呉明益のレビュー一覧
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内容は視点が頻繁に移動するし、観世音菩薩も出てくるし、夢にでてくるZは謎だし、色々要素が盛ってあり一回の通読だけでは咀嚼できないけど、第二次世界大戦のときの台湾少年工の歴史とか、台湾少年から見た戦前前後の見え方とか興味深く読んだ。三郎の亀・石ころとぼくが見た死んだ亀は何か関係があるのか(草むらにポイはちょっと…苦笑)、ぼくの睡眠を崩した原因の竹の根っこがこの亀同士を繋ぎ夢でも見せていたのか。あとは解説にも書かれてあるけど、時代によって様々なことが断絶された父・三郎がとても不憫に思えてきた。
『自転車泥棒』を以前読んでいたため、この『眠りの航路』がそれに繋がるきっかけというのは覚えていた。なのでこの作品が気になって購入したはいいものの長い間積読していたらなんと今月に白水Uブックス入りするんですね!。買ったはいいけど気づいたら文庫化しちゃったパターンで今読むしかないと思った(正確に言えば文庫化ではないのだろうけど)。 -
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ネタバレめちゃくちゃ読ませる文章。訳者が違ってもほんとに読みやすい。これはなぜ?
筆者も述べてるように今回はちょっと毛色が違うなあ。なんだかかなりフィクションが強い。ワヨワヨも現実のものかそうでないのかよくわからないままに進んでいく。実際に存在するらしいと言うことは後にわかるけど。
今作のテーマはやっぱり人間の負の遺産かな?
ゴミの島は主題だし、アザラシ狩りや鯨狩りに対する反対運動が描かれるのもなんだか似た側面があるような気がする。サラにとってアムンセンは困った父親ではあるけど結局サラは捕鯨反対の道に進む。それは今作では人間のエゴを戒める立場にある人間として描かれている気がする。トンネル掘りの技術者もそう。かつては掘削と地質に疑いを持たないが、ダフの地元、少数民族の森を訪ねたときに、トンネルを掘られていない山の生きた声はどのようなものだったかと思いを馳せる。
私は無尽蔵な開発については反対ではあるけれど、基本的に開発することは反対ではない、豊かな生活を享受している以上なかなか開発を否定できない。それは自分を否定することになるからだろうか。自分自身、自然が好きだと言うことを考えるとこれまでの自身の生活を否定してでも、開発に意を唱えるべきなのだろうか。考えを一変させるまで強い思いではないが、疑念を抱くきっかけにはなった。
ストーリーは自転車泥棒、歩道橋の魔術師に比べてそこまで面白いとは思わなかった。勿論面白いんだけど。
登場人物が多くてあんまり感情移入できない部分もあった。自転車泥棒くらいのボリュームがあればこれくらいの人数が出てきても良かったけれど。
正直なところサラとデトレフの印象はかなり薄い。
ワヨワヨの島はアトレがウルシュラを探しに旅に出た朝に津波に襲われる。アトレはワヨワヨの島に帰るのだろうと思っていたから驚いた。全ての島民は死に、鯨となった次男たちは海岸へ打ち上げられる。残酷な結末のように感じた。アトレを探しに出たウルシュラもアトレと再会できずに死んでしまう。アトレとの息子を遺すことができたから完全なバッドエンドではないにせよ悲しさが残る。津波に襲われるのは人間のツケではないからなんだかすっきりとしない。息子の足が癒着して鯨の尾鰭のようになっていたと言うのもよくわからない。長男だし。
アリスとトムの息子が実は死んでいた?ことが仄めかされるのはびっくりした。お話として面白い。そこは好きだった。 -
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ネタバレ読み始めてからだいぶ間が空いてしまったので忘れてしまったけれど…
ゆるく関連した短編集。クラウドの裂け目というウイルスが、人のSNSを分析して、個人のファイルを閲覧する鍵を知人に交付する近未来。でもその鍵を使って今は亡き人の足跡に触れ、何かが解明される、というのが主軸ではなく、それぞれの主人公が自然との関わりの中で、あるいはその他者に思いを馳せたり追憶したりしながら生きていく姿がメインだった気がする。亡き妻が残した小説から、幻の雲豹を探しにいくとか。傷を抱えた個人が自然の中でもがきながら、その傷を見つめて乗り越えていこうとする話、というか。そこまですっきり解決するわけではないんだけど、その葛藤が描かれている感じ。 -
Posted by ブクログ
台湾の小説。二十年前に失踪した父親。彼が乗っていた自転車が、息子である「ぼく」のもとに戻ってきた。「ぼく」は、その自転車が戻ってくるまでの物語を集めはじめる。その旅は、ビンテージの自転車の、足りないパーツを集めるようなものだ。いくら修理し続けても、完璧な状態にはならない。この小説は大量の断片によって語られる。自転車のパーツ、父の自転車の所有者たち、彼らの物語。そして主人公の人生。こうした断片によって構成される、台湾の近現代史。読んでいて、ポール・ボウルズの「シェルタリング・スカイ」を読んだときの感覚に似たものを覚えた。北アフリカの砂漠や迷宮をさまよい、人生の意味を探し、そして人生に翻弄される作品だった。本作はさまよって、翻弄されるわけではない。それでも「シェルタリング・スカイ」同様の、「この小説はなんなのだろう」というわからなさがあった。駄作、という意味ではない。むしろ、小説や映画といった作品すべてにわかりやすさを求める時代において、本作のような「わからなさ」は貴重だ。「これはいったいなにを言っているのだろう」と考えることが、人を成長させる。今回、そういう機会にめぐりあえてよかった。小説はこういう出会いがおもしろい。
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Posted by ブクログ
銀輪部隊とか、マレーシア半島に自転車で侵攻したとか知らなかったなぁ。その訓練を台湾で行っていたことも。日本はもう少しきちんと第二次世界大戦で日本軍が行ったことを教育した方が良いと思うなぁ。知らないというのは恐ろしい事だなぁ。
という訳で自転車と戦争にまつわる色々なエピソードが絡み合って、最後は可哀想な象まで出てくるので悲しくなって最後は大分駆け足で読みました。蝶の絵もあったか。祖父母のエピソードから戦争をきちんと語るってのは大事だよなぁとしみじみ思いました。風化したり美化しちゃイカンよねぇ。
とは言えそれぞれのエピソードが絡み合うし長いし、関連性がイマイチわかりにくく、時間のあるときにゆっくり読みたい本だなぁと思いました。贅沢に時間がある時に手に取りたいですねぇ…