によって新しい施術を認めるわけにはいかない、長い年月の議論の積み重ねが必要”という反対派。一方で今、子供が欲しいと希望する母親にとって、待つことは妊娠するチャンスを失うことを意味します。
お互い引くことのできない主張を丁寧に取材し、当初は全く嚙み合わない議論だったものが、次第に方向性をもって収斂する様子と、それに関わった患者、医療関係者の生き様を交える本書、私が「この著者の本は必ず読む」と決めている下山進氏の最新作、期待を裏切らない内容でした。
本書を読み終わって、着床前診断を求める人と、反対する人、どちらの立場の人の意見にも共感できる部分があって、自分がどちらの立場をとるかと問われたら、決められないというぐらい考えさせられました。 -
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【はじめに】
『アルツハイマー征服』や『がん征服』で個人的に絶賛した下山進さんの本来の専門分野であるメディア、特に新聞、の現状と将来について書かれたものである。「サンデー毎日」や「週刊朝日」「AERA」に書き継いだコラムが元になっているが、単にコラムを経時的に寄せ集めたものではなく、下山さんの分析と批判が整理された形でまとめられたものとなっている。
【メディアの持続可能性】
下山さんはかつて『2050年のメディア』を上梓し、メディアの将来に対して警鐘を鳴らしているが、そこから年月を経て、既存報道メディア、主に新聞社、の持続可能性がすでに失われつつあるというのが本書に書かれていることである。冒頭、2017年に見た新聞協会のHPで、過去10年に1,000万部近くの部数を失っていることを知ったのがこのメディアの持続可能性に疑問をもったきっかけだったという。当時4212万部あった部数は2024年には2661万部、じつに7年でさらに1551万部を失ったことになる。そして、そのことは購読世帯の世代分析をすれば、人口動態がそうであるように何もなければ時が経つにしたがってどれくらいの部数になるのかはすでに起こった事実として明白なものであることもわかる。実際、自分の家でも数年前に新聞を解約してしまった。もちろん、独立して家を出た子供たちも新聞はとっていない。
一方でタイトルにある持続可能なメディアとして挙げられているのが、ニューヨーク・タイムズ(電子有料版の購読者が1,000万部を超えた)や英エコノミスト誌である。彼らは、筋読みができる編集者を擁し、自らにしかできない調査報道を梃子に有料電子版のサブスクリプションを販売している。そこでしか読めない情報をパッケージとして有料で提供すること、が重要で、著者によると報道メディアが生き残る道はここにしかないと断ずる。新聞が現在の凋落と危機を招いた遠因を2000年代に起きたPVとの引換えに自らの記事をYahoo!へ提供した判断にまで遡る。この判断がYahoo!にプラットフォームとしてのニュース素材とは無料で手に入れることができるリソースとして認識し、その価値を希薄化させてしまったのだと。
新聞社の方でも何も手をこまねいてばかりいたわけでもない。しかしながら、イノベーションのジレンマのごとくカニバリによる本業圧迫による既存の営業部門などからの圧力によって中途半端な施策にとどまってしまい、多くの場合には大きな成功を見ることがなかった。この本の中では実際にその中にいた人の言葉として敗戦の弁が紹介されていることも多い。超短期には財務的に正しいものだったのかもしれないが、多くの場合に取られた紙の新聞の購読とセットでの販売は明らかにあまりにもユーザのニーズから離れてしまっていた。実際にその組織でのキーパーソンにあたって言葉を取ることができる下山さんならではの魅力なのだが、本書では志半ばで折れた例も多く、寂しさが募るところも多い。日本での例外は、日経新聞とダイヤモンド社という経済系メディアで、その他のいわゆる大手新聞社にはもはやその期待も薄くなっている。例外的ではあるが地方で独自色を出して生き残り戦略を描いているメディアとして、北國新聞と中海テレビ放送の例を挙げる。特に島根県のケーブルテレビ事業者である中海テレビ放送は、ケーブルテレビ事業に以前絡んでいて、非常に独自色のある経営をしていて業界をリードする動きをしていたのは知っているので、そ子が紹介されるのは少しうれしいことである。
