下山進のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
私は新聞が好きだ。特にテレビを捨ててからは国内外のニュースのほとんどを新聞から得ている。だから新聞がなくなってほしくないし、期待の裏返しとしてどうしても新聞には厳しい目で見てしまう。
著者はメディア、特に新聞衰退の原因は、『発表もの』や『前うち』と言われる発表前情報の出し抜きばかりが紙面を飾り、無料のニュースサイトで読める他紙の記事と差別化できていないからだと指摘する。確かにYoutubeで記者会見を見ても掘り下げが物足りなく、本当に知りたいことを聞いてくれない。仲間内だけの記者クラブで異質な質問はしづらいのかもしれないが、これでは面白い記事は書けまい。
それに加えて、一つ重要な視点が抜けている。「いやいや、わが社の有料記事はネットよりも詳しく書いてますよ」と新聞社は言うかもしれない。しかし、わざわざお金を払ってまで詳しく知ろうとする知的探究心のある人自体が減っている、つまり顧客サイドの変化も見逃してはならないと思う。そうでなければ新聞に先駆けて衰退が始まっている出版界の現状を説明できない。為政者による長年の愚民化政策が功を奏したのか、団塊世代から徐々に知性や知識の価値が下がっている。更に深刻なことに、何ページにもわたる長い記事は、例えそれが『ここでしか読めない』良質な記事であってもそもそも読むことができない人が増えている。それは世代を超えて再生産もされる。知識に価値を見いださない両親の下で新聞のない家に育った人が、ある日突然新聞を購読し始めるなんて事はありうるだろうか。人口減少以上の速度で顧客ベースが減っているのだから、部数がつるべ落としになるのは当たり前である。
こうなると文字で情報を伝えるメディアが、自身の変革だけで持続可能性を確立することは難しい。初等教育で長文を読む訓練をさせるとか、世の中の価値観を変えていく仕組みを作るとか、もう少し大きな視点での変革が必要だろうと思われる。 -
Posted by ブクログ
タイトルに興味を持ち予備知識なく読み始め
た。新聞を購読していない世帯が増加していること、新書を買ったり読んだりしている年齢層の多くは中高年だということを認識してはいたが、ここまで深刻な状況であったのかと怖くなった。このままでは新聞、雑誌、本というメディアは持続可能ではないようだ。新聞記事が徹底的な裏取りと校正・校閲を経て発表されている。長年蓄積された記者の矜持とバックボーンもこれと共に失われていくのだろう。若者の中にはオールドメディアというだけで見下したり、反日の烙印を押して中身も見ずに拒絶する者もいるようだ。メディアが分断されれば、価値観から事実認識しまでも分断されていくのだろう。書き下ろしではなく、既出の記事の寄せ集めなので反復重複逸脱はあるが、多くの人に読んでもらいたい本だ。 -
Posted by ブクログ
筆者は、文藝春秋で長くノンフィクションを担当した元編集者。
「サンデー毎日」で2020年3月3日発売号から続ける連載をまとめたのが本書です。
同じ著者による「2050年のメディア」(文藝春秋)が、メディアの未来を予測する良書だったので、続編とも呼べる本書を買いました。
ただ、前著がメディア全体を俎上に載せたのに対して、本書はタイトル通り、個々の「ジャーナリスト」ないしは個別のメディアに焦点を当てています。
事例を通して、未来のメディアを考える際のヒントを得るという趣旨(だと思います)。
その分、前著と比べ散漫な印象があり、タイトルにそぐわないのではという回もありましたが、読みごたえはありました。
特に、北朝鮮の弾道ミサイルを迎撃する「イージス・アショア」の問題を独自の視点で執拗に報じ、新聞協会賞を受賞した秋田魁新報、ポッドキャストを活用するなどして有料電子版が好調な英エコノミスト誌、社内外の記者を新媒体で競わせる新潟日報の回などが面白かったです。
さて旧来型のメディア、とりわけ新聞は、インターネットメディアに押され衰退著しいのはご承知の通り。
それで徐々に有料電子版に軸足を移しているわけですしかし、成功しているのは日経など数えるほどです。
なぜでしょうか。
本書では、「前うち」報道主義から脱却できていないからだ、と手厳しい。
「前うち」報道というのは、他社より一歩でも先んじて速報することです。
しかし、朝刊で抜いても、他社にすぐに追いつかれ、コモディティ化してしまいます。
つまり、ヤフーニュースやラインニュースで無料のニュースは十分と人々は感じてしまうのです。
「人々がお金を払うのは、その媒体でなければ読めない、独自の切り口をもった記事だ。」
本当にその通りだと思います。
メディア関係の方にはお勧めの本です。 -
Posted by ブクログ
「2050年のメディア」を通史だとしたら、そこからこぼれ落ちた人や話を列伝として書いているのがサンデー毎日に連載中の「2050年のジャーナリズム」なのだそうです。著者は司馬遼太郎の「燃えよ剣」に対しての「新選組血風録」になぞらえています。ひとつひとつが違うエピソードですが、すべてにおいてかつての「前うち」報道の限界と「編集者」としての可能性を信じる、という点では一貫しています。そういう意味では先に読んだ光文社新書で石戸諭「ニュースの未来」と完全にシンクロしています。さらにさかのぼると2013年佐々木紀彦「5年後、メディアは稼げるか」から繋がる議論だと思います。新聞というメディアに見識、いや愛情のある人々がだいたい近しい提言をし続けているのにそれが遅々としているのが「2021年のメディア」であり、そこで痛みまくっているのが「2021年のジャーナリズム」なのかもしれません。今年はオリパラの開催不開催で新聞社の社説が明確に割れた年でありますが、それが若い世代にとってまったくインパクトになっていないことも明確になった年であるように思います。新聞は本当にギリギリのところに来ているのかもしれません。この「ジャーナリスト列伝」は、著者が熱く自著を語ったり、地方新聞社のイノベーションレポートに冷ややかな論評をしたり、生々しい感情に溢れています。それだからか、「2050年のメディア」に対して、ふわっとした読後感になっています。
