治部れんげのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
メディア表現とダイバーシティーを抜本的に検討する会を(MEDI)の一作目、足をどかしてくれませんか
はまだ読んでいない。
自分もSNSとの関わり方に反省と戸惑いが多く、また、特に悪い方の、声が大きい方の少数者の言説やネットを超えた実力行使など、スマートなネット社会になっていないことへの怒り、無力感、戸惑いもあり、皆が当たり前にスマホをもちSNSを使いながら貧困や困窮や困惑を覆い隠していることや、国境越えた犯罪集団のツールとして活躍していることなど踏まえ、興味深い論説とインタビュー読んだ。
ハンナアーレントが引かれ、
公共的領域に必須な価値として提示した複数性plurality
全体主義に対置、対抗する概念
他者の存在を共に生きることが人間、人間性であり、複数性のある世界に公共の空間は成立し民主的合意形成に至る活動が可能になる、と。
ネットで繋がる空間の中で、またネットがあるから実世界でのつながりがおろそかになったり気を許せるものでなくなり、バラバラにされた個人、他者と共存しようとする力が押し戻されかえってバラバラの個人が他者不在の全体主義へ向かうのではという警告。さもありなんとと思う。
小島慶子がいう我々はまだデジタル原始人尖った石で斧を作ったが良き使い方や斧の向かう先、その帰結がわからない原始の荒野にいる、ままですでにいくつものテクニカルなアップデートを経験し消化不良のままアップデートされていくのか
浜田敬子の皇室バッシング報道をめぐる考察ネット記事が営利目的で配信されるなか変化していく皇室報道と女性皇族バッシング、英国王室の学びと現状の違い
など、間違いが起きやすいジェンダーを様々な現場で試行錯誤しながら変えていこうとする取り組みや、表現の自由などを盾に展開される誤った、というか人権意識がない表現の自由のやからたちとの攻防、など、なかなか興味深い。
スマホを手に金魚より短い集中力しか維持できない人間、これを読みながらも、度々スマホが気になり気づけばTwitterを見てしまう自分も中毒であり、また、一つ一つの言葉やネット世界でのあり方を検証、自省しながら使っていくしかないと改めて感じた。
労作、力作、読ませていただきありがとう。今後もジェンダーとメディア論展開して拡散していただきたい。
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Posted by ブクログ
題名にひかれて買った新書本。
気になる韓国ドラマについてもたくさん書かれていて、それだけで見たような気に、はならないか。
でも、大ヒットした「愛の不時着」は、そのヒロインの自立した姿を中心に紹介していて、ちょっとイメージと違ってより興味が湧いた。
元々気になっていた「椿の花咲く頃」もより見たくなったし、「ミスティ」にもひかれるものがあります。
日本のドラマで描かれている世界は、男女問わず、家庭や自分の生活を顧みず働き続けなければ上に上がれない世界。
これにはげんなり。
そしてある大ヒットドラマで描かれている女性像はいつまでも古臭いと。
他にはいいドラマもあるのだけれど。
アメリカドラマは日本の感覚で見ると、とにかく強烈。
ただ、その中でも女性が一人の人間として、自立した人間として描かれ、男性も女性も家庭を大事にするのは当たり前。
描かれるのはそんな世界。
そして一番印象に残ったのは、「ジェンダーに囚われず生きる」ために実践する方法。
「自分らしく生きる」とかいうふわっとしたものではない。
とにかく覚悟が必要。 -