本書においては、新聞メディアに関する批評が中心で、テレビメディアについて書かれていることはそれほど多くない。しかし、民間テレビ放送も新聞社と同じく、その持続可能性に目を向けるべきだろう。新聞社にとってYahoo!のようなプラットフォーマーの出現が凋落のきっかけになったように、テレビメディアに関しては、YouTubeとNetflix、DAZNなどのメディアが凋落を加速することになるのだろう。オンデマンドかつ即応性のある仕方でレコメンデーションという仕組みも含めて、テレビが勝てる要素がほぼない。実際に独立した子供たちもテレビはもっていない。新聞と同じくその必要も感じていないのだろう。フジテレビの上納問題は、初動を間違えて特にフジテレビは大きな傷を負い、他社には短期的には有利に働いたが、長い目で見れば業界全体にとって、その問題の収め方も含めて凋落を加速することになるのではないのだろうか。何しろ、その前のジャニーズ問題にもきちんと向き合っていないようにも見えるし、報道の役割についても兵庫県知事選挙でその信用ブランド面で大きな傷を負ったと言える。今年起きたこのあたりの件も併せて、あらためて放送メディアについても一冊書いてもらえればと思うところでもある。
【その他】
下山さんが1993年にNew YorkのColiumbia大学にいたということを本書で初めて知った。自分がいたのは1998年から1999年にかけての時期であり学部も違うので、同じ空間にいたことはなかったのだが、1998年当時には下山さんが籍を置いたColumbia大学のJournalism SchoolやSIPA (School of International and Public Affairs)には多くの日本人がいたものだ。また、自分が傾倒する翻訳家の青木薫さんとの親交が深く、『完全なる証明』や『宇宙が始まる前には何があったのか?』の翻訳では編集者として一緒に仕事をしていたことが書かれていて、さらに下山さんへの信頼を厚くした。ハルバ―スタムの『ザ・コールデスト・ウインター朝鮮戦争』も出版元の文藝春秋で編集者としてかかわっていたというのもエピソードとして書かれていて、胸が熱い。あの戦争についてはいまだに朝鮮半島は二つの国に分かれていることもあり、もっと知られていてよいと思っている。 -
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アルツハイマー病対策の創薬という、一見とっつきにくいテーマでありながら驚異的にスルスル読めるし、ドラマチックで面白い。
関係する研究者たちのエピソードやコメントが豊富に用いられているので、研究史というより人間ドラマを読んでいる気分になる。
「海外のノンフィクションみたい」という評がされているが、確かにそれはある。各章のイントロダクションの1文の書き方とかも。
一方で、各章が短くて、それは「現代の日本で受ける要素かな」とも思った。
本書の底本たる単行本は2021年刊で、この文庫版が出たのは2023年。その2年間で画期的な新薬レカネマブの治験の結果が出るなど、この分野は変化が早い。
なので未読の人は早くこの本を読んだほうがよいと思う。
なお、本題とは少し外れるが、2012年に始まったレカネマブの治験第2フェーズの設計にはベイズ統計学が取り入れられていて、それが画期的だったのだという。
意外だった。治験のような未知の領域を探る分野こそがベイズ統計学の有効性を示せるものなので、もっと早く導入が始まっているのかと思っていた。 -
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私には、ノンフィクションで「この作家の本は必ず手に取る」と決めている著者が何人かいるのですが、本書の著者下山進氏はその一人です。
今回、下山氏がとりあげるのは癌治療。現在、癌の標準治療として国際的に認知されているのは、外科手術、抗癌剤、放射線の3方法です。本書冒頭で紹介されている「膠芽腫」という癌は”最も難しい癌”と呼ばれ、平均余命はたったの15か月しかありません。発見されて、速やかに外科手術を行っても、みるみる再発し、そして死に至るという経過をたどります。この膠芽腫に、上記の標準治療以外の方法で挑んだ関係者を、丹念に描いたノンフィクションです。
採り上げられる治療法は、ホウ素中性子補足療法、光免疫療法、ウィルス療法の3つです。それぞれの治療法の詳細の説明はレビューでは割愛しますが、本書はそれぞれの治療法の開発の部分よりは、それが厚生労働省の治験を、いかにクリアしようとしているのか、というプロセスに重点を置いています。
