清水洋美のレビュー一覧
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世界で初めて雪の結晶を人口的に作り出した、中谷宇吉郎の伝記です。“雪は天から送られた手紙”
“不思議だと思うことが全てのはじまり”本書を読んで素敵なフレーズに出逢えました。
“発想の転換”“自然をよく見ること”“いちばん大切なのは役に立つこと” 中谷宇吉郎は恩師、寺田寅彦の教えにたがわず、雪の結晶に愛情を注ぎ研究に邁進しました。
札幌、東京、アメリカ、グリーンランド。世界を股にかけて研究にいそしむ宇吉郎。油絵、墨絵にも造詣が深く多彩です。家族思いで、良きお父さんの姿も描かれています。61年の生涯でした。
イラスト、写真入りで楽しく読むことができました。巻末には、おもしろエピソード入り「宇吉郎新聞」、氷の実験や雪の観察方法もあり、子供たちはやってみたくなりそうです。
本書を読んだことで、私が車のフロントガラスに見た星形は、“霜の花”であることが分かりました。
先日、『きらきら』という、雪の結晶の写真絵本を読み、中谷宇吉郎さんのことを知りました。そして偶然にも、すずめさんの本書のレビューを拝見し、とてもうれしかったです。中谷宇吉郎さんについて知ることができて良かったです。ありがとうございました。
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日本植物学の父、牧野富太郎さんが20歳のときに心構えとしてたてられた、15の赦鞭一撻の現代語訳も知ることができました。
周囲のサポートがあってこそのご生涯だったということです。
ご高齢になられてから初めて歯が抜けてぬけてしまったとか、牛肉とトマトが大好物だったとかいうお話が出てきます。
奥様も牧野さんのことを信じれ続けて、牧野さんの研究を支えられました。
87才で危篤になられましたが、復活しお亡くなりになれれる94才までお仕事をされて、ご活躍されました。
牧野富太郎さんの偉大なご生涯、ご業績は、あの当時の日本の大変恵まれた大きな奇跡だったのかもしれません。
牧野富太郎さんみたいな方が日本人として存在がしてくださったことに、日本人すべてが大きく感謝するべきだと思いました。 -
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高野文子さん『ドミトリーともきんす』で、
紹介されていた中谷宇吉郎。
写真家ベントレーの雪の結晶の写真を見て、
雪の結晶の美しさに魅了され、世界で初めて
人口の雪を作った事は有名だが、雪の研究
だけでなく、恩師寺田寅彦の研究室では、
線香花火の研究、戦時中は凍上を防ぐ研究や、
飛行機につく着氷、戦後はアラスカやグリーン
ランドに行き、千年前の氷の研究するなど
幅広く、マイナス30度の極寒の環境下の中
での観察は凄い。伝記からは、世界中に
ある不思議さや美しさを自分の目で見て
発見する大切さや、自分の研究を人の暮らし
に役立てようとする熱意を感じた。
鳥井信治郎さんや、恩師寺田寅彦さんとの
エピソードなども興味深く、雪の結晶の観察法や
チンダル像など身近にできる氷の実験ものっていて、これまでの雪や氷の見方を変える良本。
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少し前に伊与原新さんの『翠雨の人』を読んで、初めて知った猿橋勝子さん。調べたら伝記があったので読んでみました。
猿橋勝子さんは、1920年(大正9年)東京に生まれ、女性が理系の教育を受ける機会に恵まれない時代に科学の道を志し、戦後、アメリカのビキニ水爆実験で降った「死の灰」による放射能汚染の測定にたずさわり、核実験の抑止に影響を与える研究成果をあげました。
『翠雨の人』ではあまり語られなかった猿橋さんの晩年は、「女性科学者に明るい未来をの会」を設立したり、自然科学の分野で優れた女性科学者に贈られる「猿橋賞」を創設するなど、日本の若い女性科学者たちを支援することに尽力されていたようです。
ちなみに猿橋さんは今から18年前、2007年(平成19年)に87歳で亡くなりました。私の母方の祖母とおそらく同い歳だったようです。
科学的な内容も多少ありましたが、図解されていたりしてとてもわかりやすかったです。もちろん子ども向けの本ではありますが、大人が読んでも結構満足できる内容だったと思います。このシリーズは他に以下の3冊が出ているようなので、いつかそちらも読んでみたいです。