Posted by ブクログ
最近の「仮面ライダー」では、当たり前のように女性ライダーがいて。
スーパー戦隊シリーズにも2人の女性メンバーがいることが多くなって。
プリキュアにも男の子のメンバーが入るようになって。
中学高校では女子の生徒会長も珍しくなくなった。
少しずつ、境界線は緩んでいるのかもしれない。
そんな時代。
でも、相変わらずビジネスや政治の世界では古い枠組みや価値観が幅をきかせている。
どんなに「ジョセイカツヤクゥーーー!!」と偉い人が旗を振ろうが、社会の仕組みが、刷り込まれた役割意識が、ガラスの天井となって"その先へ行くこと"を阻むのだ。
若い世代では少しずつ変わって行っているようには思えるけれども。
無意識。アンコンシャスバイアス。
私たちが成長してくる中で知らず知らずのうちに内在化される価値観、考え、物の見方の枠組み。
私たちにはみな、意識することなく抱えているバイアスがある。
というか、バイアスはそもそもその存在を知り、意識しなければ認識できないものなのだ。
「当たり前じゃん」と思っていることを疑う。
それは本当に当たり前なのか。
「僕は常々思ってるんですが〜」ではじまる大学生の疑問を、私たちもみな持った方が、多分いい。
本書は、女性をめぐる問題について多くの著書を世に送り出している著者がデータに基づいたジェンダー問題を、主にバイアスという観点から論じているものだ。自分たちの中で無意識に、しかし確実に働いているバイアスによるがどんな問題に繋がり、何を阻んでおり、その結果何が起きているのかを冷静な筆致で語られるのを虚心坦懐に受け止めたいと思う。
システムの問題、法律や慣例の問題。
解決しなければならないことは多くあるが、今の日本社会にはまだ「そこにあるのに運用されていないもの」がたくさんある。何より、"ガラスの天井"を発生させている最大の要因はまさにこの"アンコンシャスバイアス"なのだ。
これは、私の中にも確実にある。
たとえば、仕事で出会うお子さんの母が1人で遊びに行き、父が家で子どもの面倒を見ていた話などを聞くと、ついうっかり眉を顰めてしまいそうになることがある。
逆ならたいして感じないかもしれないのに。
子どもに関わる仕事をしていると、そんな自分の中のバイアスに不意に直面しては愕然とすることもある。
ひとつひとつ、まずは自分の中にあるバイアスを意識化して取り除いていくこと。
「当たり前でしょ」の一言で思考停止することをやめ、目の前にいる人が女性でも男性でも「その人のどこを見れば正当な評価ができるのか」を考えて生きていくことが必要なのだろうなと思う。
最近、邦画では"若くない"女性たちが主役を張る作品が少数ながら増えてきたように思う。
ちょっとした希望では、ある。
子どもの相談に父が来てくれる事例も少しずつ増えてきている。
少しずつ、少しずつ、
「ねばならぬ」のこだわりから自由になっていこう。
そんなふうに思う。
ところで、1号ライダーが女性の作品、マダー? -
Posted by ブクログ
ドラマ鑑賞なんて、まるっきり興味がなかったけれど、つい、紹介された多数の作品をNetflixのマイリストで多数登録(笑)
治部さんのような鋭い視点で見られるかどうか自信はないが…見てみるか。あとは、時間を捻出しないと。
一橋大学を出て、社会的に意義のある仕事につき、今は自分の好きなことを仕事にし、自分の意見をしっかり確立して言える治部さんが、とても眩しく羨ましい。
「どうしたら、ジェンダーに囚われず生きられますか?」と尋ねられた治部さんが、いつも答えていること。
"他人との間に波風を立たせずに生きていくことと、自分らしく生きていくこと、どちらを優先しますか?"
