ファン・ジョンウンのレビュー一覧
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Posted by ブクログ
喪失や絶望、苦悩を抱えて生きている現代の人々の姿を、寄り添うように、逆に突き放すようにも鋭い視点で描いた短編集。独特だけれど読みやすい展開や表現が癖になりそうな、面白く読めた短編集でした。
「ヤンの未来」での突然目にした不幸を気に病みつづける女性の姿、「上流には猛禽類」の好きだけでは埋められない溝、「誰が」のユーモアとホラーテイストが両面となった畳みかけるような描き方、「誰も行ったことがない」で夫婦の辿る旅路の果てに待つ膨大な絶望の姿。
どれもが幸せな物語とは言い難いけれど、やたらと重く悲劇的に描くのではなく、冷静な俯瞰的な視線と明快なテーマが描かれていて、すらっとした読みやすさがあるのも不思議な感覚でした。 -
Posted by ブクログ
8つの短篇集。
韓国文学の、社会問題を描くのに深刻に重くなりすぎないタッチが好きなのですが、この作品は重苦しくなりそうなギリギリの読後感。
淡々と語る後の不穏な余韻。
老い、家族、雇用、労働者‥向き合って、描き出しているのがぐっと響きます。
特によかったのが、
『笑う男』。
心にずしんと響きます。
誰にでもある一瞬の選択、
とっさの行動が導く結果。
それが予期せぬ不幸を招いた時、ずっとその後悔を抱えて生きていくことになる怖さ。
その選択を一瞬で正しいものを選んだり、とっさに正しい行動ができるようにするためには、日々正しい行動や思考をを積み重ねて、心に余裕がないとできないような気がします。
すごく身の引き締まる物語。
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Posted by ブクログ
登場人物すべてが、ずっとフルネームで書かれていたので、家族の物語が個人の物語のように思えました。最後の作者の言葉で、家族の物語としては書いていないことがわかり、納得しました。
韓国は夫婦別姓で、子どもは父親の名字を継ぐのがほとんどです。登場人物を把握するのにとまどいましたが、人物図があったので助かりました。私は、一人一人が胸に秘めた思いを吐露する文章を読み進めていくうちに、だんだんこの物語に惹かれていきました。
まだ数多くの韓国の小説を読んでいないし、歴史も詳しくないので、訳者のあとがきで理解が深まりました。現代の韓国人の典型的な人生や朝鮮戦争前後のことを知ることもできました。『年年歳歳』は、著者の疑問、「世の中にはなぜこんなに順子(スンジャ)という名前の人が多いのだろう?」ということからスタートした小説でした。家族が家族に話さなかったこと、言えなかったことが社会や歴史によるもので、そのことに静かに耐えて生きてきたことがわかった物語でした。
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イ・スンイルには二人の娘と一人の息子がいる。下の娘のハン・セジンはイ・スンイルを待っていた。今日はイ・スンイルの母方の祖父の墓参りに行く。その墓は、軍事境界線の近くの山にある。朝鮮戦争の時に両親と親戚の多くが死んでしまい、残った祖父がイ・スンイルを引き取ったという。十四歳になった時、遠い親戚だという者が住む金浦へやって、そこでイ・スンイルは市場の仕事を手伝い、そのうち商店主の仲介でハン・ジュンオンと結婚した。今年が祖父の墓参りが最後になる。足が悪く、もう山にまで登ることが出来なくなるから、廃墓することにしたという。墓参りにはハン・セジンだけが付いてきた。長女のヨンジンも末っ子のマンスも行ったことがない。ましてや夫であるハン・ジュンオンも…。イ・スンイルは子供のころ、順子(スンジャ)と言われていた。スンイルと言う名は、後に戸籍を取って分かったのだ。素直な子であると言う名の順子。戦争と戦後の動乱の中で振り回された順子。その娘たちも今の世を懸命に生きている。
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Posted by ブクログ
言葉にすることが難しい。とても静かな小説。
物語は、順子(スンジャ)、イ・スンイル。その娘のハン・セジン、ハン・ヨンジンの3名の視点で綴られていく。