『牧野富太郎 日本植物学の父』
『中谷宇吉郎 雪と氷の探求者』
『池田菊苗 うま味の素「グルタミン酸」発見』 -
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かなり前のワイフとの会話
私「こんどの朝ドラの主人公って、植物学の父って言われてる牧野富太郎なんだけど、知らんな~」
ワイフ「小学校の教科書に載ってたでしょ❗」
私「えぇ~っ、憶えてないけど・・・」
NKKの朝ドラ『らんまん』、興味深く観てます。私は植物にはとんと関心がありませんが、知らない世界と知らない人物に興味津々。ということで、ササッと読める本書(子供向け)を副読本にしました。
天才にはありがちなんでしょうが、奔放というか非常識というか、友達にはしたくない人物。天皇陛下に招かれるまでになったのは、牧野富太郎の類まれなる才能と努力があったからこそですが、それと同じ位に家族や友人など多くの人に支えられたからこそだと思いました。
驚いたのが13人子供が産まれて(ドラマでは浜辺美波が演じている「すえ」との間に)、7人が死んだということ。本書には死因は書かれていませんが、「これって、どうなのよ?」と思わざるを得ません。
友人によれば、牧野富太郎には高知の佐川に最初の妻がいて、「すえ」とは重婚状態に(一時)あった、とのこと。最初の妻については、自叙伝にも牧野富太郎の評伝にも書かれていないそう(勿論、本書にも書かれていません)。朝井まかての『ボタニカ』には最初の妻について書かれているそうなので、読んでみようと思う。
ドラマの今後の展開が楽しみです(「すえ」と結ばれてからの貧困生活等々)。 -
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牧野富太郎のことは、日本植物学の父、たくさんの新種を発見、命名した人ということくらいは知っていたのだが、初めて伝記を読んだ。
他にもたくさんの伝記が出ているので、それらの中でこの本がどうなのかは分からないが、小学校高学年位から読める伝記としてよくまとまっていたし面白かった。
この人の生涯はドラマになりそう。ただ長生きなので、子役と大人2人で演じるのは難しいかな。
知らなかったこと
・森鴎外と同じ文久二年(1862年)生まれ。漱石より年上なのに、現代の人の感じがするのは長生きしたから。
・土佐の裕福な商家で生まれ、幼くして父母も祖父もなくしたが、祖母に愛され、個性を十分に伸ばす教育をしてもらえた。
・それまで(江戸時代)は植物学という概念はなく、毒や薬、食用となるかどうかを研究する「本草学」だった。植物を科学として分析する植物学は明治以降西洋から入ってきた。
・学校制度ができる前に寺子屋と藩校に通ってかなりの知識を身につけていたが、13歳の頃学校制度が始まり、学校に行くなら小学校から始めなければならなかったため、もの足りず二年でやめた。そのため、富太郎には学歴がなく、ずば抜けた研究者でありながら、今で言う非常勤講師のような仕事を(もちろん薄給)長く続けた。
・26歳で10歳年下の菓子屋の娘と結婚し、13人もの子どもをもうけた。
・正規の大学教授に業績を妬まれ、大学での研究を止められたり才能故の苦労もあった。
・薄給の上に子沢山、研究費には糸目を付けず、後進への面倒見もよく、家計はいつも火の車だった。
・体は非常に丈夫で、ハードワークの連続ながら大病はせず、死の2年前まで野山を歩き、死の直前まで歯も揃っていた。
それにしても、妻の壽衛(すえ)さんは凄い。13人も子どもを産んで(うち7人は死去)、生活費を十分に稼いで来ない富太郎を、待ち合いまで経営して物心両面で支えた。子供たちには父がいかに尊敬できる人物であるか、その仕事が偉大なものかを説き、貧乏でも恥じることはないと言い続けた。
稼ぎは少なくとも、その研究の価値を信じていたのだろうし、植物学のためなら労を惜しまない根気と努力、そして子供のような純粋な心に惚れていたのだろうとしか思えない。でなければ子どもを置いて逃げ出すよ。
そんな伴侶に出会えた運命って不思議。こういう妻じゃなくて、かまってちゃんだったり、自分も楽しみたいと思う妻なら、牧野富太郎の業績も半分になっていたかもしれない。
彼の才能と業績は凄いが、妻がいてくれたからこそ。
しかし、産児制限できていたら、もう少し人生に余裕があったかもしれない。
感慨深い。