金子兜太のレビュー一覧
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Posted by ブクログ
表紙の、この文字です、この文字。
この文字が日本中を駆け巡っているのです。
何だあれは、と、気づいた人も多かったでしょうか、国会前や全国各地の安保法案反対デモのなかにあって、ひときわ鮮烈に目に焼きついて離れない・・・・・
「アベ政治を許さない」
・・・・・という、白地に墨のいたってシンプルな、プラカードというかポスターというか、そのたった九文字のインパクトの強さといったら、連綿と続くシュプレヒコールや、赤ちゃんを抱いたお母さんやヨボヨボ(失礼!)の後期高齢者の方々などの衝撃も、どこかへ吹き飛んでいってしまいそうなほどのものでした。
この文字を書いたのが、なんと俳句界の大御所である重鎮の金子兜太 大先生であったのです。
私は特別な熱狂的な読者ではありませんが、たまたま5冊の著書を読んでいて、NHKの俳句番組で、ほかの俳人とは全然違う、ときにきわめて感性豊かな文学的な、ときに胸のすく辛辣な言動にいたく感動した覚えがあります。密かにお慕い申しておりました。
誰が描いたのかしら、とすぐに調べて判明して、俳句じゃなく文字だけで勝負した御大に大いに共感したのでした。 -
Posted by ブクログ
俳句とはあまり馴染みがなく、山頭火と尾崎放哉についての知識はほぼゼロで読みましたが、又吉さんのおかげでいい出会いができました。
以下自分用メモ
又吉直樹 17.18歳のときのノートについて...
『みんなの日常は喜怒哀楽みたいな感情の動きでリズムができているけど、俺はもう、ため息と舌打ちだけで生活のリズムができている』みたいなメモがあって、めちゃくちゃ暗くて驚きました(笑)
コントでネタにしたらウケたので暗いノートに書き殴られた言葉たちの居場所があった
頭で考えたものより感情の発露として出てきた言葉の方が強度をもつ
→尾崎放哉への確信
絶望の果ての大笑い 的なことby太宰治
種田山頭火
山口防府出身 既婚(のち離婚)
母の自殺〜父の放蕩、弟の自殺、酒造業の失敗など不幸が重なる
一度東京にでるが、精神衰弱で帰郷、熊本にもいったりきたり
尾崎放哉
一高、東大のエリートだが戦時中の失恋等で崩落していく
病に臥せながら俳句を詠みまくる
痩せ細る自分と煩い蚊を対比している句など客観的なものが多い
こんな生き方をした人間は何かを見つめすぎて悟るのか
面白かった -
Posted by ブクログ
何となく書店に並んでゐたため。
大変すぐれた俳人であるといふことは耳にしてゐたが、どういつたところですぐれてゐるのか、また俳句といふ世界では何がすぐれてゐるといふのか、わからずにゐたから、まずはどんなひとか自分の目で見て考へてみたいと感じたからであらう。
句だけみると、とても静かで固い印象のものが多いと思ふ。しかし、それは理屈つぽさといふのではなく、ことばがことばとして尽きてゐるやうな、さうした印象だ。ことばによる説明を拒む、さういつた方が相応しいだらうか。詠んで何かを書かれてゐないあれこれを想像するのではなく、ことばそれ自体が、書かれてゐないことをも示してゐる。
そこには、絶えまない表現の飽くなき追求があつたことだと思はれる。子規や虚子の見出したあまりにも分厚い壁を、俳句といふ表現形態のぎりぎりまで攻める。そして、山頭火や一茶の句に至る。さうした創る衝動は、流行と伝統のまさに不易流行ではないか。
彼の語る経歴を読んでゐると、歩んできた道のりはそれほどまつすぐなものではない。自分の死の可能性、仲間の死ぬ可能性を潜り抜け、それでもなお、とどまることを知らぬ人生。そのどろどろした不定形。猥雑でぐちゃぐちゃなものをたくさん抱へてゐたはずだ。
しかし、句はさうした猥雑さがまつたくと言つていいほどみられない。かと言つて抑制的で理屈つぽいといふことではない。
彼が歩んできた実体験だけではかうにはならなかつただらう。実体験といふ液体をたつた数字の共通のことばで固体にするといふことは彼には息をするやうに「当たり前」なのだ。俳句を書かうとして書いてゐるのではなく、彼の心の動きが俳句的なのだ。 -
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ネタバレ地元紙『北陸中日新聞』の第1面に紹介されていた「平和の俳句」の1年間分の作品をまとめた単行本です。このコーナーは,2017年いっぱいまで続きました。本書は,その中の2015年の1年間に紙上で紹介された俳句が集められています。
川柳や狂句など風刺の効いたものが好きな私ですから,もともと俳句にはあまり興味がありませんでした。というのも,俳句というのは日本の四季を詠んでいるだけのものであって,自然とじっくりと向き合う時間のある人の高尚な趣味だと思っていたからです。俳句なんて,社会に対しても,あんまり力を表さないし…みたいに思っていました。
しかし,「平和の俳句」は違っていました。限りなく川柳に近いような作品もありました。「平和の俳句」は,時代を捉え,しかも,社会に働きかける力まで感じるものでした。「俳句もなかなかやるな」と思った次第です。
選者のいとうせいこう氏と金子兜太氏については,対談集も出ています。その本も,ユニークな二人の刺激的な本でした。
本書でも,選んだ俳句についての両者の選評がちっちゃな字ですが載っていて,これを読むのもまたたのしいです。
私のお気に入りを5つくらい紹介します(たくさんありましたが)。
○平和には主義などないと大根干す
右派だとか左派だとか,すぐにレッテルを貼って差別をしようとするネットの人たち。これは日本だけではないのかな。でも,平和を求める気持ちは,みんな同じはず。
○戦争はすべての季語を破壊する
これは,俳人しか読めない句でしょうね。そうか,季語ってやっぱり大切なんだな。日本の四季を楽しめるのは平和だからだなと思いました。かっこいい。俳句っていいな。でもこれって川柳っぽい。
○うたってよピースソングを忌野忌
忌野清志郎,大ファンです。数年前の5月2日,ラジオから彼の死去を知ったのでした。「愛し合ってるかい~」という声が聞こえてきそう。個人的に趣味が同じなので記憶に残りました。
○若者よ銃など抱くな人を抱け
自然な姿が一番。銃など抱かないで下さい。昔,銃を抱きながら「人」を抱いたこともあったようです。それがいまだに尾を引いている―慰安婦―のです。ここでいう〈人〉は〈愛しい人〉。人を抱けば新しい生命が生まれる。銃を抱けば,命を奪い奪われる。これも川柳に近い。
○戦争はしないと言ったではないか
これほど直接的な言葉はない。
「あんた,あのとき,軍隊は持たない,我々は戦わないと言ったでしょ。なんで気が変わったの。」
「またバカなことをするの? 時代が変わったなんてこじつけでしょう。この嘘つき!」
「私は,あなたの言葉を覚えていますよ。」
「戦争をしないといったから,この国をもう一度好きになろうとしたのに…。なによ今さら」
「〈本当は70年前から,また戦争したかったんだ〉〈戦争のできる国でいたかったんだ〉〈あのときはあいつが怖かったので,そう言っただけだ〉なんて,言い訳しないでね!!」