癌の治療には様々な民間療法(”○○でみるみる癌が消える”みたいなうたい文句のやつ)が存在します。しかしそれらは厳密な治験を経て効果が確認されておらず、その治験をクリアしたのが冒頭の3療法です。しかし治験の基準は本書を読むと厳密に科学的に進められるだけではなく、時の政権の方針や、研究者の政治力など、科学的な側面以外の部分が大きく寄与していることが分かります。そういう医療の政治的な部分と、現場の関係者が不治の病に向き合って開発に携わる科学的な部分と、非常にバランスよく、また両者を密接に関わりを持って描いているノンフィクションでした。
癌や免疫に関する知識がそれほどなくても、読み通せると思います。光免疫療法では、楽天の三木谷氏が非常に重要なキーパーソンとなるのですが、どういう関わりで登場するのかは、是非本書を手に取って読んでみてください。
今後、これらの3療法が、どのような経過をたどるのか、興味を掻き立てられる医療ノンフィクションで、今回も下山氏の手による本という期待を裏切らない内容でした。 -
Posted by ブクログ
素晴らしい本なのに、まだだれも感想らしい感想を書いていないことに驚いた一冊。(2024.3時点)こんなに読み応えのあるノンフィクションがあるでしょうか。アルツハイマー病の薬の開発を軸に、人間模様、科学の進展、会社の内紛などを日米欧をまたいで書いてあります。それをまとめた著者の取材力は驚異的です。その情報量は、途中ついていけなくなるくらいで脱帽しかありません。本書は福岡伸一のさんのようなサイエンスノンフィクション系の本が好きな方や、サピエンス全史のような壮大な話がお好きな方にささります。化学式などは出てこないので理系でない方も読めます。
■アルツハイマー病の苦しみがわかる
わたしの祖父もなりました。平日の昼間にスーパーに行くと、視点の合わない高齢者が歩いていた経験はありませんか?この病気は確かに移らない。でも、誰でもなるかもしれない。しかもそれが遺伝性の場合だったら?寿命以外に自分の認知機能は人より早い段階で失われるかもしれないと知ったら?本書を読んで遺伝性のアルツハイマー病があることを初めて知りました。そしてその苦しみも。アルツハイマー病の薬の開発がいかに望まれているかを知りました。
■何事も一筋縄ではいかない
アメリカはベンチャー企業が勢いあるとか優秀な人材が集まっているとか言われますが、そんなアメリカでも薬の開発はうまくいかない。研究者や製薬会社が悩み、時には不正に手を染める様子、日本のある企業が、猛烈な努力で開発を進める様子、でも、社内の人間関係に翻弄される様子。本書の読み所は薬を作る過程だけでなく、作る人間の話まで深く語られているところです。特に治験がうまくいかない場面では、時間がかかる治験を実施する一方で、うまくいかず時間だけがどんどん過ぎていき、関係者に焦りが生まれている様子がひしひしと感じられました。優秀な人が束になってかかっても開発しきれない新薬開発の難しさ。一筋縄では行きません。でもその開発過程で生まれた化合物を次の世代の研究者が引き継ぎ、形にしていく様子もみられ、こうして人の生活はより良くなるのかもしれないと感じました。
■文庫版書き下ろし新章がついた方を読みましょう
同じ名前の本が2冊あり、2023年8月に出版されている方に新章があります。レカネマブ(予測変換にも出るくらいです)の承認までの話が追記されています。 -
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2019年の単行本を文庫版で再読。4年経って紙の新聞の衰退はさらに進んでいます。新聞協会のHPでは新聞発行部数は2019年の37,811,248から2022年の30,846,631へ、700万部の減少です。日本の人口減少が2019年から2022年で160万人なので人の減り方では語れない新聞の衰退が見て取れます。今回、再び読んだのは文庫のために付け加えられた新章「新聞vsプラットフォーマー」を読むため。現在進行形の「オリジネーター・プロファイル」について取材しているからです。信頼できるコンテンツを認証する、というプログラム、やっと動いたか、という期待もありますが作者は少々懐疑的な視線を投げかけます。それは本書でのメインストリー、「あらたにす」の挫折があるからでしょう。成長の時代に激しく販売競争してきた新聞社の呉越同舟がいかに難しいかを描いてきた著者ならではの感覚です。ただ文庫版の締め切り直前まで交わした著者と読売新聞社山口社長との生々しいやりとりはそれだけでも必読です。単行本の時には2050年まであと31年でしたが文庫の今年はあと27年…リアル「2050年のメディア」はどうなっているのでしょうか?