覚悟、ですね。 -
Posted by ブクログ
ジェンダーギャップ指数は毎年発表されていて順位は気になっていたものの、恥ずかしながらどういう基準で評価されているかなど全く知らなかった。
そういう観点を加味してみると、発展途上国で案外順位が高いのは富裕層の女性は貧困層の女性を家事育児の担い手として低賃金で雇い、社会進出しているなど、ジェンダーギャップ以外の問題も浮き彫りになってくることを知った。
そのほかにも、パワハラ・セクハラをしないためにどういう基準が良いのか?という質問に対して、下記コメントがとてもしっくりきたので、ハラスメント教育で伝えていきたい。
"もし「部下にこれを言っても大丈夫か」と迷ったら一呼吸おいて「それを上司の配偶者や子どもにも言うか」と考えてみて下さい。上司の耳に入ったら、自分の人間性が疑われて不利益を被りそう、と思うなら、それは言わない方がいいでしょう。" -
Posted by ブクログ
ちょっとずつ読み進めて、やっと読み終えた。のは、途中で、本作に出てくる韓国ドラマを観たりしていたから。
韓国、日本、アメリカ、カナダ、ヨーロッパのドラマをフェミニズム批評。
特に韓国の章は、韓国という国のこれまでの歴史、戦いが見えて、勉強になり、改めて、かつての韓国人の女の子が言った言葉を思い出す。
愛の不時着
よくおごってくれる綺麗なお姉さん
SKYキャッスル
椿の花咲く頃
ミスティ
私の名前はキム・サムスン
ザ・グッド・ファイト
ハンドメイズ・テイル
ハウス・オブ・カード
ビッグ・リトル・ライズ
ホームランド
サバイバー
半沢直樹
私の家政婦ナギサさん
きのう何食べた?
結婚できない男、まだ結婚できない男
カーネーション
アウトブレイクー感染拡大ー
アンという名の少女
アンオーソドックス
コペンハーゲン
またの名をグレイス
#ジェンダーで見るヒットドラマ #治部れんげ #読書記録 -
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ジェンダー目線でドラマを分析する本作。
普段からアメリカ作の映画ばかり見ている私としては、エンタメとジェンダーなどの社会問題を切り離さないことが普通なので、普段あまり語られない韓ドラマや邦ドラマのそういう視点での分析は非常に面白かった。
私は海外ドラマや映画は大好きで映画に関しては年間50本くらい見るけど、その中で邦画は2~3本。
この邦画、邦ドラマ受け入れられない理由が明記されているように思った。
偏見や差別に溢れた設定やシナリオ、悪気のゼロのからかい、「それってハラスメントでしょ…」と思うような所業を、ハラスメントした側を咎めるような着地ではなく、された主人公がどう乗り越えるか、という内容にしたり…。
ドラマだけじゃなく、バラエティを見ていても、自分で稼いで贅沢している女社長に「あらあら…笑」というような反応をしたり、「専業主婦が自分へのご褒美を買うのはいかがなものか…」という発言を平気で流したり、男同士で仲がいい…というエピソードトークで「気持ち悪い」と言ったり。
最近ではアイドルの結婚W発表において、日本では同性婚が合法化されていないにも関わらず「同性婚かと思った」とキャッキャしたり…。
さすがジェンダーギャップ120位の超後進国だな…と改めて実感した。
また、他にも受け入れられない理由のうちの新たな発見として、「仕事か家庭か、ゼロヒャクになってしまう」というのがあるかもなと思った。
邦ドラマは仕事テーマなら仕事だけでプライベートゼロで働き、恋愛テーマなら全ての出来事が異性愛のプロセスの一部になっていくところもムリ、となるポイントだと思った。
恋愛モノでも「生活」や社会問題は描くべきだし、お仕事モノでもプライベートを映してほしい。
そんな理由で最近はどんどん地上波放送を見る時間は減ってきている。
本作内でも語られているが、テレビが映すものを考えなければ、流す媒体を変えたところで視聴者は戻らないことを知って欲しい。 -
Posted by ブクログ
「私達が何を当たり前と思って暮らしているか次第で、問題や格差は見えたり見えなかったりするのです。」(p19)
このフレーズが心に残った。これはジェンダー問題だけではなく、他のことにも言えると思う。