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Posted by ブクログ
p46 web上でつながったアマチュアの集団 DRASTIC 新型コロナウイルス感染症に関する分散型の匿名調査チームが重大な証拠を掘り当てている 武漢ウイルス研究所でコウモリのウイルス研究をしていた石正麗が、新型コロナウイルスと遺伝子配列が極めてニているコウモリのウイルス RaTG13について、数年前に発表した論文で、遺伝子配列を公開していたのだ。DRASTICはRaTG13は雲南省の墨江ハニ族自治県にある鉱山の坑道で発見されたウイルスだとしたlここでは2012年にコウモリのふんを除去していた鉱山労働者6人が肺炎を発症し、うち3人が死亡していた。武漢研究所は、この鉱山にすくなくとも7回いって、おびただしい数のサンプルを当時入手している
ニューズウィークは2021/6/22号で報告しているが、日本のメディアは触れていない
p71 ジリアンテット もともと文化人類学者
p117 スイス 地上波停波 インターネットに移行
p125 FASTALEAT JX通信社 SNSをAIで分析
p129 政治家は、梶山の言うような貧困を知った世代から、小沢一郎のような日本の成長期に育った世代、そしてさらにその下のふわふわと実態の伴わない言葉遊びをしている世代へと変わってきている。新潟選出の代議士に、かつての田中角栄や小沢辰男、桜井新のような個性のある政治家はいない
P152 中川ヒロミ
p179 財政赤字の神話
米国債も、債権(=借金)という言葉を使うから人々は勘違いする。これは借金でない。現金と違う貨幣を政府が発行しているのだ。
収支をあわせていかなくてはならないのは、地方自治体や、通貨主権をもたない国の場合。ユーロという通貨の下にあるヨーロッパの国々は通貨主権をもたない。だからリーマンショックのあと、ギリシャを筆頭とする欧州の国々は2010年に債務危機に陥った ギリシャ国債を発行して、ギリシャはこの危機を乗りきろうとしたが、国債は金利が暴騰し、価格が暴落した。これはギリシャがドラクマを発行している通貨主権国家だったらば怒らなかったことだった
金本位制で、アメリカ政府は1ドル35分の一オンスの金と交換すると宣言していた。この時代は、財政収支を合わせる必要があった。米国政府は兌換のための金を準備しているが、この金がなくなってしまえば、国家が破綻するからだ。その継ががりを絶ったのが、1971年のニクソンショックで、以降米国政府は好きなだけ貨幣を刷ることができるようになったのである。日本も同じだ
p215 金融やマスコミの給与がよかったのは、優秀な人たちが行っていたからではない。規制に守られていたからだ
p147 週刊誌のエコノミスト 唯一部数を伸ばしている。
これは同誌がニュースを報道する雑誌ではなく、世の中に起こっている事柄を分析し、その意味を解釈し、そして将来を予測する雑誌だから
p307 萩尾望都 一度きりの大泉の話
竹宮恵子 少年の名はジルベール -
Posted by ブクログ
紙の新聞はピーク時(2000年ごろ)には地方紙、全国紙を合計すると5000万部を越えていたのですが、それから約20年経った今では2500万部程度になっています。インターネットの普及に呼応して、紙→ネットへの移行が進んだのは間違いなく、その流れは止められないとしても著者が本書で警鐘を鳴らしているのは、紙媒体を離れた読者の受け皿として新聞社のネット有料サービスが機能していない事です。
インターネット発展期、日本でヤフーなどが勢力を伸ばしたときに多くの日本の新聞は記事を無料で配信し、広告料からPV(ページビュー)毎に料金を徴収するモデルに傾注しました。この結果、読者には「なんだ、お金を払って紙の新聞を買わなくても同じ記事がネットで無料で読めるではないか」という印象を与えてしまい、これが新聞の有料サービス会員数の伸び悩みを招いてしまったのです。
日本のメディアの多くは警察や公的機関の発表を基に報道する横並び体質が根強く残っています。”いかに他社を出し抜いてスクープを出すか”に各社が必死になる一方、報道内容は横並びになる傾向が強く、”その新聞でなければ読めない”内容が乏しくなり、それがネットでの競争力をそいできました。本書ではその傾向に対する処方箋としてネット有料会員数を伸ばしている海外メディア、日本の地方紙などの例を挙げています。いずれも会員数を伸ばしているのは”その新聞でなければ読めない記事”、”時間が経っても色褪せない記事”を掲載しており、いかにその”新聞固有の色”が出せるか、という所に行き着きます。週刊ダイヤモンドや東洋経済新聞は独自の経営分析を、地方紙のいくつかは地元ネタの深堀を、とそれぞれの得意分野を延ばす事で独自色を出しているメディアは、有料会員数を伸ばしている現状を紹介しています。
著者の下山氏は、”この人の本は必ず読む”と私が決めている一人で、今まで手にしたのはほとんどがそれなりのボリュームの単行本や文庫だったのですが、初めての新書でした。ちょっと内容が軽い(あくまでも下山氏の過去の著作と比較して)印象も受けましたが、書下ろしではなく雑誌の連載を基にした本なので、情報量も充実していて新書としての完成度は高いという印象でした。