冒頭に家系図があり、家族の話なのかな、と読み進める。たしかに、家族の話ではあるのだけれど、イ・スンイル、ハン・セジン、ハン・ヨンジン3名の、個人の話。作者の言葉として、家族の話として読まれることを心配している、というような言葉が記されており、なるほどな、と感じた。
順子(スンジャ)、イ・スンイルは1946年、38度線付近に生まれる。時代に翻弄された、という言葉ではあまりに簡単だが、順子たちは、忘れること、従順であることを求められた。奴隷のように働き、若くして結婚し、今は長女夫婦の家に住み、家事育児を任されている。イ・スンイルは、戦争当時の過去の話を子どもたちにはしていない。話せないのか、話したくないのか。イ・スンイルの話を子ども達は知らないし、子どもたちのことも、イ・スンイルは知らない。
代名詞を用いず、ずっと固有名詞が登場し、読みやすくは決してない。時代背景も、申し訳ないくらいよくわからないのだけれど、『1946年生まれ、キム・スンジャ』たちが、それぞれの人生をそれぞれの場所で生きた、生きていることを感じずにはいられない。作者が、スンジャさん2名に取材したものがもとになっていて、彼女たちの話は述語や、目的語が抜けて、時代が混ざり、途切れ途切れの言葉で投げかけるのだと、その話ぶりが作中にもところどころ活かされているそうだ。
朝鮮戦争について学びます。ディディの傘もいつか読みたいなあ。余談ですが、年年歳歳、という作品を調べていたら、阿川弘之さんの同名の作品があって、そちらも気になりました。 -
Posted by ブクログ
2021 #3
私の知らない韓国を知った
とても丁寧に翻訳されているのが伝わってきて
日本語で読ませてもらってありがたかった
日本の読者へのメッセージと訳者解説まで
おいおい泣きながら読んだ
---メモ---
P192 彼はキム・ソリに大人であれと要求したが、彼自身もキム・ソリに対しては大人なのに、彼はキム・ソリに対して何も、キム・ソリが大人になることについて何も、何らの責任も負わず、非難するだけして行っちゃったんだ。彼の大人らしさはキム・ソリを観察し、判断を下し、ことが終わった後に寄っていって非難するときだけ有効に働いたが、大人らしさがそんなものならあまりに御都合主義で下品じゃないか。
P194 「生きることは、話すことです。…生きることは…私たちより前に存在していた文章から生の形を受け取ることです」。私はこの文章をロラン・バルトの『小説の準備』で発見し、その美しい文章を発見した後、読むスピードを落としに落とし、一年ずっと同じ本を読んでいる。
P220 墨字の状態が常識だから、それをそうと呼ぶ必要もなく、それがあまりに当然だから、私たちはそうと自称することさえしない。
P221 見えるものには見えない者が見えない。見えない者がなぜそこにいるのか?見えない者は考慮されない。龍山駅1番ホームの常識にその人は入っていない。その人はそこにいない…私はまだそれを見ることができたからそこにいたが、いつか消えるだろう。常識の世界という墨字のプラットホームから、再び。
P275 訳者解説
ファン・ジョンウンは2018年に来日したとき、「私にとっての革命基本は、雨が降ってきて傘をさしたときに、隣の人は傘を持っているかどうかと気にかけること」と話してくれた。
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Posted by ブクログ
"まっ昼間から、恨めしくて、恥ずかしくて、涙が出たよ。そのとき私、たいがい驚いて、気がついたのさ、私が泣いてる、恥ずかしいのがわかるんだ、ああ生きてるなあと。そしたらこんどはそれが嬉しくて、涙が出て出てきりがなくて。生きなくちゃ、せっかくここまで生きたんだから最後まで生きてみようって確かに覚悟を決めたんだ……そうやってしっかりはっきり心が決まったのはあの恥ずかしさのおかげで、あれが私を生かしたの。"(p.22)
"私は自分の答え方や考え方が子どもに及ぼす影響が怖い。"(p. 183)
"大人になることは、恥ずかしさの後に来るんだよとキム・ソリは言ったよね。"(p.185)
"ある人の言う常識は、その人が考えている面よりも、考えてない面を表すことの方が多く、その人が考えていないことはその人がどういう人間であるかをかなり赤裸々に示すもので、あなたはさっきあまりに赤裸々だったよと言ってやりたいんだよ。"(p.214)