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下山さんの本は、『2050年のメディア』に続く2冊目(エコノミストの2050年シリーズも含めれば4冊目かもしれないが)、相変わらず2050年のジャーナリストとはどんな人?に対する直接的な回答はなく、読者の想像に委ねる形式になっている。
とはいえ最後に「答えはネットの中にない。本の中にある」という言葉を引用しながら、組織潰れても個人で生き残るジャーナリストこそ2050年にジャーナリストと名乗れる、つまり生き残ることができている人なのだろうとは想像できる。代表的なオールドメディアである新聞は、このままはっっこう部数の縮減が進めば2030年までに消滅またはイデオロギーの差など意味がなくなるくらい経営統合が進むであろう。
下山さんは本書でも述べているようにかねてより、新聞は有料デジタル版をどうしたらとってもらえるかそのことに全経営資源を集中すべきであると主張してきた。しかしそれを実際に実行している新聞社はない(日経はその方向に舵を切っているようには見える)。それどころかオリンピックのスポンサーになり、あろうことか自治体と包括連携協定を結ぶような新聞社まで出てきてしまった。
今日の様々な選択肢がある読者は、そんな体制翼賛的な新聞など読むわけはなく、新聞の発行部数が年々減少しているのは必然の帰結のように感じる。産経新聞はここ2年くらい10%を超えるような発行部数の落ち込みであるが、政府の公式見解を知りたければ、政府関係のHPを見ればいいのであって、誰も政府プロパガンダメディアにお金を払うわけがない。
今そんな新聞社に見切りをつけた元ベテラン記者らがwebメディアを立ち上げ始めている。その機運を自分は応援したいし、そうした人々がどんどん出てきてほしいと思う。自分も今後、部分的にジャーナリズムに関わっていくことになるので、自分の中でジャーナリズムとは何か、ジャーナリストとはどんな人間かを常に考え、アップデートしていくように心がけたいと思う。 -
Posted by ブクログ
「2050年のメディア」からの「勝負の分かれ目」。文庫版で読みましたが単行本は1999年の刊行なので21世紀が始まる前に新聞というメディアの地殻変動は激しく始まっていたことを今更ながらに認識しました。日本の新聞の発行部数は90年代にはピークアウトしてそれから今日まで減少の一途と聞いています。バブル崩壊、人口減少、デジタルの躍進、いろいろな理由を語る人はいますが、本書にあるのは新聞というビジネスをビジネスとして捉えられているかどうか、という新聞業界のインサイドストーリーです。政治ではなく経済へ、ペンではなくコンピューターへ、記事ではなく情報へ、国内ではなくグローバルへ、気づいている人と気づいていない人との大河小説。平家物語のような滅びの歌。しかし、本書が書かれて20年経ってもなお、新聞の壇ノ浦はまだ未だ来ていないと思っている人もまだまだいると思われます。「2050年のメディア」の縦糸と横糸はYahoo!と読売新聞社でしたが、本書ではロイターと時事通信社の交錯で物語は進んでいきます。その中で時事の長谷川才治の怨念のストーリーは濃厚で上巻の悪役としてものすごい存在感を放っていて、ぐったり。いざ、下巻へ。