全てのものごとに対してわかった気にならず、様々な可能性を考えて、検討していくべきなのだと感じた。
ジェンダーの問題についてこの本を読んで知ったことは3つ
①自分が思っているよりも男女格差を無くすような取り組みがされていること
生活している中でジェンダーギャップを改善しようとする取り組みというものをあまり見かけなかった。そのため日本にも女性管理職を増やす取り組みがされていて実際に効果を出している企業があるということに驚き、嬉しく思った。
②北欧諸国の社会サービスが充実していること
高い税金を払う北欧諸国では、介護や育児のサービスを税金で賄っている。そのため、誰でもそのサービスを利用する権利があり、使用することで多くの女性の社会進出がしやすくなっている。
このように社会のために税金を使ってくれるなら税金が高くても構わないと思う。
一方、東南アジアなどの国では貧富の差が激しく、議員や女性管理職を担う人々は、貧しい女性を家政婦のような役割で雇っている。それだと貧しい女性達はいつまでも社会的に責任のある役職につくことはできない。
日本では、あまり家事・育児を他人に任せるということは一般的でないように思えるからこのどちらにも当てはまらないのではないかと思うが、前者のように誰でも平等に介護や、家事・育児のサービスを受けることができるようになってほしい。
③メンバーシップ型、ジョブ型の一長一短
和菓子店、洋菓子店と例に出しているところがとてもわかりやすかった。安定的な日本企業、特技を活かせる外資系企業、上司が仕事をしないと言う話をたまに聞くがこれが安定的な日本企業で起こる理由がわかった気がする。
この本を読んで、ジェンダー後進国の危険性について改めて理解することができた。日本の根強いジェンダー観を徐々に変えていきたいと感じさせる内容であった。 -
Posted by ブクログ
男性の方が向いている、男性の方がいい。
ありがたいことに、私はそんな言葉を直接かけられるような環境にはいなかった。
本当はそれが当たり前なのだと思う。
学生時代までは女性であることの不利益はほとんどなかった。
けれども、それは親や教員達が守ってくれていたからだった。
一歩外に出れば、性被害もあったし、卑猥な言葉や容姿を揶揄する言葉をかけられることもあった。
周りを見てみるとどうだろう。
女性幹部が少ない大手企業、女性政治家が少ない政治、実際の不利益を見ない司法。
〇〇女子の乱発に、「男はそんな格好や考え方好きじゃないよ」と言った余計なお世話。
はっきり言ってそれら全て恥だと思う。
男の方が冷遇されている、クォーター制の導入は男性差別、女性が優遇されるサービスも多いし、結局主婦は俺らの金を使ってるだけ…思う分にはいい。
だが、機械の均等を奪っていることに目が向いていない。
そこかしこに散らばる男女格差。サービスと制度の違いもわからず、ただただ感情のみで動く。
感情は大切なモチベーションだが、それによって他者を貶めることは許されない。
なぜこんなに格差が言われているのに我が国はかわれないのか。
理由の一つに他人に優しくする余裕がないことが挙げられる。
男は男らしく、その呪縛が男女を苦しめていないか?
息子にランドセルを購入する時、彼は赤がいい、と言った。
私は赤でもいいと思った。
でも、もし、いじめられたら。私は紺色を薦めた。息子は妥協してくれた。
だから、小物類は好きなものを選ばせた。絵の具セットはハートがたくさんついたピンク色。縄跳びの紐もピンク。
誰かに言われたら、胸を張っていい、好きなものは好きでいい、みんなにいえばわかってくれるから、と伝えた。
事実、学校では、可愛いものが好きな〇〇ちゃん(学校ではさん、と呼ぶのが正式だが、子供同士仲良くなるとそう呼ぶ)と認識され、みんなと仲良くしていた。おかしい、と言い始めるのはもっと先だ。(219頁参照)
誰かに言われて、自分はおかしいんだ、と思う必要なんてないのだ。
それから、できることは男女の別なく自分で。できないものは適切なヘルプを。
男だから、女だから、ではなく、一緒に過ごす「人」として相手を尊重したい。
私にもジェンダーバイアスはあるけれど、あることを前提にして、歩み寄っていけたら思う。
「男らしい」「女らしい」ではなく、「あなたらしい」を尊重したい。